第二十三話:頼れるおっちゃん
第二十三話:頼れるおっちゃん
「……で?」
「物の見事に失敗しました本当にありがとうございます」
「鍋全部、融けちゃった」
「……なんで僕は延々とムカデなんて煮てたんだろう」
in薬屋の奥の部屋。
いじいじと部屋の隅っこで出されたお茶を手に沈んでいるルーさんはともかくとして、フベさんと自分はきらきらと目を輝かせつつNPCのおっちゃんをじっと見つめる。
薬屋のおっちゃんは自分達の姿をみて即座に店をcloseにして扉を閉め、薄情にも厳重に戸締りをした。その早さたるや見事というほかない手際であり、瞬く間に鍵が3つは閉まる音がしたほどだ。
だがしかし、フベさんの妙な技術であっさりと扉は開き、現在おっちゃんの店にお邪魔しているというわけである。
泣きながら出されたお茶はドクダミ茶。リアルでも健康に良いお茶として売られているが、VRでも健康に良いお茶らしい。
「……お前らなぁ、下手すりゃ家宅侵入罪だぜ?」
「おっちゃんの心は広いって知ってるし」
「そうですよ。おじさんの薬の効き目は抜群ですからね」
「鍵開けた本人が言うことじゃねぇぞ!?」
フベさんの謎の技術。ピッキングというらしいが、VRでも通用するのかと聞けば、この世界の鍵は大抵現実に即した作りであり、現実でのスキルもばっちり有効なのだという。
10秒ほどでさっと開けてみせた手元は見えなかったが、鮮やかな手並みであったことは言うまでもない。
「そう怒らないで下さいよ。今回は鑑定を頼みたいんです。レシピは教えてくれなくても、鑑定はしてくださるって掲示板で噂になってますよ」
「そりゃ、人によるな。毒かそうでないかくらいは大抵の奴が答えてくれるだろうが……」
「どの程度まで効果があるかは教えないと?」
「正しく言えばわからないってのが本当だな。何を使ったのか、どうやって作ったのかで効果が変わるから、人が作ったポーションの効果なんざわからねぇしな」
「なるほど。それで材料だけ聞いて、とりあえず毒かそうでないかだけがわかると」
「だな。で、お前等は厄介事しか持ちこまねぇから遠慮したいんだが」
遠慮したいと言いつつも、おっちゃんは気さくにお茶のおかわりいるか? とルーさんに声をかけ、大人しくおかわりをもらったルーさんは深々と溜息を吐く。
「砂漠アカムカデのペーストとライン草の汁を煮ると鉄で出来ている片手鍋も融けるんですが、一体どうなっているんですか?」
砂漠アカムカデのペーストは、ただペーストしただけで強い酸性を持つわけではなく、火を入れることで強い酸の特徴を示すというのが、延々と繰り返した実験の結論だ。
いくつ鍋の底を抜いたのかは秘密だが、帰ってきたあんらくさんとニコさん、そこにくっついていたルーシィに心底呆れられたのは残念な思い出だ。
「最悪だなお前等。薬屋として苦言を呈したい。……それ以前に砂漠アカムカデなんて珍しいもんよく手に入れたな」
「どこで手に入れたんですか? フベさん」
「ああ、言っていませんでしたか? 皆さんが色々やっている間に、僕等のギルドはギリー達の住むという小砂漠まで行ってきたんです」
「凄いですね……」
ギリー達が住むのはここから70キロほど離れた小砂漠地帯だとルーシィが言っていたが、フベさんはそこまでどうやって行ったのだろうか。
しかも、小さいらしいとはいえ1メートル超えのムカデを2匹も生け捕りにするとは、余程プレイヤースキルというものが高いのだろうか。
「フベ君、からかうのも大概にね。あそこまで徒歩で行って帰って来れるわけないでしょ」
「ふふ、冗談ですよ。実はですね、ちょっとしたコネがありまして。良い商売をしているのがいるんです」
「開始してまだ1日経っていないのにコネですか。凄いですね……」
ちょっとしたコネのおかげで、フベさんのリュックの中身は様々なもので溢れているのだとか。見た事の無い鉱石も、紅い花も、全部そこから買ったものらしい。
「……俺がお前にやった晶石もそいつからフベが買ったもんだ。そのうち嫌でも会う機会があんだろ」
お茶を受けとらずに壁際にもたれていたあんらくさんがそう呟く。どうやら毎回売っているものはランダムで、相応の対価を払えば欲しいものを調達してくれたりもするらしい。
砂漠アカムカデもそこから買ったらしく、危ないからうっかり瓶から出すなとは言われたようだが、容赦なく取り出して潰していたのはフベさん本人だ。
「そんな危ないものを潰して煮ようと思う、君の気が知れないよ」
「褒め言葉ですねルーさん。もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
「……あんらく君。フベ君ってこんなにウザいキャラだったっけ?」
「まちまちだな。日による」
肩をすくめてみせるあんらくさんに、黙って話を聞いていたおっちゃんが溜息と共に一冊の本を取り出した。
本を取り出したおっちゃんに、代わりに、とでもいうようにフベさんがそっと研究の成果を詰め込んだ瓶を差し出す。
「そりゃ毒だ。いらん」
「そう言わずに、出来ればどんな効果があるかを」
「常温なら一応無毒だ。一応な。ただ沸騰させりゃあ酸になる。ただ砂漠アカムカデに限定して研究した奴なんていないから、それだけしか知らん」
「とりあえず石も融けるし鉄も融けるんです。ついでにライン草と混ぜると藍色になります。ガラスは融けません。――さあ、興味がわいてきませんか?」
「……お前は俺を何に巻き込みたいんだ!? やらないからな! 絶対に共同研究なんてしないからな!?」
残念、と笑顔のまま舌打ちをするフベさんに、周りがざざっと後ずさる。
おっちゃんが差し出した本が気になって手に取ってみれば、何やら素敵な匂いがするではないか。
「この本……「ポーションレシピ:素人編」?」
「おや、女の子にだけ甘いんでしょうか。最低ですね」
「返せ! 俺の好意を今すぐ返せぇ!」
「冗談ですよ、ははははは」
作り笑顔のままさっとおっちゃんが差し出してきた手に大きな瓶を乗せるフベさん。瓶の中身に一瞬ぎょっとしたおっちゃんだが、すぐに中身をまじまじと見ながら感心したような声を上げる。
「ムカデ油じゃねぇか」
しかも上質だとおっちゃんが頷いて、フベさんが差し上げますと頭を下げる。
「対価になるかはわかりませんが、素人なりに真剣に作ってみたものです。どうぞお使いください」
「……お前は本当に嫌な奴なんだか、良い奴なんだか」
「はっ。フベの得意技だ。相手を激昂させる寸前でさらっと引いて受け流し、妙に誠実な態度で相手に接する。常套手段だ」
「あんらく君。まるで僕が悪魔みたいな言い方じゃないか」
「似てるぜ、十分」
そっくりだと苦笑いを浮かべるあんらくさんこそ、その悪魔に毒されているようだ。常に文句を言いながらも、本気で喧嘩をしかけにいかないのはそこらへんの理由も絡んでいるのだろうか。
とにもかくにも、この本が想像通りだとしたら、現状ムカデ油くらいじゃ対価には足りないだろう。素人編とはいえきちんと裏付けのあるレシピが載った本となれば、今この状況での価値は計り知れない。
「……あの、〝NPC薬品協会〟から色々と言われるんじゃ」
「お? ああ、バレなきゃ良いんだ。バレなきゃな。お前等なら言いふらさないだろうし。それにあれだ。お前等んトコになんか面白い喋り方の美少女がいたろ。可愛かったからオマケだっつっといてくれ」
「貴方も噂のロリコンでしたか」
「――フベ君? も、って何かな? も、って誰と含めて言ってるのかな?」
「テメェから自己申告たぁ、威勢が良いなジジイ」
「あんらく君の歳でもロリコンになりますよね」
「――テメェ、フベ。喧嘩売ってんのか?」
「はははは、仲が良いですねお二人共」
「「よくない!」」
ロリコンについてが発端で、次に如何に自分達の仲が良くないかについて熱く揉めだした3人を死んだ魚のような目で見つめたまま、疲れたようにおっちゃんが肩を落とす。
「嬢ちゃん。アイツ等追い出していいか?」
「もう少し盛り上がったらルーさんが表に出ろとか言い出して、勝手に出て行くと思いますからお構いなく」
「……それ俺的には色々と遅いんだけどな」
備品を壊したら立ち入り禁止にしようと言いながら俯くおっちゃんの袖を引っ張り、ごそごそとリュックをあさり目当てのものを引っ張り出す。
袋に少しの量を分けていれたそれをおっちゃんに差し出せば、中身を確認して目を丸くした。
「ドルーウの毛……まさか殺したのか!?」
「そんなことしませんよ。ノミ・ダニ駆除に毛刈りをしたんです。今は契約モンスターを狙った街中での通り魔が多いんで、お留守番をしてもらってます」
ノミだらけだった毛はきちんと薬剤に浸けたから大丈夫、ついでにそれは余りであると伝えれば、おっちゃんは一気に青褪めさせた顔でほっと安心したように息を吐いた。
「……契約モンスターを殺した輩が多いって話を聞いてたからな。そうか、そうだな。ノミの駆除に毛を刈るのは妥当だな」
流石に普段は敵対しているといっても、同じAIとして殺された契約モンスターは哀れであると言うおっちゃんは、がりがりと頭をかく。そんな人間臭い動作に一瞬だけ戸惑って、しかし彼等を認めるには知らなければ始まらない。
「……やっぱり気になります?」
「まあ……そうだな。気になるんだろうな。そりゃ、俺だって……いや、AIが何言ってんだって言われる事のほうが多いんだがな? でもまあ、裏切られりゃあ誰だって、モンスターだって辛いだろうにな。奴等が無駄に〝彷徨人〟を怨まなきゃ良いんだが……」
それだって無理な話だろうと、おっちゃんは言う。
裏切りは何より重い。人だってAIだって、一度裏切られれば猜疑心が消えなくなる。
疑って、疑って、自分も相手も擦り切れるまで疑って、互いに死ぬほど傷ついて。それでも、そうして傷ついた末に納得できるのならまだいいのだが、でも感情はそんな単純なものではない。
「物々交換みてぇになぁ……。同じだけ犠牲を払えば納得できるんなら、それはそれで良いんだろうけどよ。そりゃそんなもの“心”なんかじゃねぇもんなぁ……」
「……」
「特に、この〝エアリス〟周辺のモンスター達は感情が未発達なもんが多い。俺も最初はそうだったが、初めはAIも人間の赤子みてぇなもんだ。性善説を地でいくのが生まれたばかりの学習性AIだ」
裏切りを知らず、他者の心根は全て善であると信じ、嬉しさを知らず、悲しみを知らず、寂しさも知らず、虚しさなんて名も知らない。ただ最初に教え込まれた本能を頼りに生きているだけの、まさに獣とも呼べない赤子のような。
そしてだからこそ、真っ白なそこに刻まれる初めての「学習」が、裏切りであることが、AIにとってどんな影響をもたらすのか。俺はそれが何より怖いと、おっちゃんは悲しそうに目を伏せる。
「とんでもねぇ化けもんに育つんじゃねぇかってな。心ってもんは育ち方を間違えれば、どうなるかわかんねぇ。俺はそれが怖いんだ。……嬢ちゃんの契約モンスターは、何て言ってた。嬢ちゃんに何を要求した。嬢ちゃんと関わって、そいつは何を知ったと言った?」
「ギリー達は……」
嬉しいと。嬉しさというものを、自分に認められて初めて知ったのだと。そう言っていたと伝えれば、おっちゃんは少しばかり嬉しそうに微笑んだ。
AIの微笑みは人のそれより優しかったが、髭面のおっちゃんの微笑みは誰も喜ばないと思ったのは内緒にしておこう。
「――しけた話しちまったな。ほれ、素人の教科書みてぇなもんだそれは。ポーション……軟膏やらの薬から、本物のポーションの作り方まで、簡単なものならはいってら」
「良いんですか? 本当に?」
「おうよ! ただし――バレんなよ?」
「はーい」
バレたらお前等を家宅侵入罪で自警団に突き出して、新しい商売の元手にすると言いながら、未だにぎゃあぎゃあと揉めているルーさん達に声をかける。
「おい――賞金首共! 恵んでやったんだからいつか返せよ?」
全く、犯罪者と取引したとあっちゃウチの店に客が来なくなる、とぶつぶつ文句を言うおっちゃんに、ルーさんに胸ぐらを掴まれてぷらんと宙に浮いたままのフベさんがにこりと笑って首を傾げる。
「――――ややグレー、グレー、ブラック。どこらへんのお金がお好みで?」
「どれも持ってくんな! ぜんぶ薄汚ぇ金じゃねぇか!?」
「ブラックハイパーですね、頑張りま――ッ!」
爽やかな笑顔を浮かべたままおっちゃんの発言を曲げに曲げて曲解したフベさんが、言葉の途中でルーさんにアッパーカットをくらい黙り込む。
しかし静かになったのは一瞬で、ふらふらと浮いていたフベさんの右足が霞んで見えるほどの速度で振られ、ルーさんの側頭部を狙い跳ね上がる。
こめかみを狙った蹴りをルーさんが左腕で完璧にガード。そのまま胸倉を掴む右の手首を捻ってフベさんが空中で1回転して解放されるも、負けじとフベさんの足が再び振り上げられたと思えば、がっつんと鈍い音を立ててルーさんの右肩に綺麗なフォームで踵落としが決まり、だが次の瞬間には横合いから伸びたあんらくさんの拳が裏拳の要領でフベさんの左脇腹を強打。
床に落ちるフベさんには見向きもせず、あんらくさんの右足がルーさんの左膝を狙って弧を描き、ルーさんの膝に直撃する寸前。
フベさんに決められた踵落としの衝撃に硬直していたルーさんの右足が即座に動き、あんらくさんの右足を捉えて床に容赦なく叩き付ける。
当然、その衝撃であんらくさんは床に倒れ、踏み付けたその足に力を込めたまま、無言でキレているらしいルーさんが追い打ちをかけるべく右の拳を振り上げた――まではよかった。
「はい、おしまいです」
と、その涼しげな声と共に、ルーさんとあんらくさんの動きがぴたりと静止。
不満たらたらの視線を一心に受けながらも、ぱんぱんと身体についた埃を払い、髪を整えてフベさんがすっくと立つ。
「漁夫の利ですね。ふふ……僕の勝ちです」
「……契約モンスターの使用はルール違反じゃないかな」
「ふざけんなよフベ! 後で覚えてろ!」
ぎゃあぎゃあと揉める男3人はどうやら本当に喧嘩をしていたらしく、薬屋のおっちゃんは力無く項垂れながら自分にドクダミ茶のおかわりを出してくれた。
ずずずー、とお茶を飲みながらも、よくあんな人外じみた動きが出来るなと感心しつつ、終わりましたかー? と声をかける。
「備品は壊れてないんで何も言いませんでしたけど、本当に皆さん実年齢自分より上なんですか?」
「……止めて。そんな無垢な目で見ないで。自分でも今後悔してるから」
「大人だろうが関係ねぇ。男にはやらなきゃいけねぇ時があんだよ」
「僕はとばっちりですけどね。皆さんあれしきのことで怒りすぎなんですよ」
「「テメェが一番性質悪ぃんだよ!!」」
少しだけ冷静になれたらしいルーさんは自己嫌悪タイムに入っているが、他2名に反省の色はみられない。
どうやら最後にルーさんとあんらくさんの動きが止まったのは、フベさんの契約モンスター? の力らしい。一体、何と契約しているのだろう。疑問である。
「とにかくもう帰れ。二度と来るなよ?」
「近いうちにまた来ますよ。諦めてくださいな」
「……すいません、本当に」
「兄ちゃんよぉ、今更低姿勢に出たってお前ぇの本性駄々漏れだったぜ?」
「…………」
取り繕うのがおせぇよとおっちゃんに諭されて、でも開き直るには今までの人生経験が邪魔をするらしい。
悶々と唸りながら頭を抱え、とりあえず落ち着けとおっちゃんが出してくれたドクダミ茶をぐーっと煽り、また項垂れる。
これは、あれだ。ルーさんはやっぱり、元は不良だったに違いないと結論付け、お菓子もいりますか? と煎餅を差し出せば大人しくぽりぽりと齧りだす。
「あんらくさんもいります?」
「いる」
端的にそう言うあんらくさんにも煎餅をあげて、フベさんをちらりと見ればにこにこと微笑みながら両手を差し出す悪い大人がいた。
「フベさんは悪い大人なんでダメです」
「よく見破りましたね。偉い偉い」
「ちょっ、あ! 勝手に持っていかないで下さいよ!」
偉い偉いと頭を撫でながらも勝手に煎餅を強奪するフベさんは、やはり腹黒い悪い大人の匂いがする。お金に対しても真っ黒に違いないと思ったついでに、そういえばと思い出す。
「フベさんも賞金首なんですか?」
「……」
首を傾げてそう聞けば、フベさんはますます笑みを深くするだけで何も言わない。代わりにあんらくさんが肩をすくめ、そいつはまさに悪役みてぇなことしかしてねぇと言ってフベさんを睨むばかり。
そんなあんらくさんに疑問符を浮かべる自分を見て、ルーさんが煎餅をもくもくと齧りながら、ぽそりぽそりと解説をしてくれる。
「……フベ君はね、証拠を残さないんだよ」
「……は?」
「掲示板見てごらん? 特に極悪非道スレ」
疲れたような声でそう言うルーさんに従って、メニューを開いて【情報掲示板:極悪非道情報編】をタップする。
ずらりと並ぶ書き込みは、まさにその「悪役」の所業をしっかりと表していた。
【情報掲示板:極悪非道情報編】(ご自由にお書きください)
:魔王にやられて全財産消えた……迂闊だった! ロッカーに入れておけば!
:俺もだ。手持ちの金は全部持ってかれた
:悪魔が……悪魔がおる……
:悪魔ってだけで特定できます。マジ悪魔、本当に悪魔
:だれか写真撮れた奴いる?
:いたら誰も呻いてない
:あの鮮やかな手際はいったい何だ? 何なんだ?
:〝フベ〟って他のMMOでも悪役だったよね
:余りにもやってることあくどいから、本物の魔王が存在するMMORPGだったのに、真の魔王扱いされてたよね
:魔王を倒した勇者達でさえ、身包み剥がされて路頭に転がされた悪夢
:あれさ、一体どうなってんの? 何で証拠が上がってこないの?
:これだけ被害者がいるのに証拠がない
:誰か署名だけで統括ギルドに賞金首登録できるか聞いてこいよ
:無論、却下された
:……マジ?
:証拠がないなら登録できませんと
:被害額どれだけに及ぶと思って……っ!
:俺等がどれだけ辛酸を舐めたと思って……っ!
:ギルメンの〝あんらく〟や〝どどんが〟なんて目じゃない。あれが真の巨悪の根源
:ちなみに哀れなお前等にどんな被害が?
:全部
:は?
:……は?
:ぜんぶ……?
:身包み剥がされたんだよ、それこそ全部。男だったら防具も奪われ、女でも武器からアイテムまで根こそぎ奪う。それが魔王〝フベ〟
:魔王……
:まさに魔王……
:俺さ、〝フベ〟にどうやってやられたのかわかんなかったんだけど、あいつのアビリティっていったい何なの?
:たしか……〝精霊術師〟じゃね?
:あれ序盤死にアビリティじゃなかったんだ……後半から伸びてくる系アビリティだと思ってた
:使う人が使えば序盤から使えるアビリティ……ていうか、このゲームで使えないアビリティってないよね
:死にスキルもないよな。今のところ
:意外なアビリティが意外な使い方出来るしな。びっくり箱的な
:魔法系アビリティって聞いたけど……そもそも、その分類に関して詳しく説明できる人いませんかー?
:ほいよー。〝見習い研究者〟のアタシに任せろー。まずその通り! 〝精霊術師〟ってのは魔法系アビリティなー。チュートリアル中に選べる魔法系アビリティは全部で8種。〝魔法使い〟、〝魔術師〟、〝魔道士〟、〝精霊術師〟、〝サモナー〟、〝超能力者〟、〝呪術師〟、〝符術師〟の8種ね
:超能力者が魔法系ってところに物申したい
:そーだ、そーだ
:なんだその分類はー、ていうか〝符術師〟なんて見た事ないぞー
:はいはい。魔法系アビリティの分類は魔力を消費するスキルを主体にしているって分類だからー、魔力をそのまま超能力として使う〝超能力者〟の分類は当然魔法系になるんですよー。わかりますかー? 説明してほしーんですよねー?
:さーせん
:……大人しく最後まで聞きます
:ごめんなさい。お願いします
:馬鹿が……お願いしまっす!
:ほいほい。さて、今回は魔法系アビリティについてだけど、これは統括ギルドに聞けば簡単な説明が聞けまーす
:統括ギルドでは魔法系を教える際には、総合的な安定性・速度・威力・リスク・難易度・柔軟性の6つを、わかりやすく比較する為に六角形の図によって表しているのであーる。それぞれ1~10までの数値が割り振られ表示される。尚、このグラフは統括ギルドによって基本的な特徴を示したものであり、確定的な数値ではありませんよー
:ほうほう
:〝見習い研究者〟とか響きが良いな
:【あんぐら】のアビリティは自由度高いしな
:先生、速度ってなんですかー
:速度は効果が表れる、もしくはすぐにでも効果が表れる状態になるまでのスピードを示し、威力はそれそのままにスキルの攻撃力を表す。リスクはそれぞれのスキルの反動やデメリットなどマイナス面を表し、難易度は主に習得の難しさを表す。柔軟性は実戦への汎用性を示し、安定性は総合評価って感じかなー
:そんな便利な分類があったとは……
:チュートリアルで教えろよ……
:運営ぇ……
:さすが鬼畜と名高い運営ですね
:え、それだけ?
:何が聞きたいのかなー?
:はーい、魔法と魔術の違いは詠唱の有無だけでいいの?
:まあ、大まかにはそんな感じ。詠唱無しでスペル1つで発動するのが魔法。詠唱の後にスペルによって発動するのが魔術
:魔王のアビリティはー?
:魔王のアビリティは精霊術師だけど、散逸型か契約型かでかなり話が違ってくるよー。まあどっちも同じなんだけど。あ、そろそろ狩りの時間だからじゃねー
:あ! こら待って! 待ってください!
:言い逃げか!? そこまで言って逃げるのか!?
:魔王を倒す力を俺に……!
:誰か説明できる人きてー!
「……魔王だったんですか、フベさん」
「人聞きの悪い。まだ魔王じゃありませんよ」
「なる気なんだ!?」
驚きである。掲示板に書かれた部分からでは、いったい何をどうやって証拠もなしに身包み剥いだのかわからないが、どうもフベさんの犯罪は証拠が残らなくて大変らしいということはよくわかった。
白々しく微笑むフベさんではあるが、掲示板での被害者の声を聞く限り随分と悪どいこともやっているようだ。
「大丈夫ですよ。悪役は悪役です。情けも容赦もかけませんから」
「それ、一番ダメなんじゃないんですか?」
「モラル的にどうなの? フベ君」
「おや、人は打たれ強くなってこそです。負けて、負けたから見返してやろうって強くなるんじゃありませんか?」
PKがゲームモラルに反しているという意見も確かにあるが、それ以上にほのぼのとした日常で変化は得られぬとフベさんは言う。
「僕等は悪役ですからね。連続PKなんて無粋なことは絶対に致しません。そんなことをするくらいなら、しばらく放っておいて復讐する為に向かってきたところを叩いた方が、金もアイテムも前より良いものを溜めこんでいるっていうものです」
「うわぁ……」
「ルーさん。連続PKって?」
「連続PKってのは、同じ人を対象に何度も執拗にPKを繰り返す行為だよ。【Under Ground Online】においては特に禁止してないけれど、他のMMOではアカウントが削除されたりする程の悪質な行為とされているね」
主に嫌がらせによってそういう行為が繰り返されるのだと言うルーさんに、フベさんが溜息と共に同意する。
「そうです。そんな行為はただの私怨。ゲーム的になんの価値もない行為です。僕が推奨するのはあくまでもゲームにより彩りを加えるための悪役ですから」
「……理念があったんですか」
「ないと思ってたようで心外です。狛さんもどうですか?」
「……ちょっとだけ興味があります」
確かに、そういう立ち位置としてゲームに参加する分にはとても興味をそそられる。戦闘はアウトドアの次に好きだし、自分はモンスター戦よりも対人戦の方が好みであるし。
ふとルーさんを見上げれば、苦笑いをしながらも好きなようにしたら良いよと言ってくれる。とりあえず今決める事ではないが、今後のプレイスタイルの参考にしようと心のメモに書き留める。
「さぁ、出て行け。出来上がったら見せに来い」
「おっちゃん……」
「どういう心境の変化だコラ」
「あんらく君、失礼ですよ。そこは、どういう心境の変化だよこの髭面店主……って言うんですよ」
「「お前が一番失礼なんだよ!!」」
おっちゃんとあんらくさんが見事にハモり、フベさんが楽しそうに笑って頭を下げる。
ルーさんはすでに諦めの境地に達しているのか、特に怒ることもなく綺麗に無視してきちんとおっちゃんに頭を下げた。
「今後とも、よろしくお願い致します」
「あー……おうよ。また来いよ」
厄介事だが楽しかったぜ、というおっちゃんの言葉に偽りはなさそうだった。嬉しそうに笑ったルーさんが、もう一度礼をして、さあ帰ってもう一度やってみようかと気合を入れる。
ぶーたれたあんらくさんは乱暴におっちゃんと拳を合わせ、フベさんはにこやかに手を振りながら店を出た。自分も最後に一礼して、おみやげにドクダミ茶を貰ってほくほくしながら帰路につく。
レシピを手に入れ本格的に、ポーション研究第一歩だ。
「とりあえず煮るんじゃなくて、大人しく煎じてみましょうか」
というフベさんの言葉にみんなで大きく頷いて、今度こそまともなポーション研究への第一歩を踏み出すのだった。
 




