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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
1:Under Ground(意訳――目に見えない仄暗い世界)
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第二十七話:アンラッキーガイ



第二十七話:アンラッキーガイ




「ジョセフ……ジョセフぅぅ……!」


 ざわざわとざわめく夜の森。その中でひたすら大声を上げている男がいる。男は森のど真ん中で泣きながら叫んでいで、見るも哀れなほどその瞳を潤ませていた。


 何事かと遠巻きに眺めている肉食系モンスターまでいて、のっそりと現れたギリーの巨体に驚いて慌てて逃げていく。肉食系モンスターに襲われるどころか興味深そうに眺められている時点で、男がどれだけ悲惨な様子で泣いているかがよくわかるだろう。


「ジョセフ! ジョセフってばぁぁ! どこにいるのー?」


 何度も何度も誰かの名を呼ぶ涙目のその男は、森のど真ん中でひたすら声を張り上げている。はっきり言って奇行だ、奇行。


「ジョセ……フぅぅううぅぅううぁぁああぁ……」


 最終的には名前の途中で子供みたいに泣き出して、立ち止まって成り行きを見守っていたギリーと思わず顔を見合わせる。


 月が綺麗に輝く夜。現在時刻は2:12。ログアウトまでは意外とあるからとルーシィを連れ、統括ギルドからそのまま7番の門を出て、5分ほどジョギングした先の森の中での出来事だ。


 何故見ていたと言われれば、それはもうただ目についたからとしか言いようがない。


「……えーと」


「うぁぁああぁああぅぅうう……! ジョセフぅぅぅうぅうぅう!!」


『主、構うのか? あれに?』


「流石に見て見ぬふりはちょっと。なんか落ち着かないし。それにあれ、この後どうなるのか気にならない?」


『相棒って意外と良い性格してますよね。マイペースに』


「なんだそれ、どういう意味だ」


『大人しそうな顔して意外とドライじゃないですか』


「ドライじゃないよ。どうでもいいことに反応しないだけで」


 それをドライというんですとぶつぶつ言っているルーシィは無視。再びちょっと楽しい気分で男を見れば、男はひたすら膝をついて木の幹にすがり泣いていて、黄土色の短い髪をぐりぐりと木に押しつけている。


 痛そうだなと思う前に、まずは大の男が泣き崩れている場面にドン引きだ。ドン引きだけど面白い。一体この後どうするのだろう。


 筋力上げの為にギリーと地味に、本当に地味にジョギングをしていただけなのに、どうしてこんな楽しそうな場面に出くわしてしまうのか。

 色々と便利に使おうと思って一緒に引っ張ってきたルーシィを振り返れば、きょとりと肩を竦めてみせる。


『にしても私の次にうるさい奴ですねー』


「あ、自覚あったんだ」


『……流石に行く先々で言われたらわかりますもん。ていうかルーシィちゃんはソロでステータス上げをするからって呼ばれたんですよね? なのに、こんな珍獣ショー見てていいんですか?』


「珍獣って言わないの。どうみてもあれプレイヤーでしょ」


 自分はお人好しなタイプではないが、うっかりこういう事に出くわした時に見なかったふりが出来るほど器用ではない。寧ろこんな楽しそうなことは放っておけない。


 なんて言ったらいいのか……正義感とかそういったたぐいではなく、事の顛末がどうなるのかが気になって仕方がないという、野次馬根性というのが一番の言い表し方だろう。


 ようするに、この後どうなるかがひたすら気になるのだ。よし、話しかけてみようと、初対面では威圧的な大きさを誇るギリーを下がらせて男の近くまで歩いて行く。


「……うぅぅぁぁ、ごめんなジョセフぅぅ」


「ジョセフってどなたですか?」


「俺の契約モンスターなんだっ。俺の……っ、やっと契約してくれたモンスターが……っ!」


「あ、モンスターの名前がジョセフって言うんですか」


「おう……それで――あれ? 君は?」


「通りすがりのプレイヤー、“狛犬”です」


 しゃっくり混じりの声で首を傾げるその人は、短い黄土色の髪をした中肉中背の男だった。顔は可もなく不可もなく。普通の人だなという単純な印象を抱く。


 瞳の色は綺麗な黄色。しかし今は大量に溢れた涙で盛大に潤んでいて、下がった眉が男の頼りない雰囲気をものすごい勢いで膨らませている。

 自分を見上げるその人に、手をさしのべながら自己紹介をすれば男はぺこりと頭を下げた。


「あ、俺は“ユースケ”。プレイヤーだけど……えと」


「あんまり泣いてたんで面白くて。どうしたんですか? モンスターに逃げられたとか?」


 こんな森のど真ん中で、しかも夜中。更に周りのモンスター達からも引かれるほどの泣きっぷり。周りに警戒もしていない状態の彼がまだ生きているのは、偏にその奇行のおかげである。


 ジョセフというのが契約モンスターだと言うのなら、泣きながら名前を呼んでいる時点でその契約モンスターに何かあったのか、それともその契約モンスターが去ってしまったかの二択だろう。


 プレイヤー側からの穏便な契約破棄は不可能だが、モンスター側からの契約破棄は簡単に可能だったはずとルーシィを振り返れば、それであってますと頷いてくれる。


『プレイヤー側からの破棄はそのモンスターを殺すしかありません。もしくは、“魂の欠片”を飲みこむ前だったらそれを壊すだけでも可能ですが』


「あ、そうなの?」


『壊すのは簡単じゃありませんよ? 序盤にそんな手段があると思えないくらいには』


「じゃあほぼ無理じゃん。で、ユースケさんはどうしたんですか?」


「……あ、喋っていい? 途中で見捨てたりしない?」


「しません、しません。とりあえず事の顛末まで知りたい派なんで」


 何かあったなら解決するまでは見捨てないと頷けば、ユースケさんはぐっと腕で涙を拭って顔を上げる。

 じゃあ話すと言いながら座り込む彼にあわせ座ろうとすれば、ギリーが椅子になってくれるというので遠慮なく綺麗な毛皮に座る。ふかふかで気分が良い。はっはっはっ。


「わ、大きいな。俺の背丈より大きいんじゃないか?」


「失礼ですが身長は?」


「えーと、181」


「じゃあギリーの方が低いですね。それでも体高1.4メートルもあるんですよ。尻尾いれなくても2メートルはありますし、細身だけど結構圧迫感ありますよね」


 今更な話ではあるが、自分はよくこんな巨大なリカオンもどきを相手に立ち向かったものだと思う。いや実際には自分が攻撃をしかけたのはトトだったので、ギリーの半分ほどの大きさなのだが。


 それだって十分な大きさだ。ルーさんやニコさん達が気にしないから問題にならないだけで、かなり巨大な方のモンスターだと思う。

 森の木は結構な高さがあるし、アンナさんのお店がかなり広いからこれだけの巨体が入るのであって、現実でいえばトラなんかよりずっと巨大なのだ。敵に回したくない大きさである。


「ふわぁ、本当に大きいな。じゃあ立ったらもっと凄いんだな」


 怖いと言いつつキラキラとした目でギリーを見つめるユースケさんはモンスターが好きなのだろうか、触ってもいいかとギリーに聞いて、毛皮を撫でて感動している。


 しばらくユースケさんがギリーを撫でながら落ち着くのを待って、それでどうしたんですかと切り出せば、途端にぐっと悔しそうな顔で唇を噛みしめて、震えながら事の次第を語り出す。


「俺、俺は……不運だったんだ……!」


「えーとそれは、運の数値が低い……?」


「いや、それも低いんだけど、それとは関係ないらしいんだ。そうじゃなくて、現実の運……リアルラックっていうのか。それのせいで、折角選んだアビリティが消えちゃってだな……」


「…………は?」


 選んだアビリティが、消えた? 選んだアビリティということは十中八九、初期アビリティのことだろう。

 初期アビリティは例外なくプレイヤーが自由に選ぶことができるアビリティで、必ず1人1つとなる筈なのだ。どういうことだとルーシィを振り返れば、バツが悪そうな顔で片目をつむって舌を出す。


『えへっ、「あんぐら」ではそういう機能があるんです。確率はめっさ低いんですけどね。初期アビリティって、いわゆる生まれ持った才能っていう立ち位置なんですよ。ですからですね、生まれつきだいたいの人は1つ明確な才能を持っているという考え方で、たまに生まれつき才能に溢れていれば2つ。逆に――』


「まさか才能がない奴がいるっていう話か!?」


『いぇあー……』


「……え、え、おかしいだろ。だってMMOって、出発点は平等っていう不文律があるんだろ? それ破ってるじゃん!」


『ちゃんと計算はしてます。リアリティ追求の為に採用されたこのシステムにもきちんと調整はかかってます。アビリティが得られなかったプレイヤーには専用の特殊スキルがついている筈です。ある意味、人によってはハズレではなくアタリというようなスキルです!』


「にしたって0とか2つとかダメだろう!」


『相棒は初心者のはずなのにどうして妙な常識だけ持ってるんですか! そんなの心配しなくたってここまでいろいろ追求しているんですから、ゲームとしての体裁を保つ程度に調整していないわけないでしょう! そりゃ運営会議でボロクソ言われたシステムですから、確かに大声では言えませんけど……っ』


 やっぱりボロクソに言われたか……という心の声はユースケさんと同じだったに違いない。全く同時に溜息をつく自分達に、ルーシィが誤魔化すように愛想笑いのまま空中で一回転してみせる。


『戦闘力的には問題がないようにスキルがついている筈です。他にも、選んだけれど得られなかったアビリティを得るための条件が少し易しくなっているんです』


「才能としては得られなかったが、そうなりたいという意思を尊重して?」


『ですね。ですから、努力さえすれば寧ろマイナス面よりプラスの面の方が多いんですよ?』


 にしてもねぇよ。という心の声はしっかりと伝わっていたようで、くるりと背を向けたルーシィを、ジト目で見ながら深く深く溜息をつく。

 ギリーの毛に埋もれて逃げたルーシィについては諦めて、そういえば話が脱線してしまったと再びユースケさんに話を振れば、未だにぐすぐすしながら目尻を拭う、自称どころか客観的にも不運なユースケさん。


「それで……?」


「それで俺は……“サモナー”になりたかったんだけど」


「はあ……サモナーですか。……サモナーって何、ルーシィ」


『“サモナー”とは! 【サモン】のスペル1つで予め契約しているモンスターを呼び出すことができる魔法系アビリティです。他のRPGにおいてはジョブのレベルが上がるにつれて契約出来るモンスターがリストに出てきて、という形が多いですが、「あんぐら」においてサモナーは呼び出すモンスターと予め専用の契約を交わさなければならないんです』


「そんな営業マンじゃないんだから、普通はリストにあるモンスターを支給される形なんだけどな。このゲーム色々と凄いから……色んな意味でさ」


「出たよ、他とは違う特別仕様っていう名の非常識」


『口悪いですよ相棒! 良いんです! ゲーム業界は差別化してナンボなんです!』


 競争っていうのは厳しいんです、と言うルーシィ曰く、「あんぐら」の“サモナー”というアビリティの特色をあげるのならば、通常のプレイヤーが契約できない最低ランクのモンスター。つまり学習性AIではなく、通常の高性能AIによって動いているモンスターとも契約を結べるらしい。


 他にも、スペル1つで任意のモンスターを自由に呼び出せるという部分や、サモナーならではのモンスターの能力を底上げするスキルなどは意外と利点になるらしく、色々と制約はあるがそう悪い部分ばかりではないらしい。


 サモナーとしての契約と、通常のプレイヤーとしての契約の両方が可能らしく、対人戦においては様々な戦術を組み立てることが可能だとか。だがまあ、ユースケさんはその才能なしとシステムに弾かれたわけで……芽が無いわけではないのだろうが、それにしたって酷な話だ。


「それで、まあそれは確かに良いんだ。補助用の珍しいスキルも貰ったし、アビリティも取れないわけじゃないのはわかってる。頑張ればな。本当は試験とか色々あるらしいんだけど、俺の場合はまた違う取得方法が表示されてるっていうハンデがあるし」


「ほうほう」


「……でも俺がVRやってる理由は、モフモフとかモンスターとかが好きだからなんだ。モンスターと触れ合えるVRは総なめにしたと言ってもいい。俺は何よりモフモフとかモンスターが好きなんだ。だからこそ、一生懸命レベルを上げた他のゲームでのデータを消してでも、このゲームはやらなきゃいけなかったっ」


 ユースケさん曰く「あんぐら」は容量が重過ぎて、ホールのメインメモリを空っぽにするか、別売りの馬鹿高い予備データフォルダというものを作らなければならないらしい。


 「あんぐら」をプレイするためだけにホールを買った自分には無関係な悩みだが、他のランカーと呼ばれるゲーマー達は泣く泣く他のゲームでのデータを消すか、涙を呑んで馬鹿高い予備データフォルダを購入するかの究極の二択を迫られたらしい。


 大体の人は生活に余裕があるため予備データフォルダというものを買ったらしいが、ユースケさんは多少稼いでいる大学生という立ち位置らしく、流石に1日1食にしてまで買い求める気にはなれなかったという。


 「あんぐら」ではサモナーでなくともモンスターとプレイヤーは契約を交わせ、しかも全てのモンスターに学習性AI搭載という夢のような謳い文句もまた、他のゲームのデータを残しておく意義に疑問を持った原因だとか。


「他のゲームはもう無理だな。後悔はしてないし、もう他のゲームには戻れない。こんな生きているモンスターと触れ合えるゲームなんて他にない。データフォルダがこれだけで埋まっても何も文句ない」


「ほう、はっきりとゲームをやる理由を持っている人っているんですね」


「もう敬語じゃなくていいよ……っと言う前に何歳? 流石にVRでも年上にタメは、まずいよね……?」


「28だけど、いくつ? あ、後は自分が年上でも敬語じゃなくていいよ」


「……25ジャストだ。タメでいい? じゃあこのままで、えっと」


 それで、と再び語り出した彼の話は、意外と言えるか兎も角として、ドンマイとしか言いようがないほどの不運だった。ゆっくりと風が吹き抜ける森の中、ユースケ――で、いいか――が事の核心にようやく触れる。


 確かにユースケは不運だった。しかし希望はまだまだある。サモナーだって夢じゃないし、サモナーのアビリティがなくても、モンスターが大好きな自分はどうするか。当然、通常のプレイヤーと同じ契約を交わそうとモンスターを探しまくったらしい。


「走り回って探したんだよ。でもモンスター達はみんな逃げちゃうし、契約をお願いしようとすればまた怯えたように逃げちゃうし……理由は多分、俺がゲーム下手だからってのもあるんだろうけど、それにしたって話にならないから……」


「――怯えたように逃げる?」


 はて、モンスターはそんなにプレイヤーを避けるものだったかと首を捻り、そして後ろからそっとギリーの助言を受けて思い当たる。


 “始まりの街、エアリス”周辺のモンスターと、プレイヤー達の確執。能動的な契約交渉からの、不信感に基づく断絶。


「いくら俺の理解力が足りないからって……」


「それ――えっと、ユースケが草原の方にログインしたの、何時?」


「え? あ、ああ。俺ってさ、こういうゲームの説明書とかは最初にしっかり理解するまで始められない質なんだ。だからえっと……他の人より遅いかもな。最初の説明に3時間ぐらい費やしてもらったから」


「――――」


 長い、というのは言うまでもない。サポート妖精による初期説明の時間は1時間。どんなに終わるのが早くとも1時間は初期説明の時間にあてられて、プレイヤー全員が誤差なく同時にスタートできる仕組みになっている筈だが、ユースケはその時間をみんなの3倍もとったという。


 確かにルーシィ曰く説明を求める任意の時間として自由に引き延ばせはするらしいが、それにしたってMMOはスタートダッシュが大事だから、そこまでする人は珍しい。


「凝り性?」


「違う。こう、世界の隅々まで楽しみたいだろ? だから全部知っておきたかったんだ。最初にわかることくらいは。説明書も隅まで読んだし、まあ始まってからの情報には疎いけど……」


「あ、ああー……」


「それに俺のせいでジョセフがひどい目にあって……

 今はジョセフがここに戻されるのを待ってたっていうか、探してたっていうか……」


「……」


 ユースケには失礼だが、ボソボソと言いながら膝を抱える彼を見て心底思った。こいつは、ものすごく要領が悪いと。

 おそらくユースケは徹底的に要領が悪いのだ。モンスターと契約できない理由は根本的にはそこにある。


 ズルとか些細なテクニックという小手先のものを嫌がり、常に馬鹿正直にやろうとするから初動も遅れるし一番肝心なタイミングを逃すんだ。

 縁は綺麗に埋めているのに、肝心な中心部分が全くの手付かずとなっている。これでは色々な部分に問題が出るだろう。


「……あのさ、えーと。契約モンスターを殺して素材を手に入れた人の話、知ってる?」


「え……なにそれ」


「後は契約モンスターを狙った通り魔の話とか……」


「なにそれ!?」


 そんな酷いこと信じられないと目を丸くするユースケに、懇々と彼が知らないであろう情報を教えていく。情報というよりかは、今の世界の方向性と言った方が良いだろうか。


 エアリス周辺のモンスター達は最初、能動的にプレイヤーに契約を持ちかけたこと。そのせいでモンスターと契約しているプレイヤーが多いこと。しかしその後に契約というものを利用してモンスターを騙し、その素材を手に入れた人が現れたこと。


 一部のプレイヤー同士での揉め事についてと、詐欺にあったモンスター達がプレイヤーとの契約を避けるようになったこと。

 全てを説明し終われば、ユースケはがっくりと項垂れた。


「それで、あんだけやっても避けられたのか」


「何をどうやったのかは聞かないけど、まあでも契約出来たんだろ? 一応は」


「おう、ジョセフは……この森で契約したんだ。もうあんまりにもどのモンスターも相手にしてくれないから仕方なく、死に戻り覚悟でこう……叫んだんだ」


「は? 叫んだ?」


「うん、叫んだ」


 ユースケは叫んだらしい。文字通り、この森で。この森のど真ん中で半泣きのまま、


「俺と契約してくださるモンスターはいらっしゃいませんかぁー!! ……って」


「……」


 それは、すごい。どういう意味ですごいかは置いておいて、確かにそれは勇気がある。しかもユースケはそのジョセフとやらが現れるまで、小1時間ずっと叫んでいたらしい。


 どうか自分と契約してくれ、至らない部分は沢山あるが、きっと悪いようにはしないから、努力するからと叫び続けたらしい。

 当然、AI搭載のモンスター達は大体がドン引きした。遠巻きにユースケを眺めるものの、誰も立候補すらしてくれなかったらしい。


「そんな時、ジョセフが現れたんだ。でっかいイノシシで、最初すげーテンション上がった」


 ジョセフというのはイノシシのモンスターらしい。地極系(ちごくけい)モンスターらしく、それこそギリーと同じだけの大きさがあるようで。


 ギリーと同じ大きさのイノシシとは、それはまた怖いことだろう。

 それにしてもイノシシのモンスターとは珍しい。確かこの近くにはそういったモンスターの目撃例はなく、イノシシ系のモンスターはもっと街から離れた場所での生息が確認されていたはずだけど、と思ったところでふと思い出す。


 イノシシ系モンスターまでもが首を切り落とされた。暗い路地裏からの奇襲を得意とする通り魔プレイヤー達が蔓延っている。彼らは例外なくモンスターと共に単独で行動しているプレイヤーを狙い――。


「まさか……通り魔の最初の被害者って……」


「……うん、それが――」


『それがオレだ。斧で思い切り首をスパン。いやぁ、あれはもう経験したくはないな』


 深みのある、こもったような声。唐突に音もなく現れた巨大イノシシに、ギリーが唸り声を上げて出迎える。椅子になったまま自分を尾で包んで、イノシシに向かって牙を向くギリーが、かちかちと牙を噛み鳴らす。


『話に聞いたジョセフとやらか?』


『そうだ。ドルーウ、害意はない。引いてくれ』


『主に何かしたら噛み殺すぞ。いいな』


 セーフティエリア外なのに言葉がわかると驚いていれば、いつの間にかギリーとイノシシの間で話は纏まったらしい。警戒態勢を解かないものの、ギリーは唸り声を止めてその鼻先をこちらに向ける。撫でてくれという動作に鼻面をかいてやれば、イノシシもそっとユースケの方に鼻面を寄せる。


「あ……あ……ジョセフぅぅぅうううう!!」


 号泣。盛大に泣きながら巨大なイノシシの首にかじりつくユースケに、ジョセフと呼ばれたイノシシが気遣うように首を下げる。


「ごめ、ごめんよぉ! 俺が肝心なこと知らなかったから、あんな目にあわせて……! ごめんなぁああぁあ……」


『ユースケ、仕方がない。ゆっくりでもいいんだ。だから泣くなユースケ』


「でもぉぉおおぉおぉおお」


 流石、森のど真ん中で泣きながら叫んでいた男と進んで契約したモンスター。これぐらいの号泣は慣れているらしく、全く動じる様子なくユースケを宥めている。


 自分としては危惧していたパターン。モンスターの側からもうやってられないと縁を切られたパターンというオチではなかったことに大満足だし、さてこれでもう気になる部分はないと腰を上げる。ステータス上げの途中だったし、さっさと再開しようとお別れを言うつもりでユースケを見れば、キラキラとした瞳がこちらを見ていて嫌な予感にウッと詰まる。


「……じゃあ、自分はこれで」


「狛犬……だったよな? 色々教えてくれた礼がしたいんだ! 何かあったら遠慮なく俺を頼ってくれ!」


「え、いやいいよ。何か頼んだら全部厄介事になって返ってきそうだから……」


「これフレンドコードな! 登録しとけよ!」


 じゃ、何か困ったことがあったら助ける! と叫んだユースケは、すまない、悪気は無いんだ、と何度も連呼するイノシシに乗って颯爽と去って行った。

 やっと行きましたねーと言うルーシィと、あのイノシシは強いと唸るギリー。別に嫌ではないのだが、ユースケのフレンドコードをなかば無理矢理渡された自分。


「……なんだあの台風みたいなやつ」


 色んな人がいるもんだと、微妙に納得しきれないまま一応フレンド登録。

 フレンド一覧が意外にもちまちまと増えている点については気分がいいと、早速ジョギングを再開するべく森を抜ける。


 結局その後は何事もなくひたすらステータス上げに奔走して、色々疲れた顔をしたルーさん達とアンナさんのお店で合流。若干の情報交換をして、ついに1日の終わり、ログアウト予定時刻がやってくる。


「……長かったですね、意外と」


「まあ寝てないからねぇ、1日徹夜するとこれだけ時間があるのかな」


 それとも、ただ単に色々なことがありすぎて、濃密な体験だったというだけの話かもしれないとルーさんは言う。他の人達も寝る準備、といったら面白いが、ログアウトの時のためにゴロゴロと毛布と共に床に転がっていて、自分も貸してもらった毛布に包まってギリー達をふかふかのお布団代わりに横になる。


 目を閉じて、ログアウトを待つ。ログアウトしている間は、この世界の身体は眠っているという設定らしい。夢の終わりは、また眠りによってもたらされる。そんな微妙な齟齬(そご)を思いながら、じっとシステムのカウントダウンを静かに聞く。


『設定された時間です。自動的にログアウトいたします』


 その音声と共に、世界は闇に閉ざされた。



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