第三十一話:穏やかな道中
第三十一話:穏やかな道中
黒いズボンに、灰色のタートルネック。肩に回したベルトには、中くらいのナイフと弾薬を装備。サイ・ホルスターに銃を入れて、腰と太股にベルトを回して残りの弾薬をありったけ詰め込んで。
銃使いは身軽じゃないなと唸りつつ、小さなポケットを取り付けた全身を点検する。
「意外と重い……」
弾薬は意外と重いが、出来る限りはリュックの中ではなく身につけて携帯したい。重いといっても想像よりかは、という重さなので、慣れれば多分気にならない。
そういえば、“見習い銃士”のアビリティは取得したものの、スキルは確認していなかった。ステータス上げに夢中過ぎて忘れたままだったと反省しつつ、ステータスを開けばちょっとだけ悲しい気持ちになった。
スキルが何一つないのは如何なものか。もしかして、実際に撃ってみなければスキルは習得出来ないのか。街中でぶっ放すわけにもいかず、弾も貴重なので無駄撃ちはしたくない。とりあえず溜息を吐きながらスルーして、点検を再開する。
ポケットというか、小型のポーチ? は全部で11個。腰に6つ、左右の太股に2つずつ、左肩の辺りに1つ。
それぞれ、メインは弾薬。1つは配布された携帯食料。もう1つは軟膏ポーション。なんだか物凄く楽しくて良い。実際の戦闘も楽しいが、その準備はもっと楽しいものだ。
点検を終え、リュックを背負い、準備が出来たと声をかければ、ちょうどアンナさんが大振りな包丁を鞘に入れ、腰に装着するところだった。
「準備できました」
「よし、こっちも行けるよ。じゃあ出発しようか」
目的地は予定通り、ライン草群生地。今現在、死に戻り被害が最も多い地域である。皆、考えることは同じなのか、それぞれの薬屋から入手した情報を元に、ライン草の根を求めて行くのだとか。
意外と情報の周りが早いのには驚いたのだが、ニコさん曰く廃人連中が多くいるわりには遅いほうなんだとか。
「かなり遅いですよぉ、ひっひっひっ。ポーションなんてRPGの基本、値段が高ければ自分で作るのが当たり前。普通のゲームだったら開始30分もあれば、作り方の5個や6個判明しているもんですよぉ」
「そんなにですか」
「そうそう。MMOはスタートダッシュ重視の輩が多いから。狩り場の独占、マッピング、素材集め。特に素材に関してはどんどん値崩れしていくのが普通だから、熾烈な争いが多いんだよ」
「はぁ、でも今のところ、どれだけ掲示板見てもモンスターの素材って中々出回っていませんけど。手に入れてもみんな自家消費で、売る余裕無いみたいですね」
「これはね、「あんぐら」が異常なの。廃人連中のプレイヤースキルを上回る戦略をね、使ってくるモンスターがいるほうがおかしいから」
「戦略ですか……そんなに凄いんですか?」
「凄いですよ、狛さん。僕が秀逸だなと思ったのは、ぷるぷる震える野ウサギを追っていたら、行き止まりに誘い込まれて崖から大岩が降ってきて全滅した話とか。後は、犬系モンスターを追っていたら落とし穴に落とされて、よってたかって生き埋めにされた話とか」
微笑を浮かべたフベさんが語ると、また生々しい話である。特に生き埋めは厳しいに違いない。モンスターとはいえ学習性AIだ、侮るなかれとは正にこのこと。
油断すればあっという間に死に戻りにあうせいか、どのプレイヤーもかなり慎重になってきているんだとか。準備は周到に、情報もあればあるだけいい。金を稼ぐ手段が乏しい今、失敗は死活問題らしい。
「そのせいで、よけいにPKギルドの動きが活発でしてね。まあ、昨日の小競り合いの時に出てこなかった輩が一番危険ですかね。エルミナさん達は、がっつり体制を立て直すまでは襲ってこないでしょう。彼等は賭けをしませんから」
「あ、やっぱり少ないと思ってたんですけど、援軍に来なかった人達いたんですね」
「勿論。勝ち目が薄いと判断した慎重派は、エルミナの指示に従わずに分かれたそうです。ごたごたに乗じて細かな素材を集めて売って、軍資金を得てPKにはしったようですね。今はモンスターよりもプレイヤーの方が弱いんですから、当然かもしれません」
超序盤なのにモンスターよりプレイヤーの方が弱いとか、難易度が高すぎるんじゃないかと思う。ニコさんが含み笑いをしながら手を振って、未確認モンスターがたーくさんいるんですよぉ、と楽しそうに語ってくれた。
未確認モンスターというだけで背筋が震えるのだが、今のところ武装は出来る限りしたのだし、やってみるしかないだろう。
「とりあえず、確認されているモンスターだけでも道中お話ししますぅ。ひっひっひっ、楽しいですよ、色々あって」
「モンスターの生態とか燃えますね! 良いですね大自然!」
「ほら行くよー、夜の間にどうにか帰ってきたいんだから」
「つーかよ、なんで夜なんだよ。昼の方が全然マシじゃね? 俺に対する嫌がらせか?」
「そういえばそうですね。夜の方が危ないイメージですけど」
そういえば自分やルーさんは暗視系のスキルがあるから問題ないが、あんらくさんは夜は見えないとぼやいていたはず。ニコさん達だって見えないんじゃと振り返れば、フベさんがにっこり笑って小首を傾げる。
ぞろぞろと店を出れば、まだ空は青空だった。しかし初秋とはいえ季節は秋、もう少しすればあっという間に空は橙に染まるだろう。
「僕が明かり代わりになりますから、大丈夫ですよ。それに、道中説明しますが『平原震え白蜂』は夜行性ではなく、昼間活発に活動するらしいんです。とりあえず目的はライン草の根なので、無用な争いは避けようと思いまして」
「それに、ルーさんとド新人さんは暗闇でも問題ないそうですしぃ、ルーさんは昼間の方が弱体化します。モンスターとの戦闘に夢中になってはぐれそうなあんらくさんより、まだかっとしやすくても目的を忘れないルーさんの方がマシですからぁ」
「“狛犬”です。ああ、なるほど。総戦力と状況を天秤にかけたんですか。確かに、夜の部の方がマシですね。ギリー達も夜行性ですし」
「そうですよぉ、あれ? 狛犬さんの相棒はどこ行ってるんですかぁ?」
「ルーシィなら、色々とプログラムの点検だとかで忙しいらしいですよ。最近のAIは働きずくめで大変ですよね」
何やら色々と義務があるとか何だとか、助言がないのはちょっぴり不安だが、終わったらすぐに合流するといっていたし、まあ仕方がないだろう。
後ろから黙っておとなしくついてくるギリーに乗せてもらい、ぐらぐらしながら街を見下ろす。
こうしてしっかりと背筋を伸ばせば、サラブレッド並の高さがある。高くなった視界に喜びながらリュックをしっかりと背負い直し、ホルスターに入っている銃を引き抜く。
スライドを引いて装填、安全装置を押し上げて、臨戦態勢にしてホルスターにそっと戻す。
仕方がないから、後で試し撃ちをするしかないかと溜息を吐き、ニコさんの説明にじっと耳を傾ける。
「とりあえず、道中襲ってくる輩がいるとは思いません。気をつけるべくは、帰りですね。私たちがこれからモンスター狩りなり、採取なりに行くことは明白ですから。より利益を求めて、疲労した状態を求めてと考えると、帰りしなが一番危険です。良いですねぇ?」
「あ、なるほど。行きは特に襲う利点がないんですね。やる気満々ですし、装備もしっかりしてるし。疲れもないですし、確かに武器や防具は奪えますけど、素材とかは持ってませんしね」
確かに自分がPKで稼ぐ気ならば、帰り道を狙った方が稼ぎが良い。狩りが成功していれば油断があるし、疲れがあれば勝率が上がる。儲けは増えるし良いことずくめだ。
逆に行きに襲いかかる理由がない。報復にしても、勝率は高い方が良い。PKなんてリスクが高いことをするのならば、通常よりも慎重を期すのが当然だ。
「そういうわけでぇ、多少の警戒は必要ですが。行きはそこまで警戒を要しません。帰りは出来るだけギリー君やルーさんの索敵能力に任せまぁす。事前察知が大事ですから。行きと帰りはルートも変えますし、待ち伏せだけは避けたいとこです」
「了解です。ていうか携帯食料とか凄く良いですね! うきうきします!」
「干し肉と乾パンだけど、あるだけいいから」
「アウトドア大好きですから! 最高です!」
寧ろサバイバル臭がするから干し肉は最高のアイテムだと思うとアンナさんに力説しつつ、5番の門を抜けて見渡す限りの草原に踏み出した。
初秋の風が吹き抜ける緑の草原。遠くに焦土と化した森の残骸が見えるが、そこは見ないふりで足をすすめる。
抜けるような青空とのコントラストが美しく、所々に突き立つ白い岩がまた映える。所々に中規模の森があるものの、全体的に見るのならば一面の草の海。ニコさん曰く、竜の爪のようだと思っていた白い岩は、想像通り竜爪岩と言われているものらしい。
街の人達が言うには、あれは岩ではなく本物の竜の爪で、それもただの竜ではなく、この大陸に棲み崇められている竜王の爪なのだという。
本当にそうなのかは不明だが、既に攻略組が削ってみようとしたところ、1ミリも削れなかったという報告があがっているとか、なんとかかんとか。
「そもそも竜王ってなんですか?」
「この世界にはまず、世界を作り出した神様と、今の神様とで、神様が2人いましてですね。神様の世代交代と共に“選定の日”を経て、近年、暦が新しくなったようで。今は竜歴3年なんだとか。その竜歴の由来こそが……」
「あ、いいですフベさん。フベさんが情報通なのはわかりましたから、後で聞きますその雑学は。先にモンスターについての注意事項とか教えてください。竜王についても後でいいです」
「……そうですか? 興味ありません? 雑学」
「優先順位です。モンスターの弱点とかないんですか?」
「弱点……と言うべきかは微妙ですね。普通の動物らしく、鼻っ柱とか目とかは確かに弱点ですが、通常のゲームのように明確に弱点部位というものが存在するわけではありません。生き物としてという部分に焦点をあて、順当に考えるべきですね」
「あー、そんな感じですか。こう、他にはないんですか? 弱点属性とか」
「弱点属性については研究中でして。ないんじゃないかな、あはは、っていうのがとりあえずの結論ですかね。こればかりは性質と属性についてじっくりと考察しないとなんとも……。とりあえず、簡単な習性は把握してます。説明しますね」
そして、フベさんの説明曰く。モンスターとは――。
「――マトモに戦うもんじゃありません」
「……は?」
「あれは、今戦うべきものじゃありません。まったくもって戦力不足。無謀通り越してまるで勝ち目が見えません。第一、野生動物に人間が勝とうというのなら、もっと卑劣で狡猾で醜悪な作意の元に作戦を実行するか、もしくは慣れが必須です」
「慣れ、ですか」
「街の人達、その中でも“公務員”と呼ばれる人達に聞きました。彼等は貴重な塩を確保するために、短くとも1ヶ月、長ければ数ヶ月を労して海岸まで塩を採りに行くそうです。その道中、スポーツ的な交流として、モンスターとの一定数の抗戦があるらしいんですが、彼等がマトモに戦えるのは偏に慣れと経験です」
「……塩採りが、スポーツ的な交流?」
「とにかく、野生動物との戦闘に慣れていない僕等にとって、モンスターとは戦って仕留めるべきものではなく、積極的に回避するべきものです。山に山菜を採りに行くのに、熊と戦う気で行く馬鹿はそうそういませんよね?」
「あ、そう言われるとそんな気が。ファンタジーだからって、そう簡単にはいかないんですね」
「実際、死に戻り被害が多いのは、そこら辺の実力差とモンスター達の事情を鑑みなかった人達が多かったからです。モンスター達だって無用な争いはメリットがありません。数人で固まっていて、しかも契約モンスターまで連れているプレイヤーを攻撃する理由がないんです。死に戻りの理由は主に学習性AIの入っていないモンスターによるものか、学習性AI入りのモンスターに挑んで返り討ち、もしくは沼地に迷い込んだ馬鹿がいらっしゃるようで……」
「沼地なんてあるんですか」
「沼地はですね、蛭がいるそうで。主に沼地での死に戻り原因の1位は、蛭や昆虫によるダメージです。底なし沼ではないらしいですが、一度はまれば抜け出すのは難しいようですね」
「蛭……蛭!?」
蛭なんて出るのかと寒気がする肩を抱けば、ギリーが大丈夫だとゆっくりと尾を揺らして慰めてくれる。
みんな軽く早足で草原を進むものの、見える範囲には人もモンスターの影もない。空はまだ青く高く、夕暮れまでには目的地に着けるだろうか。
『沼地の位置くらいは把握している。用が無いのなら、澱んだ水辺には近付かないのが一番だ』
「……うん、信じてるよギリー」
「そういえば、ドルーウは目撃情報はありますが、滅多に遭遇しないようです。味方としてこちらにいますし、メインの生息域ではないので説明は省きます」
「はい、遭遇しないことを目標に、というのはわかりました」
「遭遇しない為の理解がメインですね。まずは一番危険とされている『平原震え白蜂』ですが、これは夜行性ではなく主に目撃情報は昼間です。体長は意外と小さい、といっても最低でも15センチほどはありますね。夏場はともかく、秋になって夜間の気温が下がり、その巨体を動かせるほどの熱を維持できないようで」
「と、いうことは夏場は夜も出没するんですね」
「そうとも言いますね。見た目はそのまんま、白いスズメバチといったところでしょうか。スクリーンショットを見る限り、あまり近付きたくはありませんね。今の所、プレイヤーが巣を発見した例はないようで、見かけても近付くなというのが街の人の談です」
「ひっひっ、蜜蝋の為には後で踏み込むんですけどねぇ。とりあえず、今わかっている外的情報は、『平原震え白蜂』という名前、スクリーンショットによる見た目、風雲系モンスターで、体長は15センチほど。スキル名は不明なものの、風雲系:風属性のスキルを持っているようですね」
「ほうほう、モンスターにもスキルがあるってのは面倒ですね。同じように制限とかあるんでしょうけど……」
スキルの効果が詳しくわからないうちは、挑むにも対策が立てられない。非常に面倒な相手である。フベさんが、モンスターとは基本的に真っ向から挑むものではないというのも頷けるほど、この世界でのヒエラルキーはモンスター側に傾いている。
スポーツ的な交流としてモンスターと渡りあえるNPCもいるようだが、それはそれ、というものだろう。
「ステータスが上がれば対抗する手段もあるんだろうけど、見習いが取れない内は無謀かもね。やれやれ、まともな攻略はいつになるのやら」
「ルーさん達みたいなゲーム慣れしている人達でも、やっぱりきついんですか?」
「そりゃ、こんだけモンスターの頭が良いとね……っと、フィニー! 警告!」
――ピィーッッ!!
突如、甲高い鳴き声が高い空に響き渡り、全員が即座に身を固くする。集中すれば遠くから駆け足のような音が聞こえ、フィニーの警告音はどんどんと音量を上げていく。
「……何か、フィニーの索敵にひっかかった。人じゃない、犬系かな? ドルーウ?」
「ギリー、交渉できる?」
『ここらの同種なら顔見知りだ』
「ひっひっ、何頭ですか? 場合によっては迎撃しますよぉ」
「とりあえず、交渉行ってきます。契約スキルに、ドルーウと会話できるスキルがあるんで」
『主、知り合いだ。おそらく問題ない』
自分を乗せたまま逆立てた毛を、ゆっくりと元通りに落ち着かせていくギリーの言葉をみんなに伝え、そっとギリーを促して前に出る。
足音が近付くにつれてそのシルエットが草原の上に突如浮かび上がり、岩に身を隠しながら近付いて来ていたのかと納得する。
ルーさんがフィニーを宥め、ギリーが若干の躊躇いをみせながらも喉を反らし吠え声を上げる。
――オォーゥ、と答えが返ってきたことに安心し、ギリーが尾を振りながらその巨体を出迎える。
小走りになっていくそれの印象は、まず巨大。ギリーよりも2回りほども大きな巨躯を見せつけ、そのドルーウは大振りな牙を口元から覗かせる。
『やーう、黒いの。契約相手見つけたってホントだったんだー。よろしくぅー、プレイヤーさん』
「……はあ、よろしく」
なんとも間延びした話し方と共に、その巨大なドルーウは欠伸混じりに尾を振るう。
怖そうな見た目に反し、呑気な感じでドルーウはぐるりと回り、ギリーと挨拶をしてからゆったりと首をもたげる。
『やうやう、この先で変な集団が待ち伏せてるからぁ。せっかく僕等の良いお友達候補なんだし、お助けに来たのさー』
「変な集団が待ち伏せ?」
『よく覚えてないけどー、数人ー?』
『主、これは下ったものではない。強いが、群れに馴染まなかった“はぐれ”だ。呑気な性格だが、嘘は言わない』
「確かに強そうだね。これもスキルの恩恵か……ライン草の群生地に行きたいんだけど、安全な迂回路ってありますか?」
『うぅーん。干し肉くれたら連れてったげる。あれ好きなの。こーぶつ』
「あ、いくらでもどーぞ。お願いします」
即行でポケットを漁り干し肉を束で掴み出す。ゆっくりとその鼻先に近付ければ、嬉しそうに尾を振って後でチョーダイと頷いてみせる。
じっと黙って話を聞いていたルーさん達に事情を説明し、安全だというルートを案内してもらうことになった。
ドルーウに襲われにくくなるというだけではなく、より友好的に話が出来たことには驚いたが、そこはありがたく思っておこう。
『やーうぅ、契約する気はないけど。お友達は欲しかったの。黒いのの主、よろしくぅー』
「“狛犬”です。はいはい、どうも。よろしくです」
『ではー、行きまーす』
巨体を翻し、尾を振りながら。呑気なドルーウに連れられて、自分達はライン草群生地へと出発した。
空の端が少しだけ、橙の色に染まっていく中。これから起きる騒動は想像もできないまま、ゆっくりと時は過ぎていった。




