第二十五話・半:あなたの知らない魅惑の銃!
第二十五話・半:あなたの知らない魅惑の銃!
「む……むむむぅぅ」
“銃。それは魔性の武器”
「あなたの知らない魅惑の銃」の最初の1ページ。そこには贅沢にもページ1枚を占拠して、その短い文だけが記されていた。
「魔性。いや確かに格好いいけど魔性……」
いったいどれだけ銃が「魔性」であると主張したいのだと聞きたくなるほどの力の入れよう。ページのど真ん中にぽつりと記されているだけなのに、いやに存在感があって目に付くのだ。
「……不安になってきた」
本当に大丈夫なのだろうか。そんな感想と共に溜息をつき、統括ギルドのお兄さんが淹れてくれたお茶を飲みながらページを捲る。
ここは統括ギルドの「勉強室」。みんながそれぞれに準備をすると解散した後、自分は護衛にギリーを連れて統括ギルドを訪ねたのだ。
護衛が必要だと執拗に主張したのはギリーであり、彼が言うにはルーさん達がいない時の1人歩きは本当に危険らしい。
「ね、なんで1人だと危ないの?」
『私がユアをどうやってPKしたのかを、思い出してみてほしい』
「あ……そうか。自分の筋力値じゃ無理やり引きずられたら終わりだね」
圧倒的なステータスの差でエリア外に引きずり出され、ぼっこぼこにされるのが目に見えている。
自分のステータスはとにかく低い。未だにルーさん達がドン引きするほどに低いのだ。
そもそも、ギリーを連れているときに自分で歩いた記憶すらない。これでは当然、ステータスなど上がるわけもなく。
「……そろそろ何とかしないと」
『走り込みか?』
「そうだね……それが一番良いかもね」
まあとりあえずトレーニングは置いておいて、今の目的は“見習い銃士”の取得が第一。
その為にも色々と教えてもらおうと来てみれば、受付のお兄さんがにっこり笑って個室の「勉強室」があることを教えてくれたというわけで。
同じように情報を手に入れて、様々なアビリティに対応した試験を受けようとプレイヤー達が個室にこもっているようだ。
時折聞こえてくる声からして、様々なアビリティ取得の為の試験があるらしい。
アビリティは多種多様。
簡単には想像がつかないようなものまであるらしく、その存在と取得条件についての情報はこの世界のあちらこちらに散らばっているらしい。
もちろん最初に取得することができるアビリティ――初期アビリティとプレイヤーは呼んでいるが、それらのレベルを上げたりすることでも、新たにアビリティを取得することは出来る。
しかしこのゲームの醍醐味は、複数のアビリティを取得することによる独自のプレイスタイルの形成だ。どのようなアビリティを取得するか。その組み合わせによっても、取得できるアビリティは様々に変化する――というのが受付のお兄さんの談である。
ニコさんによれば初期アビリティだけでも山ほどあり、その上でまだその初期アビリティに存在しないものがこうして出てきているのだから驚きだ。
「“見習い銃士”の特殊スキルに適応している銃は拳銃のみ……とりあえず初心者は拳銃を使えということか」
どうも自分はリアルっぽいリアルっぽいと単純に喜んでいたのだが、単にぽいだけではないらしいということが段々と明らかになってきている。
まず銃の構造だ。この小さな冊子によれば、銃とは扱い方を間違えればまず真っ先にその持ち主に牙を剥く、らしい。
曰く、銃の基礎を知らずして扱えるものではないと。まあ、現実ならその通りだ。弾丸を込めて引き金を引くだけが、撃つという動作ではないのだから。
「その1:拳銃とは? そこから入るのか……」
『大丈夫か? 主』
「ん、大丈夫。寝てて良いよ」
『では、寝ている。終わったら起こしてくれ』
「はいはい」
椅子に座り机に向かう自分の脇の下に頭を突っ込み、ずぼりと鼻先を出したギリーが尾を振りながら絨毯の上で丸くなる。どうやらアンナさんのお店でお留守番をしている時も寝ていたらしく、他の子達も丸くなって寝ているとか。
通り魔を撃退する時に何やらスキルを使用したようなのだが、結局聞けずじまいのままだ。そのせいで疲れているのかもしれないと思いつつ、ギリーが寝息を立て始めたのを確認して意識を再び冊子に戻す。
「拳銃は小型のため携行に優れ、近距離では威力が高いが距離と共に威力の減退が目立つ……片手で射撃出来ないものは拳銃とは呼ばず、しかし命中率を上げるには両手持ち推奨」
近距離では強いが少し遠くなると威力が落ちると。片手でも撃てるがきっちり中てるつもりなら両手で持てよ、ということか。
携行に優れているという点は納得だ。確かに1キロ以上あるのでそこそこの重さだが、そこまで巨大ではないため持ち歩くには便利だろう。
「拳銃の種類としては単発式・複銃身式拳銃、回転式拳銃、自動式拳銃、マシンピストルがあげられる。このうち、マシンピストルは拳銃と短機関銃の両方を指す意味合いを持ち、ここで紹介するのは勿論拳銃のほうである……」
ほう、拳銃だけでまさかそこまで種類があるとは。回転式拳銃と自動式拳銃の方は説明を受けたのでしっかりと覚えているが、他にまだ2つもあるのか。
冊子を見れば簡単な説明がある。単発式・複銃身式とは文字通りそのままの意味らしい。
1つの銃に、1発の弾薬しか装填出来ないものを単発式というらしく、複銃身式はこれまた文字通り、単発式の銃身を複数にしたものらしい。
回転式拳銃――リボルバーは説明を受けた通り回転式弾倉を持つ銃のこと。自動式拳銃――オートマチックもその通り撃つだけで排莢、装填が自動で行われる銃のこと。
このオートマチックに関しては特に思い入れは強い。自分が初めて買った銃なのだから当然だが、見た目的にもとても気に入っている。
「次は……マシンピストルか。オートマチックにフルオート射撃機能を追加したもの? つまり、あれか……」
マシンガンていうやつなのか? いや、あっているかはわからないが、引き金を引いたままでいる状態で、銃弾が次々と発射されるとあるのだから、多分想像通りで良いのだと思う。
「そんなものまであるのか……」
ただ基本的には戦闘時のメリットと金銭の兼ね合いからも、お姉さんが敢えて2つだけを選んで説明した通り、リボルバーとオートマチックが主たる武器として使えるようだ。確かに残り2つの銃も扱えないわけではないようだが、メリットよりもデメリットが大きすぎる。
単発式では戦闘中の再装填に手間がかかりすぎるし、マシンピストルはお金そのものが追いつかない。弾薬は高級品だ。何も考えずに連射できてしまいそうなマシンピストルは自分にはまだ扱えない。
「……」
それにこの分類を見れば実質覚えなくてはいけないのは3種類だ。受け付けのお兄さん曰く、“見習い銃士”の試験内容は筆記と実技。内、筆記の内容は拳銃について、拳銃の種類。後は、それぞれの拳銃の作動方式の内から2種。
おそらくこの作動方式2種というのはリボルバーとオートマチックについてだと予測できる。何故といえばこの2つが一番重要だからだ。
単発式は知らないが、実質マシンピストルはオートマチックの類似品。当然、作動方式も同じであると思うし、だとすれば試験に出す価値が無い。自然とこれは切り捨てとなる。
次に単発式。どう見てもファンタジーの実戦向きじゃないことを考えると、これも試験として出す可能性がすごく低い。
試験とは確認したい知識があるからこそ行われるものだ。そこに無駄は一切なく、試験を作る側が問いたいのは、その資格に必要な知識を正しくしっかりと身に着けているか否か、それだけなのだ。
意地悪をして落とす必要は無い。必要な知識の域に到達しているのかそうでないのか、それだけを見極める行為なのだから――。
「――よし、さらっとおさらいするだけで筆記はいける。と思いたい」
微妙に確かな手ごたえ。にしてもどうして自分はゲームの中で座学をし、試験の傾向まで読んで対策を立てて勉強をしているのだろう。
必要な事と言われてしまえばそれまでだが、どうにも腑に落ちない。
「作動方式は大まかには実演つきで習ったし……後は説明を省かれた細かい部分か」
ぱらりとページを捲っていけば、それぞれの作動方式が書かれている。実技でやるのもリボルバーとオートマチックの2種だろう。むしろ違ったら試験官を殴ってでも取得しよう。
「ん? 撃鉄がない拳銃もあるのか。ふぅん……安全装置もついているものと、ついていないものがあって……? リボルバーでも軽い弾を使っていると、発射の時の衝撃で隙間に引っかかって作動不良を起こす可能性がある?」
弾詰まり、というわけではないが、ある意味では弾詰まりだろうそれは。リボルバーにも意外な欠点があるのだなぁと思いつつ、細かい知識を頭に叩き込んでいく。ああ、甘いものが切に欲しい。
次は拳銃の握り方。なるほど、これもオートマチックとリボルバーでは違うのか……。
「……これ、お姉さんが銃を扱うのにアビリティ必須って言ってたのって、こういう知識が無いと自分がダメージ受けるからか?」
確かにこれだけ緻密でこれだけしっかりとした仕組みを実装しているのなら、その考えは当然だ。銃に馴染みの無い日本人が、現実で銃を手にしたからといって知識もなくぶっぱなすというのは危険に過ぎる。
ゲームだからと油断して扱えば、簡単に致命的な問題が起きるだろう。
握り方1つで大火傷、作動方式を知らなければ撃てすらしない、そもそもオートマチックにおいては弾倉の交換すらも難しいだろうし、弾詰まりの時にどうなるかは想像に難くない。
(こうしてみるとアビリティって資格、才能だなーって感じだよなぁ)
見習いの段階では「資格」、そこからの派生は「才能」だろうか。ゲームだけど、現実味のある世界を作る為に、運営はどれだけの労力を費やしているのだろう。
いやいや、今はそんなことはどうでもいい。問題は目の前の試験だ、まずは。
「まずはリボルバー……弾倉の引き出し方にまで種類があって? え、何、弾倉振出式は、スイングアウト?」
シリンダーとは回転式弾倉の別名らしい、スイングアウトは左側に回転式弾倉を引きだすことをいうのか。ああ、なんか映画とかで見たことがある気がする。
何? 例外もある? 例外があるっていうなら具体例を出せよ具体例を。
「次は、中折れ式? 折れるのか、すごいな」
トップブレイクというらしい。どうしてこうも格好つけたような名前がついているのだろう。まさか名前まで覚えなければいけないのだろうか、試験に出ないこと祈る前に覚えた方が早いだろうか。
トップブレイクは再装填の時に空薬莢が自動で捨てられるらしい。他2つは弾倉の中心にある突起を操作することで排莢するのだとか。
「なに、リボルバーは撃った後の薬莢が膨張して弾倉に貼り付くことがある? 酷い時はかなりの力で突起を操作しなければいけない? どのみち弾倉を取り出すにはレバーを押し込む?」
……次第にこんがらがってきた。残り1つは固定式、排莢も装填も1発ずつで面倒の極みみたいな銃だが、その分堅牢らしい。他のものより強力な弾を撃てるのだとか。なるほど、良い所と悪い所がはっきりしていて良いと思う。
「後は……とりあえずお金はあるし、一度受けてみようかな……」
やってみなければわからないこともあるだろう。と、いうことでだ。
「よしっ。ギリー! 行くよ!」
『む……分かった。どこへ?』
「とりあえず試験受けに。傾向をつかもうと思って」
『うむ。良い考えだ』
「……ギリーって自分のやること全部、褒めないことないよね」
『当然だ。私の主なのだから』
「……うーむ」
ギリーのその認識もどうなのだろうと思いつつ、1回5千フィートだからと受付に行って申請をする。
お金を受けとったお兄さんはにっこり笑い、ではこちらへと奥の扉を開いてみせた。
開いた扉の先からは、仄かに火薬の匂いがした。




