表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
裏章:Under Ground(意訳――《化物達の祭典》)
189/256

第百五十八話:明滅するスクーニアスⅠ

パソコン表示推奨。

 


 端末を受け取って、そこに示された情報に思わず顔をしかめてしまう。その動きは不規則なようでいて、規則的だ。辿れば全てが見えてくる。あの蛇がどこへ向かっているのか。次にどこに現れるのか。


 そして、それは――、と思考を巡らせ、斑鳩(いかるが)室長に向かって口を開こうとした時に、


「ダメですよ!」


 と叫ぶのは、未だ声変りを知らぬ少年の声だった。


 斑鳩室長に差し出された端末をためらいも無く受け取った自分のすぐ隣で、いつの間にか傍に来ていたブランは嫌々と首を横に振って自分の腕に縋りついて言う。


「ダメ、ダメです! 引きずられたらどうするんですか! 道具で押さえているっていったって、所詮は〝鍵の無い蓋〟なんですよ!? 戻れる確証なんか無いんですよ!?」


「……ブラン」


 周りにいる者達に事情を知られぬように濁していても、自分にはブランの言いたいことがよくわかる。ポンチョの裾をぎゅっと掴み、必死になってブランは自分がやろうとしていることを察し、引き止める。


 本当なら、ブランの言う通りにすべきだろう。引きずられない自信はある。負けない自信も、戻って来られる自信もある。けれど、それはブランに心配をかけさせるくらいなら押し込めるべきものなのだろう。


「ほら、僕、無事じゃないですか! それだけでどうしてダメなんですか! 此処に居てください! 狛乃さんが打って出る必要なんてない!」


「ブラン、あの蛇は、今またこっちに向かってきてる。それに、思いのほか強いのか、あれから動きが全く止まっていない。このままじゃ此処に――」


「嫌です! 聞きませんよ――お母様も、クライムだってそうなのに、狛乃さんまで同じことを言うんですか? 此処に来るかどうかなんて、分からないじゃないですか! 僕はそんなこと望んでない! どうして僕のためにそんな、そんなこと――!」


 自分が言わんとしていることを察し、ブランは涙目になって縋りつく。聡く、賢いブランなら本当は分かっているはずだ。此処に来るかどうかわからない、なんて、戯言でしかないということは。


 でも、わかっていて、それでもブランは自分に向かって、此処に居てくれ、と言い募る。此処なら他に戦える人もいる。自分が打って出る必要なんかない。僕を守るためにそんなリスクの高いことをするのは止めてくれと。


 ブランは分かっている。


 自分が、あの蛇をブランに近付けたくない、と思っていることを。


 ブランはようく分かっている。


 ブランがいる空間で、あの蛇を迎え撃つようなことはしたくない、と考えていることを。



 けれどブランは、分かっていない。



「どうしてって、それはね、ブラン」



 ブランの手をやんわりと掴み、離し、その手をぎゅっと握りしめ、自分はそっと赤い瞳を覗き込む。うっすらと涙に滲んだ赤い色に映るのは、優し気に微笑む自分の姿。


 他者の目を通して初めて見る、慈愛のようなものを感じさせる右の瞳は柔らかく茶色に揺れ、左の瞳は――



「トルカナ様も、自分も――ブランのことが、すごく大切だからだよ」




 ――怒りに明滅する星のように、ブランとは違う赤の色に光っていた。











































          【Under Ground Online】






         第百五十八話:明滅する対の魂(スクーニアス)






             歌う、歌う。



           円を作って子供らは歌う



            「密談しましょ」


           「あなたと、わたしと」



            自分の魂に値をつける



             「相談しましょ」


            「わたしと、きみと」



             銀貨1枚で家が建つ



          「銀貨何枚でお売りになるの?」



           死者の輪遊びで、全てがわかる



         「あたしゃ――枚で売りに出すのさ!!」




           あなたが信じる自分の価値と、




          「――枚なら買おうじゃないか!」







           あなたに付けられる値段は違う。













































 狭い通路を走り抜ける。灰色の壁は人、1人分の広さだけを残して、四方を埋めて、淡く光る。


 赤銅(しゃくどう)の道を走り抜ける。氾濫する赤い光が、道を夕暮れの色に染めている。肩から散った小さな火の粉が、束の間の闇を削り、まるで死んでいくように滲んで散った。


 火を背負う故に影は自分の先を行き、にわかに、ぎちりと(ひず)んで口を開く。狼に似たそれはギザギザの牙を開き、熱い息を吐くたまらない仕草。

 風圧など無いかのように肩に居座る小さな猫は、静かにじっとその影を視線で追いかけ続けている。


『突き当りを右へ――』


 ブランの反対を押し切って、手に入れた権利が自分に囁く。身体は跳ねるように突き当りで右へ曲がり、まるで仮想世界のように、手足は疲れ知らずに動く。


 紋様が熱く光る。赤い炎が弾けて滲む。死を牽く狼が自分の一歩先を走る。左目は熱く、右目は一転して冷えている。

 獰猛さと冷静さが同居しているような思考を楽しむ余裕はあった。理由はいつでも、ある種の結論の前にはどうだってよくなるものだ。


「動くなら、戦えるなら、それでいい――」


 自分の唇から零れた囁きを、肯定するように影に潜む狼は微笑んだ。対して、小さな獣は沈黙した。ちぐはぐなそれらは、結局のところ、自分の存在は2つで1つなのだということを証明している。


 ブランは最後まで心配していた。


 エゴだとしても、狛乃さんには自分に近しい場所にいて欲しいのだと。同じ存在だとわかっていても、亜神ではなく、魔術師として――人として自分に対して接してほしいのだと。


 だから、亜神の側に傾いてしまうようなことはしてほしくないのだと。


「……ごめんよ、ブラン。でも、退けない。曲げられない」


 けれども、相反するはずの要素を全て、矛盾なく呑み込んで、出来上がったのが自分という存在なのだ。


 男でもあり、女でもある。亜神でもあり、魔術師でもある。獅子でもあり、狼でもある。


 形も、概念にも、決まりはない。定められたカタチは存在しない。自分はいつも、揺れて、不安定で、



 でもそう、だから、だからこそ――、



『最後――左に曲がって、床をぶち破れば、そこにあなたの望むものがある』




 ――曲げられない信念を持った〝自分〟が、唯一、心の真ん中にいる。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ