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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
1:Under Ground(意訳――目に見えない仄暗い世界)
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第十九話:毒は単数か複数か


 


第十九話:毒は単数か複数か




「……どういうことなのかな」


「兄ちゃんよぉ、そりゃ仕方ねぇよ。まあ、もっと金払うっつーんなら色々教えてやりは出来るけどよ、〝NPC薬品協会〟に入ってない薬屋はいねぇんだ。『ポーション』は売れねぇし、薬の作り方も直接の手ほどきはしてやれねぇ」


 夜の草原から打って変わって街の中、いや、夜間も営業しているNPCの薬屋の中、と言うべきか。

 荷物はギリー達によってアンナさんの店の中に無事運び込んだのだが、その後は本当にめまぐるしかった。


 あんらくさん経由でフベさんにメッセージを送り、めんどくさいというあんらくさんとギリー達を置き去りに、ニコさん達に説明もせずに夜間もやっているというNPCの薬屋に突撃、といったルーさんによる半ば強引な流れである。


「ルーさんが何を怒っているのかは知りませんが、とりあえず〝NPC薬品協会〟というものが存在するのは確かですよ」


 ちゃんとした団体ですと言うフベさんに、ルーさんはちょっとばつが悪そうな顔をして黙り込む。自分の怒りに任せて周りを振り回していることには気付いていても、謝って後戻りを出来るほど素直ではないらしい。


 あんらくさんの方が短絡的で切れやすく、ルーさんの方が温厚で気が長いような印象があったのだが、実際にはルーさんのほうが一時の感情によって短絡的に行動することが多いような気がする。


 悪いことではないし、根は優しい人だと思うのだが、何だろう。そこはかとなく香るチンピラ臭が(ぬぐ)えないのは、実は意外とガラの悪い人だからかもしれない。


 今更になって距離を置いたり、避けたりする気はないが、どうもユアの顎に膝をぶち込んだ時の手慣れた感じといい、あれはストリートファイト的な、それこそ路地裏の喧嘩に慣れきっているような臭いがするのだ。


「……それは、個人的な苛立ちだから、気にしないでくれるとありがたいね」


「そうですね。少しは怒気も収まってきたみたいですし。それで、本題はいったいこのゲームがどれだけリアルと同じ部分を持っているのか、がメインですよね?」


 他にも色々とあるでしょうけどと言いながら、フベさんがそっとNPCのおっちゃんに金貨10枚を握らせる。

 白金貨一枚で良いのではないかと聞けば、NPCには両替しにくい白金貨よりも、金貨をバラで渡す方が喜ばれるのだとか。金の渡し方にも良い悪いがあることに感心しつつ、手慣れた様子のフベさんにも驚きだ。


 ニコさんも武器屋のNPCにお金を握らせてエルミナが購入した武器種を特定していたが、それが当たり前なのだろうか。

 金貨をそっと懐に仕舞い込んだおっちゃんが、にやりと笑い、まあ座れよと言いながら店の立て札をcloseに入れ替える。


「……大きな声では言えねぇがな。まあアンタ等の言うリアルと大差ねぇぜ。いや、リアルと同じ部分と、ファンタジーらしい動植物の混合ってとこだな。トリカブトもドクツルタケもあるが、ライン草やらアミラ茸とかの、この世界特有の植物も勿論ある」


「有名どころは、ほぼあると思っても?」


「だな。他にも本の中じゃ、色んな薬を纏めてポーションって呼んでるが、実際には正しい『ポーション』の定義は〝体力、もしくは魔力を回復する効果のある薬〟だ。俺みたいなNPCの薬屋はこの街の〝公務員〟以外には、NPCにもプレイヤーにもポーションは売れても『ポーション』は売れねぇって決まりがある」


「あんらくさんが持っていた軟膏も、広義の意味ではポーションなんですか」


「そーだ。血止めの軟膏か? あれならこの街では白金貨3枚くらいでほんのこれくらいしか買えないな。しかも作るのが手間だからこれ以上のサイズは売れないしなぁ」


 ほんの2センチほどの丸い薬入れを指さして、薬屋のおっちゃんは顔をしかめる。白金貨3枚、つまり3万フィートも払ってたったこれだけしか買えないとなると、プレイヤー達がポーション作りに精を出すのもわかるというものだ。


「悪いな。そもそも軟膏系のポーションなんざ、一家に1個買ったら数年は出番がないって代物だからなぁ。材料も簡単には手に入らねぇし、調合も難しいからなぁ」


 基本的にはこの街の人達はポーションなど使わない生活をしているらしい。〝始まりの街、エアリス〟は広大な円形の街であり、その街の中には鉱脈もあれば地下に水脈もあり、街の土地の半分以上が農地と畜産のための土地であるとか。


 街の人口自体が広さに見合わない程の人数しかいないため、特に食糧難に陥ることはないらしい。

 しかしながら、上質な素材や、どうしてもこのセーフティエリア内では手に入らない物などを求め、街が直接雇い、管理している団体だけが時たまエリア外に遠征し、必要なアイテムを集めてくるのだとか。


「で、その時にだけ材料と一緒に金を貰って、『ポーション』を頼まれただけ作るのが俺達の仕事だ。〝NPC薬品協会〟には街に正式に勤めている〝公務員〟以外には安易に『ポーション』を売買してはならないっつー決まりがあってだな。プレイヤー達〝彷徨い人〟であっても例外じゃねぇ」


「ははあ、つまりはプレイヤーはプレイヤー同士で何とかしろ。もしくはこの街とパイプを作るなりして上手くやれ、ってお話ですね。プレイヤー間での売買は禁止されていないんでしょう?」


「いや、医者系アビリティ持ち以外が販売するのは〝エアリス〟の法律で禁止されている。アンタ等がいた世界は、素人さんが薬売ってもいい世界か? ダメだろ? ただ医者系アビリティ持ちでも、NPC相手に売ってんのがバレると罪になるぜ」


 気をつけろよ、というおっちゃんの言葉に、落ち着いてきていたらしいルーさんが深呼吸を繰り返す。

 何に怒っているのかはわからないが、よほど毒が嫌いなのだろうか。それとももしかして、運営に関わる親友だったという道端老人と関わることだろうか。


 怒り方が似ている気がするが、ルーさんの内心はわからない。

 そんなルーさんが深呼吸の後に目を閉じて、それから片目だけを開いておっちゃんに問う。


「やるならば街の外でやれと?」


「そうなるだろうなやっぱ。ただ一応エアリス周辺は円形に5キロの範囲までは法律適用範囲内だ。素人さんが薬を作るのは別に構わないが、効果が保証できないぶん、売るのはダメだ。覚えとけよ?」


「……そう。ありがとうございました」


 未だ少し怒りが収まらないようだが、自分で自分を納得させたらしいルーさんが一礼する。おっちゃんは餞別(せんべつ)だと言いながら小さな鍋とか薬草をすりつぶすための道具を出してきて、ひょいひょいと袋に入れて渡してくれた。

 ありがたいと思いながらお礼を言えば、ついでに毒についての本をくれるという。


「トリカブトみたいに有名なもんなら、どの毒なのか載ってるから、参考にするといいぜ。解毒剤もなかなか流通しないからな。頑張って作れや」


「はぁ……」


 分厚い本を貰い受け、とりあえずお礼を言いながらも嫌な予感にルーさん達と一緒に顔をしかめる。

 まさか、まさかね、と思いながら薬屋を後にして、ついでに色々な道具を購入して帰路につく。


 アンナさんとニコさんにごめんなさいをして中に入れてもらい、アイテムの山には見向きもせずに問題の本を机の上にどんと置けば、わらわらと集まる愉快な仲間達。フベさんもちゃっかり座りこみ、ギリー達だけが床でうだうだとお風呂が沸くのを待っている。


「ひっひっひっ……なんですか、これ」


「あなたの知らない~シリーズ、毒バージョン……ですかね」


 ニコさんが戸惑った様子でたずねれば、フベさんがひどく自信なさげに首を傾げながら言い、()わった目のルーさんがぎりぎりと歯軋りをする。よほど毒に良い思い出がないのだろうか、機嫌が悪いどころの話でないようだ。


「ルーさん、どうどう」


「わかってるんだよ、狛ちゃん。わかってるんだけどね、うん。わかってるんだけど……」


「どうどうどう」


 わかってはいるようだが、機嫌が悪くなるのを止められない様子のルーさんを慰める。ルーさんは感情の制御が苦手のようだから、これでも我慢しているのだろう。


 大丈夫だ。歯軋りの音くらい自分も我慢しようと思ったが、アレンが耐えきれなかったらしい。がっぷりと噛みつかれて悲鳴を上げたルーさんに合掌しつつ、みんなの熱い視線を集める分厚い本をぽんと叩いて表面へとひっくり返す。


「「あなたの知らない恐怖の毒達」……です」


「達……?」


「……毒達?」


「え、複数だったんですか? タイトル」


 アンナさんまでもがカウンターの向こうでぴくりと反応し、眉をひそめてぽそりと呟く。フベさんもタイトルまではよく見てなかったようで、ひっくり返されたその本が、「毒達」という表記であったことに驚きながらまじまじと表紙を見る。


 表紙には鮮やかなオレンジ色の鳥の絵に、植物、蛇、蜂など、なるほど確かに複数系であると納得のメンバーが選りすぐられている。

 鳥はともかく植物、蜂、蛇あたりは毒の代名詞と言っても良いだろう。


「……まさかね」


「いや、流石にそれは……」


「……」


 アレンとどたばたやっているルーさんは無視したまま、みんながそれぞれ目配せをしてその不安を共有する。

 流石にそんなことはないに違いない。いくら【Under Ground Online】であったとしても、流石にそれはないだろうという、みんなの希望的観測が目を合わせた一瞬の間に交わされる。

 ごくりとフベさんが喉を鳴らし、恐る恐る口を開く。


「……ファンタジーって、毒ありますよね」


「普通ありますねぇ。1つぅ」


「普通は1つですよね。普通は」


 普通のファンタジーでは毒は毒であり、毒々しく毒でしかない。つまりファンタジーにおける毒とは「単数」なのである。それかせいぜいあって2つが限度だろう。


 そんな、複数なんてそんな、といった気持ちがみんなの心いっぱいに広がって、逆に穏やかな気持ちで目次をとばし、メインのページをぺらりと開く。


「……何でしょう、この正十二角形」


「時計みたいですね。1~12番があって」


「……まさかね」


 いや、まさか。そんなことは、と思いつつも実際にその本に書かれた文字はみんなの不安を一手に引き受け、そしてその不安を裏切らなかった。


 記された正十二角形。頂点にわり振られている番号に、それぞれの特徴を記す文字。


 12種の毒とその関係性、大別される4つの系統、丁寧に描かれたグラフには最早敵意さえ感じられた。

 この世界からの、正しく敵意を孕んだ挑戦状だ。ニコさんが意を決し、いやまさかまさかと目を逸らし続ける自分達に真実を叩きつけた。


「……どうして毒が……12種類もあるんでしょうかぁ」


 その声はぐさりとテーブルを囲むプレイヤー達を打ちすえて、誰もがこの世界に対して脱力感を抱いてがっくりと肩を落とす。


「……やっていける自信がない」


「……毒が12種類もあるゲームなんて聞いたことない」


「……トリカブト生えてんだぜ、そこら辺によぉ」


「……諦めちゃダメですよぉ、多分」


「……いやはや、すごいですね」


「フグとか……調理資格取らないと」


 みんなの呆然とした呟きが部屋に落ちて、その道程の長さに誰ともなく溜息がこぼれ落ちる。

 その吐息は膨大なるポーション研究の始まりの、その最初の挫折を予感させるには十分な響きだった。

 後に最大の悪夢その2と言われ伝説と化した、【Under Ground Online】が誇る鬼畜システム、その代表格。


 「あなたの知らない恐怖の毒達」――知らないままではいられない、この世界の真理の一部だ。



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