第四十話・半:知能派妖精、『ケット・シー』
第四十話・半:知能派妖精、『ケット・シー』
「にゃっ」
まずはメニューと唱えましょう。
「にゃにゃっ」
次にメモ機能をタップ、発声によってメモが出来るので、とても簡単。
「にゃうにゃ!」
それでは日記でもつける気分で、息を吸ってメモを取りましょう。
「にゃにゃにゃにゃ!」
「――地下墓地なう」
疲れをたっぷり含んだ自分の声が地下の空間に響き渡り、次いでさっきから煩く響いていた声もぷっつりと押し黙る。
視線を一気に下にずらせば二足歩行で動くぶち猫。茶色と白のコントラストが綺麗な模様を描いている。つぶらな瞳はキラキラと輝いて、くるりと首を傾げる仕草はとても可愛い。
思わずスクリーンショットを撮り、ひらひらと手を振ってみれば可愛らしく肉球が同じように手を振り返す。
人間のように着ていた衣服がひらひらと揺れ、被った帽子がちょっとずれた。すかさず小さな手がそれを直し、きりっとした表情でこちらを見上げて尻尾を揺らす。
「地下墓地にゃう!」
「言っとくけどこのネタかなり古いから、巷で言ったら笑われるよ?」
「? なうは最近また盛り上がって来てるにゃ。『うーはー』のお姉さんが言ってたにゃ」
「……うーはーって何だよ」
「リアルでやってる朝のニュース番組にゃ、彷徨い人なのに知らないにゃ?」
「ファンタジー世界でどう見てもプレイヤーじゃない奴から、リアルでやってる朝のニュース番組の名前なんて聞けるんだ、へー……あんぐらってすごーい……」
棒読みなのはご愛嬌。まさか二足歩行の猫からそんな名前が出て来るとは驚きだー、とぼやけば、猫はとんとんと自慢そうに自分の胸を叩いてみせる。
可愛い。とても可愛らしいが、探索を開始して数分で出会ったこの猫は、一体何者なんだろうか。
普通に気配を消したまま、索敵にも引っかからず、なんか知り合いにでも話しかけるような気軽さで声をかけてきたので、思わず話をしていたのだが何かおかしい。
何かというか、存在自体が謎生物だ。何なんだろう、モンスターだろうか、それにしては妙に友好的だが、初っ端からここは地下墓地にゃ! とか案内系のキャラなんだろうか、何なんだマジで。
「何なの、君?」
「僕はケット・シーにゃ。名前は5号にゃ、5番目のAIだから5号にゃ」
「ケット・シー?」
「猫の姿をした妖精種にゃ。神様に頼まれて、死に戻ってくる間抜けの魂を管理してるにゃ」
「え……っと、つまり教会関係の?」
「教会を経営してるのは僕等の王様、“イグニス”様にゃ。四大宗教の内の一つ、『イグニス教』を管理してるにゃ」
「四大宗教……妖精種、ケット・シー……」
ぼろぼろと出てくる新しい単語をメモ帳にメモしながら話を纏めれば、彼等は妖精種の一種であるケット・シーで、そのケット・シーは教会を経営していて、教会は四大宗教の内の一つ、『イグニス教』なのであると……。
「いやごめん、よくわかんない。え、まず何、宗教? 宗教あんのこの世界?」
「何言ってるにゃー? あるに決まってるにゃー」
「何か常識みたいに語られたよ」
こっちが非常識だと言いたいのかこの猫はと、その柔らかい頬を撫でれば、ごろごろごろと喉を鳴らしながら目を細める。可愛い。
「常識にゃー、と言いたいとこだけど。彷徨い人にまで求めないにゃ。これから覚えれば良いのにゃ」
「ふーん。ケット・シーって妖精は聞いた事あるけど、王様? がいるの?」
「ケット・シーは王政によって成り立つ種族にゃ。一番偉ーい王様がいてー、僕は下っ端にゃ」
「したっぱ……で、ここは地下墓地って言ってたけど、何なの此処」
というか何故自称妖精がここに居るのだろうか。死に戻りしてくる魂の管理とか言っていたが、ほぼ自動で行われている様子の死に戻りに、どこに管理する隙があるのか。
そもそもここは地下墓地だとか声をかけられたが、よくよく考えればこの世界に“死”はないのだ。当然、墓地も必要なく、その存在からして不要なものだ。
「ここは地下墓地にゃ!」
「だから、死に戻りが可能なこの世界には死者なんていないだろ」
「いるにゃ、魂だけになっちゃった奴が」
「だから――え?」
「――勇者にやられた、成れの果てにゃー」
鈴を転がすような声で猫は囁き、自慢そうに髭を撫でてズボンを叩く。ポッケがついた灰色のズボンは意外と良いデザインで、いや今はそんなことはどうでもいいんだと思い直す。
「――――勇者にやられた?」
「“選定の日”以前の戦争でいっぱい死んだにゃ。勇者にやられたら戻れない、肉体が無ければ戻れないにゃ」
「“選定の日”……」
忘れかけていた単語がするりと猫の口から零れ落ちる。“選定の日”。然して目標があるわけではないこの世界に提示された、大きな謎の1つ。
曰く、世界の節目。曰く、神による鉄槌。曰く、謎の大災害。様々な形でもって語られるも、それらをぽつりぽつりと語るAI達でさえ、それをよく理解していないという不可思議さ。
彼等はもう何十年かこのゲームを“プレイ”しているが、自分達がこの世界に来たのは“選定の日”以降のことなのだと言う。
モンスターも一部を除いてほとんどが姿を消し、“選定の日”以前を知るのは一部の高位モンスターに限られるとか。
全て攻略に熱心な人達とルーさんやニコさんが集めた情報のまた聞きだが、一応メモに書き留めてはある。ぱらぱらとページを確認すれば、猫はくるくると尻尾を揺らして首を傾げる。
「そーにゃ。僕も良く知らなにゃいけど、昔の戦争で勇者に殺された奴は皆、それぞれ魂のまま彷徨ってるにゃ。見た事ないから知らにゃいけど」
「見た事ないのかよ」
「魂は目に見えないにゃ。ここは我らケット・シーが管理する魂の通り道。魂だけの奴等が外に出て悪さをしないように、道を作って強制的に魔素の流れを作ってるのにゃ」
「魔素の流れ? じゃあ地下墓地っていうのもあながち嘘じゃなくて……」
「そうにゃ。ここは地下墓地。魂の通り道。鎮魂を待つ彼等の囚われの場。まさに魂の墓場だにゃ」
「……魂の墓場」
肉体を得られない魂は目に見えず、流れに囚われ延々とこの地下墓地を彷徨い続ける。そう語った猫がくー、と鳴き、いつの間にか持っていた杖を軽く振るう。
先端に小さな宝石が付いた杖が光り輝き、松明のように辺りを照らす。柔らかな光を宿す宝石を撫で、身長に似合わない長さの杖を抱えて、猫がまた髭を撫でた。
「新しく死んだ魂もこの流れに乗って教会の下まで運ばれるにゃ。ベルトコンベアーみたく運んで、神様が認めた魂だけが教会で肉体を得られるにゃ」
「あ、じゃあ自分の魂も此処を通ったと?」
「上へ続く階段あったにゃ? あれ、しばらくすると閉じるのにゃ。余計な魂が上に上がらないようにするためにゃんだけど、さっき上でドンパチやってたせいで通路に亀裂が入って大変だったのにゃ」
「へぇ……ん? 上でドンパチ?」
「ここは地下墓地であると同時に竜脈とも呼ばれるにゃ。傷をつけたモンスターには困ったもんにゃ。確かに魂が抱える魔力を拝借すれば瞬間的な火力は上がるけど、後始末は僕等の仕事にゃ。やってらんにゃいにゃー」
「竜脈? ここは、竜脈の中?」
陸鰐の様子を見ながら呟いていたギリーの言葉が甦る。竜脈に傷が、魔素が溢れ出していると。魔素溜りの上にセーフティーエリアが出来て、モンスターはその中に入れないとも。
「そうにゃ。にゃーにゃ。ここでのお喋りは終わりにゃ。久しぶりにお喋りできて楽しいから助けてあげるけど、本来ここは危ない場所にゃ。僕がいるから『アドルフ』が襲ってこないだけで、1人だったらぱっくんにゃ」
「あどるふ……?」
「牙の生えた黒兎にゃ。僕等が飼い馴らしてる番犬みたいなモンスターで、他にも勝手に生息してるモンスターが意外といるにゃ。着いてくるにゃ、お茶をご馳走するから、もっと僕とお話しするにゃ」
「あ、はい……」
小さな身体に似合わない杖をこちらに差し出し、押し付けてから猫はうきうきと歩き出す。何だか向こうのペースに完全に呑まれているが、このまま通路を歩き回っても脱出できる自信は無い。何より可愛いし、色々知っているみたいだし、可愛いし、猫とお喋りすることはやぶさかではないし。
と、何とはなしに自分に言い訳を繰り返しながら、元気よく先を歩く猫の背中を追いかけようとした瞬間だった。
「……っ?」
杖に灯る光によって照らしだされた向こう。完全な暗闇の中に覗く、光る瞳が目に映り、思わずぎしりと足が止まる。
湿った息、光る瞳、爛々と輝くそれが瞬きもせずにこちらを見つめていて、その不気味さに硬直する。こちらを見ていたその光は次に猫を見つめ、それから静かに闇の奥に溶けていった。
湿った息遣いが遠ざかるのを聞き届け、ようやく硬直していた足が動く。楽しそうに歩いていた猫がちらりとこちらを振り返り、言った言葉に複雑な表情で同意する。
「――僕とお茶したほうが幸せにゃ?」
「そうみたいだね……っ」
猫は答えに満足げに頷いて、杖を落とすなと言いながら再び元気に歩き出す。自分もそっと、その後を追いかけた。




