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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
1:Under Ground(意訳――目に見えない仄暗い世界)
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第三十九話:渾身の一撃

 


第三十九話:渾身の一撃




 陸鰐討伐。字面の上ではこの上なく良い響きだが、現実はそれだけでは終わってくれない。勝利と書けば文字の上では簡単に終わる話でも、行動しなければ、考えなければ、今はあっという間に過ぎ去ってしまう。


「――モルガナが出来ることはそれで全部?」


『如何にも。ここから先は我の領分ではない。疾く考え、形に為せ』


 考えること、それは人間らしく生きるということ。思考は時に金属のようだ。柔軟にするには十分に熱し、怜悧に冷やすことも忘れてはならない。手入れを怠ればそれは錆びつき、いつしか脆く崩れ去る。


「リアルに当てはめるのなら陸鰐は爬虫類だ。爬虫類は変温動物。急激な環境変化には弱いはず」


 考えなければならない。人間にはよく切れる爪も無ければ、殺傷力のある牙も無い。この世界でも同じだ。力があっても、魔法が使えても、それ以上にモンスター達が強いというのならリアルと条件は変わらない。


「一角獣は水氷系モンスター……水と氷を操る術に長けている」


 油断を誘い、罠に嵌める。これくらいのこと、野生動物だってやってのける。考える脳がある以上、それ以上のことを成し遂げなければ到底勝ちなど取りにいけない。


「ただ……ギリーは寒いのは」


『私は大丈夫だ。熱い砂を防ぐために足裏には毛が密集している。氷の上でも滑りはしない。好都合だ』


「……なら、モルガナ、雪花。気温を急激に低下させて陸鰐の動きを鈍らせる。そこへモルガナが頭を一突き。その一撃を全力で補助する」


『ふむ、雪でも降らすか』


「……俺、寒いの嫌いなんだけどなー」


 一撃で仕留めなければ反撃で殺される。ならば目標は簡単だ。反撃を許さず、一撃で全てを終わらせる。暇に飽かしてネットでやり込んだ大富豪と同じことだ。

 配られた手札を誰よりも先に使い切る。その為には組み合わせと、順序と、タイミング。どんな手札でも上がれないことは無い。


「まずは……あの水の城から引きずり出す」


「ねーねー、ボスー。雪が降ったらますます出てこないんじゃない?」


「元気いっぱいで出てきたら、それこそ逃げ回るしか道が無くなる。雪を降らせ、一帯を凍らせた上であそこから叩き出す」


「……策はー?」


 幸いにして一角獣という決定打はある。ジョーカーを切って上がれば良いわけだから、後は如何にしてカードを切っていくか。

 まずは陸鰐の驚異的な速度を封じたい。これはモルガナが極寒地帯を作り出すことでどうにかなる、はず。


 次にあの水の城。あの塊の中にいるうちは、どんな攻撃も通らないと思った方がいい。ただの水ならともかく、常に対流を続けるあの水塊を突き破るような攻撃手段は今は無い。


「消滅させるにも規模が、な……」


『空気中に大量に撒き散らされた魔素を使って、常に一定量の魔力の水を作り出している。同じように、主達の魔術の規模も上がるが、威力は変わらない』


「量は変わるけど威力は変わらない? てことは、陸鰐の攻撃も威力が変わってるわけじゃなく、規模がでかすぎるだけ?」


『そうだ。元々のスキルの威力が高いからな。あれを丸ごと消滅させるには、余程の魔力がいる』


「……」


 先程、モルガナがあっさりとあの水塊を消滅させたのは、純粋な魔力によって強引に散らしたらしい。

 内部エネルギーがだとか、流れがだとか、魔素が、因子がと言っていたが、今から魔法の原理を紐解くには時間が無い。


「モルガナにも無理?」


『供給の方が多い。魔力のみで散らすのは2倍の労力だ。追いつかないぞ』


「……手が届かないな。自主的に出てくる気配はないし」


『主が目を潰したことを覚えている。格下相手なら簡単な挑発でも出て来るだろうが、そんな浅慮さは消えている』


 侮ることを止めたからこそ、陸鰐はあの水の城から出てこない。スキルの無駄撃ちも控えているのか、先程からじっとこちらを睨むばかりだ。

 銃弾も届かず、魔術も届かず、それなら一体何が届く?


「――あ」


「何?」


「これだよ、これ」


 効くかどうかはわからないが、効いたら一発逆転を狙えるものを持っている。もっと早く思い出せば良かったのに、陸鰐と命がけの鬼ごっこをしている時には思い出せなかった代物だ。

 背中のリュックをおろし、ギリーの背の上でごそごそと中身を漁る。


 林檎、弾薬、予備のナイフ、小さな鍋に、中くらいの瓶に入った液体。それらをかき分け、一番奥のしきりに鎮座する、小さな小さな小瓶を手に取る。


「――爬虫類って毒、効くのかな?」


 そう尋ねれば雪花は僅かに目を見開き、何持ってんの? と首を傾げる。


「トリカブト……の根っこの毒水」


 どう精製したのかまでは教えてくれなかったのだが、自分が見習い銃士のアビリティを取得している間に、ルーさんが処理していた猛毒の代名詞、トリカブト。


 リアルで爬虫類がどれほどまでに毒への耐性を持っているかなんて知らないが、ある種の毒蛇は自身の毒で死ぬという。致死性かはともかく、効かないわけではないだろう。


 ましてやここはファンタジー。12種類全部の毒に耐性を持つモンスターを運営が用意するとも思えないし、ピンポイントで効かないのならば自分の運の無さを呪うだけだ。


 ふらりと揺らせば透明な液体がちゃぽんと跳ね、無言で雪花に差し出せばぴくりと眉を跳ね上げてゴーグルに手をかける。

 額に押し上げていたゴーグルを再装着。そのまま軽そうな笑みを浮かべ、雪花は小瓶を受けとると袖に隠してぽん、と片手でモルガナの背を叩く。


「こりゃ、効くかもしんないね」


「あれだけの水の量に、薄くなり過ぎないかな?」


「そこはほら、もっさんの仕事だから」


 そう言った雪花の手を尾で打ち払い、モルガナがずいっと一歩前に出る。きらきらと光る鬣を揺らしながら角を振り上げ、高く嘶けば途端に空気の色が変わる。


「一角獣ってのは――水と氷を司る、純白の馬に似たモンスターでねー」


 雪花の声を伴奏に、高く振り上げられた角が輝きを増し、パキパキパキと軋むような音が水の平原に響いていく。極小の氷の粒がモルガナの角の辺りで周回し、波紋の止まない水面にうっすらと白い霜を落とす。


「その性質は獰猛で、見た目にそぐわず肉食性。角には解毒の作用があり、常に単独で行動するヤツ」


 ふらふら、ふらふら。頼りなく震える粉のような霜がゆっくりと舞い降りて、水面に落ちる度にキシキシと音がする。

 角の周囲を舞い踊る氷の粒が高い音を立てて砕け、霜になって落ちていく。また、1つ割れ砕け、ぱらぱらと落ちる霜が水面を静かに侵食していく。


「驚くほど環境適応能力が高く、草原、森林、沼地に砂漠、果ては火山にまで出没し、逆に凍土においても目撃例が後を絶たない」


 舞っていた最後の粒が砕け散り、水面に全てが呑まれた後。モルガナはその紺色の瞳を光らせて、いぶし銀の蹄を振り上げる。

 落ちてくる雪がモルガナを避けるように不自然な軌道を描き、水面に呑まれて融けていく。


「しかし、この特性は環境に適応しているのではなく、逆のものであるという説が最近有力で――」


 2つに割れた銀色の蹄は勢いよく水面へと振り下され、水面に触れた瞬間に周囲の音が消失する。

 思わず雪花に目を向ければ、にっこりと微笑みながら一角獣の解説を続けており、音は無くとも唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。

 そのため一角獣は、と、そこまで読み取れた後に世界が罅割れ、音が一気に舞い戻る。


「――自身に合わせ、周囲の環境を作り変えるモンスターの筆頭である」


 声と共に、世界は純白に染まり果てた。驚きに身を固くし、顔を上げれば全ての光景が変わっている。

 足元は凍りつき、大気には雪が舞い、世界は白一色で成り立っている。凍った足場にも細かな霜がびっしりとこびり付き、一面の白い絨毯と化していた。


「う、わ――」


 驚きに詰めていた息を吐けば、一瞬で凍りつき、白く煙って融けて消える。慌てて陸鰐へと目を向ければ、唯一凍りついていない水の城の中、慌てたようにその頭をもたげていた。

 対流する水の塊と氷はせめぎ合い、城の端は見事に凍りついている。陸鰐は焦るように首を左右にめぐらせるが、外に出ることも出来ずにくるりと内部で回転する。


「すご……」


「よし、じゃあボス。俺はこの毒薬投げ込んでくるから、陽動お願いねー」


「……わかった」


 純白に染まる世界で、ギリーも自分も、吐く息は白い。身体の芯から凍えるような冷たさを孕む空気を切り裂き、ギリーが勢いをつけて疾走を開始する。

 視界の端で雪花もモルガナにひらりと飛び乗り、陸鰐がこちらの動きに大口を開けて尾を打ちふるう。


『そう長くは持たない――』


「わかってる――!」


 冷たい風をきって雪原を駆けるギリーが苦しそうに囁き、それに応えるべく腕を引く。

 本来は砂漠に生息するはずのドルーウにとって、この寒さは堪えるらしい。砂漠に住む哺乳類は夜間の寒さにも耐えるらしいが、ここまで急激に体温を奪われては、砂漠の動物でなくとも動きが鈍る。


「“朱の色 精霊の色 火の精霊と見紛う色”」


 その場しのぎの熱源を用意しながら、こちらの目論見を成功させるべくあえて陸鰐へと真正面から走っていく。

 少しでも体温を上げようとするかのように激しく動くギリーの毛をしっかりと掴み、気を引くために銃を引き抜く。


 その瞳を潰した武器を覚えているのか、銃を目にした陸鰐は怒るように何度も牙を打ち鳴らす。一発、大口を開けて止まった瞬間に水の塊が収束、射出。

 難なく躱すも、陸鰐の鼻先には既に次の水の弾丸が用意され、動きの鈍る極寒の中ではいつ当たるかわからない。


「“猛火の線を繋ぎ巡らせ 力を得て炎上せよ”【フレイム】!」


 スペルと共に腕を振り上げ、頭上に極小の太陽を打ち上げる。大気中の魔素とやらのおかげだろうか、常よりも巨大なそれが赤々と夜を照らす。視界の端を純白が駆け、目尻を雪片が掠めていく。束の間の熱を吸い込むように、ギリーが毛と肺を一息に膨らませ、白い息を吐き出しながら氷上を踏みしめる。


「ギリー、右!」


 指示と共に陸鰐の顎が閉じられ、水の弾丸が霜を舐めるように迫り来る。右に跳んだギリーを狙い、一拍遅れて次の弾丸が飛来し、間一髪でそれを躱す。

 規模が大きいだけというが、巨大さはそのまま命中率に多分に関わる。こんな巨大な水の塊、ぶつかったらおしまいだ。


「ていうか寒っ……!」


『同感だ。好きではない』


 余りの寒さに熱いお風呂に入りたくなってくるが、目の前にあるのは水は水でも冷たい水だ。いや、もしかしたら陸鰐が居座っている分、外よりかは温かいのかもしれないが。


 もう1発。軽口を叩いている間に押し寄せていた水の塊をひらりと躱し、追撃が無いことに眉を顰めて陸鰐を見る。

 ゆらゆらと揺れる水の壁。そうそう離れているわけでもないこの状況では、常に神経を張りつめていなければどうなるかわからない。


「……止まった、な」


 動きを止め、静かになった陸鰐はぴくりとも動かない。眉を顰め、白い呼気と共に緊張を吐き出した自分を、差し迫ったギリーの声が叱咤する。


『――主!』


 ぶわりと首筋の産毛が逆立ち、嫌な予感に咄嗟に身が竦む。喉がぎゅっと収縮し、ほんの50メートルほどの所にいる陸鰐と視線が合う。

 隻眼が光ったような錯覚と共に視界が急に風をきって入れ代わり、宙に跳び上がるギリーの頭を見ながら慌てて振り落されまいと毛にしがみ付く。


「なんかヤバイ!?」


 と、そう叫んだ時には遅かった。跳び上がったギリーの背の上で首を捻り、眼下を振り返れば陸鰐が大口を開けている。

 見ている間に小さな水の塊が膨れ上がり、一瞬にして巨大な水塊を作り出す。今までで一番巨大なそれは、今までで一番早く発射された。


『しまった――ッ』


 と、跳び上がってから空中に誘導されていたことを悔いるギリーの声。そうそう何度も逃げる事は許さないと言わんばかりに陸鰐がその隻眼を光らせて、巨大な水塊はしかし不思議な事にそう衝撃も無く自分達を呑み込んだ。


「が――!」


 どぷり、と不愉快な感触と共に。見開いた目の前で大きな泡が上っていく。

 この世界の肉体は呼吸を必要としてはいないようで、水の中でも息苦しさは感じなかったが、肺が溜め込んでいた空気も虚しく水中に散っていく。

 ごぽごぽ、と水中特有の音が耳鳴りを伴って傍に寄り添い、無意識に支えを求めて、右手の指が泡を掴む。


『――!』


 水がギリーにしがみつく自分を引きはがし、ぽいと水の塊から排除された斑色が見える。ギリーだけがこの水塊の外に出されたこと、いつの間にかこの水塊が動きを止めていることに遅れた思考がようやく追いつき、泡の紗幕の向こうを見る。


「――――!!」


 口元から覗く牙、鎧のような鉛色の外皮に、巨大な顎と輝く隻眼。その強大な尾をくゆらせ、水の城から跳び上がった陸鰐がこちらの水塊に着水し、数メートル先で巨大な鰐が大顎を開くその一瞬。

 赤い口腔、牙が何本あるか数えたところで、アドレナリンを吹出した脳が勝手に手に指令を下す。


 世界はまるで、スローモーションのように遅い。


 魔力の水は青く透明、見え過ぎる世界は水に隔てられ、音は奇妙にくぐもっている。勝手に動いた指が緊急用のポーチを探り、堅い何かを掴んで目の前の赤にぶん投げる。

 水中なのに不思議とまっすぐ飛んだそれは、小さな刺々しい結晶で、あんらくさんは晶石と呼んでいただろうか。


 指が水をかく感覚。何年ぶりの感触だろうか。反転した右手が肩に取り付けたベルトを弾き、大振りなナイフを抜き放つ。

 目の前に迫る大顎が、スローモーションのようにゆっくりに見える。透明な中で青い光を宿した水晶は見事に陸鰐の歯にぶち当たり、一拍置いて強烈な光。


 陸鰐の上下の顎を縫いとめるように出現した魔力の氷へと姿を変え、咄嗟のチャンスに左手を伸ばす。腕を真っ直ぐにすればちょうど鼻先に指先がかかり、支えの無い水中で唯一の力点となる。

 指先に力を込め、腹筋を意識しながら一気に接近。ごぽりと耳元を泡が掠め、後ろ手に隠されたナイフに妙な手応えを残して上へ上へとのぼっていく。


『――――!』


 陸鰐の無音の叫び、隻眼がぎょろりと蠢き、向けられたナイフの切っ先を見つめてその色を深紅に染める。

 一瞬遅れれば自分が食われる。それだけを意識してナイフの切っ先を隻眼に向け、水中で振り上げた右足が柄を捉え、目を瞑って押し出した瞬間に水面から顔を出したような開放感に包まれる。


「――ぷあッ……“朱の色 精霊の色 火の精霊と見紛う色”!」


 目を開けば実際に頭だけが水の膜を突き破っていたらしい。満天の星空と、舞い落ちる雪片を視認した瞬間に、喉が反射のように詠唱を開始。

 右手から溢れる魔力を制御しつつ、急き立てられるように詠唱を続けていく。


「“猛火の線を繋ぎ巡らせ 力を得て炎上せよ”――ッ!?」


 残すはスペルだけとなった所で水中に沈む左足に違和感が走り、そのまま意味も解らず再び水中へと引き込まれる。

 ごぼごぼと泡を纏ったまま水中で目を見開き、違和感の元凶に血の気が引く。左足を噛み砕き、更に胴体に噛みつき直し、そのまま水中に引きずり込まれたのだ。


 もう目は見えていないだろうに、その執念で獲物を捕らえた陸鰐は、容赦なく胴体を真っ二つにしようと自分を更に中心部へと引きずり込む。

 視界の端に、右手に集った魔力の塊。その赤い色と、水中に派手に散る赤色を見比べて、戦闘狂と呼ぶに相応しい自分の神経が何かを叫ぶ。


 多分、あってる。これであってる。この世界はこれだからたまらない。


 再び胴体を噛まれる前にと、伸ばした右手が眼窩に刺さったままのナイフを掴む。魔力を伝わらせ、その刀身を魔力の通り道にすることができるという、武器屋のお姉さんお墨付きのナイフだ。


 存分に役に立ってもらおうと、掌に溜め込んだ魔力を一気にその刀身に流し込む。陸鰐が大口を開け、今度こそ獲物の胴体を食い千切ろうとした瞬間。

 赤々とした魔力は吸い込まれるように陸鰐の内側に滑り込み――、


「――――【フレイム】!!」


 ――渾身の魔術が、ナイフを伝い炸裂した。



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