第十三話:雑魚プレイヤーお礼参りツアー
第十三話:雑魚プレイヤーお礼参りツアー
まあ正しく言えば相手は全くもって雑魚ではないのだが、雑魚と豪語するあんらくさんの顔を立て、第一回雑魚プレイヤーお礼参りツアーの企画が今ここに立ち上がった。
しかしながら、まず立ちはだかる大問題。
「――数の暴力、ですよね」
そう、もはやここまで人数に差が出れば、それはもう数の暴力だ。相手は37名。無視していった攻略組まで入れればもっと人数は増えるだろう。
しかも他のMMORPGの有名どころがひしめいているという悪夢。いや、実をいうと何がどのくらいヤバいのかすらよくわからないのだが。そういえばちらほら聞こえるランカーってなんなんだろう。
「実際どーするよ」
「……一気に埋めるか? それとも」
「ルーさん何やらかす気ですか」
一息に土砂で埋めてしまえば……とか言い出すルーさんの発言にびびりつつ、とりあえずはまずこちらの戦力を確認しようという話に行きつく。
まずは一番戦闘力があると思われる、ルーさんとあんらくさんだが――。
「僕は〝見習い剣士〟の各種スキルと、後は役に立ちそうなのはフィニー自身とその契約で得たスキルかな」
「俺は〝見習い剣闘士〟だ。このグラディウスは店で売ってたのを大枚はたいて買った」
グラディウス。あんらくさんが言うには、実際に剣闘士が使っていた昔の武器らしい。刃渡り50センチほど、幅広の諸刃の剣で、やや短い印象と同時に、寒気がするような鋼の色合いが光っている。
あんらくさん曰く、すでに武器を持っていないのが当たり前という段階は終わっているという。大体の得物はNPCの店で金さえ払えば買えるらしく、脆く二束三文だが必ず奴らは持っているとあんらくさんは言い切った。
ルーさんが持っている錆びた剣は、錆のせいなのか打撃ならともかく数値を見る限り切るための武器としてはいまいちらしい。木の棒の時代は続くのだとか。
「まずはどう仕留めるのか決めないと、どのスキルが有用かもわからない」
モンスターと契約しているプレイヤーも多いから、そうおいそれとゲリラ戦を仕掛けるのも無謀だという。こうして問題点を列挙すれば、ルーさんとあんらくさんが渋っていたのも頷けるほどの絶望的な状況だ。
そんな問題をぼろぼろと抱えつつも、次に自己紹介に名乗ったのはアンナさんだ。
「〝見習い料理人〟のアンナ。攻撃用のスキルもあるけど、実際には速度特化で不意打ちが得意」
「私は〝見習い記者〟です。情報収集のための攪乱スキルがありますが、ほぼ対人スキルですねぇ。モンスター相手だと極端に気付かれやすいんです」
これも個人毎に色々と問題を抱えた構成らしい。不意打ちは相手が数人の時の暗殺には有効だが、ここまで数が多すぎると不意も打てない。
敵陣に飛び込むだけという結末になりかねず、モンスターと契約している人が多いためニコさんの攪乱スキルもあまり使えない。
「自分は……〝見習い魔術師〟で、ドルーウ5頭と契約してるぐらいしか役に立たないと……」
「狛ちゃんは戦うステータスじゃないから。もう少しステータス上げしないとキツイよ本当に」
「そんなステータス低いのかよ、すげぇな狛。ただドルーウは使えるんじゃね?」
「そうですかね。どうなんでしょう、基準がよくわからないんで。確かにギリーは機転が利くし頭も良いんですけど」
それでも、お役に立つかはわからない――と言おうとした時だった。
「ぎゃぁああああ!!」
と扉の向こうで男の悲鳴が響き渡り、ざわざわとどよめきが聞こえてびくりとする。扉の向こうで何が、と思う前に、扉の向こうにはギリーがいるのだと思い出し、慌てて転びそうになりながら扉に走る。
「ギリー! どうし……」
「どけ! どけよこの犬! ちくしょうっ!」
扉を開けばそこには男が転がっていた。ギリーに完膚なきまでにしっかりと抑え込まれ、必死にもがくも動けないようだ。NPC達がなんだなんだと見に来ていて、それでもギリーは男の背を押さえる脚を退かさない。
様子を見に来たルーさんが男の顔を見て悪そうな顔で目を細め、にたりと口角を吊り上げる。
「お手柄だ、ギリー」
『店の裏で聞き耳を立てていた。死んでは役に立つまい』
「その通りだ。手加減したのは最良の選択だよ、っと」
ギリーが抑え込む男の襟首を引っ掴み、ルーさんが手荒く店の中に引きずり込む。
急な事態に目を白黒させているうちに扉はしまり、ギリーも中に入って来てしまっていた。
「あ、ギリー、怪我は?」
『問題ない。不意を打ったし、街中でプレイヤーはスキルを使えない』
「そっか、だよね」
ぴんぴんしているから大丈夫だろうと頷けば、ギリーは尾を振って擦り寄ってくる。話は全部聞いていたらしく、途中から自主的に店の周りに不審者がいないか見回りをしていたらしい。
しばらくすれば案の定、不審な男が店の裏の壁に耳を押し当てていて、コイツは手土産にちょうどいいと考え、狩ってきたらしい。中に入れてもらえなかったことが少しだけ不満だったようだ。
「何だ、すげぇ役に立つじゃねぇか」
「えらい。ウチの子すごく優秀」
「契約モンスターの鏡だね。ああ、フィニー……」
自分の契約モンスターに寂しそうに思いを馳せつつ、しかしルーさんの手は男の手首を容赦なくぎりぎりと締め上げる。どうやら「荒事禁止」と言っていても、ダメージをうけないだけという話のようだ。
痛みはOFFにしてあるのだろうが、青黒い髪の男は気持ち悪そうに呻いている。痛みはないものの、痛いはずの圧迫感は気味が悪いらしい。離せ離せと騒ぐものの、男の顎に容赦なくルーさんの膝がぶち込まれてようやく男が沈黙する。
「うわ、大丈夫なんですか今の」
「痛みはないし、ちょっとビビらせるには最適だよ」
「ちんぴらだな、ジジイ」
「うるさいよ、あんらく君。さて――」
ニコさん、コイツは? と口角を上げるルーさんに、泣き止んだニコさんがぐっと親指を立ててサムズアップ。目深に被った帽子越しに呻く男を睨みつけ、大当たりですとニコさんが言う。
「PKギルド『ハーミット』のサブマス、〝ユア〟です。そこそこ大物ですよぉ、お手柄ですギリー君」
『そうだろう』
「偉い偉い」
自慢げに顎を反らすギリーを撫でつつ、ユアと呼ばれた男を見る。ぎりぎりとこちらを睨みつけるも、それに気がついたルーさんが店の壁に男を叩き付け、そのまま喉を腕で抑え込みながら低い声で問いかける。
「全部喋ってもらおうかな。身のためでしょ?」
「誰が……」
「知ってるんだよ。君がすでに珍しいアイテムを持っていることぐらい」
「……」
黙り込む男に、ルーさんが更に声を潜める。――死に戻りで紛失するには、惜しいでしょう?と。
何故そんなこと知っているのか、ニコさんが驚いた様子でルーさんに問えば、ルーさんは事も無げにこう言い放つ。
「ウチのフィニーも、すごーく優秀なんだよ?」
その言葉と共に、ギリーがおもむろに遠吠えを上げる。一拍、二拍、三拍目で遠くから返事のような吠え声が響いてくる。後をひくような長鳴きが続き、そして開けてくれというギリーの言葉に従って扉を開ければ、音もなく濃い灰色の塊が店の中に滑り込む。
「おかえり、フィニー。ご苦労様」
『たっだいまー! ばっちり誘導、完了、完璧ー!』
羽ばたきの音なくふわりとルーさんの肩に止まるフィニーは甲高い声でそう叫び、満足そうに羽を震わせぶわりと膨らみ、まん丸くなっている。
「フィニーちゃんがどうして……」
「さっき引き受けると決めた時に頼んどいたんだ。契約モンスターとは誰でも出来るよ? 説明受けなかった?」
「あ、〝感覚の共有〟……」
「そう。確かに練習は必要だけど、離れていても一定範囲内なら意思疎通できるし、身体の一部をリンクさせることもできる。そう、例えばこうやって――」
ゴツ、と鈍い音を立て、余所見をしていたルーさんに蹴りを放とうとしていたユアの膝が押し潰されるように壁に押し付けられる。こうやって危険を知らせてもらうこともね、と言いながらルーさんの足が更に押し込まれ、ユアが圧迫感に顔をしかめる。
ギリーが唸り声を上げ、フィニーが威嚇するように翼を広げる中、ユアの膝を踏み付けたルーさんが再び低い声でユアに問う。
「フィニーの目で全部見させてもらったよ。何やら随分良いものを拾ったみたいで、しかもギルマスには何も言ってない。問題になるんじゃないかなぁ?」
PKギルドの規則は厳しいものが多いからね、と言うルーさんの目は冷たくユアを見る。統括ギルドに預けていないのは確認済み、ふらふらと餌にかかってくれてありがとう、とルーさんが静かに言えば、ユアはぎりぎりと歯噛みして荒い息を吐く。
「誘導したの、貴方?」
「そうだよアンナさん。物事はそう上手くいくものじゃないからね。年の功で先手を打たせてもらった。やましい事があるやつを誘い出すのは僕の専売特許だ」
「性格悪ぃから適任だな。すげぇ」
ルーさんによれば、PKプレイヤーお礼参りツアーが決定した時から、ずっとフィニーの目で獲物を探していたらしい。
地力で負けているのはもう仕方がない。それなら出来るだけ相手の情報を掴み、一番脆い部分を突いて崩して内部分裂させるしか手がないと。
そのためには〝口〟がいる。敵の内部に繋がる〝口〟と〝耳〟。それさえあれば、大体の集団は瓦解するとルーさんは言う。
「PKプレイヤー37名の脅威は〝群れている〟ことだ。バラけてしまえば、癪だけど僕とあんらく君が組んで負けるなんてほぼ有り得ない」
「だな。崩した端からいい獲物だ」
「ひっひっ、流石ですぅ。流石最高齢プレイヤー」
「――止めて、歳の話するの!」
年齢は持ち出さないで! と言うルーさんにニコさんが謝罪しつつも、じっとユアを睨みつける。ユアは深く息を吐いた。
「俺に、俺にメリットが何にもないでしょ、それ」
「遅いか早いかだけの違いなら御免こうむると? ふぅん。拾ったのはユニーク武器でしょ? 惜しくない?」
「――マジで見てたのかよジジイ! んの覗き魔!」
「人聞きの悪い。このゲームでは油断が命取りだ。どこで誰が見てるかもわからないんだよ? その武器PKして貰っちゃってもいいんだし」
「……こんなユニーク武器一本であんな集団に勝てると思ったら大間違いだ! 頭おかしい奴しかいねぇ。効率厨の上に時間まで目一杯かけられる廃人共だ! 武器一本守って敵視されたら大枚はたいて買った〝ホール〟が、ぱぁだ!」
「奴らの頭が、ぱぁだと聞いた気分だよ僕は。さてどうするかな……」
予想以上に厄介な相手だねとぼやくルーさんに、あんらくさんが吐き捨てる。
「内部分裂なんてそんな都合のいいこと上手くいくかぁ? 俺の故郷じゃ〝頭と胴体は切っても切れねぇ〟って言葉があったぜ?」
「それどういう意味」
「――共依存」
「なるほど。そりゃ無理だ。別の手を考えよう」
すっぱりと内部崩壊案を諦めたルーさんがユアを床に放り、すかさずギリーがその足を咥えて開きっぱなしの扉の外に引きずり出す。
そのまま勢いをつけてユアを背に乗せ、喚くユアの足を深々と噛んだまま一目散にダッシュしていく。
「いや、本当にギリーは優秀だね」
「……あの、ギリーは一体何を」
「PKだよ。ユニーク武器持って来るんじゃないかな」
ルーさんの言葉にぽかんとしていた次の瞬間。突風と共に斑色の塊が店の中に飛び込んできて、口に咥えた剣のようなものを差し出してくる。
「ギリー……何それ」
「ユニーク武器だね、多分。ていうか早いね」
「早すぎんだろオイ」
普通、契約モンスターの攻撃はプレイヤーと同じになるからセーフティーエリア内では弾かれるはずなのに、と言われ、そういえば残りの3頭とはまだ契約していなかったと思い出す。
3馬鹿? と聞けば嬉しそうに首を縦に振るギリーに、ルーさんは他のアイテムはあった? と尋ねる。
『ない。集団ならリーダーが管理しているのではないか?』
「なるほどねぇ。アイテム集めて効率重視で……楽しいのかね奴等」
「ひっひっひっ。問題はそこじゃありません。誰がトップかですぅ」
「多分〝エルミナ〟だよ。フィニーにあちこち飛んでもらったけど、一番後ろで指揮をしてたのは奴だ。ニコさんとアンナさんが出て来るまで集団でアイテム採取とモンスター狩りをしてるみたいだね」
「あの銀髪の小悪党さんですかぁ」
厄介ですねぇと呟くニコさんに、あんらくさんが閃いたといった風情で人差し指を立ててみせる。
「真正面から乗り込んで潰そうぜ、もう」
「それね、蛮勇。死ぬから。数秒で。活躍する間もないよ」
「なぁにあの小悪党相手なら俺が負けるはずはねぇ。俺は――」
「大犯罪者、でしょ。他のRPGでも呼ばれててまだ飽きないの君」
「称号はいいもんだ。かっけぇだろ」
「あの、結局どうしますか?」
仲良さ気な会話に割り込めば、数十分前と同じようにびしりと固まる2人組。打つ手がなくて現実逃避をしていたようだが、2人とも引き受けると言ったからには逃げられるような性格でもないのだろう。とたんにこめかみを押さえて唸り声を上げ始める。
「とりあえず、ユニーク武器どんな効果がある?」
「お話ならここで夢のような効果がねぇとな。だろ?」
「えーっと……『血錆のグラディウス』だそうです。これあんらくさんに差し上げます。こんな怖い武器使えません」
「押し付けられた気分だな。ユニークアビリティは?」
「えー……武器固有アビリティは〝剣闘士の執念〟だそうです」
血錆って何だ。血錆って、怖いわと思いながらステータス画面を操作して公開にする。武器の説明欄を表示すればみんなが恐々と覗き込む。
『血錆のグラディウス』 装備品 特殊武器 無属性(〝剣闘士〟のみ装備可能)
・大昔の呪われた剣闘士が所持していたグラディウス。その持ち手には血錆がこびりつき、取れることは無い。その刀身には死んだ剣闘士の執念が宿っている。
武器固有アビリティ:〝剣闘士の執念〟
-PS
No.1【戦士の意志】
効果:指定のキーワードによって、この武器は所有者の元に戻る。
特殊:距離に関係なく作用する。
No.2【剣闘士の執念】
効果:HPが2割を切っている時、所有者の筋力が3倍になる。
特殊:武器を手にしていなくとも、この効果は発動される。
-AS
No.1【バーサーカー】 無属性……熟練度0%。
効果:速度と瞬発力が上昇する。
特殊:発動と同時にHPが10となる。効果は熟練度によって最大で3倍となる。武器を手にしていなくともこの効果は発動される。
「……背水の陣?」
「に、しちゃあ現実的な数字じゃねぇな。特殊武器って性能おかしくね?」
「使えそうで使えない。まさに君みたいだ、あんらく君」
「んだとコラ!」
「とりあえず使えるってことで良いじゃないですかぁ。準備は整ったんで、反撃しましょう」
「準備?」
「そうです。始めにお話しいたしましたとーり。ここは【Under Ground Online】です。そして【Under Ground Online】においての最強の武器とはぁ……」
――情報です。とニコさんがふわりと腕を振って巨大なスクリーンを作り出す。スキル禁止のセーフティーエリアとは言ったが、ものによってはその使用が許可されているらしく、〝見習い占い師〟のスキルや〝見習い記者〟等の一部のスキルは使用可能らしい。
ふわふわと広がっていくスクリーンにぽつりぽつりと文字が浮かび、それが匿名の掲示板のようなものであると理解が及ぶ。
「ネットみたいだね、ニコさん」
「不特定多数が書き込むネットの掲示板そのものです。〝見習い記者〟のスキルで作れるんですよ。ここに上がってくる情報は本当も嘘も入り混じったものですが、有象無象の海みたいなものです。……そこに先程撒いた餌に、でっかい魚がかかりました」
自分達があーでもないこーでもないと、非生産的な話題をしているうちに、ニコさんの猟場は出来上がっていたらしい。誰が作ったかわからない掲示板でも、ゲームの中でこんな情報交換の場があれば便利だと多くのプレイヤーが食いついた。
PKプレイヤーも攻略組も入り混じる情報の海は、ニコさんから見れば格好の餌場だという。
「書き込みの感じや情報の巡りを見るに、確かに致命的な内部分裂は難しそうです。頭と胴体はくっついていてこそ回るのですから。ですから、あんらくさんの言う通り、真正面から潰しにかかるしかないんです。でも潰すにも潰し方があります。ですから――」
――頭と胴体を切り離すのではなく、頭と胴体から手足を毟りましょうとニコさんは言う。
「手足は相手にする必要がありません。〝エルミナ〟ぐらいのカリスマ性じゃこの大所帯は維持出来ない。胴体までは手が回っても、末端には恩恵は僅かしかない。そこをほんの少しで良いんです。切り離して手足が戻る前に、頭だけを誘い出して潰しましょう」
「ふぅむ。でも後から戻って……あ、ああそうか! それなら頭を潰すだけで瓦解するね!」
「何でですか?」
「なるほどなぁ……さっきのユアだぜ。ギリーがPKしたのにアイテムの1つも持ってねぇのは、頭である〝エルミナ〟が全部集めて管理してるからだ。つーことは〝エルミナ〟を潰してアイテムごっそり俺等が掠め取れば――」
「溜まりに溜まった末端からの不満が暴発する。見事に内部崩壊だ」
「――そうそう。奴ら、義理は守るが、まっとうな理由さえありゃためらいなく裏切るからな。そんな不手際やらかすような奴はさくっと切り捨てに入るだろうよ」
「なるほど、そっかぁ」
それなら確かに不平不満が爆発するだろう。アイテムの1つも持っていなかったユア。彼等のシステムはおそらく狩りの前にアイテムを効率に合わせて分配し、狩りが終わったら〝エルミナ〟が回収、報酬を再分配するのだろう。なら、その全てのアイテムが回収されたその瞬間を狙い撃てばいいわけだ。
そしてその狙い撃ちのタイミングは――。
「情報戦で負けるなどありえませんよぉ。情報屋ニコニコ、本領発揮です」
「よし、じゃあその情報収集の補助をしよう。フィニー」
『えー、またー? もうお仕事ー? 一緒に遊びたいのに、飛びたいのにー』
「後で思いっきり遊びに行こう。空から行くお礼参りツアーだ」
『行く! じゃあ行ってくる!』
ぶるぶると羽根を震わせ、フィニーが饅頭のように膨れてからぶわりと大きな翼を広げて飛び立つ。音の無い滑空で扉から外へと出て、急上昇して門の方へと飛んでいった。
ニコさんはじっと掲示板を睨みつけ、30分後くらいに狩りから引き上げて休憩があるはずですと言う。
「ユアを上手く利用しましょう。休憩のタイミングでいかにも協力関係にあるユアに伝えようとするかのように、特殊武器の在処を見つけたと手紙を送るんです。フィニーちゃんに持たせてください。ユアは必ず休憩時に〝エルミナ〟にさっきの私達の事を報告し、手柄を得ようとするでしょう。その瞬間に偶然を装って〝エルミナ〟の手元に手紙を届けます」
「逆に怪しまれないんですか?」
「人を力と餌で利用する人間は常に裏切りを恐れています。信頼関係で繋がっているのではないことを、自分が一番良く理解しているからです。〝エルミナ〟はきっとユアを信用しきれない。ユアは恐怖のあまりに尻尾を振るでしょうが、手紙にユアの発言のちょっとした一部でも書いておけば、〝エルミナ〟はコイツなら言いかねないと疑心暗鬼に陥ります」
「そしてユアがこれは罠だと警告しようとも、〝エルミナ〟は信じないだろう。ユアの裏切りを信じれば信じるほど、手紙に書かれた特殊武器の在処は現実味を帯びていく。本当に特殊武器がそこにあるから、自分を近づけたくないんだとね。流石だね、ニコさん。一本取られた」
ルーさんが腰元の木の棒をするりと撫で、さて手紙を書かないとね、と伸びをする。ニコさんは静かに首を横に振り、いいえ、1人じゃ何も出来ませんでしたと呟いた。
ずっと黙って片づけを続けていたアンナさんが、そっと伏せていた顔を上げる。
「この作戦はルーさんがユアを誘導して捕まえたから思いつけた事です。実行するにも私だけでは無理ですし、ヒントも沢山もらいました」
「いやいや。場を整えてもらったんだ。……確実に仕留めて来るよ」
じゃないとPKKギルドの名が廃るしね、と微笑むルーさんに、うつむいたニコさんが本当にありがとうございますと頭を下げる。
先程譲渡した特殊武器、『血錆のグラディウス』をぶんぶんと振りながら、あんらくさんもそれは綺麗に笑みを浮かべる。
「頭潰しに行くシンプルな部分だけ、俺に任せろ。ジジイは空から露払いでもしてろ」
「協力って言葉を知っているかな、あんらく君」
「俺に合わせろ」
「協力しようね? 多分、〝エルミナ〟と〝喰う〟、〝みるあ〟は絶対に一緒に行動してる。逆に、絶対に他はいない。リアルの知り合いであるその2人以外を引き連れて、〝エルミナ〟が特殊武器を取りに行くはずがない」
「だからなんだよ」
「あの3人相手に、1人で行ったらどうなるかわかるでしょ?」
「……根性で」
「無理だから」
ルーさん曰く、小悪党3人組はリアルでも知り合い3人組らしく、常にゲームでは行動を共にし、それぞれのプレイスタイルの好みから役割もだいたい決まっているのだそうだ。
その中でも厄介なのは、〝みるあ〟。女性プレイヤーらしいが、常にデバフ特化のプレイヤーらしい。今回も多分例に漏れないだろうということで、最も注意する必要があるのだとか。
「デバフってなんですか?」
『デバフ! それは主にステータス異常を引き起こす魔法のことです! 【Under Ground Online】においては〝魔道士〟があてはまります!』
「あ、ルーシィ久しぶり」
ありがとうとお礼を言いつつ、デバフの恐ろしさがいまいちわからない。何が怖いのだろうと首を傾げれば、あんらくさんが非常にわかりやすい喩えを口にする。
「兎が亀くらい遅くなったら?」
「あ、詰みますね」
「んな感じのは全部デバフだ。おけー?」
「おけーです」
ばっちりですと頷けば、ニコさんがラブレターと言いつつ手紙を書き上げ、とんぼ返りさせられたフィニーが不満げに毛を逆立てながら、再び店に舞い戻る。
『届けるのー?』
「そう。指示するからよろしくね」
『あいあいさー! 行ってきまーす』
フィニーの嘴に手紙を託し、全員で行ってらっしゃいと見送って、それからみんなで円陣を組む。アンナさんが無表情のまま音頭を取り、ルーシィがフライングで拳を突き上げる。
『やりますよー!』
「では――雑魚プレイヤーお礼参りツアー……行きます」
『おー!』
かくして戦いの火蓋は切られ、雑魚プレイヤーお礼参りツアー、開戦となったわけである。