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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
1:Under Ground(意訳――目に見えない仄暗い世界)
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第五十話:危ないやつら

 


第五十話:危ないやつら




「“せんの色 精霊の色 風の精霊と見紛う色”」


 魔術の詠唱文には、時折発音記号が添えられている。解説によれば、それは属性によって求められるものが変わるからだそうだ。

 特に風属性の魔術に顕著で、ただ早口で唱えただけでは、不発という事態もありうる。魔術とは世界に乞う何かなのか、それとも、何かしらに訴えるものなのか。


「“葉は落ちて再生する”」


 独特の韻を踏み言葉を連ねれば、赤々とした魔力は薄緑の魔法陣へと姿を変える。巨大な半月をイメージし、形を維持した魔力が編み上げられ、スペルを唱えろとゆらゆらと揺れる。

 特に一番重視されるらしい最後の音節を慎重に唱え、指先を向けて溜め込んだ力を開放する。


「“繋がって 踊れ 【ラファーガ】”!」


 透明な、目には見えない巨大な一枚刃がライン草を刈り取っていく。ばさばさと音を立てながら葉先が地面に落ちていき、視界が一気に開けるものの、まだそれらしいものは出てきていない。


「……チッ、面倒な」


 舌打ちを繰り返していても仕方がない。ちらりと横目に他所を見れば、ルーさんは無表情で草刈り、あんらくさんは意外と楽しそうに刈っている。

 雪花は剣に魔力を通し、それを媒介にして魔術の指向性――勢いや方向――を調節しているらしい。どうも、何かしら媒介が無いと細かな動きは苦手なんだとか。


「そっち何かありましたかー?」


「何も――あ?」


 何もないよ、と言いかけたルーさんの口が、手に伝わる衝撃に止まり、ライン草の中でその剣を受け止めた物体を見る。

 サクサクと周囲の草を刈り取れば、遠目に見てもそれっぽい岩のような、爪のような。飽きるほど目にしていた形のそれがライン草群生地の中に浮かび上がり、ニコさんがぽそりと呟いた。


「――竜爪岩りゅうそうがん


 街の人が竜王の爪だと言うその岩は、誰が削ることも折ることもできない。抜けば災い有り、触らぬが賢明。そう評されるものが突き立っているのだから、皆の理解もそう遅くない。


「これか……因子の源泉」


「通常のものよりも小さいですが、確かにそうですねぇ……ひっひっひっ、わかりやすいですが、もっと奥が深そうです」


「竜王の爪には因子を通す性質でもあるのかね」


「竜種、もしくは一部のモンスターが出来てもおかしくない芸当ですから、他のモンスターの爪ってこともあるんじゃないですか?」


 ほら、爪から炎が出てくるモンスターとか、いそうじゃないですか、とフベさんが言う。そういえばドルーウもそうだ。爪から砂が出てくるところを見たことがある。


「とりあえず考察は後で……スクリーンショット撮った? ニコさん」


「ばっちりですよぉー、では周辺のライン草引っこ抜いてみますか」


「そうしようか。資料集め頼むよ。あ、特に抜くときの注意事項とかあった?」


「無い筈ですよぉ」


 よし、じゃあ抜いてみようと言いながらルーさんが竜爪岩の近くに生えているライン草を引き抜こうとするも、どうやら随分としっかり根付いているらしい。

 大人しくリュックからスコップを取り出して、ざくざくと掘り始める。


「ああ、たぶん当たりだ。よく肥えてる」


「思ったより早く回収できましたね。ニコさん、掲示板に情報出てます?」


「いいえぇ、まだ出てませんけど……売れるほど重要な情報ではありませんねぇ、虱潰しに探していても、これならすぐに気が付くでしょうし」


 問題はライン草の根っこの見つけ方なんかよりも、生きて此処に踏み込み、そして生きて帰ることが問題なんです、とニコさんは言う。

 確かに、色々あったが実際に自分は1回死に戻りしているし、契約モンスターがいない人、ソロの人なんかは手こずりそうだ。


「生きて……モンスターによる死亡率と、PKによる死亡率で今凄いことになってますもんね、状況的に」


「一部のモンスターは勿論脅威だけど、PKの横行が酷いからね。フベ君達と一緒に行動している以上、強くは言えないけど、こんな軟膏の材料なんて殺して奪ったほうが安全だから」


「ルーさん? 私は別に安全や楽の為にPKギルドをやっているわけじゃないんで、そんな無粋なことはしませんから大丈夫です」


 だからこうして、泥と血に塗れても材料集めに精を出しているんじゃないですか、とフベさんが言う。


「勿論、痛い目見せてくれた方達には後からお礼を欠かしませんけど」


「根に持つ奴だよな、お前って」


 呆れたようなあんらくさんの視線を受けながら、フベさんはにこりと笑う。とにかく、モンスターとは戦うべきではない、必要に迫られれば仕方がないが、避けるのが賢明だと言う。


「でもまあ、確かに……」


 いくつかのモンスターとの戦闘を経験したが、最終的に抱いた感想は真っ向勝負を仕掛けない、素直に誰かの手を借りる、もしくは出来るだけ戦闘は避ける、というのが正解な気がする。

 普通のRPGのように、ひたすらに一定時間でポップするモンスターを連続で狩り続ける事は難しい。魔力もスタミナも集中力も持たないし、何より無意味だ。


 アビリティにこそレベルはあれど、これは別にモンスターを倒した経験値でレベルアップするわけではない。正しく使った分だけ、成長していく才能や努力の証だ。

 モンスターとはこの世界に息づいている生き物で、必要な分だけを狩り、時に正当防衛をかまし、時に協力し合うべきものなのだろう。


「素材と言っても、巨大なモンスターならそれこそかなりの量が取れますしね」


「陸鰐はどう加工するんですかねぇ……生産職探さないといけませんね」


「第一、自力で剥ぎ取りをしなきゃいけないんだから、そう何匹も狩れませんよね。腐敗システムもあるらしいですし」


「あー、それですよね。暑い季節じゃないのでまだマシですけど、自分もアドルフの毛皮とか肉とか……」


 幸い、肉はチビ達が興奮しながら平らげてくれたので骨だけ回収することが出来たが、毛皮はそうはいかない。見た目は綺麗に剥ぎ取れているものの、毛皮の処理など何一つしていないのだから、腐っていくのは自明の理だ。持ち運びの為に袋に入れたので、なおさら不安である。


「よし、採れたよー」


「おお……お?」


「さつまいも?」


「肥え過ぎじゃね?」


 とりとめもない雑談をして待っていれば、ルーさんがようやくライン草の根を掘り上げたらしい。園芸が趣味というのは本当らしいルーさんは満足そうな表情で掲げているが、どう見ても見た目はサツマイモだ。


「あ、当たりです。それですよ、ライン草の根。さつまいもによく似ていますが、食べると中毒を起こします」


「うわー、美味しそうなのに残念」


 葉の形が全力で違うので誤って採ることはないらしいが、採取後に薬屋の家族が間違えた例があるらしい。薬師のおじさんが泡吹いて倒れたとか。

 ルーさん曰く、泥付きの方が保存状態が好ましいらしく、土を落とさずにそのまま採取用の袋に入れ、リュックの中に。


「よし、これで全種類集まったね!」


 帰るよ! と言わんばかりの勢いでルーさんがそう言って、フベさんとニコさんが安全ルートを探すからちょっと待てと、それを止める。


「ちょーっと待って下さいねぇー……今、PK情報見てますからぁ」


「ふむ……『薬師の墓場』安全ルート、わざわざ掲示板に大量に載せてくれている方がいるようですが、ただの親切ではないでしょうね」


「それでも、行きにグルアや陸鰐の襲撃を掻い潜ったプレイヤーなら、苦渋の決断でPKと争う方を選ぶ可能性のが高いかもしれませんし……」


「それを狙って、敢えて怪しまれるほど地図を貼り付けまくってるんでしょう。一般のNPCが利用する安全な街道は3つ……それぞれ、張ってるでしょうねぇ」


「PKKの動きは? いくつかギルドが出来たと聞きましたけど……」


「『トライエッジ』は数で押し負けたみたいですねぇ……『暗殺屋』は不意打ち、奇襲、エトセトラでぽつぽつ潰してはいるものの……」


「相も変わらずPKプレイヤーの方が多い、みたいですね。ほぉう、『ハーミット』と『アダマス』は休止中。他は……グレーだったけれどPKの楽しさに嵌って、ブラック入りしたギルドが上手く動いてますね……」


 どうやら、グレーのPK達と被害者がやりあっている所に、横槍を入れて漁夫の利を掠め取るギルドがあるらしい。

 他にも、主な勢力図としては飛行系や大型肉食系モンスターと契約しているプレイヤーがいるギルドは、生存率が段違いで良いらしい。

 プレイヤーと契約していることにより、ステータス制限で野生種よりかはパワーダウンしているものの、それでもモンスターはプレイヤーより強く、汎用性があるようだ。


「なんか、高速道路の渋滞情報みたいですね……」


「情報源は全プレイヤーだとしても、どこが纏めてるんだか……ニコさんとフベ君いて良かった。こういう情報から色々考えるのは大変で――」


 助かったよ、と言いかけたルーさんは、しかし笑顔のまま動きを止め、フベさんとニコさんの会話に耳を傾けて沈黙する。

 なんだなんだ? と視線を向ければ、互いに複数のスクリーンを片手に話し合いを続けている2人。なんだ、特に変なこともしていないじゃないかとルーさんの方に向き直れば、自分もふと聞こえてきた会話の内容に思わず沈黙する。


「……ここで、こう迂回するのは?」


「そこはそろそろ戻って来てる所ですよ。挟み撃ちされたいんですかぁ?」


「一番、溜め込んでいそうじゃないですか。僕らも別れて、逆挟み撃ちしません?」


「どことどこで別れるんです? ひっひっ、相手は『グルア』の群れを操る、例の“被害者”さんですよ」


「ああ、ここの所属になったんですね? あの人……良いじゃないですか。随分と稼いでいるようで……」


「それならこっちの方が良いですよぉ。どうせ武器は重くて持ち運べないですし、1人泳がせて根城を突き止めれば、ざっくざくですよぉ」


「金の保管は大型モンスターの護衛付きで、単独で“エアリス”行きですって。ここは実際に使用している武器を狙った方が……」


 なんと、聞こえてくる会話はいつ間にか安全なルート探しではなく、効率の良い逆PKの方法探しにすり替わっていた。

 ルーさんが顔を青褪めさせながらフベさんとニコさんの下へ行き、安全なルートを探してと訴える。

 お願いだからと懇願するルーさんに、フベさんは爽やかな笑みで、ニコさんは不敵な笑みでこう返した。


「「だって、ねえ?」」


 息ぴったりでそう返す2人に、ルーさんが口端を引きつらせる。目配せで話す順番を確認し、フベさんが滔々と諭すように説明する。


「安全な道、ないんですよ。モンスターと死闘を繰り広げて帰るか、それともPKプレイヤーさん達と楽しく踊るか――現状、2択です」


「……どっちのがマシ?」


「対人戦特化のルーさんとしては、PKプレイヤーのがマシなんじゃないですか?」


「……お願いだから、一番マシなルート選択して。頼むから稼ぎとかは、君達だけの時にやってくれる?」


「わかってますよ? リスク回避したいのは。よぉくわかってますんで、彼等の方法を真似する事にしようかと」


「なんの真似?」


「集めた材料、紛失して困るものを“エアリス”に運び込むのが目的ですよね? ですから、リスクを分散します」


 あっけらかんと言うフベさんの言葉を引き取り、ニコさんも頷きながらスクリーンを操作する。掲示板が光りながら消えては現れを繰り返し、光るそれが気になるのか、ちょいちょいとチビが手を伸ばす。可愛い。


「それぞれ2、3人ずつ辺りにグループを作り、それぞれ持ち帰るものを分散します。最悪、どれか1グループでも帰還に成功すれば軟膏を余裕で作れる程度の量はありますし、現時点でもっともリスクが少ない作戦です」


 ニコさんがフベさんの説明を補足するように空中にスクリーンを展開し、簡単な戦略図を描いていく。

 どーたらこうたら説明を続ける中、不意にフベさんがこれ見よがしに図を見ろとスクリーンを指させば、ニコさんがふっと笑みを深くして、スクリーンに文字を打ち込んだ。



 “実際には荷物は分散しません。この会話は聞かれています。自然体を装ってスクリーンにご注目”



「……」


 自然体を装って、との言葉に皆が一瞬だけスクリーンの明かりが眩しかった振りをして目を細め、それぞれがフベさんの言葉に適当に相槌を打ちながらスクリーンを注視する。

 時折、周囲を気にするように見回していた雪花が頷き、よく通る声でフベさんに返事をする。


「つまり、俺はボスとコンビを組むわけね?」


「そうですね。話を聞きましたけど、現状、一番かどうかは分かりませんが、連携を取れる下地を重視します。ルーさんはギルドマスターの癖に個人プレイが多いので1人で良いですかね。後は気心が知れている僕とあんらく君、攪乱と不意打ちが得意らしいニコさんとアンナさんで組んでもらいます」



 “グループ分けは本当です。荷物はフベさんと商業取引中のモンスターさんが空から宅配サービスを実施してくれるそうです。軟膏の材料などの荷物の受け渡しは既に済んでいます。皆さんはこの後、個別に自分の持ち物を頼み、好きに死に戻りしても構いませんが――”



 そこで文字を切ったニコさんが悪戯っ子のように笑みを深め、帽子の隙間から射抜くような眼差しで自分達を見まわしてから、スクリーンに文字を打ち込む。



 “――皆さん、そんなにプライド低くないですもんねぇ?”



 視線を向けられた一同、自分もまた、当然だと深く頷く。いくらノーリスクとはいえ、むざむざとやられるなんて虫唾が走る。

 建前は囮役でも、本音はもちろん殲滅役だ。ただでやられるつもりはないし、やられるにしてもより多く道連れを増やしにかかる。


 それだけの気概があるのを確認し、フベさんがぱんぱん、と手を叩きながら皆に伝える。


「敵の戦力を分散させる目的もあるので、それぞれのグループは安全だと言われている道からは、敢えて少し離れて移動します。決して、ど真ん中を進んではいけませんよ? 幸い、街道近くにはモンスターは少ないので、遭遇率はぐんと減ります。モンスターとPKプレイヤー、両者と中間くらいの道を行きます」



 “これは本当です。実際に道は後で示しますが、それぞれ、出来うる限りの手をもって頑張って下さい。余裕があれば他の班の手助けに行っても良いですが、それでは信憑性が薄れます。出来れば遊撃係のルーさん以外は、追ってくるプレイヤーだけを討伐してください”



 “ただし、敵は戦力を分散せずに、1つか2つのグループを確実に潰しに来る可能性も高いです。その場合は仕方ないので、自力でどうにかしてください。死に戻りして紛失しても、悔いのない装備をおすすめしますが、そんな余裕も無いので各自の判断に任せます”



 スクリーンに書かれていく文字に皆がめいめいに同意を示す。フベさんの話に相槌を打つふりをして頷き、気を引き締めて作戦を考える。

 自分が唯一気がかりなのは、竜の卵だ。銃は究極代えがきくが、あれだけは何とも代えられない。フベさんと商業取引中ということはあの大きな鳥のモンスターだろうし、そこらで契約できる鳥系モンスターに後れを取るようにも見えない。


「自分の今の主要スキルです」


「ああ、その方がわかりやすいですねぇ。ひっひっひっ」


 安心して任せられるだろうと仮定して、竜の卵だけは預けることにした。図に説明を加えるふりをしてその旨を伝えれば、ニコさんがすかさず言葉で誤魔化しながらスクリーンに文字を打ち込む。



 “ライン草の根を掘り出すふりをして、丈の長い場所に隠れてください。さっきから茂みの中でごそごそしていますから、向こうから寄ってきます。話はつけてあるので、斜め掛けの中に入れ、厳重に封をして下さい”



 了解ですと、図と作戦に感心する振りをして頷けば、ニコさんがにやりと笑う。滑らかにその細い指がスクリーンの上を踊り、敵の名前、スキル構成、アビリティ情報、得意技などの情報を一斉に開示する。

 フベさんがそれを横目に指を鳴らし、にっこりと微笑みながら高らかに宣言した。


「では、皆さん。全力で逃げましょうね」


 その言葉の裏に、“敵は全て殲滅せよ”という意味を乗せて。




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