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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
7:Under Ground(意訳――魔法世界の地色)
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第百五十二話・半:危険生物片詩曲Ⅰ

 


第百五十二話・半:危険生物(デッドスライム) 片詩曲(ランニバル)




 自身に判明した重大な問題に対し、どうにも緊張感のない狛乃がロンダルシア家でうまうまとエクシェットを貪っている頃――。




 狛乃がいるフルマニエル公国から遠く離れたガルマニア。その首都の近くにあるオルガトラム国際空港では、一人の男が最新式の携帯端末を左手に、軽そうな旅行鞄を右手に握りしめ、どうにも進退窮まった、というような声でロビーの壁に向かって何事かを話していた。


 否、正しくは壁ではない。男は携帯端末――通称、腕輪型(ビート)と呼ばれる機器から伸びた細いコードと、それに繋がる小さなボタンを押したり放したりしながら、国際電話をしているらしかった。


 登録者本人にだけ見える、拡張現実(AR)ウィンドウ。男は、通話相手の顔を見ては画面を消し、柔らかそうな栗色の髪を揺らしながら顔を背ける。すると、すぐさま通話相手の怒声が飛び、男は放したボタンを再び押し込んだ。

 震える唇が困り切ったへの字に曲げられ、情けないような、けれども妙に落ち着いた声が言う。


「だって……そんなこと急に言われたって困るよ、アンジェ! 琥珀君に頼まれたんだろう? そんな、キミ、プロの傭兵なんだから、しかも厄介事の爆心地(グラウンド・ゼロ)()()()なんて……え、ソロモン王の指示? それでどうしてボクに話を回すかなぁ」


 キツめの女の声に、嫌そうに男が言う。ズボンから半分はみ出た薄ピンクのワイシャツに、濃茶のベストセーターと、ベージュのズボン姿の男は、その見た目からもどこか抜けた性格がうかがえた。


「それに、明日は博樹君の授業の手伝いを頼まれてるから、そろそろ飛行機に乗らないといけな――え、今日? 授業日は9日? 10日じゃなくて?」


 まずい、と男が口にするのと同時、通話相手――アンジェと呼ばれた女はしめた、とばかりに畳みかける。

 子供たちのための授業をすっぽかすことなどがあれば、ソロモン王であるしぎがどれだけ嫌味を言ってくるか。今度の総会でお前の店がどれだけ税をかけられるか、を滔々と語られ、男は先程までよりも、もっと困った顔で眉を下げた。


「わかった、わかったよ、アンジェ。それで、キミから足を借りるには……どうすればいいんだい?」


 結局、男は困り果てた顔でそう言った。画面の向こうで彼女はニヤリと笑い、そしていとも簡単にこう言い放つ。


『――藤堂博樹を説得して、彼の孫である藤堂弥生(やよい)ちゃんって子に、私の依頼を受けさせてあげて。あ、本人には授業に顔出せるようにパス渡しといたから、よろしくねー』


 何それめんどくさい、と喉元まで出かかった声を飲み込んで、男は何とか頷いた。頑張ってみたけど、無理だったと言えばいいと考え直したのだ。そんな男の思考を見抜くように、アンジェという名の女は鋭い声で失敗したら酷いわよ、と釘をさす。


 そのまま、1分で1階に来い、と言い、通話は一方的に打ち切られた。後には、ふわふわした髪をわさわさとかき乱しながら、困ったなぁ、と一人ごちる男が残る。


 けれど次の瞬間、男の姿はかき消えた。


 男がいたはずの場所には、小さな水たまりが出来ている。水たまりに落ちているのは腕輪型携帯端末(ビート)だけ。軽そうな旅行鞄も、男も、影も形も残っていなかった。


 幸い、ロビーにいた人間達のほとんどはそれを見ていなかったらしい。誰もその異様な光景を問題にせず、夜でも賑やかな空港内では、様々な人種の人々が行きかっている。


 此処はオルガトラム国際空港、第1ターミナル。5階、国際線出発ロビー。ガルマニア国内で最も巨大な空港施設は、夜でも幻想的な輝きを失わない。

 そんなきらきら輝く美しいロビーの床を、ビートを巻き込んで水たまりが滑るように動き出す。すぐそばにあった巨大な観葉植物の鉢の影に滑り込み、水たまりはふるふると揺れて――シュウゥ、と嫌な音を立てて床を溶かした。


 それは分厚い僻性(へきせい)結晶因子で作られているはずの白の床にいとも簡単に小さな穴を開け、弾性だんせい結晶因子製の床梁(ゆかばり)根太ねだを伝い、ビートと共に滑るように穴の中に消えて行った。

































 水たまりが床に穴を開けたのと同時刻。オルガトラム国際空港から、場所は日本へ。


 ビル街を避けた一般市街地の上空、およそ高度50メートル。真夜中の中空国道12号線のど真ん中を時速90キロでぶっ飛ばす鋼色の浮遊二輪(レイバーン)の後部座席では、濃茶の外套をはためかせながら悲鳴交じりの絶叫を上げる男がいた。


「――弥生(やよい)(ねえ)さん! スピード出しすぎ、此処50キロ空路(くうろ)だよ!? せいぜい出していいのは70キロまでだよ!」


 男の悲鳴と共に〈認定魔術師、もしくは魔術師同伴者(※要魔法使い資格!)のみ通行可〉という電子表示板の下を、鋼の地色に桃色のエッジラインが刻まれた機体が猛スピードで駆け抜ける。


「――事故っても睦月むづきの魔術でどうとでもなるでしょう! 文句なら週末に呼びつけたおじいさまに言ってちょうだい! それに、今日! 今じゃなきゃ私にとって意味がないのよ! ようやく念願叶うところなの!」


「――そんな、確かにもう土曜日だけど、真夜中に来いなんて言ってなかったし、今じゃなきゃって一体……カーブ! カーブはスピード落としてお願いだから!!」


 死にはしないだろうけど浮遊式結晶因子柵(ハイ・ガードレール)って、ふわふわした見た目よりずっと痛いんだから! と叫ぶ睦月の声を弥生は完全に無視。

 柔らかな綿わたのようにも見える浮遊式結晶因子柵(ハイ・ガードレール)にてならされた中空道路は、さながら〝左右を雲にサンドイッチされた空中の散歩道〟である。


 ファンタジーゲームやおとぎ話に出てきそうな、ふわふわでのんびりとした見た目は、多くの写真家たちからも人気が高い。本当なら、鳥の羽やら、妖精の虫羽根(むしばね)のようなメルヘンチックな飛行物体が似合う道。


 けれども、そこを爆走するのは鋼の鳥だ。SFサイエンス・フィクションファンならたとえ乗れなくても欲しい、エンジン抜いても良いから買わせてくれ、と言われるバリバリの人工飛行機器ノンファンタジーアイテム


「――ひゃっ、100キロ出てる! これ免停クラスだよ! 姐さん、魔術師じゃないんだから無茶はしないで!」


「――()()それね! 〝魔術師じゃないんだから危ないことはするな〟! 〝魔術師じゃないんだから魔法なんて覚えなくていい〟! 〝魔術師じゃないんだから普通に就職して大人しくしてろ〟! ああもう――うんざりよ! 見てなさいよ、魔術師なんかじゃなくったって、こんなことも出来るんだから!!」


 地上で使われる自動二輪車(オートバイ)に似せて作られた浮遊二輪(レイバーン)に跨る弥生は、ヘルメットから零れる自前の金髪をひるがえしながら、カーブに差しかかった瞬間に更なる速度といきどおりの捌け口を求めて足を動かした。


 弥生の右足が足掛け(ステップ)の斜め前にあるレバーを叩き折る勢いで踏みこみ、最速歯車(レイ・ギア)がガッコン、という音と共に起動する。


 瞬時に戻された右足が遠心力に耐えるためにステップを踏み叩き、今度は左足が車体を蹴り上げるように小さく動いて、固形魔力への回路を開くボタンを壊れそうな勢いで押し込んだ。


 すぐさま回路を伝い、最速歯車(レイ・ギア)の回転熱で予備動力の固形魔力が一息に液化。更なる熱で気体化し、放出され、尾を噛む蛇(ウロボロス)状流動基盤に流れ込み、莫大な動力を得て機関部が獰猛な唸り声を上げ始める。


 タイヤの代わりに備え付けられている水車のような抑空部が空気を噛み、魚の鰓のような人工翼(エピ)が空気だけでなく空気中の魔素まで巻き込み空中での加速のための足場を得る。


「――ちょっ、それは走行中に起動するようなシステムじゃ……!」


「――ゴールまで一直線で行くわよ!」


 怒れる魔獣の咆哮のような爆音を聞き届け、弥生の右手がアクセルを全開にする。排熱機関にとんでもない過負荷をかけながら、同乗者の悲鳴を伴奏にして、キツめのカーブを超加速で強引に曲がり切った。


 速度注意、の警告板を完無視し、人がいないことを良いことに――後、ついでに魔術師なんかねちゃっても死なないし、という弥生的超理論の下に、彼女は浮遊二輪レイバーンで真夜中の中空国道を駆け抜ける。その速度、実に時速220キロ。


 小型の浮遊二輪(レイバーン)としては最高時速。防風魔法が無ければ吹っ飛んでしまうスピードで、輝く桃色の尾をきながら、鋼の鳥は美しい黒布の空を引き裂くように走っていく。


 眼下には星屑のような民家の明かりが閃いては消えて行く。あまりの速度に、景色は絵筆で撫でた荒っぽい色付きの線の集まりと化していた。


「待ってなさい、私の初仕事――!!」


 制限時速50キロの中空国道12号線を、時速220キロで爆走しながら、藤堂弥生はそう叫んだ。





























 またもや場面はガルマニアへと舞い戻り、国内屈指の名ホテル――トラカルトホテルの16階。華美ではないが、高級ホテルとして当然の美しさを誇る個室式クラブラウンジに、きょとりとした声が響き渡る。


「え、沢渡さわたり達と連絡が取れない?」


 何があったの? と疑問の声を上げながら、ずいぶんと旧式の携帯端末を耳にあて、【あんぐら】の最高責任者、金城かなぎ陵真りょうまは首を傾げた。


 服装は休日らしいグリーンワイシャツと、ブラウンのスラックスというラフな格好。

 柔らかな翼馬(ペガサス)革の椅子に座り、ジンジャーエールの入ったグラスの氷をからりと鳴らしながら、彼はもう一度疑問を口にする。


「待って、〝ulkdor(ウルクドア)〟。それじゃよくわからない、どうしたの? みんなに何があったの?」


『それが、どうもマスター共々、職員方全員が世界警察(ヴァルカン)に連れて行かれてしまって――その、どうにか管理AIだけでゲームの方は回せているんですが……』


 焦りと困惑の滲む〝ulkdor(ウルクドア)〟の声に、陵真はゆっくりと乾いた唇を舐めて湿らせる。そのまま小さく唇を噛み、グラスを揺らしながら考え込むように目を細めた。


世界警察ヴァルカン……罪状は?」


『罪状は〝1級犯罪者との関わりがある可能性……の予定。ドグマ公国からの情報だから、明日には世間にも公表しないといけないんだよね。恨まないでね。私もほら、仕事だからね。でもまあ、予定は未定だから〟とか言っていたのですが……』


 声色、話し方、あからさまな含みまで完璧に再現された音声。それを聞き、陵真はぐうっと顎を引き、唸るような声を出す。


「それ、誰が言ってたの?」


『え、〝エドガルズ・B・リュネス〟だと名乗っていました。死んだ蛇のような目をした長身の男で、ずっと微笑んでいて、髪は――』


「ああ、いいよ。大丈夫。有名人だから、俺でもよく知ってる」


 世界警察のトップの人だから……と陵真は呟き、〝ulkdor(ウルクドア)〟が恐々と、【あんぐら】の方ではなく? と囁けば、


()()だよ」


 と陵真は言って、疲れたように眉間に寄った皺を伸ばした。陵真はそのまま通話相手には見えないことを承知で何度か頷いて、それから芯のある声でこう言った。


「――彼の言う予定は、未定に終わる。いいや、終わらせる」


 だから、安心して、そのまま沢渡と祐が帰るまで管理AIだけで頑張ってくれ、という陵真の声に、〝ulkdor(ウルクドア)〟は了承の返事をしてから通話を切った。

 そのまま旧式端末を折り畳み、ポケットに静かに滑らせる陵真の下に、ホテルの従業員が恭しく近付き、ガルマニア式の礼と共に小さな手紙を差し出した。


 差出人は、ドグマ公国の代理使者――ダビド・エイブラハム。


 陵真は軽く頷いてそれを受け取り、下がっていい、と従業員を下がらせる。手紙を開き、中にある小さなカードを取り出せば、そこにはただ〝選べ〟とだけ記されている。カードをひっくり返せば、〝黄金全部か、それともテメェの夢か〟という文字。


 一瞥し、陵真は無表情でそれを両手でつまんで引き裂いた。〝選べ〟という文字は縦に裂かれて読めなくなり、中からひらりと、プラスチックカードがテーブルに舞い落ちる。

 拾い上げ、そこに刻まれた文字を読んで、陵真は、ふはっと吹き出した。そこには、決別の意思を見せて初めて分かる応援メッセージがあったからだ。


「〝両方欲しいか。いいぞ、やっちまえ!〟って……」


 あの人、どっちの味方なんだろう、と。陵真は笑いながら立ち上がる。黄金も、自身の夢も、何もかもを手に入れるために。






2017 11/21 表記ミスを発見 【ローディンガム国際空港】→【オルガトラム国際空港】。ラングリアとガルマニアの空港名を間違えていたので、修正しました。



片詩曲へんしきょく……双子歌(ランニバル)。主に一点片鱗法(中心となるテーマを1つ定め、それを直接的な表現を一切せず、全体が分かるように描く表現法。別名、点描法)で表現された詩に曲をつけたものいう。

片詩、もしくは双子と言われるのは、これらの楽曲は必ず文字と音の、両方を必須とすることから。

優れたものになると、曲のリズムやテンポで文字を読む速さを意図的に操り、詩の終わりと曲の終わりを完璧に合わせてくる。

轟暦500年代頃から文献などに散見され、オルゴール技術が復活した1300年代頃に一度流行り、そして廃れた。その後、500年の時を経て蓄音機が復活した1800年代に最も隆盛を極め、現代では特殊楽曲の一分野としての地位を確立している。


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