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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
4:Under Ground(意訳――9割じゃなくて1割のほう)
121/256

第百一話:子供の喧嘩に妥協は無い




「――ボス、〝レベック〟の後をつけさせていた『吸血鼠ラグ・ラット』が事故で全滅しました」


「それ本当に事故ですか」


「突然、『腐肉兎アドルフ』を振り切って走り出すとは思わなかったので、これは事故です」


「清々しい自己弁護ですね。それで、【従属テイム】した『腐肉兎アドルフ』の方は?」


「正直、時間稼ぎにもなりませんね。10匹を上手く操って10秒くらい足止めできます。僕が現場にいないなら、10匹で3、4秒くらいですかね。そもそも、アドルフって学習性AIじゃないんで、飛びかかるだけの殺戮マシーンというか」


「一般プレイヤーなら5匹もけしかければあっという間に死に戻りだと言うのに……」


 これだからレベックは、とこめかみに指を当てるのは、ひょろひょろと背の高い男だった。

 肩までの髪は豊かで、薄く煙った金髪は複雑に後ろに撫でつけられている。若干こけた頬には緩やかな皺が浮かび、その年齢を示していた。しかし、その切れ長の瞳に浮かぶ眼光は、ただの初老の男、とは言い難い力を孕んでいる。


 ボス、と呼ばれるその男は、『世界警察ヴァルカン:ユウリノ』と名付けられた団体の一応のトップとして君臨していた。今もまた、この世界での基盤を築くために、あの手この手で策をろうしている。


 キィ、と小さく音を立てる肘掛椅子に背を預けながら、世界警察ヴァルカンのトップ、〝ルーク〟は低い声で部下に状況を尋ねていく。


「他の方たちは?」


「〝木馬〟はそもそも動かないだろうと思っていたので、ノーマークです。〝ブランカ〟は見た目をころころ変えているようで、今は男なのか女なのかすらわかりません」


「髪色も目の色もわかっていないと?」


「さっき言いましたよね。存在ごと行方不明です」


「各人のアビリティは」


「〝レベック〟と〝木馬〟の初期アビリティは、〝見習い剣士〟と〝見習い魔術師〟です。木馬は目撃情報から、真新しいものだと雷の魔術と氷の魔術が確認されています。どちらも、下手をしたら2等級アビリティ持ちかもしれません。〝ブランカ〟に至っては初期アビリティさえわかっていません。恐らくは情報系か犯罪系アビリティでしょうが、指名手配履歴さえ無く、確認できていません。言わずと知れた〝ノア〟は自ら掲示板で〝才能持ち〟だと発言。初期アビリティは〝見習い呪術師〟な上、未だ〝才能持ち〟がどのアビリティを得るのかは不明。つまり、情報は皆無です」


「それはまずい――〝デラッジ〟。あなたも現場に向かいなさい」


 〝デラッジ〟と。そう名を呼ばれて指示を受けた男は、その途端にさっきまでの無表情を崩し、強烈に顔をしかめて不満を示す。


「全力で拒否します」


「何故ですか。危機的状況ですよ。貴方は知らないでしょうが、〝レベック〟は現実リアルで竜すらほふったことがあるんです。今更、仮想世界(ヴァ―チャル)でそれをやっても、私は驚きませんよ」


「なら尚更、嫌です」


「理由を言いなさい理由を。子供じゃないんですから――」


「そう、それです」


「?」


 それです、と言った黒髪の男、〝デラッジ〟は人差し指を立てて、ボスに向かって傲岸不遜な態度で言いきった。



「――これは、子供の喧嘩だからです」





























第百一話:子供ガキの喧嘩に妥協は無い
























 青白い炎をその口腔に溜める赤竜、トルニトロイ。眼前で追尾機能つきで並ぶ水晶の槍。それを目の前にして、道が見つからずに自分とデフレ君は硬直し、そしてセリアは槍の発動合図キーワードを唱えた。


 動けないまま槍に貫かれ、そのまま焼かれるか。それとも、焼かれるのを嫌がって急上昇し、遅れて槍に貫かれるか。もはや選べる道はそれしかなく、けれど自分は諦め悪く数パーセントの可能性にかけ、デフレ君に向かって声を張り上げた。


「急降下! ――【騎獣強化Ⅰ】!」


 途端にデフレ君の硬直が解け、熟練度が低いせいであっという間に効果が切れていたスキルをかけなおす。途端にデフレ君の全身の筋肉が膨れ、甲高い声と共にデフレ君が翼を畳みながら、地上に向かって急加速する。


 追って、置いてきた背後の空に青い炎の渦が叩き込まれ、次いで、青く光る水晶の槍が追ってくる。必死になってそれを振り切ろうとデフレ君は翼を動かすが、槍はすぐ後ろに迫っていた。


「チィッ!」


 一か八か、何もやらないよりマシだろうと自分はポーチの1つに手を突っ込み、掴めるだけの小さな赤い晶石を掴み取る。アルトマンにも渡した、小さな屑石で造られたそれだって、数があればそれなりの爆発力を生む。


 水晶の槍に小さな屑石達が放り投げられ、ぶち当たった瞬間に一斉に起爆する。込められたファイアの魔術が多重展開し、炸裂する。1つ1つは鼻で笑う程度の威力でも、数十個単位で一斉に起爆すれば――。


「ちょっとしか減らないんだけど!?」


 確かに、何もしないよりはマシだったようだが、ほんの数本。それも、小さな槍が消滅しただけ。その威力の差に、生半可な魔術をぶちこんでも意味が無いと悟った自分は、ひたすらに次の策を考えながらデフレ君を励ますことしかできない。


「頑張れ、デフレ君!」


 叱咤激励する自分に応え、デフレ君は限界まで加速する。けれど、それに合わせるように水晶の槍はこちらに迫り、もうダメだ突き刺さる、と思った瞬間。


 水晶の槍は突然その方向を変え、自分達とは全く逆の方向に並んでみせた。くるりと反転したそれがぴたりと止まり、皆が驚きに目を丸くする前でてんで違う方向に射出される。


 そしてそれは、()()に突き刺さった。


「――え?」


 デフレ君が慌てて尾羽を広げ、急ブレーキをかける。セリアはトルニトロイに待て、と命令しながら、何も無い場所で何かに突き刺さったかのように動きを止めた槍を睨んだ。

 ドラエフは困惑の表情で槍を見て、自分を見てを繰り返していたが、自分も驚いていることで原因が違う場所にあることがわかったようだ。


 では何故? というのは、この場の総意だった。


 じわじわと。空中に止まる槍に、小さな赤い雫が伝うのが見えた。赤い液体は透明なそれを伝い、ぽつりぽつりと雨のように落ちてくる。

 ぽつぽつ、ぱたぱた――自分の頬にも落ちたそれの臭いをいで、それが血だと気が付いた。ほんのりと鉄錆臭い、独特のそれ。


「血が……」


 下にいる自分に向かって降って来るそれを呆然と見上げて呟けば、セリアもドラエフも何に刺さったのかがわかったらしい。段々とあらわになるそれは、異様な光景だった。


 フードをかぶせられたそれは、首つり死体のように襟首を何かに掴まれて吊るされていた。暗い色合いのローブの合間に覗く身体つきを見れば、それが男だということもわかった。


 両腕は何かの拘束具で後ろ手に拘束されていて、首には力が入っておらず、頭はだらりと下を向いていたが、フードの影に隠れてその顔は見えなかった。


 未だ、何に掴まれているのかは見えない。見えないが、何かが男を吊るしているということは、ドラエフにもわかったらしい。

 即座に腰に並んだ小さなナイフを抜き放ち、吊るされた男の上、何も見えない空間にそれを投げつける。


 投げつけられたナイフはあっさりと弾かれて、ドラエフは声を張り上げた。


「誰だ!」


 その声に、それは唐突に姿を現した。


「……綺麗な人」


 それは、その人はすごく綺麗な人だった。月光に光る白銀色の長い髪。ふわふわのパーカーに隠れた長い腕と、惜しげもなくさらされる長くて細い足。

 全身が純白。その中で、大きな赤い瞳と、唇に引かれた深紅のルージュが月明かりに神秘的に反射する。


 白い麗人が乗るものも白かった。純白の翼を緩やかにはためかせながら、赤い瞳がぐるりと辺りを睥睨していた。


 鋭い目つきの鷲頭、立派な鉤爪は男の襟首を掴んでいて、続く雄々しい獅子の下半身が、気まぐれに爪を出したり引っ込めたりしている。

 細くて艶やかな尾が振られ、純白のグリフォンは一声も上げずに威圧感を振り撒いていた。


 女性はその素足の上にはこれまたふわふわのベージュのムートンを履いていて、グリフォンの背の上で楽しげに揺らされていた足ががっつん、と吊るされた男の肩を踏んで立った。

 吊るされた男の上に立ち、バランスを取るためにその長い腕が好いた男にでもするように、グリフォンの首に回される。


 赤い唇が、自己紹介するわ、とゆるゆると動き、鈴を転がすような声を出す。


「――〝ブランカ〟よ。よろしくね」


 よろしくね、と言いながら自分に向かって腕を振る人――ブランカさんは、次にセリアを見て、ふっと鼻で笑ってみせた。


「こんな可愛い子に枷をするなんて、不粋よ、セリア」


「――は? あ、くそっ、どうやって!」


 こんな可愛い子。そううそぶくブランカさんの腕の中には、丸くなるネブラの姿。いつの間に奪ったのか、セリアの手が抑えていたものはネブラにそっくりなぬいぐるみになっていた。


 代わりに、ブランカさんの手の中には本物のネブラがいる。鱗をぎっちりと逆立てて、ふーふー、と力を抑え込まれた怒りに燃える小さなドラゴンが。


 ドラエフは驚きに、セリアはしてやられた怒りに声を上げながら、そのぬいぐるみをブランカに向かって投げつけた。


「ちくしょうどうやっ――」


 どうやって奪った、とセリアが言った瞬間。ブランカさんは腕の中のネブラを地上に向かって放り投げ、代わりにセリアから投げられたぬいぐるみを大事そうに腕の中に抱き込んだ。


 誰もがその行いに目を見開く。自分は思わず投げ捨てられたそれに手を伸ばし、大慌てでそれを掴んで抱え込むが、


「ネブラ?」


 確かに、ネブラだと思う。だと思うが、自分の腕の中に帰って来たというのに、ネブラはまだ鱗をぎっちりと逆立てて、唸りながら丸くなっている。自分と目を合わせることも無く、体勢を変えすらしないそれはとても不自然で、


「――【騙くらかし(トリック)解除】」


 ブランカさんがぬいぐるみを抱いたまま、そう宣言した瞬間に、自分の手の中のそれがただのぬいぐるみ(・・・・・・・・)に変わって初めて、その手口を理解した。


「だぁあ! やられた!」


 悔しそうに呻くセリアの手にはもう何もなく、今度こそ本物のネブラがブランカさんの腕に抱かれて目を白黒させていた。何が起きたの? というような顔でブランカさんを見て、それから下にいる自分を見つけて嬉しそうに4枚の翼を動かした。


 状況をイマイチ飲みこめていないドラエフが困惑に眉を寄せる中、セリアは何が起きたかをよく理解したらしい。ブランカさんを睨みつけ、彼は即座に距離を取る。


「今回のアビリティはリアル〝詐欺師〟か!」


「そんなちゃちなもんじゃないわ。それの上級職の一個上よ! ひれ伏しなさい!」


 ――〝見習い詐欺師〟の上級派生アビリティ〝知的犯罪者ホワイトカラー〟よ! と。ブランカさんが胸をはって言いながら、その滑らかな足が伸ばされ、吊るされた男の顎を爪先で上げさせる。


「……ブルータスじゃん! アリオールの役立たず!」


 女には気を付けろって言ったのに、とセリアがその顔を見て呻き、ドラエフは無言でもう1度ブランカさんに向かってナイフをぶん投げる。

 しかしそれは横からのっそりと顔を出したグリフォンの嘴に弾かれて、あっさりと不発に終わった。


「ドラエフ、やめとけ! で、ブランカ――何が欲しいんスか?」


 どうすればこの場を引く、とセリアが言い、ブランカさんはそれにきょとりと首を傾げて見せる。そのまま、ええ? と嬉しそうに言い、傾げた首を戻して微笑んだ。


「あのね、セリア」


「はいはい、何が欲しいんデスカネー?」


 引き攣った表情でセリアも笑い、ブランカさんは男の肩から、グリフォンの背の上に戻り足を組んで腰かける。


「私、こう見えてけっこう子供なのよ」


 ね、わかる? と笑うブランカさんに、セリアは呻いた。


 ――勘弁してくれ。


 その言葉と一緒にセリアの右手がかすみ、ブランカさんの左手もかすむ。どちらも高速で動いたそれが、全く同じ形の、それでいて色違いの晶石を投擲したのだと気が付いた瞬間。



 世界は白煙に埋め尽くされた。







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