第十四話:大犯罪者〝あんらく〟
第十四話:大犯罪者〝あんらく〟
現在時刻20:50。
円陣のおよそ30分後。風が唸る崖の中腹で、下の様子を窺うためにそっと亀裂を覗き込む。下を見れば崖は切り立っていてとても高く、予想以上の怖さにぶるりと震えるも目的は自分の位置の確認ではない。
目的は見張りと、緊急事態の時の割り込みである。【索敵:Ⅰ】の効果範囲から逃れるために高さを確保した見張り場所は、冷たい風が吹き抜ける崖の中腹に開いた穴であった。
ギリー達が根城兼見張り場所として利用しているその場所を借りて、じっと息を潜める中、何人ものプレイヤーがぞろぞろと群れをなして〝始まりの街、エアリス〟へと休憩のために帰還していく。
崖に開いた穴と言っても、ほんのわずかな亀裂が走っているだけであり、中から外の様子は確認できるが、下から見上げても気付かれる心配はない。高さは5メートルほどで、ぎりぎり【索敵:Ⅰ】の範囲外となっているらしい。円形に広がる効果範囲の外だからか、誰も崖を見上げすらしない。
疲れたとか、もう少し良いアイテムが、だとか言いながら、プレイヤー達はぞくぞくと〝エアリス〟に帰っていく。途中、攻略組も通っていったからもう30人以上はここを素通りしただろうかと思っていれば、ぴりっと頭に刺激が走り、ステータス画面の端にNEWの文字が点滅する。
「……?」
すぐにタップして開いて見れば、新しいASを取得しましたと表示され、すぐ下に新たなスキルが表示された。
No.7【隠密】 熟練度0%
効果:【隠密】発動中の移動音声を消す。影を消す。臭いを消す。姿を背景に同化させ見え難くする。【索敵:Ⅰ】の効果を受けない。
制約:はっきりした発声と共に解除される。視認されると共に解除される。味方以外から触れられることで解除される。
特殊:このスキルの発動にスペル、【隠密】の発声は必須。
取得条件:街中以外で気がつかれずに50人とすれ違う(半径5メートル以内)。
「……」
30人以上ではなく、さっきの2人組のプレイヤー達が通った事で50人超えを達成していたらしいことが判明。それにしても有用そうなスキルなので、もし崖を上ってきたり飛んで移動する人が来ても大丈夫なように、周りに人がいないことを確認し、早速スキルを発動する。
「【隠密】」
隣に座るギリーが嬉しそうに尾を振り、その効果のほどを教えてくれる。どうやら味方からも見えなくなるらしい。ふんふんと鼻先を押しつけながら、どんな風になっているかを教えてくれる。
『臭いもない。音も聞こえない。姿もよくよく見なければ気付かれない。いや、動かなければ揺らぎはないな。動くと僅かに揺らぎが出て見つかりやすくなるらしい』
(じゃあ動かなければ無敵?)
『後は声を出さず、触れられなければ、だな』
(ルーさん達に伝えた方がいいかな?)
『そうだな。緊急時に【遠吠え】を確実にきめられる。メッセージを』
(うん)
じっと黙って隠れているしかなかったので練習を続けた結果、見事〝感覚の共有〟も少しは出来るようになっていた。ルーさんいわく慣れらしいが、なかなか慣れないものだと思う。
ギリーも音で気付かれるといけないので、今は互いに無音で会話を重ねている。まだ少し離れると安定しないが、VRの機能は面白い。このシステムはある意味、電話のような仕組みらしく、繋げてしまえば切るまでは心の中でしっかりとした会話ができるのだから。
『大体のプレイヤーが〝始まりの街、エアリス〟へと帰還した。勿論、あの3人組もだ。ニコとアンナに街の中で見張りを付けているらしい。物々しい男達が見張っているそうだ』
(大丈夫かな?)
『アレンがいる。問題はない。予定通りの作戦を開始するそうだ』
(そっか。じゃあそろそろかな、手紙が届くの)
作戦は30分前より決行された。ルーさんとあんらくさん、自分の3人は、交渉決裂を示すように、ニコさんが掲示板に泣き言を書き込むと同時に装備を整え街の外に移動。
ニコさんの泣き言と街の外に出てきた自分達を見て、ルーさん達が挑んでくる可能性がほとんど無くなったのを理解した〝エルミナ〟は、あちこちで待ち構えていたPKプレイヤー達を招集。アイテムを回収し、ニコさんとアンナさんに見張りをつけ、休憩の時間を早めてきた。
ニコさんとアンナさんの元にはアレンを配置し、こちらの目論見が気がつかれていないかを常に監視、兼2人の護衛とする。2人が街の中で大人しくしているうちは胴体、手足は動かないと踏んだニコさんは、そのまま作戦を決行することにしたらしい。
『やはりユアが〝エルミナ〟の元へと向かった。予定通りだ』
(じゃあ、上手くいけば3人組はここに来る?)
『そうなるな。ルーにもメッセージで伝わったようだ。フィニーが大丈夫だと言っている』
(よし、あんらくさんがもうじき来るね)
小悪党3人組を誘い出す予定地点はこの崖の裂け目から見下ろせる、森の中の小さな岩場と草原が入り交じったような広場だ。森の中で急に開けた草地には所々に巨大な岩が突き刺さり、崖に面して行き止まりとなっている。
3馬鹿にはそれぞれ誘い出す予定地点の周りの様子、店の周りの様子、ユアの様子の見張りを任せてある。一定の範囲内ならばドルーウは群れ同士で意思疎通が可能らしく、司令塔であるギリーが情報を一手に集めて管理している状態だ。
ルーさんは予定地点のはるか上空を飛ぶフィニーに掴まれ待機中。怖くないのかと聞いたら、お願い聞かないでと言っていたから、きっと高いところが怖いのだろう。
フィニーちゃん力持ちですねと言ったら、鳥系モンスターとの契約スキルの中に、飛行中の体重軽減スキルがあるのだとか。後は空中での攻撃に補正がかかったり、昼型と夜型で契約スキルも異なるらしい。
ちなみに今現在の時刻からお察しの通り、予定地点は真っ暗である。唯一の光源は頭上に輝く満月のみであり、予定地点はまだマシだが、それでも森の中は真っ暗だ。
満月ということもあり、契約スキルの恩恵を合わせて自分は逆によく見えるが、あんらくさんには暗いだろう。
ルーさんはフィニーが夜型だから暗視系のスキルがあるらしいが、あんらくさんに契約モンスターはいない。まあ、そのための自分ではあるのだが、少し緊張してきた。対人戦は何が起こるかわからなくて怖い。
(あ、あんらくさん来た)
メッセージの返事と共に、腰に2本のグラディウスを差したあんらくさんが、予定地点に現れて、大人しく岩場の影に身を潜める。まだかまだかと拳を作るあんらくさんの様子を後ろから見ていれば、ルーさんが彼をバトルジャンキーと呼んだのにも納得がいく。
『3人組が動いた。ユアは……見失った? 何故だ』
(大丈夫?)
『……おそらくユアは来ないだろうが。わからない、主、一応警戒するようにメッセージを』
(うん。メッセージ……送信、と)
手紙にはこう書かれている。ルーさん達の協力は得られなかった。もう私達だけで何とかするしかない。攻略組に言わなかった情報がある。ある場所に特殊武器が存在し、手に入れた人に最も適した形を取る。それを手に入れて一発逆転を試みようと。
ある場所とはこの広場。大事なのは、ニコさん達と自分達が協力していないことを強調する事。自分達が出張ってくると知っていれば、ユアは必ず大軍を引き連れてやってくる。そうして仕留めた後に自分だけのうのうと残り、特殊武器を手に入れればいいからだ。
それではマズイ。真の目的は3人組だけをこの場に誘い出す事。ユアだけでは相手にならないし、ニコさん達は街の中にいてしっかりと見張らせているという安心感を相手に持ってもらわなければならないのだ。
きっと餌に食いついてくる。確信を持って月に照らされる広場に目を凝らす。最悪の場合なにかハプニングがあれば自分とギリーで【遠吠え】を撃ち、動きを止めた所を何とか仕留めなければいけない。
風が凪ぐ。3人のプレイヤーが、月明かりに照らされて広場へと現れる。
「ここだって話だが、それっぽいな」
「えー、こんな辛気臭いところにあるの? ユニーク」
「他のに先越されたりしてたら滑稽だな」
広場をそれっぽいと評した男が、今回の元凶〝エルミナ〟だろう。銀色の長髪を一括りにし、すでに防具は初期装備ではなく革鎧のようなものをつけている。
ニコさん情報によればエルミナは〝見習い暗殺者〟。NPCの武器屋で購入していたのはスティレットとダガーを2本ずつ。
聞き覚えのない武器、スティレットとは短剣の一種で、短剣にしては細長い形状が特徴の武器である。実物をルーさん達と見に行ったが、十字架のような形で全体的に艶を失くし、意図的に黒く塗られていた。主に戦いの中で甲冑の隙間から止めを刺すための武器であり、ダガーも同様であるという。
攻撃力は高くないが、機能性と取りまわしに優れ、急所への一撃必殺に特化した武器に適性があるのが〝暗殺者〟系のアビリティらしい。
通常、〝アビリティ〟を持っていなくとも様々な武器を扱えるが、スキルなどの発動条件が特定の武器であることが多いのだとか。
『あの女が、みるあだ』
(あれか……厄介なの)
ギリーの声に紅一点の黒髪のプレイヤーに目を向ける。みるあだ。全体的に軽そうな毛皮の衣服を身に纏い、臍と太股ががっつり露出しているのは敵を自分に近づけさせない自信があるからだろうか。
彼女が〝見習い魔道士〟。ステータス上昇、減少のスキルを多く使い、単体よりもサポートに特化することで、グループの全体的な火力が跳ね上がる魔法系アビリティ。彼女のスキルに関しては情報が極端に少なく、その効果なども不明なものが多いため、要注意人物だ。
辛気臭い場所と繰り返す彼女を、もう1人の金髪の男が宥めている。〝喰う〟と呼ばれるプレイヤーらしく、あんらくさんと同じ〝見習い剣闘士〟である。
アビリティの特徴としては、〝剣士〟よりも直球で威力を求めたスキルが多いのが〝剣闘士〟らしい。剣を持たなければ威力が半減する〝剣士〟と違い、究極のところ武器無しでも、その力でもって相手を捻じ伏せるのが〝剣闘士〟だとか。
3人の構成はある意味単純で簡単だ。先手でエルミナが不意を打って隙を作り、みるあが相手を弱らせたところに、喰うがその高い攻撃力に任せて敵を蹴散らす。
一度でもペースを崩したら成功、そのままなし崩しにダメージを受け、エルミナに止めを刺されて終了というのが、彼等の基本戦術だとニコさんは言う。
幸いなことに彼等は契約モンスターを解体して素材を手に入れた組だ。そんなプレイヤーに新たに契約モンスターが出来るわけもなく、持ち得る戦力はこちらのほうがやや有利。
【隠密】の効果が続いていると理解しながらも、ぐっと息を潜めて気配を消す。毛を逆立てるギリーを宥めつつ、メッセージでもう一度作戦を確認する。
『勝とう、主』
(うん。アンナさん外に出られないと、これ以上お菓子作れないって言ってたし、頑張る!)
そう! 全てはお菓子のために……じゃなかった。ニコさんとアンナさんのためにだ。
作戦は簡単だ。相手のペースに巻き込まれる前に、不意打ちを重ねて相手のペースを崩し、仕留める。というか、それ以外の面倒な作戦をあんらくさんが嫌がったせいもある。エルミナ担当がルーさん。みるあ担当があんらくさん。残りは2人で早い者勝ちにしたらしい。
(お願い、ギリー)
『承知した。――吠えろ!』
無音のギリーの号令に、予定地点の近くをうろうろしているはずの3馬鹿の1匹が長い遠吠えを上げる。
「……犬系モンスターだ」
「向かってきたら仕留めるぞ。【索敵:Ⅰ】はついてるな?」
「問題ない」
犬系モンスターなど警戒に値しないという風情の彼等に向けて、開幕の一撃を入れるべく吠え声に紛れて詠唱を開始する。
「――――〝火の精霊に似る〟」
【隠密】は解除されていないようで、これはもしかしたらはっきりとスペルを唱えるまで解除されないのかもしれない。
隠れるまでの短時間に一生懸命にそれだけに特化して熟練度を上げた【ファイア】の魔術。それの目的は単純なダメージと目くらまし。それとあんらくさんのための明かりでもある。
「〝線を繋ぎ点火する〟」
上げに上げた熟練度は82%。まさかのフィールドに寝転がってMP回復を速めながらの熟練度上げで、魔力も68にまで上がったし、【ファイア】は熟練度が50を超えたところで短縮詠唱まで出現した。まさかこんなに一気に上がるなんて驚きだ。
ルーさんがRPGの常識とか言っていたが、こんなに効率よく上がるものだったのかと不思議な気分だった。
「……」
スペルを唱えるだけにしながらも、じっと裂け目から様子を窺う。
タイミング。タイミングが大事だ。彼等の【索敵:Ⅰ】の効果範囲が、あんらくさんに触れるか触れないかの位置。
彼等も警戒している。無言のまま辺りを窺い、その手に鈍い金属が見える。
一度試した時は成功した。裂け目から魔力を放出し、広場のど真ん中に見事火柱が出現して上空にいたフィニーが悲鳴を上げたのは良い思い出だ。自分の役割は固定砲台。
赤いもやがスペルによる発動を待ちわびて、ゆらゆらと震えながら巨大な魔法陣を彼等の足元に描いている。
『主、もう一度吠えさせる』
(うん、一気に削ろう)
『よし――――吠えろォ!』
号令と共に、ゥオーーーンと遠吠えが行き止まりの広場に反響し、ささやかなスペルの声はその音に紛れて消える。
「【ファイア】!!」
そして遅れて響く轟音が更に自分の声を掻き消し、猛火を伴い広場の大気ごと敵を滅ぼさんと荒れ狂う。
――それはまさしく火柱だった。巨大な火の柱が広場に出現し、一息に彼等をその悲鳴ごと呑み込んでいく。しかし威力は推して知るべし。〝見習い魔術師〟の初期スキルなど、どれだけ熟練度を上げようとも見た目が派手なだけでそう威力はない。
敵もそれに気付いたのか炎の渦を走り抜け、即座に攻撃してきた自分を探して辺りを見回すその隙が――すでに致命傷だ。
炎の残滓を纏う銀髪が閃いて、【索敵:Ⅰ】の示すまま上を見上げた瞬間には、もう迎撃するにも根性が必要な位置に迫ったルーさんの姿。
しかし流石に他のRPGでもその腕を磨いてきただけはあるのか、即座にダガー2本を抜き放った銀髪――エルミナはルーさんに向かって迎撃する姿勢を取る。
「【アレナ】!」
だがこちらもルーさん1人ではない。迎撃のために踏みしめた足場の片方が細かな砂と化し、足を取られてエルミナの身体が傾ぐ。
「ナイスフォロー、狛ちゃん!」
嬉しそうに叫ぶルーさんの声と共に、その肩を掴んでいたはずのフィニーが猛スピードでエルミナの足元に突っ込む。体勢を立て直そうとしていたエルミナの浮いた片足に直撃し、完全に体勢が崩れたエルミナが敗北の予感に顔を歪ませる中、上空からの一閃。
「ちっくしょう……ッ!」
悔しそうに呻くエルミナの首を目掛け、攻撃力はないものの、切れ味だけは保障すると言っていたルーさんの愛用武器、木の棒が振り抜かれる。
首と胴体がおさらばしたように一瞬見えたが、R25でも首が飛ぶのは倫理上問題らしく、首は繋がったまま、しかし半ばまで切れ目が入ったまま、エルミナは倒れる間も無く死に戻りを選択して消えていく。
「よしっ……!」
『主、あんらくがヘマをした』
「……え゛?」
裂け目の中からガッツポーズをするも、ギリーの声にあんらくさんを探して広場に視線を巡らせる。
ルーさんも異常に気付いたのか、しまったと言いながらフィニーと共に上空へ逃れようとした瞬間に、びしりと不自然にその動きが止まってしまう。
「何あれ……っ」
『おそらく、みるあだ。あんらくが仕留めそこなった』
未だ轟々と燃えさかる炎はだんだんと勢いを失くしている。そんな中、露出の多い女プレイヤー、みるあがその短い黒髪を耳にかけながら、岩場に片足をかけて女王のように広場を睥睨している。
あんらくさんは、と視線を巡らせれば、金髪の――喰うとグラディウス同士で切り結んでいて、そこに誰かが割り込んであんらくさんに向かって剣を振り下し、それを躱すために大きく後ろに跳んだあんらくさんがルーさんの隣に着地。
「この馬鹿っ!」
と、ルーさんに叫ばれて、自分が取った行動が悪手と悟る。
「……しくった」
「しくったじゃないよ、あんらく君! あれだけ余裕ぶっこいて何仕留めそこなってんだ小僧!」
しかも敵の術中に見事嵌ってどうするの! と叫ぶルーさんの言う通り、あんらくさんは見事にみるあのスキルの効果範囲内に着地を果たし、その効果で動けなくなっていた。
「どうしようギリー……あんらくさん馬鹿だ」
『私は薄々知っていた』
私が出張るか? と尾を振るギリーに、しかしここまで予定が大幅に変わってしまってはどうしようもないと首を横に振る。
あんらくさんの最後の行動は確かに悪手であったが、それ以前に大問題が発生していた。
「さて、じゃあこのまま私のスキルで腕を拘束してぇ、君達がどかーんとやっちゃえばいいわけだ」
「そうなるな」
「へっ、だらしねぇなジジイ共!」
大問題だ。ユアが敵側に加担しているなんて。
「本当に罠だったら褒美を出すとは言ったが、よし。優先的にアイテムを回そう」
「ありがとうございますよ、喰うさん」
「ユア、この野郎! 1対1に水差しやがって!」
「うるせぇよジジイが! 棺桶に片足どころか全身突っ込んでる歳のくせに出張ってくんな!」
「俺より年上がいる限り俺はジジイじゃねぇ、コイツが真のジジイだ!」
「……君達、後でシバキ回すからね」
年長者舐めてんなよとドスをきかせるルーさんに、あんらくさんとユアは完全に無視の姿勢である。というか思ったより2人共元気そうだ。
みるあは面白そうに男共の言い争いを眺めていて、へーどっちもイッケメーンとか言いながら笑っている。喰うはグラディウスをしまい、止めはユアに任せる気のようだ。
2人とも足が動かないことから、足と地面がくっついているような状態らしい。逆に腕や口はペラペラとよく動くこと動くこと。罵倒はまだまだ続いている。
「大体だ、俺に文句言うならテメェだって、みるあに捕まってる時点で人のこと言えねぇよ!」
「それは一応君のことを信頼していたからであって! まさか1人も仕留めてないとは思わないでしょ!」
「ジジイは捻くれてるところしか良いとこがねぇんだから疑えよ全力で! 穿って見ろ!」
「あんらく君こそ1人で出来るとか豪語して何も出来てないじゃないか! 誰だ雑魚プレイヤーお礼参りツアーとか言ったの! 君だろう!」
「雑魚だろうが! 雑魚雑魚雑魚ォ! 他にどう言えってんだ!」
「【拘束】」
ぷち、と。あんらくさんの雑魚発言に、ユアの怒りが吹っ切れた音がした。笑っていたみるあが目を細め、スペル1つで甲高い音と共に透明な結晶があんらくさんとルーさんの腕を後ろ手に固定する。
手首と手首がくっついた状態で固められた2人が猛烈に顔をしかめ、互いへの罵倒を再開する前にユアが怒りを示して意味のない大声を上げる。
助けたくなくなるような味方同士の罵倒もあったが、実際に自分の魔術じゃ時間稼ぎしか出来ない。打つ手なしのどん詰まりだ。
これはもうルーさん達がやられてしまった後に、ギリー達を駆使して仕留めるしかないのか。
ユアが手に持っていたグラディウスを構え、あんらくさんに向かって勢いよく踏み込んでいく。
「ざまあみろ、動けねぇだろ!」
一撃、二撃、三撃――と、あんらくさんに浅く傷が入っていき、血が吹き出すのがやたらとリアルだ。ユアは一撃で仕留める気はなく、恨みの分だけなぶり殺しにする気らしい。
痛みの設定をわざわざONにしているというあんらくさんは、痛みに顔をしかめつつも獣のように獰猛に笑う。
「おい、ユア。さっきからよぉ。ちまちまちまちま――だから雑魚って呼ばれんだよ」
今度こそ、ぶつりとユアの怒りが振り切れる。手を出す気は無いのか、喰うとみるあは岩場の上に座り込み、完全に観戦モードを決め込んでいる。
「あんらく、テメェに――――!」
振り上げられたユアのグラディウスが、月光を反射して煌めいた。
「あんらくさん……っ!」
『主、今はダメだ。一番危険だ』
炎塊も完全に消え去った今、冴え渡る満月の光だけが広場を照らしている。動かない手足を携えて、しかしあんらくさんは獣じみた声で哄笑する。
こんな場面で笑うことが出来る、そんな精神に圧倒されて自分は最早声も出ない。
「はっははははははは――!!」
「テメェに俺を雑魚呼ばわりする権利があんのかよォオオ!!」
首筋目掛けて振り下される刃。哄笑と絶叫。入り交じりながら広場に響いたその音の中に、信じられない音が異物のように紛れ込む。
「――――え?」
疑問の声は、誰のものだったのか。しかしその疑問だけは皆が共通して抱いたものだった。
「権利ぃ……?」
ミシリ、ミシリと不穏な音が諸刃の刀身を伝い、その柄を握るユアに届く。
「あ……あ?」
ビシリ、と今度はまた別の不気味な音が響き、高速で迫り来る刃を噛んで止めたあんらくさんが歯を剥きだしてユアを笑う。
ビシリ――と、三度目の不愉快な音。ついに、刀身に目に見える亀裂が広がっていき、ユアが恐怖のあまり柄から手を放してよろりとよろめく。
次の瞬間には、硬質な音を立てて鋼を噛み砕いたあんらくさんが、一拍遅れて腕の枷すら力ずくで叩き割る。
キィンと甲高い音と共に崩れ去った結晶の手枷から逃れた手が、凶悪な形に曲げられる。獣のかぎづめを模したその腕がたわめられ、よろめいたユアを一瞬で貫いた。
この間、ほんの数秒の出来事である。喰うも、みるあも、自分ですらも。呆然とあんらくさんの凶行を見ている事しか出来なかった。
心臓を貫かれたらしいユアの身体が傾いでいき、しかしあんらくさんは完全にそれを無視。血塗れになった手で腰に差した『血錆のグラディウス』を抜き放ち、地面に突き立て足場の部分をざっくりと掘り返す。
「権利、権利だぁ……?」
慌てて迎撃しようと自身のグラディウスを抜き放つ喰うを見据え、その濃い灰色の瞳が細められる。
「――たりめぇだ! 人生ごと――年季が違ぇんだよ! 【バーサーカー】ァ!!」
特殊武器のスキルにより、信じられない速度による大きな踏み込みと共に抜き放たれたグラディウスが横薙ぎに振り抜かれ、防御しようと剣を立ててそれを受けた喰うが驚愕に目を見開く。
半ばから切り落とされた鋼色がずずず、と音を立てて岩場に落ち、その甲高い音と共に驚愕に目を見開いたままの喰うの首が両断される。
みるあが心の底から上げているであろう悲鳴と共に降参! 降参! と何度も叫ぶが、あんらくさんの凶刃は止まらない。
「あんらく君! 終わりだ! 終わり!」
ルーさんが未だ動けないまま止めに入るが、あんらくさんは聞かなかった。
「だったら初めから喧嘩売んなよ」
血に濡れた刃が振り上げられる音がする。最後の一太刀だけは、耳を押えて目を瞑った。
ギリーが聞こえないように耳元で遠吠えをしてくれたが、それでも微かに断末魔が耳に届いた。
あんらくさんが他のVRMMOで、大犯罪者と呼ばれた理由がわかった気がした。
確かに彼は――どこか、ズレてる。