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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
9:Under Ground(意訳――朝駆けの徒)
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第百七十四話:全ては悪ノリと雪辱のためにⅠ



第百七十四話:全ては悪ノリと雪辱のためにⅠ




「なふっ……」

(増えてる……)


 温泉に入ったまま、前日の疲れと徹夜も重なり、見事な寝落ちから目覚めたら――温泉から引き上げられていただけでなく、なんだか1人野郎が増えていた。


「起きた? 起きたか? 起きたよな! オレ、オレ、ブラウニーな! よろしく、くろくも!」 


 よろしく、と言いながら目の前で手を振る薄紫色の短髪の男は、ブラウニー、と名乗りながらフレンドリーにこちらに笑いかけてくる。


 ブラウニー……聞き覚えのある名前だ。たしか彼もランカースレの常連さんで、懸賞金1700万フィート――『世界警察ヴァルカン』調べの被害実質額は8200万にも及ぶ、かなり有名どころのPKプレイヤー。


 そういえばすぐ近くで正座をしている、アオとかいう奴も同じくPKプレイヤーだったはずだ。


 懸賞金こそ0フィートだが、同じく『世界警察(ヴァルカン)』発表の実質額は自分の1億をちょっと超えた、1億6000フィートの凄腕らしい――が、落とされた恨みは忘れない。


 ブラウニーさんは別に関係ないので、こちらもフレンドリーに挨拶を返す。自分ではわからないのだが、「よろしく」と言っても「わふっ」としか聞こえないらしい。


 ただ、ブラウニーさんは細かいことは大して気にしない性質らしく、こちらが右前足を上げれば、そっと左手を伸ばしてきて自分の肉球とハイタッチ。そのまま嬉しそうに赤い瞳が笑みの形に崩れ、ブラウニーさんはパッと後ろを振り返る。


「ほら、他の奴も自己紹介しろよ! で、さっさと作戦会議はじめよーぜ!」


 落ち着きのなさそうな二十代の見た目通り、どこか溌剌とした雰囲気でブラウニーさんは周囲に声をかける。

 その声にめいめいが思い思いの返事をし、その段になって、ようやく自分は落ち着いてこの場の全容を見ることができた。


 ――隠れ家、と自分が称したこの空間に、いるのは全部で7人と3匹の大所帯。


 ふかふかの毛皮製絨毯にぺたりと座り込む自分の目の前にいるのは、薄紫の短髪に赤い瞳の、溌剌とした若い男性――ソロのPKプレイヤー、ブラウニーさん。


 その左奥側、粘土を塗り固めたような壁沿いに、未だに正座で座らせられているのがtora(とら)とアオだろう。


 〝tora〟――やはり、師匠のランカースレの常連だ。基本的には揉め事に口は出すが手は出さない主義で活動していて、常連の中では賑やかし担当を自負する人。


 クリーム色のマッシュショートに、向日葵(ひまわり)のような黄色の瞳の、これまた若い女性だ。

 この場にいる唯一の紅一点だが、ブランカさんのような色気は無く、活発な黄トラの猫が擬人化したらこうなるんじゃ、みたいな典型的な猫目、猫顔。


 何がどうなっているのかわからないが、瞳孔の形までもが縦長で、キャラメイクでそれをしたなら、本人も自身が猫に似ている自覚があるのかもしれない――あれ? いや、そんなキャラクターメイクできたっけか……まあいいか。


 で、その猫みたいなtoraさんの隣で、怠そうに正座をしているのがアオだろう。


 〝アオ〟――やはりコイツもランカースレの以下略。さきほど思い返した通り、腕の立つPKプレイヤーで、未だにスクショ率は0なものの、被害額は自分と同じ1億を超えている。


 髪色、瞳の色は共に透き通る水晶のような蒼。腰まで伸びる長い髪は一本に縛られていて、服装はファンタジーガン無視のダークグレーの――スーツだ。ファンタジー系VRMMOの【あんぐら】でスーツ着てるやつ初めて見た。


 極めつけは細い銀縁の眼鏡に、細い顎。全体的に華奢な顔立ちがダークグレーのスーツに引き締められてはいるが、全身から立ち上る怠そうな雰囲気が、その内面が生真面目さからは程遠いことを示している。


「改めて、toraでーす」


「アオでーす」


 両者、気の抜けた挨拶と共に自分に向かって片手を上げ、のほほんと正座をしたまま、二対の視線が背後に流れる。

 

 黄色と蒼の視線の先には、鮮烈な濃い赤の髪と、赤の瞳。


 軍人めいた(いか)めしい顔を首にすえた、長身かつ隠し切れない筋肉を全身に誇る初老の男性の姿がある。顔に刻まれた皺の一つ一つに、身にまとう雰囲気に、歴戦の猛者の気配。

 眉間には気難し気に寄せられた深いしわがあり、ともすれば誰彼構わず睨みつけるような険しい顔立ち。


 ――しかして、その腕の中には柴犬サイズの青のドラゴン。ネブラが鼻歌混じりに抱えられ、一斉に視線を向けられて硬直する大きな手のひらを鼻先で突っつき、撫でる手が止まってるよ! と小さな催促を繰り返しているという可愛らしいギャップがあった。


 黒光りする革ジャンに身を包んだその人は、ほんの少しだけまごついてから、ようやく自己紹介を促されているのだと気が付いたようだ。

 慌てた様子でこちらに駆け寄り、名乗りが遅れて申し訳ない、と見た目に比例した渋い声で言う。


「フラフムです。いつもは属性スレで検証活動をしていて……その……」


 長身を屈めて床に膝をつき、自分の目の前にゆっくりと胡坐をかいて座った彼はもごもごとそう言うが、続きはどれだけ待っても出てこない。

 困惑したまま七三分けにされた赤い髪を見上げていれば、見かねた様子で寄って来た麦さんが、他の人にはわからぬように、【魔獣語】でぽそりと言う。


「フラフム、こう見えて可愛いもの好きなんだよ。良かったら触らせてやって」 


「なふっ」

(ああ、なるほど)


 奥手なんだね、と言えば、そうなんだよ、とは、麦さんの答えだ。じゃあ仕方ないな、と頷いて、自分はのこのことフラフムさんの膝に上り、状況を見ていたネブラが長い尾を使って自分の身体を引っ張り上げる。


 そうすると、すっぽりとフラフムさんの胡坐の中に入り込める。ネブラが陣取るのとは反対の膝頭に腕と頭を乗せてバランスを取れば、麦さんが何事もなかったかのように進行役を務めだした。


「はい、では一通り自己紹介も済んだところで、だ」


「えっ……え?」


「はいでは! チキチキ! 第一回、魔王軍報復大作戦会議を始めまーす!」


「「「いぇーい」」」


 戸惑うフラフムさんを置いてきぼりにし、ブラウニーさんが開始の合図を。toraとアオ、雪花が気の抜けた合いの手を入れ――結局のところ、自分には何だかよくわからないまま、火中の栗を拾う羽目になりそうな作戦会議が唐突に始まったのだった。



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