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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
2:Under Ground(意訳――形式の否定)
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第六十話:小砂漠の夜

 


第六十話:小砂漠の夜




 生まれて初めて目にした砂漠は、イメージしていたものよりもずっと大人しく静かなように見えた。


 満点の星空に、さっと絵筆で撫でたような薄ら雲。合間から覗く月の下では、雄大な砂の海が広がっている。

 大量の砂が音を吸収しているかのように静謐さを保つ世界には、一色も緑というものが存在しなかった。

 あるのはひたすらに細かな砂だけ。ギリーの背に乗っているので、砂を踏みしめこそしていないが、見ているだけでどれだけ小さな粒の集合体かが良く分かった。


「絶景多いな……」


 小砂漠、別名アルカリ洞窟群。竜種の生息地が多く存在するログノート大陸において、有数の砂竜の生息地。

 洞窟群の名の通り、この広大な砂の海の下には、小さいものから大きいものまで大小様々な洞窟が散在しているらしい。


 なのに何故、洞窟が砂で埋まってしまわないのかといえば、それは非常にファンタジーらしい表現で説明される。

 曰く、分解と再構築を原理とする地極系の精霊が洞窟内に多く住み着いていることによって、砂は絶えず岩となり、その岩がまた砂にされ、洞窟が出来上がるという話らしい。


 砂の中で洞窟は生まれ、砂の中で砂に帰す。早ければたったの1日で巨大な洞窟が砂の海に変わり、また違うどこかで同じだけ巨大な洞窟を形成する。

 砂竜の移動と共にそのサイクルは行われているとも言われているし、地下に存在する竜脈の変化によってそのような現象が起きるとも諸説あるらしい。


「雪ちゃんほら! なにへばってんのよ!」


 懐かしそうに目を細め、尾を振るギリーの耳が、ぴんと声がした方に向けられる。手綱を緩く引いてそちらに向かえば、弥生ちゃんが元気たっぷりな様子で砂の海をずんずんと歩く中、雪花は見るからにスタミナ切れでへばっていた。


 どうやら最初は雪花の事を下僕だ下僕だ言っていたが、ただのツンデレだったらしい。小砂漠に辿り着くまでに雪花におぶってもらったからか、いつの間にか呼び方は下僕から雪花、果てには雪ちゃんという可愛らしいものにまで変化していた。


「弥生ちゃん、ずんずん進んでるけど大丈夫?」


「……」


 道分かるの? と尋ねれば弥生ちゃんはぴたりと静止。どうやら何かの照れ隠しの為に歩いていただけらしく、そのまま固まっているので休憩しようと助け舟を出す。

 ほんの数時間一緒にいただけだが、何となく彼女の事が分かってきた。誰かに似ているような気もするのだが、他人の空似かもしれないし、プライベートのことを詮索するのはご法度だから仕方がない。


「いくら急いでるからって言っても、走りっぱなしでスタミナ切れだから。少し休もう」


「そうね。うん、休みましょう。お弁当もあるし」


「さ、さんせーい……」


 こくこく頷きながら、大人しく戻ってくる弥生ちゃんはリュックから折り畳みの椅子を3脚出し、手際よく砂の上に広げていく。

 へろへろになりながら雪花がその椅子に座り、ポーチから取り出した水筒からがぶがぶと水を飲む。雪花が言い出したことなのだから本望なのだろうが、弥生ちゃんを背負っての全力ダッシュはこたえたに違いない。


「……雪ちゃん、大丈夫?」


「柔らかい女の子の身体をおんぶしたいっていう邪な理由だから、弥生ちゃんが気にすることないない」


「さ、流石に……疲れ、いや、すげぇ疲れた」


 邪心に満ち満ちた欲望を叶えたせいか、疲れているしスタミナ切れも本当だろうが、その横顔はすがすがしい。

 ベイツに持たされた料金分の弁当を開き、端からひょいひょい口に入れながら、雪花は嬉しそうに弥生ちゃんに大丈夫だと手を振って見せる。


「大丈夫そうね」


「でしょう。じゃあ、ご飯食べながら予定を詰めちゃおうか」


「うん、とりあえず。私の用も狛ちゃんの用も洞窟の中にあるわ」


 ドライフルーツを口の中に放り込み、その濃厚な甘みを堪能しながら頷いてみる。結局、細かい話をするよりも早く小砂漠に着かなければログアウト予定時刻までに安全なログアウト場所を確保できないという話になり、息もつかずに走ってきたため、細かい話は何もしていない。


 弥生ちゃんも自分の用も、洞窟の中にあるというが、問題はどうやってその洞窟の中に行くかだ。

 いくら洞窟の中に砂は無いといっても、洞窟は見渡す限りの砂の海の中に埋まっているのだ。当然入るまではみっちりと砂が詰まっているし、砂の中で息を出来るスキルも道具も無い。


「と、いうわけで。ギリー、ドルーウ達は普段は洞窟の中に入らないの?」


『いいや、洞窟や砂の中こそ、我らの棲家であり狩場だ。ここは砂漠とは名付けられたが特別、昼間に気温が高くなるわけではない。寧ろ夜にはめっきり冷え込むのが特徴だ』


「へぇ」


『だからここに棲むグループは夜の間は洞窟の中で眠り、昼間は砂から鼻先だけ出して獲物を待ち伏せる。稀に普通に狩りをすることもあるが、あまり外でうろうろしていると逆にグルアの獲物として追い立てられる』


 洞窟の中か砂の中以外ではあまりドルーウは活動しない。だからこそ、ギリー達はあれだけ街の人達に珍しいドルーウとして覚えられていたらしい。

 砂の中に隠れている筈のドルーウが、草原、しかも人里近い所に住んでいるのは相当に珍しかったらしい。


『はぐれが一番変わっていた。誰も寄り付かない沼地を拠点に徘徊し、人前にも現れなかった』


 はぐれの、のんちゃん。ルーさんと契約したあのドルーウは陸鰐を恐れてグルアが近付かない沼地に棲み、ライン草群生地を狩場にして生活していたらしい。

 意外なことに同じ肉食モンスターであるグルアが天敵なようだ。彼らはこの小砂漠にも現れるらしいが、地極系モンスターではないため洞窟に至る術を持たないんだとか。


「ああ、じゃあなるほど、つまり――」


『そう。洞窟へと至る道は、我等、地極系モンスターとの同伴が条件だ』


「地極系モンスターとの同伴……なるほど。じゃあ問題はクリアしているのか」


 モンスターには系統がある。分解と再構築を原理とする地極系。音の響きを至高とする風雲系、というように、それぞれに特化した因子の系統が。

 それぞれに得意なものは異なり、今回の場合砂の分解に特化したドルーウと一緒ならば、砂の中の洞窟にも行けるというわけだ。


「ふふん、よし、じゃあ休憩したら早速行きましょう!」


 昼になればグルアも出現するし、今のうちに洞窟の中に入ろうという弥生ちゃんは嬉しそうにお弁当の残りを頬張っている。

 どうやら既にこの事実を知っていたようだが、まあ確証もなく彼女が無駄足を踏むとは思えない。


 どこかで洞窟に行くためには地極系モンスターが必要だと知ったのだろう。自分の知る限り、あるいは掲示板に載っていた契約モンスターの情報を見るに、地極系モンスターと契約しているプレイヤーは自分とユースケだけだ。ルーさんもそうだが、まだ一緒にいる場面を見られていないからだろうか、正式な契約モンスターとしては記載されていなかった。


 その中から彼女が誰を選ぶと言えば、確定しているのは自分かユースケ。ユースケは遠目に見てもアレだろうし、それならと、もう少し腕が立ちそうな自分達の所に話を持ってきたのだろう。

 そこまで怪しんではいないし、洞窟に入るにも出るにもギリーが必要だと言う保険もある。最悪、洞窟の中に置き去り、なんてことがあっても大丈夫なわけだが、注意しておくのも大事だろう。


「じゃあ、もう少ししたら出発しよう」


 静かな筈の砂漠の彼方で、遠吠えが聞こえた気がした。









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