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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
1:Under Ground(意訳――目に見えない仄暗い世界)
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第四十七話・半:ささやかな雪花の意地

 


第四十七話・半:ささやかな雪花の意地




 全身を震わせながら純白の蜂が大顎を開き、振り抜かれた剣を真正面から受け止める。ギャリギャリと耳障りな音を立てながら蜂の大顎と鈍色の刀身が噛み合い、互いに拮抗。

 剣を振り抜いた男――雪花は冷や汗が浮かぶ横顔を晒しながら歯を食いしばり、力任せに押し切ろうとそのデータの筋肉に力を込める。


「無駄に硬ぇ……ッ!」


 硬い。そう、雪花の言う通り、蜂の甲殻は硬く、特に対刃性に優れている。実際に自分も普通の店舗で購入したナイフは呆気なく弾かれたし、あれだけスパスパ切れたのは偏にアドルフの爪という妙に高性能な即席ナイフがあったからだ。


 雪花の持つあの物々しい剣がどこで手に入れたものかは知らないが、切れ味という面では、やはりあまり良くないらしい。

 いや、アドルフの爪こそがおかしな切れ味なのか、それとも序盤の武器がなまくらなのかは、判別がつくところではないが。


「ちくしょ――ッ!」


 自分の分のノルマを倒し終わり、ついでに谷底で翅を失くしていた蜂達も葬り、雪花の様子はどうかなーと様子を見に来たのはいいものの――。


「あ、危ない」


「げぇっ!」


 ――中々に、苦戦していた。


 大顎と長剣は噛み合ったまま、平原震え白蜂がぐわっとその長い6本の足を広げ雪花を掴む。熱烈な抱擁は致死性の攻撃コンボであり、抱え込み、引き寄せた先で雪花の顔面が大顎に真っ二つにされそうになるも、慌てて喉を反らしたことにより回避。


 獲物を切り裂き損ねたものの、引き寄せた事で膂力を減退させた雪花の腕をがっしりと抱えたまま、蜂はガチガチと大顎による威嚇と攻撃を繰り返す。

 至近距離に迫る大顎に引き攣った声を上げながらも応戦するが、それなりの巨体に抱え込まれた雪花の身体は、バランスを取れずに背後から倒れ込む。


「ギリー」


 そのまま放置すれば確実に首を取られると判断し、隣で自分と一緒に雪花の健闘ぶりを眺めていたギリーに合図。

 即座に走り寄ったギリーが大口を開け、大音量の吠え声、【遠吠え】を撃って顎の開閉を繰り返す蜂の動きを止める。


「ッ!」


 一瞬だけ動きが止まり、蜂の足に込められた力も緩む。即座に剣を手放した雪花が逆に蜂の頭と胸の部分を引っ掴み、足まで使って強引に捻り上げた。

 何とも言えない音を立てながら蜂の首があらぬ方向へと無理に曲げられ、ぱったりと動きを止めた蜂の足を振り払いながら、慌てた様子で起き上がる雪花。


「……弱くね? 雪花」


「弱くねぇし! 俺は対人戦のが得意っつか、「あんぐら」のモンスターがおかしい! 学習性じゃないのに思考ルーチンが鬼畜過ぎる!」


 普通はもう少し一定の行動パターンとか、攻撃パターンがと力説する雪花に対し、そんなものを「あんぐら」に期待するだけ無駄だと軽やかに切って捨てる。


「そんなのとっくに判明してるじゃん」


「だとしてもだよ! おっかしいって、寧ろ今の俺の軽やかな適応力を褒めるべきところだって!」


「あー、すごーい……雪花、フラッドの効果切れそうだけど」


「“藍の色 精霊の色 水の精霊と見紛う色”!」


 自分の忠告に素直に従い、早口で詠唱を完成させ、振り向きざまに再びフラッドを撃ち込む雪花。

 伸ばした腕の先では蜂達が先程撃ち込まれた魔術の水塊の中でもがいており、時間が経つにつれて脱出しかけていた蜂を、再び雪花の魔術が水の中に押し込める。

 モンスターが窒息とかしないのも、魔術の水だからなのか、それとも時間が足りないのか。どちらなのかは後で調べようと思いつつ、地面に転がる蜂の死骸の数を見て、流れの傭兵に軽い嫌味を言ってみる。


「これでようやく3匹目。そろそろコツ掴めたんじゃないの? ていうかさ、全部水に閉じ込めて1匹ずつ対処って何てヌルゲー?」


「おかげで普通の剣なんて寧ろ邪魔だってよくわかったよ! 素手か魔術で対応すれば良いんでしょ!? それなら簡単に倒せるだろうさ、知ってるよ!」


「最初からそれ解ってて何で剣で倒そうとするかな」


「流れの傭兵のイメージ確保」


「イメージそのまま死んで来い雪花」


 ぐっと握り拳と共にきらきらとした目で力説する雪花に、自分的爽やかな笑みを浮かべ、親指で首を掻っ切る動作で答える。

 さっさと終わらせろと、そのまま手を振れば、雪花は手放していた剣を拾い、諦め悪くそれを構える。


「……それでいけるの?」


 さっさと素手で倒せよ、出来るんだろという無言の圧力を無視し、雪花は長剣をするりと撫でる。

 華美な装飾の無い諸刃の剣は物々しい雰囲気を醸し出していて、あでやかに彩られた鞘とは対照的だ。


 鈍色の刀身に模様は無く、刃渡りは70センチくらいか。随分と長い得物だが、硬い甲殻を持つ平原震え白蜂には、あまり有効な武器ではない。使い道としては打撃に使うか、もしくは――。


「甲殻の間に……ってそれはかなりの無茶だろう」


 戻ってきたギリーの身体に凭れつつ、雪花に聞こえない程度の囁きでそう評する。エルミナが持っていたスティレットとかいう武器ならばともかく、雪花が持つような大振りな長剣でそれをやるには、いささか漫画の見すぎといえる。


「……」


 無言で目を細め、次の蜂が抜け出すのを待つ雪花。モルガナは本命の方にかかりきりのようで、援軍は望めないし、自分の手助けは雪花自身が真っ向から拒否したため、本当に危ない時にしか手は出せない。


 雪花は自らを鼓舞するようにブーツの踵で地面を蹴り、歌うような詠唱が夜の平原に流れ出す。

 視線の先では、白い巨大な蜂の頭が水面を突き破り、次いで翅も水の戒めから逃れきる。艶消しされたように鈍い色の翅が高速で動き始め、ぶぅんと危機感を煽る羽音と共にその巨体がずるりと水塊から抜け出していく。


 微動だにしない雪花を補足し、真正面からではなく一度飛び上がって真上から強襲する平原震え白蜂。


「……あんな攻撃パターンあるんだ」


『1匹だからまだいいが、集団でアレをやられると厳しいものがある』


「確かに……」


 集団でこそ、その真価を発揮する震え白蜂。だが、1匹だけでも決して弱い……当社比でどこと比べるかによるが、全力で弱いとはいえないモンスターだ。

 和やかな会話のすぐ近くでは、雪花が真上から押し潰しにかかってくる巨体を避け、半回転しながら回し蹴りを叩き込む。


 狙い澄ました蹴りは翅に直撃。片方だけひしゃげたせいでバランスが取れないのか、そのままふらふらと上昇しようとする蜂の懐に獣のように潜りこむ雪花。

 真下から蜂の頭に目がけて蹴りを撃ち、仰け反ったその首筋に斜め下から長剣が迫る。見事にぐさりと甲殻の隙間に突き刺さり、そのまま全力で捩じ切ろうとするものの、流石にそこまでは許さない。


「……【ファイア】!」


 舌打ちをするように片目を歪めた雪花が、唱えていた魔術を解放。刀身を伝い魔力を流していたのか、白い甲殻の隙間から赤い炎が派手に噴き出し、内側からその身を焦がす。

 熱波に震えた蜂が断末魔のような声を上げ、力無く崩れ落ちる。乱暴に剣を抜いた雪花が、こちらに向けてひらひらと手を振って満面の笑顔。


「ど? かっこいいっしょ!」


「それやるなら、プレゼントしてあげたナイフでやった方が早いよね?」


「この剣でも倒せるアピールがしたかったの! 察してよボス!」


「すごいすごい。さっさと片付けろよ、いい加減に合流したいんだよ」


「あいあいさー」


 ステータス画面を弄りながらのおざなりな拍手でも、雪花は嬉しそうにニヤリと笑う。長剣を丁寧にベルトから外し地面に置き、あげたナイフを鞘から引き抜いて満足したと言わんばかりの満面の笑みで屈伸運動。

 ぐっぐっと腕を伸ばしてからナイフを逆手に握り直し、水塊に向かって走っていった雪花はその後――。


「……やっぱ、やりゃ出来るんじゃん」


 ――ものの数分で、残り全ての蜂を殲滅しきったのだった。






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