第百二話:世界警察の雇われボス
第百二話:世界警察の雇われボス
「――子供の喧嘩だから、何だっていうんです」
肘掛椅子に座ったまま、ルークはデラッジを胡乱げな目で見やる。そんなことはどうでもいいから、動け、働け、と無言で圧力をかけるルークに、しかしデラッジは揺らがない。
やる気なく開かれた瞳がゆっくりと動き、人差し指を振りながら、デラッジは言う。
「子供の喧嘩と大人の喧嘩。何が違うと思いますか?」
「ふむ……問題の複雑さですかね」
子供の喧嘩と大人の喧嘩。違いを上げるなら、その喧嘩の原因が違うだろう。子供よりも大人の方がその原因は複雑で、それが違いか、と言うルークに対し、デラッジは首を横に振ってそれを否定する。
「子供の喧嘩だって複雑な時は複雑ですよ。違います」
「クイズはいいから、結論を言いなさい」
時間が無いんです、と言うルークに、デラッジはつまらない大人を見るような目で溜息をつく。肩をすくめながら、腕に上って来る『吸血鼠』の頭を撫でた。
「違いは簡単。理屈が通用しないんです」
デラッジは静かにその違いを上げていく。
「子供の喧嘩はお金で解決したりしない。見返りを求めない。諦めたりなんかしない。へこたれない、曲がらない、理屈なんてない、子供の――」
デラッジの指先がつい、と動き。それに合わせて鼠が踊る。
「子供の喧嘩に妥協は無い。だから嫌なんです」
絶対に諦めない。妥協したりしない。これくらいでいいかなんて、思ったりはしない。
「観察して思ったんです。きっと〝狛犬〟は死に戻りしても諦めない。きっと子竜を取り戻すし、きっとニブルヘイムも取り戻そうとする」
「それは……」
「何度死んでも、また挑んで来る。何度死んでも、きっと諦めない。何度死んでも。諦めないなら、きっといつかこちらが負ける時が来る。だって、この世界は――」
この世界は、何度でも生き返ることが出来る。努力さえすれば、いくらでも強くなれる。だから、とデラッジは言う。
「ニブルヘイムは諦めるべき」
「それくらいはわかってますよ。アレは元々、理由付けでしかない。大怪我をさせたのは本意じゃありませんし、建前というやつです」
「じゃあ、僕が行く意味ない」
取り繕うことに疲れたのか、敬語を捨てたデラッジは鼠で遊びながら言う。取り付く島もないデラッジに、ルークは苦笑いでその発言を訂正した。
「いいえ。貴方が行くことに意味があるんです」
「……」
無言で何故? と問うデラッジに、『世界警察:ユウリノ』のトップはこううそぶいた。
「何故って、何が目的かって言ったら、我が息子の知名度を引き上げるのが目的なんですから」
適任でしょ? と、ルークは言う。
「死に戻りしない程度に、力を見せつけて帰ってきてください。それが今回のミッションです」
「違うでしょ。義理の息子の知名度とかがオマケで、本当はただ姪っ子にトップランカー近づけたり、煽ったり、注目を集めたりするのが本当の目的でしょ――ちょーしよく嘘こいてんじゃねぇぞ、おっさん」
適任でしょうと言うルークの言葉は、しかし口汚いデラッジの発言に切り捨てられる。じとり、とルークを睨むデラッジに、ルークはわざとらしく不思議そうに首を傾げた。
「うえ――おっさんの首傾げとか止めてよ」
「はて、君が何を言っているのかわかりませんね」
「今更? それ今更になって僕に隠す? このまま放置して世界警察は大したことないって終わりでも良いんだ?」
勝手にこんなことして、魔王の件はともかく大ボスが帰ってきたら大目玉食うよ、というデラッジに、ルークは嫌そうな顔で両手を上げた。
「……可愛いんですよ、姪っ子と義理の息子が。あの魔女のせいで、現実世界では弟の忘れ形見に会えもしない、存在すら知られていないとかいうクソゲー状態の私の心情を考えてもみてください。……仮想世界《ヴァ―チャル》の中でくらい、欲しいものをプレゼントしてあげたいんですよ」
「僕は欲しいって言ったけど、その知られてないはずの姪っ子には欲しいって言われたわけ?」
「いえ、トップランカーになって有名になりたいって言ってたので」
「アンタに向かって?」
「いいえ。一度ぶつかった時にフレンド登録はしてもらいましたが、あれから音沙汰ありませんね」
「ぶつかっただけでフレンド登録強要したの? 犯罪だよおっさん。鏡見てその皺が見えないわけ? じゃあいつどうやって知ったんだよ」
「心に寄る年波には勝てないんです。魔術師が皆ぴちぴちだと思わないでください。絶え間ない心労に心が老化してしまって小皺が……いやいや。それはいいんです。たまたま、たまたまね。統括ギルドで聞いたんですよ」
「――レジナルドに似てきたんじゃない?」
「あれは意外と紳士な男なんですよ? 誤解されやすいだけで」
誤解されやすいだけで、と同じことを二度言いつつ、ルークはじっと『DDD支部局』に映る生放送を見ていた。
ルークにとって、今回のことはたまたま転がり込んできた幸運を利用しただけだった。色々な所で、玉突き事故のように予測不可能な出来事も混じったが、概ね、予定通りに事は動いている。
「大ボスの指示は? ガン無視?」
「いいえ? ちゃんと指示された魔王の排除はやったじゃないですか」
「てことは、大ボスからはそれしか指示されてないんだね。よくわかった。他は全部、アンタの独断か」
「人聞きの悪い――」
そう言いながらも、その口元は笑っていた。デラッジはそれを見て、ちゃんと喋らなきゃ僕は動かない、と言い張る。
「全部言ったじゃないですか」
「アンタのシナリオの詳細は聞いてない。結局、僕はどっちを勝たせればいいのさ」
「あ、それはどちらが勝っても問題ないんですよ。貴方さえ行って、その力だけ示せば。どのみち、竜種は契約モンスターと同じく、死んでも1日で戻ってきますし」
『世界警察:ユウリノ』は、赤竜トルニトロイと、〝デラッジ〟という強すぎるプレイヤーを保持しているとだけ皆に伝われば――今回のことは、体面的には全部それで終わるんですよ、とルークは言う。
勝とうが負けようが、どのみちメインの保有戦力に変わりはないからと。
「モンスター討伐はプレイヤー達の食料を賄い、安全な道を作るのに必須のものだった。モンスター達が敵に回るのは必然でした。けれど、私達がエアリスから離れて生きるにも、食料はこれくらいしなきゃ足りなかった。抑え込むには、大火力兼権力を持つ、トルニトロイがいれば十分。黙らないモンスターは彼が焼き払う」
「反発が大きすぎない?」
「いいえ、こんな程度。最終的に勝ちが見えてるのに、何を恐れる必要が? そんなことよりも、怖いのはプレイヤーですよ。最終的に、レベックとか貴方みたいな突き抜けちゃってるプレイヤーが一番脅威になるんです。そう考えればほら、私は君に知名度を、姪っ子にトップランカーの知り合いと、戦いの場をプレゼント出来た上に、世界警察としても情報のほとんどない彼等のアビリティやスキルを観察し、更に指名手配犯にも出来るんですよ! むしろ私を褒めてほしいくらいですよ」
「絶対、ブチ切れられると思うけど。アンタのプレゼントと情報集めのために、何匹のテイムモンスターが犠牲になったと思ってんの」
「リリアンが聖地シャルトンに行くための協力は惜しむつもりはありません。ですが、トムと涼香には良いお灸になったでしょう。トムは舐めすぎ、涼香はモンスターの扱いが悪すぎた。あの陸鮫、子供がいたんですって? 木馬のほうの監視役から知りましたよ。彼、生き残りの子供達のために参戦したようですね」
「……」
ルークは、小さく目を細めて映像をじっと見つめ続ける。
「大ボスは手段を選ぶなと言いましたけど……。私、言ったはずなんですけどね。子供と、その親には手を出すなと。……あれは、私なりの厳罰です。ですから、デラッジ君。あの陸鮫は殺さないように保護してください」
「……もしかして、今回の件」
「……」
「アンタがしたいこと、気に食わないこと、怒ってること、全部やろうとしたら、こうなったわけ?」
「……」
「姪っ子と僕にプレゼントして、気に入らない所員にお灸すえて追放する理由を作って、トップランカー達に切り札切らせて、掲示板の話題を全部掻っ攫った」
「――モンスターの扱いがなってない〝従魔士〟達に、魂を結晶化するように言ってから、さきほど追加戦力として送りました。全て木馬とレベックの方へ向かうよう指示をしたので、よろしくお願いしますよ」
「木馬とレベックなら、モンスターじゃなくてプレイヤーしか殺さないだろうからね。それで、どうやって全員に結晶化させたの?」
「ああ……体力が少ないと、リリアンみたく簡単に一撃死になると言って」
「……大ボスが怒るよ」
「いやいや、私は善意で言ったんです。だって、銃弾一発で死に戻られちゃ意味ないでしょう? ああ、でも、今回ので死なれてしまったら、もう世界警察からは出ていってもらうしかありませんね。彼等の価値は〝従魔士〟であることくらいですけど、今回の戦いに参加すればモンスター達に顔を覚えられる」
「顔を覚えられたら、ちょっと深い場所に踏み込んだだけで――殺されるようになるだろうね。〝従魔士〟としても所員としても、役立たずになる。そうなったら大ボスも解雇を認めるだろう」
「大ボスは、戦力になればモンスターの心情もプレイヤーの心情もどうでもいい非人間ですからねぇ」
――私はそれ、嫌なんですよね。そう呟くルークに、デラッジは冷たく言う。
「嫌なら出ていけばいいのに」
「馬鹿じゃないですか、デラッジ君。嫌だから出ていくのは簡単ですよ。でもそれじゃ、何も変わらないでしょう。貴方だって、モンスターが大好きだから今回の事に協力してくれてるんでしょう? でも、貴方だけじゃここまでは出来ない」
「……」
「莫大な力を振りかざすだけじゃ意味が無い。では、潮時ですよデラッジ君。納得できました?」
「……了解――行くよ、皆」
そう言いながらデラッジは踵を返して歩き出す。腰にはじゃらじゃらと大量の魂の結晶が吊るされ、動きやすさを重視したジャケットに風を孕ませながら、デラッジは大量のモンスターを引き連れて歩いていく。
デラッジに寄り添う彼等は、信頼の籠った目で主人を見ている。そこには無理やり【従属】されたモンスターは存在せず、彼等は自分達に敬意を表し、自分達を真っ当に力で捻じ伏せたデラッジを心の底から尊敬し、慕っていた。
モンスター達は思う。そう、これこそが、〝従魔士〟のあるべき姿だと。だからこそ、主人のために命を賭して戦うのだと。
たとえ死に戻ったその先で、何年も暗闇に囚われることになったとしても。この主人なら、きっと迎えに来てくれると信じられるから、モンスター達は彼と歩む――気、満々だったのだが、それは他ならぬ主人によって止められた。
「はい、皆はここでお留守番だから。【絶対服従】! いいね、絶対に、ここから、動くな。以上」
ルークがいた場所からすぐそこの小屋に押し込められ、ぎょっとするモンスター達は主人の腰に自分の魂が吊るされていないことに気が付いた。
吊るされているのは、どれも学習性AIではない、高性能AIによって動いている意思の無いモンスター達の魂だったのだ。
ぎゅいぎゅい、ぎゃあぎゃあ、言葉も忘れて喚くモンスター達に、デラッジはぎろり、と冷たい視線を向ける。
「――何、話聞いてなかったの? レベックと木馬が相手なんだから、君達をぶつけて死なせるわけにはいかないんだよ。良い? 君たちの替えはいないの。分かる? 僕は一瞬で死に戻るけど、君たちはそうじゃない」
連れて行く気は無い、と言うデラッジに、モンスター達は大いに抗議した。皆、デラッジに死んでほしくは無いのだ。たとえ、自分達とは違い、一瞬で死に戻るとしても。
嫌々を繰り返すモンスター達に、デラッジは1匹ずつ頭を撫でてやりながら、きっちりスキルをかけていく。どうやら、モンスター達の様子を見ていて、全体スキルでは不安になったらしい。
「よしよし……【絶対服従】――ここから動くな」
それを全員分繰り返し、デラッジはようやく息を吐いて歩き出す。モンスター達の惜しむ声を聞きながら、慕われている嬉しさに浸りながら、デラッジは笑みを浮かべる口元を手で覆って隠しながら竜爪草原目指して歩いていく。
「……今回の件、悪くないかも」
大ボスは怒るだろうし、同僚はかなり減るし、全部あのおっさんの望み通りだけれど。
「確かに、あの連中、気に食わなかった」
モンスターを物のように扱う同僚も、つがいと子供を殺した隙に【従属】したんだと笑っていた〝涼香〟も、どいつもこいつも、殴り飛ばしてやりたかった。
それを今回、レベックと木馬がやってくれるというのなら、自分が道化役をやるくらい造作も無いことだ。
食料のためならいい。身を守るためならいい。けれど、それ以外の殺しは、ダメだ。だってそれだけは、それだけは許せない。意味の無い殺害は、意味の無い殺害のせいで置いてきぼりになった家族は……親を、殺された、子供は――、
「――後で木馬に、お礼言わないと」
監視役からの情報を横目に見ながら、デラッジは進む。腰に吊るした魂の結晶を使い、大量のEランクモンスターを呼び寄せながら。
小さな獣の絨毯を引き連れて、
「ここは、良い世界だ……」
彼は舞台に向かっていく。




