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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
6:Under Ground(意訳――蓋然性禁忌)
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第百二十六話:樹海大炎上――

 



 地面に向かって落下しながらも左腕を振り上げてフローレンスの右腕を切り飛ばした自分は、すぐさま着地と同時に足を動かして後ろに下がる。


 追撃のチャンスは敵の反撃のチャンスにもなる上に、美獣フローレンスには戦闘時の情報がほとんどない。


 何をしてくるかわからない上に、仲間が健在である以上、1人で突っ込むのは無謀。そんな考えは、ここ2週間『ランナーズハイ』で叩き込まれた、多人数戦闘の基礎だった。


 合流を待ちながらも、フローレンスから視線は外さない。痛みに絶叫し、怒り狂いながら地面に何とか着地したフローレンスの傷口は焼け焦げていて、断面からの出血こそないものの、噂に聞く自動再生の兆しはない。


 効果があれば儲けもの、程度に考えていたが、【カラム・ガラム】によって爪にまとわりつく炎は傷口を焼き焦がし、ある程度ならモンスターの再生能力をさまたげるようだ。


 肩のあたりで切り飛ばした腕も遅れて地面に叩きつけられ、鮮血が下草を斑に染め上げる。てんとう虫の群れのようなそれを踏みにじり、フローレンスは荒い息を吐きながら鼻面に皺を寄せて唸り声を上げ始めた。


 遠吠え系のスキルは封じたが、他のスキルまで封じ込めたわけではない。精々、通常よりもほんの少しスキル発動が遅れるなど、追加効果としてはその程度だ。


 今のところ、美獣フローレンスが保有しているスキルの内、判明しているのは加速スキルと、遠吠え系スキル。視覚、聴覚、嗅覚のデバフは恐らく条件付きのスキルだと思われる。


 弱まっていた聴力と嗅覚は、美獣フローレンスの攻撃を受け止めた瞬間に元の通りに聞こえだした。恐らく、美獣フローレンスの強力なデバフ能力は条件達成型で、今回は条件未達成で解除されたのだろう。紋様の浸食の無い右目の視力のほうも、ぼんやりとだが回復している。


 ただ、輪郭すらもはっきりとしないこのぼやけ具合だとほとんど戦闘には役に立たない。精々が、何か派手に動くものがあればわかる、程度だ。

 死角になるのが嫌で閉じていないが、半分くっきりで半分ぼやけている状態というのは気持ちの良い状態ではない。


 唸るフローレンスは動かない。自分は足に力を入れ、いつでも動けるように構えながらその動きを注視する。


 じり、と自身の血で赤い斑になっている下草を踏みにじるフローレンスの足が動き、それを見た自分が全力で横に地を蹴った瞬間――砲弾のように巨大なキツネザルが突進してきた。


「不意打ちじゃなきゃ当たるかバーカ!」


『ミ゛ャア゛ア゛ア゛ア゛!!』


 教会の神官長相手に散々訓練した予測回避の技術は自分が挽肉になるのを防ぎ、罵倒はフローレンスの更なる怒りを買うことに成功する。


 全力で動く直前に大抵の動物が見せる、踏み切りのための一瞬の予備動作。プログラムで動くマシンには存在しない、学習性AI――精霊入りのモンスターだからこそ読み取れる生きた動作の数々は、【あんぐら】でモンスター戦をするならば絶対に覚えなければならないものだ。


「おーにさーんこーちらー! 遅れるなよ!」


『グゥウ゛ウ゛!!』


 フローレンスを煽りに煽り、再び逃げ出すことがないように目一杯に注意を惹きつける。通常状態なら意味が無くとも、片腕を切り飛ばされた今なら、怒りと痛みで思考は混乱しているはず!


 フローレンスに自分の背中を追いかけさせながら、自分は弥生ちゃん達と合流するために走り出す。木々を蹴りつけて進むが、高度は地面すれすれに。片腕を失っているとはいえ、フローレンスと樹上で追いかけっこをする気は無い。


「〝夕焼けの色 沈む太陽 火の粉は輪になって空をゆく〟!」


 【カラム・ガラム】のかけ直しのために詠唱を開始する自分を警戒し、追いかけるフローレンスの速度が弱まった。

 けれどすぐに振り返った横顔で、馬鹿め、とでも言うようにふっと笑えば、すぐさまその速度は上がっていく。


「〝火の粉の輪は車輪に変わり 夜へと向かってけていく〟!」


 途中で、地面すれすれに移動する自分と同じ高度では、絶対に追い付けないと気が付いたのだろう。高低差を利用して自分を仕留めようと、フローレンスは昇る稲妻のごとく木々を駆け上がっていく。


「〝骨をむしばむ鬼火の目 四肢を彩る赤い炎 その【増幅(性質)】の名のもとに 走れや走れ〟――【カラム・ガラム】!」


 その数秒の動作の隙をつき、弱まっていた炎が再燃する。自分の四肢に揺らめいていた炎は再び激しく燃え上がり、炎旗えんきのように夜の樹海を照らし上げた。


 自分の頭上を取るフローレンスから、逃げるか立ち止まるかを一瞬悩むも、背後から襲われる愚はおかせないと立ち止まる。

 急降下のために全身の筋肉を引き絞るフローレンスを見上げ、自分は両足を地に踏ん張って腰を落とす。


『ミ゛ァ゛ア゛ア゛アウ゛ッ!』


 咆哮ほうこうと共にいかれる美獣フローレンスは枝を蹴り、今度こそ落ちる稲妻となって迫り来る。落下といえども速すぎるそれと威圧感に、加速以外のスキルの使用を予感するが、今更になって避けられない。


 流石に底上げした筋力でも受け止めきれないかもしれない――そう感じた次の瞬間、


「〝走れ――【銀()の保()者】〟!!」


 自分の視界は月影さんの背中で覆われ、その向こうに銀に青の大盾が顕現けんげんし、派手な音と共に危うげもなくフローレンスの攻撃を受け止めた。


 フローレンスの怒りは頂点に達し、がむしゃらに1本になった腕を振り回すが、大盾は全てを防ぎきる。


「狛ちゃん――α(アルファ)よ!」


「――〝なまりの色 精霊の色 土の精霊と見紛う色〟!」


 途端、見えずともどこかの樹上から弥生ちゃんの指示が飛び、自分はすぐさま月影さんから離れて反射のように口を動かす。


 月影さんの適応称号スキル、【銀()の保()者】の効果は、発動対象固定のダメージカット機能と、セーフティーエリア限定再現。


 月影さんが掲げる大盾の内側に展開するセーフティーエリアの中では、詠唱も大半のスキルの発動も制限される。そのため、防衛エリアから出て来た自分をフローレンスが狙い撃ちにしようとするが、それは月影さんが許さない。


 うっかり限定セーフティエリアの効果範囲に入らないように下がる自分を守るために、月影さんは絶妙な動きでフローレンスを押し止めるが、そう長くは続けられないだろう。


 だが長くは持たないその守りも、詠唱が完了するまでとくれば無問題。弥生ちゃんが待ち受けていることを知っているがゆえに木々を駆け登ろうとしないフローレンスは、いまだ地面の上にいる。


 フローレンスは再びの咆哮。うざったい! とでも言うように月影さんの盾を片腕で殴りつけ、そして次の瞬間に動きを止める。


「〝流砂よ崩せ 分解せよ〟――【アルトール】!」


 発光する足元に一瞬だけ動きを止め、即座に走り寄る自分を見てフローレンスは理解と共に即座に跳躍。踏み切りの瞬間に砂に変わる足元にその速度は減殺され、先程までのキレのある動きよりも遅れたその身に――、


「【ダブル――インパクト】!!」


 ――緑の目をした怪物の、モーニングスターが迫り来る。


『――【ミ゛ァアアア゛ウ゛】!』


 縦回転に重力をたっぷり絡めた、黒い流星の一撃。全てを砕く勢いで迫るそれは、フローレンスの叫びを真正面から浴びることで、奇妙にも数秒だけ動きが遅くなったように見えた。


 発動しないはずの遠吠え系スキル、ではなく、闇属性モンスターであるフローレンスの真骨頂。

 デバフスキルと思われるそれを受け、弥生ちゃんの一撃に水の抵抗を受けたような致命的な遅れが出る。


 キツネザルはするりと遅れたモーニングスターの脇を抜け、ひょうのような身のこなしで致命的な一撃をかわし切った。


 そのまま弥生ちゃんを蹴りつけて樹上へ逃げようとするフローレンスは、遅れて自分が迫っていることに気が付き、空中で長い足を伸ばして手近な幹に爪をめり込ませながら方向転換。


 反撃を諦め、素早い動きで樹上を駆け上がって逃げていくものの、〈逃亡〉扱いの距離まで逃げるスタミナの余裕がもう無いようだ。

 無理にそこまで逃げきっても、再び同じ方法で追い詰められたら次はマトモな戦闘にならないのかもしれない。


 体力を温存するように……こちらから見えはするけれど、すぐには追い付けないという位置に陣取り、せわしない呼吸を繰り返しながら枝に座り込むフローレンスは、油断なくこちらの様子をうかがっている。


「ごめんッ――躱された!」


 自分もそうだが、すぐそばに着地しながら謝る弥生ちゃんの息も荒い。流石に適応称号スキルを発動しながらの激しい戦闘はスタミナをみるみるうちに溶かしていくのか、称号スキルでスタミナが底上げされているはずの自分でも、そろそろ息苦しさと疲労を感じ始めている。


「どんまい。あそこまでやって躱されるなら仕方ない。でもあれを躱すのか……【鈍足スロウ】の亜種かな? 上位互換?」


「わからないけど、似たようなスキルだと思うわ。問題は、あれが後何発撃てるのかよ」


「えっと、大丈夫? 2人とも怪我はない?」


 あれがあと何発撃てるか――、その言葉に顔をしかめる自分と弥生ちゃんに、横からのんびりとした声がかかる。大盾に生肉を与えながら、月影さんがよいしょ、と大きな木の根を乗り越えた。神聖な色合いの巨大な盾に牙が生え、生肉を噛み裂く様子にはドン引きだ。


 随分と嫌な絵面だが、そんなことを言っていても始まらない。こちらもフローレンスの動きに注意しながら小休止と洒落込みたいが、悲しいことに自分達にはそんな時間は残されていない。特に自分には。


「――……残り、13分56秒」


「……いけるかしら?」


「やるしかない。ただ、そろそろ残り魔力が7割切った。続きをやるにしても、方向性だけでも決めないといけないな……もう自由にやる余裕が無い」


 そう、方向性だ。残りの魔力は無いと言えば無いし、あると言えばある。ただ、途中で作戦の軌道修正が出来るほどではない。ならば、今のうちに決めなければいけないだろう。


 自分は指を1本立てて、荒い息を整えながら2人に言う。


「その1、移動補助系スキルと簡易召喚スキルに絞り、魔石と物理でフローレンスの首を取る」


 うんうん、と頷く彼等に、自分は続けてこうも言う。


「その2、魔石と攻撃魔術を連打して、樹海を灼熱地獄にし、フローレンスをオーバー大樹海地帯そのものから叩き出す――」


 ぎしり、と動きが止まった2人を真っ直ぐに見つめ、自分ははっきりと断言する。


「意地を張るなら1だ。けれど、確実に仕留める気なら2だ。攻略組が提示した情報には、美獣フローレンスの3種のデバフスキルは、恐らくオーバー大樹海地帯における5割強のエリアでしか発動条件を達成できないとある」


 予測だが、今回、自分で樹海に踏み込んでみてわかった。この予測は、ほぼ真実だろう。美獣フローレンスは樹海から出てこない。それは、此処が彼女の庭であるから、だけが理由ではない。


 攻略組による血の滲むような検証の結果、フローレンスは樹海内部でも一定の区域から出ようとしない。その区域に入らなければ、襲ってくることがないのだ。それは一体、何故なのか。


「恐らく区域内以外では条件を達成できないからだ。美獣フローレンス討伐の難易度を引き上げているのは、彼女が慣れた足場の多い樹海そのものの構造と、視力、聴覚、嗅覚の封印。ならば、それらを解決するのは簡単だ」


 ――炙り出せば良い。


 と断言する自分に、弥生ちゃんがわずかに青褪めた表情で口を開く。


「……膨大な懸賞金と、樹海のモンスターの恨みをまとめ買いすることになるわよ?」


「懸賞金は今更だ。降ってわいた幸運で今までのものが帳消しになっただけ、まだマシだろう。やるなら即決して樹海のモンスターには避難を呼びかける。残り5分でフローレンスの活動圏内を焼き落とし、焼けた部分の代償をモンスター相手に交渉することになるだろう」


 ――なあ、どう思う! そう言いながら、先程からじっとこちらの様子をうかがっていた栗鼠リスのようなモンスターを見れば、そのモンスターは慌てた様子で鋭い鳴き声を張り上げた。


「なになに!?」


「うわっ、栗鼠?」


 甲高いその声に驚いて振り返る弥生ちゃんと月影さん。樹海に反響するその声に反応して、あちらこちらから同様の鳴き声が響き渡る。


 恐る恐る、こちらの様子を見ながらにじり寄って来るのは、最初に声を上げた栗鼠だ。その栗鼠は自分との距離が残り2メートルを切ったあたりで、こちらに素早く走り寄って来た。


 そのまま自分を見上げ、小さなモンスターは両手でバツ印を作ってみせる。かと思えば両手まで使って身体をゆらゆらと揺らし、そしてまたすぐにバツ印。


 何が言いたいのかをすぐさま理解してしまった自分は、その面倒さに思わず顔をしかめてしまった。栗鼠がびくりと身体を震わせるが、それでもダメ! というように再び腕でバツ印を作り出す。


 仕方なく、疑問符を浮かべる弥生ちゃんと月影さんに、自分は溜息と共に肩をすくめて提案した作戦を引っ込めた。


「ダメだ。炎は禁止だってさ。一番楽で確実な方法だったけど、仕方が無い。スタミナがキツいだろうけど、弥生ちゃん、もう少しいけるかな?」


「えっ……ええ、いけるわよ。任せて」


「僕はまだ全然余裕だから、大丈夫だよ」


 深く息を吐きながらホッと胸をなでおろす栗鼠をつまみ上げ、それをひょい、と近くの枝に下ろしてやる。さっきはごめん、と言ってから逃げるようにうながせば、栗鼠は何度か振り返りながらも走り去った。


「狛ちゃん、あの栗鼠、顔見知りなの?」


「……あの栗鼠、最初の移動の時に踏みそうになった栗鼠なんだ。怒ってたから、謝っとこうと思って」


「……ふーん?」


「……なに?」


「いえ、意外だったわ。反対を押し切ってでも、樹海大炎上コースかと思ったから」


「ああ……少なくとも、1週間前までの自分ならそうしたかも」


 1週間前までなら――、橙やネブラの友達になっている陸鮫りくざめの子達の様子を見続けていなければ、自分は今日、このオーバー大樹海地帯を何の躊躇ちゅうちょ呵責かしゃくも無く、灼熱地獄に叩き込んでいたかもしれない。


 けれど、避難と補償を提案した自分に、それでもあの栗鼠はダメだと言った。ならばそれを押し切ってまで、この自然を踏み荒す気持ちはない。


 ただ黙って微笑まれるのが何だか気恥ずかしくて、照れ隠しに腕を伸ばし、『レッド・デヴィル』の具合を確かめながらそう言えば、弥生ちゃんはにこにこしながら頷いた。月影さんはただ黙っていて、再び行動する合図を待っている。


 弥生ちゃんはモーニングスターを構え直し、それじゃあ、と元気よく声を上げた。


「最初の予定通り、出来たら狛ちゃんが首を取ること! その作戦のままでいくわよ?」


「楽して狩ろうと思わないこと、か。そうだね、そうだ。他力本願は良くない、獲物を他人に譲ることも――〝朝焼けの色 昇る太陽 北風は全てに冷たさを刻んでいく〟……」


 すっかり効果が切れてしまった【トラスト】の詠唱を唇に乗せて、自分は真っ直ぐにこちらを睨むフローレンスを見つめ返す。手信号で作戦を決め、自分は助走をつけるようにゆっくりと走り出した。



「〝風は回る車輪となって 朝を起こしに駆けていく〟」



 第一回公式イベント、第1ミッション――『美獣フローレンス』の討伐は、炎縛りで続行決定。



「〝空に同化する風のたてがみ 四肢を彩る蜃気楼 その【圧縮(性質)】の名のもとに 回れや踊れ〟――」



 残り10分、




「――【トラスト】」




 意地とプライドをかけた、第2回戦のゴングが鳴った。

















第百二十六話:樹海大炎上――未遂事件




to be continued……!



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