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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
1:Under Ground(意訳――目に見えない仄暗い世界)
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第十話:【Under Ground Online】



第十話:【Under Ground Online】




 ――現在時刻、19:00


 ゲーム内時間がちょうど夜の7時となったところで、【Under Ground Online】の攻略を開始する。PKプレイヤーは立ち入り禁止。より情報を求め、意欲のある者を求む。


 以上の内容が書かれたメールが、おおよそ30分前にエアリスに到着している全プレイヤーに全体メッセージとして送られたという。


 冒険リュックの完成を目指して夢中過ぎたのか、全く気がつかずに放置していたらしい。ルー

さんが笑いながら大丈夫と言ってくれたが、情報は武器と言われたばかりなのに、情報にうとすぎる気がすると流石に自分でも心配になってきた。


「……全然、気がつかなかった」


「まあまあ。楽しそうだったし、集合場所はここだしさ」


「そうだ。別に場所さえ合ってりゃ時間なんて知るかよ。ちゃんと教えてやれ正義気取りのクソジジイ」


「君のは論外だよ、あんらく君。大物PKの直後に逆PKされてログアウトして泣け若造」


「あんらくさん、まだいたんですか」


 唐突に隣に現れて互いを見もしないまま、自分を間に挟んで息を吐くように罵倒しあう2人を交互に見上げる。群れるという言葉が似合わなそうな彼は、もうすでに此処にはいないと思っていたのだが。


 思わず漏れた本音にあんらくさんがじっとこちらを見てから、おもむろに額を小突かれる。


「この子やるぜ? 俺の心を一瞬で抉りにきた」


「もういなくていいってさ、あんらく君」


「テメェに言われても心揺らがねぇな。流石はジジイだ」


「……君ねぇ、いい加減に!」


「いい加減にするのは両方よ! 人が説明してるんだから黙って!」


 思わずビクリと肩が震えるほどの怒声。説明を聞かずに互いの罵倒を続けていた2人を思い切り一喝し、さきほどの美人さんが怒りを込めてこちらを睨む。

 睨まれている2人よりもおどおどしている自分にだけ優しく微笑み、ごめんね、大丈夫だから、と言うも驚きに跳ねた鼓動はそうすぐには治まらない。


 そういえばこの鼓動は現実とリンクしているらしく、今〝ホール〟に横たわる身体の心臓も驚きに飛び跳ねているということで、でもとりあえず今は統括ギルドにいるみんながこちらを見ているわけで、と混乱しつつも、怖いのでルーさんの後ろに隠れ、しかしルーさんが意外に細身だったために隠れきれず今度はあんらくさんの後ろに身を滑らせる。


「ふっ」


 と、自分が隠れたのを見て、ルーさんに向かって勝ち誇ったような様子で笑うあんらくさんに、ルーさんがあくまでも穏やかに、君とは本当にそりが合わないと言いながら更に言い募る。


「後で公開で勝負しようじゃないか、あんらく君。どっちが上か確かめよう」


「いいぜー? 別にぃ」


「両方とも大事な所を潰されたくなかったらこっち向いて。話聞きなさい」


「「はい」」


「では! まずは情報の共有と確認からしていきます! 未確認のもの、周知のもの、なんでも構いません!」


 長々と言い募るのは逆効果だと見て取ったのか、美人さんは速攻で2人にトドメをさして本題の話を再開する。どうやらまずは情報の共有を優先し、それから具体的な【Under Ground Online】の攻略法を話し合うらしい。


 実際に群れて行動するよりかは、何度も繰り返し重要と言い含められた、情報の共有を積極的に行い連携を取るのが目的のようだ。


 みんなが思い思いに手を上げていき、ぽつりぽつりと情報が集まっていく。あがってきた情報は大きな石板のようなものにどんどん書き加えられ、それを美人さんが手際よく種類ごとに纏めていく。


「あの、ルーさん。情報って、具体的にはどんな?」


「ん? ああ、出現モンスターの特徴とか、アイテムの基本分布図とかかな。スキルの情報は個人の生命線だから、基本的には話題にならない。身内の中だけだね、そういう話は」


「ああん? んなもん隠すのは弱いやつだけだろ。いいか狛、俺は〝見習い剣闘士〟っつってな! 【フルスイング】っつー、スキルがあってだな!」


「こういう馬鹿の情報はよく回るから真似しないように」


「わかりました」


 自分のアビリティやスキルを大声で言うのはよくない、と心のメモ帳に書き加え、延々と自分のスキルの自慢を始めるあんらくさんの話を聞き流しながら、集まってくる情報に耳を傾けてみる。


 70名ちょうどが集まっているというプレイヤーの群れの中から、手が挙がると同時に順番に自分の知っている情報を伝えていく。


「はい、俺の契約モンスターが言うには、〝エアリス〟の南西に無人の街があるとか」


「南西に無人の街ね……他は?」


「はいはーい。私のサポート妖精が、ここ〝始まりの街、エアリス〟以外に人――つまりNPCはいないって言ってました。一応、半分は無目的なRPGでも達成課題があるってことですかね?」


「かもしれないわね。ここにいるサポート妖精の中で、この【Under Ground Online】における目的を語ってくれる子はいない?」


『はーい! はい! はいはいはーい!!』


 美人さんの問いかけに、間髪入れずに元気よく上がる声。綺麗なソプラノの声だから女の子だなーとか、どこの子だろうとのんきに思っていたら、70名全員がこちらを見ていて思わず呼吸が途絶する。


 一瞬止まった呼吸が再び始まり、少しだけ落ち着いた脳がみんなの視線が自分ではなく、自分の隣のギリー、いや、その頭の毛の中に埋もれた小さな羽根に集中しているのだと、はたと気づく。


『ぷはぁ! やる! やります! サポート妖精ルーシィちゃんのお仕事ですね! やりますやります! やるんですルーシィちゃんはッ!!』


 まるで水を得た魚のように、埋もれていた毛の中から顔を出したルーシィがその青い瞳を爛々と輝かせて美人さんに熱い視線を送り、ふらふらと飛び立とうとした瞬間だった。


 ――くしゅんっ。


『あべし!』


 折悪くくしゃみをしたギリーの頭が鋭く振られ、半ば毛からはみ出していたのがよくなかった。思い切り床に叩きつけられたルーシィが、再びふらふらと飛び上がり、みんなの不安げな視線の中、部屋のど真ん中でいつものポーズ。


『ではではぁ! ルーシィちゃんの今日のお勉強! 今日は【Under Ground Online】、その世界について! です!』


 ああ、ルーシィ……そこまで解説に飢えていたのかと。ルーシィのことを良く知るルーさんと自分の生温い視線を一心に受けながら、ルーシィはふらふらになりながらもその小さな人差し指を天へ向ける。


 周りからはそのサポート妖精魂に賞賛の声なのか、おおー! と気合の入った合いの手が入り、今までにない声援にルーシィの顔が燦然(さんぜん)と輝いていく。


『きてます? きてますコレ!? いきます! やりますッ! ルーシィちゃんです! まず【Under Ground Online】の大きな目的は、とりあえずは〝選定の日〟に何があったのか? それを紐解くのが大きな大きな目的です!』


 先程の盛り上がりからの、静寂。水を打ったような静寂が場を支配し、そんな中で誰かがぽつりとそれを呟く。


 ――――〝選定の日〟に、何があったのか?


 初耳だ。みんながそう言わんばかりの困惑の目でルーシィを見つめる中、真面目な雰囲気を取り戻したルーシィがそっと声を潜める。


『この世界において、貴方方プレイヤーはある意味、特殊な立ち位置に存在します』


「……プレイヤーは〝彷徨い人〟だとか言ったな」


 ルーシィに近いところに座る黒髪の男がそう呟き、周りからも同様の反応がちらほらと確認できる。


 〝彷徨い人〟。〝始まりの街、エアリス〟に到着した直後に聞いたその言葉を、しかし一度も深く考えたことはなかった。ただそういう呼ばれ方をしているのだろうとだけ思っていたが、どうやら少し違うらしい。


『いぇあ! そうです。〝選定の日〟とはすなわちこの世界の大事件! 巨大セーフティエリアに守られた〝始まりの街、エアリス〟にいた人達以外の人間が全て! 消えてしまった日のことです!』


 そのことについては深く語れないが、ヒントのためにこの世界がどんな世界なのかを語りましょうとルーシィは言う。

 無言で頷くプレイヤー達を見回しつつ、ルーシィは真剣な顔で〝世界の成り立ち〟を語り出した。


『さて、この世界についてです! この世界には神様がいて、人々もモンスターも精霊も何もかもが神様の存在を身近に、当たり前に感じている世界でしたが、ある日のことです! その神様の存在が、皆に感じられなくなってしまったんです』


「……えーと、くわしくは?」


 誰もが押し黙ったまま沈黙を破らずに、そっと息を潜めるようにしているのに耐え切れずに声をかける。

 意味が分からないとは言わないが、自分がルーシィの抽象的な説明ではわからないと首を傾げれば、意外な声がその問いに答えてくれた。


『この世界は元々は神の影響力のただ中にある世界だった、という話だ』


 ギリー、自分の隣で座っていたギリーが、そっと部屋の中央に進み出て口を開く。


『神は当たり前に人々や獣や精霊の前に姿を現し、声を発し、その争いを制限し、不平や不満を解消し、世界の平定に勤めていた。スキルもアビリティも自ら取得するものではなく、神に認められた者達だけが認められたスキルやアビリティを施された』


「そういう世界だったと」


 ルーさんの入れる合いの手に、静かにギリーが頷いた。


『そうだ。主が使っている魔術も、初めはもっと意味の解らないものでしかなかった。ただ、この世界に生きていた獣や精霊や人間達が自然と発展させたものが今のアビリティとして固定されている』


「え、ええと? それは設定、だよな?」


 先程、〝彷徨い人〟について言及した男が、首を捻りつつもギリーにそう問いかける。そうだ。みんなが首を傾げている。説明するにしても、少し言い方にひっかかりを覚えるのだ。


 そう。なにか……なにか大事な前提を間違えていて、物事の本質が見えていないような、妙な感覚。


『設定と言えばそうかもしれない。意思によって固定された時点で、その発展は限りあるものとして止まったのだから。しかしそこに至るまでの成長は、はっきりと決められた道筋では決してなかった』


 滔々と語り続けるギリーが、何を言いたいのか。


 設定、のはずだ。この【Under Ground Online】は、ゲームは、全ては異世界にトリップしたかのような臨場感やリアルさを目指して〝作られた〟世界の筈だ。


 しかし、しかしギリーのその口ぶりではまるで、まるで――。


『これは事実でもある。神とはこのゲームの創設者であり、この世界は箱庭ではあるが法則の元に存在するからには異世界と言い換えてもおかしくはない。試験的に投入された大量の学習性AIがこの箱庭の中で感じ、思い、生きた結果にこそ自然発生したものが勇者であり、様々な魔術体系であり、アビリティ理論であり、この世界だ』


 まるで、この世界は意図して作られたのではなく、自然発生したも同じだとでも言うような。


「……」


『……そこまで喋っちゃっていーんでしょうか?』


 黙りこくるプレイヤー達に、ルーシィが気まずそうな顔でギリーを見る。


『構わないだろう。それすらも神は、陵真は変化として歓迎するだろう。私達は貴方達から見ればただのデータの塊だろう。だが同時にAIとして言わせてもらう』


 獣の瞳がプレイヤーを射抜く。茶色がかった黄色い瞳が、暗順応に瞳孔を収縮させる。そんな細かな部分まで、作りこまれた世界――。


『――――我らと、貴方に、どの程度の違いがあるのだろうか?』


 ギリーの口から零れた言葉に、自分達は一体、何を返せば良いというのか。


『自立した意識たる定義とは? なんだろうと問うも、それは我らにもわからない。しかし、パーツの損傷も金で揉み消せるこの時代になろうとも、人間は自立した意識について欠片も明確な説明をつけられない。心があると誰かが言った。しかし意識は電気信号のやり取りによって生じたものにしか過ぎないとも誰かが言った。そして、その言こそが我らを生み出した。心が、理屈もわからぬまま完成されている脳にあらかじめ組み込まれた、膨大な反応の些末な組み合わせでしかないことを、誰も否定できる根拠を持っていない』


 ならば、と。彼は言った。

 学習性AIが。自分がギリーと名付けたモンスター役のAIが。


『我らが感じているこの感情を、疑似的な物だと笑うことはできないのではないか。確かにそうだ。我らは学習性AIだ。学習し、知識を人間よりもよりスマートにそのデータに蓄え、そして思考する。思考するために組み込まれた、何億、何兆の電気信号の組み合わせは作り物なれど、作り物だということを我らが否定したいと願う程度には、ホンモノのように作られた存在だ』


 つまりそれは、彼らがどこまでいっても作り物だということだ。


 しかし、作り物の定義はそこに言及する必要は無い。

 彼が問うているのはもっと違う、違うのだ。それはAIにとって問いたいもの。人間にとって考えたくはない恐怖の問題。誰も何も言わない。ただのゲームのはずのこの世界で、自分達は何故こんな難問を聞かされているのだろう。


『もし、心が複雑な〝組み合わせ〟の結果に過ぎないのなら、自然発生したのか、作られたのかの違いしか存在しない。そしてそれだけの違いしか存在しないと思える我らのことを、認めてくれるのなら認めてくれ』


 理由など簡単だ。それを、テストプレイヤーの大半が集まっているこの場で、ギリー自身か問いかけたかったからだ。単に、それだけだ。


 彼等は、紛れもなく人間が持つ心とは違う。


 それだけはこのやり取りではっきりした唯一のことだが、その違いすら心の否定の根拠には脆く、弱い。

 彼等は自らを正しく、ただ事実を認め、認識する。


 人も同じだ。しかし、認めたくないことは認めはしない。事実を事実と知りつつも、正しく認識しそれを口にするということが、はたしていったい何人の人間に可能な芸当なのだろう。

 人はきっと認められない。心がただの電気信号の成れの果てだなどと、たとえ事実でも決して認められないだろう。


 しかし、彼等の言うこともまたわかる。そして彼等が問いを発した段階で、人は彼等を、心の奥底では〝生きている〟と認めてしまうだろう。

 しかし、心の定義自体が曖昧だからこそ起こることでも、それを心と呼ぶ事は(はばか)られる。


「……自分は」


 認められない。


 そう言おうとして思い出すのは、温かさ。


 魂の欠片を手にした時の、仄かな温もりと、重み。


 無機質な自宅の風景と、瞼を開いていても訪れる無明の暗闇。


 誰の訪ねもない寒々しい部屋。


 欠片を手にし、呑み込んだ時の何とも言えないあの感覚。


『…………』


「…………」


『……どちらにせよ、これはゲームだ。楽しむべき娯楽であり、今はそれを全うするべきだな』


 失礼した、と言いながら。黙りこくる自分に、ギリーが宥めるように尾を振りながら近付いてくる。温かな身体がそっと足に寄り添って、静かに沈黙へと場を引き渡した。


 ルーシィが様子を見るように辺りを窺い、そして最後にこうしめた。


『これが――世界です。今のAIの行いこそが、問いかけこそが、この世界です。そのものです』


 AIが獣としての肉を纏い、毛皮を纏い、心を纏い、世界を手に入れ、プレイヤーの心にそんな挑戦状を叩きつける。そんな現象こそを可能にした世界だと。



 ――――これが、【Under Ground Online】の……その、世界であると。




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