第四十一話:憧れを対価に
第四十一話:憧れを対価に
「それでにゃ、僕は言ったのにゃ。人間よりも僕等の方がよーっぽど魔力の扱いに長けてるにゃーって。したらね、アイツも結構良い奴だったにゃ。それは確かに、僕等の魔法理論あってこその自分達の魔法だって明言したにゃ。そんなこと言われたら嬉しいにゃ? 舞いあがっちゃうにゃ。それでちょっとだけ秘密の魔法を教えてあげたんにゃけど、アイツは覚えたての魔法で僕を吹っ飛ばしたのにゃ! 酷いにゃ? 冷血漢にゃ? だから僕は頑張ってアイツを倒したのにゃ。魔法使ってー、アドルフも使ったにゃ! 上げたスキルも取り返して、めでたしめでたし! さあ次の話にゃ!」
「……」
長い長い話がようやく終わり、一息つく為に猫が紅茶を飲む。自分もそれに倣い茶器を手に取り、香りの良い紅茶を一口。
温かいそれを飲みながら、休憩の合間に視線を走らせ、周囲の様子を確認する。話の途中で視線を逸らすと煩いから、こうして休憩時間に状況を確認するという苦肉の策だ。
視線を動かせば最初にお邪魔した時よりもはっきりと確認できる、地下通路の壁の中に作られた小さな部屋。
横穴を掘り広げ、木の板を嵌めこんで出来た綺麗な壁。全面、木で出来た小部屋には小さなラグが敷かれ、その上に小さな石のテーブル。部屋の隅には、猫にはちょうどよさ気な大きさの小さなベッド、枕元にはゆらゆらと揺れる光が閉じ込められた丸いランプに、香辛料のようなカラフルな粉が入ったビンが並ぶ。
「次の話は卵の話にゃ。竜脈には魔素とかの他にも、魂がいっぱいいるってお話したにゃ? 魂って魔力をたーくさん生み出すものにゃんだけど、その魔力をあてにして卵を通路に置いていくモンスターがいるのにゃ」
またすぐに次の話を振ってくる猫に視線を合わせ、状況確認は終了。確認できるのは綺麗な白磁のティーカップ、後はテーブルに置かれた木の実ぐらいのものだろうか。
炒った胡桃は芳ばしく、味があって美味しかった。猫の歯はこういったものを食べるのにあまり適していないと思うのだが、ケット・シーはやはり猫とは違うらしい。
大きく口を開けて卵について力説する猫の歯は、犬歯こそ鋭いものの、すり潰すためのものであろう臼型の臼歯が覗く。
お喋りというよりかは一方的な武勇伝語りを続ける猫は、自慢だという髭を一撫でし、呑気に紅茶のお代わりを進めてくる。
「お代わりいるかにゃ?」
「ああ、どーも」
こぽこぽと継ぎ足してくれるそれの香りを楽しんで、お砂糖を追加して一息つく。紅茶を飲んで胡桃を食べ、話を何となく聞き流す。
最初は何か有益な情報が上がって来るかもと気合を入れて聞いていたのだが、尽く彼の武勇伝ばかり。いい加減に疲れてきた。
「でね、でね――お話聞いてるにゃ?」
「ああ、うん。きーてる、きーてる。卵の話だ……卵? モンスターの卵?」
話の所々に挟まれるお話きーてるの? チェックに、気もそぞろに返事を返しつつ、自分で自分の発言に違和感を抱いて目を見開く。
卵、というからてっきり市場でも売っていた、あの卵の話かと思えば何か違う。話のキーワードに出ていた、魔力をあてにして卵を置いていくモンスターという表現が正しいのならば、この世界には子供という概念があるということだ。
「卵……?」
「あ、違うにゃ。動物の卵じゃにゃくて、番いのモンスターの元に神様が届けてくれる子供のことにゃ」
「……神様が届けてくれる子供?」
動きを止めていた脳が興味深い話に反応し、その回転率を上げていく。モンスター、動物、そういえば、エアリスでもその話は聞いた事がある。
この世界において、動物とモンスターは全くの別種であると。魔法を使うか使わないかが大雑把な基準らしいが、生殖器官や排泄器官が存在する動物と違い、モンスターはそれらを持たないとも。
「生殖器官が無いモンスターの増え方は、何、コウノトリ形式なの?」
「そ、神様が勝手に判断してー、勝手に卵が届けられるにゃ。この卵は便宜上卵って呼んでるけど、正しくは神様の結界殻っていう殻に包まれた魂を卵って呼んでるだけにゃ。犬型でも鳥型でも、竜の子でもみんな見た目は卵にゃー」
「あー……なるほど。魂が入った卵……魔力目当てって言葉が出るってことは、魔力を吸って肉体を形成するとか?」
「大当たり! 殻には神様の術式が編まれていて、その回路を通って内部に魔力が浸透することで成長するにゃ。竜脈に放置される卵は、竜脈を巡る魂が内包する魔力を狙って置かれるにゃ。でも大体は親が魔力を注いで孵すにゃ。メンドクサイってやつとか、自分よりも強い存在になって欲しい親がそういうことするのにゃ」
生殖器官も無く、死というシステムも無く、かといって進化という種族変化のシステムはある。そんな状況で一体どうやってモンスターの数を保っているのか疑問だったが、そういった方法で解決していたらしい。
その言い方では多分、空気中の魔素とかでは孵らないのだろう。しかし、通路の中の魂から魔力を吸い取るのなら、別に地上にいるモンスター達から吸い取っても良いだろうに。
「外でも良いんじゃないの?」
「剥き出しの魂は常に魔力を放出している状態だけど、生きているものは皆、魔力が身体を巡っているにゃ。意味分かるにゃ?」
「あ、なるほど。生きている相手が意図的に魔力を放出しなきゃ、吸い取れないって事か」
正しく肉の壁に阻まれて、勝手に吸い取るとかは出来ないのだろう。子に強さを求める親も竜脈に卵を放置するということは、注ぐ魔力でステータスでも決まるのだろうか。ステータスはいくらでも変動しそうだから、隠しステータスとか、伸び代とかの問題だろうか。
「でね、でね? その卵を回収して、管理するのも僕等の仕事なのにゃ。これは頼まれてないけど、勝手にやってるにゃ。それがもう大変でね? 生まれたての学習性AIが中身だから、余計に大変なのにゃ」
「あ、あー……なるほど! 学習性AIの種と一緒なのか。敢えてこの世界の中で育てるの?」
「そーにゃ。生まれたては赤ん坊と同じだから、教えることが沢山あって大変なのにゃー」
それなりの値段で売っている学習性AIの種をそのまま流用しているのなら納得だ。確かにあれは生まれたてだと言葉も覚束ない存在らしいし、生まれたてのモンスターとするのもわかりやすい。
そんな部分も拘っているのには驚きだが、原価も成長した学習性AIを連れて来るよりは安いのだろう。リアルさと財布に優しい、良い感じのシステムだ。
「へー、じゃあ竜の卵とかもあるの?」
「あるにゃ。竜の子は大体、親がそのまま魔力を注いだ方が強いから、竜脈にはあまり置かれないにゃ。独り身のめんどくさがりに届くと、竜脈に放置されるパターンになるにゃ」
「なるほど……」
どうやら必ずしも夫婦や恋人的な関係の下に送られるわけではないらしい。独り身でも卵が届くとか、本当にランダムなんだろうか。
それにしても竜の卵とは素晴らしい。竜の子供とか可愛いし、将来強くなりそうだし、いいな、欲しいなと思っていたら、ばっちり顔に出ていたらしい。
「欲しいにゃ?」
「あ……うん、まあね」
欲しいのだろうと笑われて、歯切れの悪い返事を返せば猫は優雅に髭を撫でる。そりゃ、そんな育児放棄みたいな竜の卵、自分の手で孵して育てるなんて、これもファンタジーの夢の内の1つだと思う。
ドラゴンに対する思いは強い。どちらかといえば西洋風の竜が好きだ。すごく格好いいし、乗ってみたいものの筆頭だろう。
「ドラゴンとか竜とか、夢だからなぁ」
「それは確かに、竜は人気ナンバーワンにゃ。そうにゃー……今、保管してる卵の中に、竜種の卵が1つだけあるけど、欲しいにゃ?」
「え、くれるの?」
「育てるの大変なのにゃ。竜種は特に、力が強い割に他と同じスタートだから、まず言葉を教えてやっちゃいけないことを教えるのに、かなり時間と根気がいるにゃ。それに、この大陸は特に竜を敬う、竜王眠るログノート大陸。下手を打って泣かせれば、こっちが悪くなくても周りの人やモンスターに攻撃されたりするから嫌なのにゃ」
大変だから、出来たら放置したい卵にゃーと言う猫に、今日一番の真剣さで視線を向ける。
猫は片目を瞑ってこちらを見て、髭を撫でながらにゃあと鳴く。
「でも本当は、サモナーとか、竜種や珍しいモンスターと契約したい人達が命賭けで竜脈に踏み込み、放置された卵を見つけて持ち帰るのが順当な手段にゃ。得られるものの価値はそれだけのものがあるにゃ。僕等が発見するよりも早く、僕等の番犬に食い殺されるよりも早く、見つけてこそ運命の卵にゃ。ま、竜種狙いでマラソンする人もいるけど――」
「けど?」
「――運が良いだけ。まあ、運も実力の内と言えばそうにゃけど、卵の存在は遅かれ早かれ周りにバレるし、そうなった時に守り切れるかにゃ? 卵の内にどれだけ安心感を与えられるかでも違うけど、孵る前に奪われる卵の数も数えきれないほどにゃ」
「プレイヤーはもう知ってる?」
「知る術はある。それに、彷徨い人もそうにゃけど、NPCの犯罪者も狙って来るにゃ。竜なんて卵から孵せば都合の良い駒になるにゃ。血眼で探す奴らがいつもいるにゃ。それに彷徨い人こそよく知ってるにゃ? 学習性AIは――」
「――育て方1つで、悪魔にも天使にもなる」
「教科書通りの答えだけど、満点にゃ」
言葉の続きを引き取った自分に、猫は重々しく頷いてみせる。学習性AIの種は確かにそこそこの値段で売られている。売られているが、購入には国からの許可が必要だ。銃と同じように重々しく扱われるのは、彼等がその気になれば、いくらでもその魂を昇華できる点にある。
育て方1つなのだ、本当に。正しく育てればそう覚え、そして育ての親を尊重する。彼等に裏切りは無いと言えば嘘になるが、彼等はその大多数が義理堅く、そして非常に経験を重視する。
そして、その経験を与えてくれた者の思想を重んじる傾向があり、その点において学習性AIは時たまその存在がネットワーク上の脅威に成り得る。
宗旨変えすることが無いわけではないが、人間と同じく、育ちに左右される存在なのだ。性善説を地で語ると言われるのも、根っこが真っ白だからそう呼ばれるだけ。結局は育った環境で受けた影響により、その精神性は幾重にも広がりをみせる。
「……そうか、そうだな。でも」
「欲しいにゃ? まあ、僕のところで保管してても、僕も襲われて全部一気に持って行かれたこともあったにゃ。それらの可能性を語るなら、まあ危険性なんて考えものにゃ。どうせ殻は割れないし、奪われた側が泣くだけにゃ」
「……」
「……」
欲しい、確かに欲しいが、ここでただ欲しいというのも無責任な気もする。しかし、逆にこんな機会は滅多にないだろう。
竜の卵、育ててみたい気持ちはあるが、自分はステータス的にはマシになったが、プレイヤースキルという点ではまだまだだ。
それでも、と悩む自分に、猫がまた髭を撫でる。ひょいと胡桃を口に放り、噛み砕きながら紅茶を啜る。
「……竜脈には、所々に外に出る道があるにゃ。入口としては使えなくて、出口の機能しかないゲートだけど、自力で見つければ外に出れるにゃ」
「……」
「通路には大量の魔素や魔力を吸って変質したモンスターが生息してるにゃ。アドルフ達も襲って来るし、小さな罠とかも沢山あるにゃ。僕が一緒に行かないだけで、すぐに餌として見られるにゃ」
「……」
「機嫌の良い僕に出会えた幸運は、竜脈に落ちていた竜種の卵を見つけるくらいに低い確率だから、このまま僕の手助け無しに、外に出られれば条件は一緒だにゃ。僕は基本、気が短いし、いつも苛々してるし、八つ当たりに迷い込んだ奴を嬲り殺すのも珍しくないにゃ」
「……」
「だから――」
と、言いながら髭を弾き、猫が丸まった瞳孔でこちらを見た。徐に立ち上がり、戸棚に入っていた袋を手に取る。
丸い形に膨らむそれを丁寧に撫でながら、猫が不敵に笑って片目を瞑る。
「――生きて出られる自信があるなら、どうぞ彷徨い人よ、試してみるにゃ?」
猫の腕の中、丸い膨らみが確かにぶるりと、試すように蠢くのを見届けて、自分の喉は勝手に返事を返していた。
「やります!」
と元気だけが取り柄の声は、小さな部屋に響いて消えた。また卵が揺れた気がして、自分は気を落ち着けるために目一杯息を吸い込む。
武器は無いが、やってやろう。逆にここでダメなら、潔く諦められるというものだ。上手くいけば卵は我が手に。こんなに滾るイベントを見逃すなんて、きっと誰に対しても失礼だ。
猫が卵をこちらに差し出し、自分が震えながら受け取ったのを確認して、では、始めようかと髭を撫でる。
抱えた卵が温かいという事実に舞い上がりながら、しっかりと抱き直して頷き返す。
『じゃあ、ゲーム開始にゃ』
声と共に部屋の扉は開かれて、無明の闇が自分達を出迎えた。真っ暗な空間に踏み込むことで感じる恐れを、腕の中の暖かさを頼りに振り払う。
ギィィィと不気味な音を立てて閉まる扉の向こう、猫が髭を撫でながら片目を瞑り――、
――健闘を祈る、という言葉と共に、完全な闇が辺りを覆った。




