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第4章/DEAD OR ALIVE







「Why is there mad vampire here?(どうして、“イカレたヴァンパイア”がこんなところにいるのかしら?)」



 英語でわざと煽るような女の物言いに眼鏡の男は流暢な日本語で、



「日本語で大丈夫ですよ。一応、七ヶ国語はマスターしてますので」



 これに対して、それはどうも、と聞こえよがしに呟いた女に眼鏡の男はさらに、



「世界でも類い希なる身体能力と戦闘力を誇る、噂の“混血ブレンド”の〈Dシューター〉・・・まさか、こんなところでお目にかかれるとは、世の中広いようで狭いものですね」





 眼鏡の男の言葉に、ボディスーツの女はその艶やかな唇の片の端を少し吊り上げ、




「“混血ブレンド”、ね・・・面と向かって言われたの、随分久しぶりね」




 “混血”=ブレンド(blend)は、人間とこの世界で共存しているもう一つの異形の種族ーーいわゆる“吸血鬼ヴァンパイア”との間に産まれた存在に対する、嘲笑と侮蔑の意味を込めた、いわゆる差別用語である。ちなみに、“吸血鬼”という呼び名も、300年前の〈休戦協定〉執行以降は「差別だ」と穏健派の一部から指摘を受けてからは現在ではその使用を避け、代わりに“飲血者”とか“赤い酒飲み《レッド・ドリンカー》”という呼び名が用いられている。




「ーーお気に障りましたか?」



「仕事柄、慣れてるわ。それに・・・」



「何がおかしいのですか?」


 

「これから死ぬ相手にいちいち目くじら立てても仕方ないでしょ」



「たいした自信ですねーーあ、これは失敬。私はバートレット・ウォルターと申します。以後、お見知りおきを」


 恭しく頭を垂れた眼鏡の男ーーバートレットの微笑みが不気味に揺れていた。






「ご丁寧にどうもーー悪いけど、こっちの自己紹介はパスよ」


 そう言うや否や、脱兎の如く、女は一気に地を蹴った。その瞬速のスピードはまさに黒い疾風と見紛う程だ。




 やがて、眼前に立ちはだかる巨躯の男ーー先ほど食らった一撃で右腕から滝のように血を流しながらも、巨大な障壁のように立ち尽くすレスラー崩れの肉体との距離を一気に詰めてゆく。


 突如、左から横殴りの風が頬を叩く。止まらない血を振り撒きながら、巨躯の右の剛腕が唸りを上げて襲ってきた。その剛体と化したそれに湾曲した幅広の刃のような突起物が生えていた。



 そして、それが女の頸部を確実にヒットし、一気に斬首するのを男は見たーーはずであった。









 だが、その一撃は空しく女の身体を通過した。切断したのは女の残像であった。









 その刹那、降り注ぐ月光が一瞬陰った。そして、その月光に煌めく銀光がーー再び、一閃。同時に、男は左肩に違和感を覚えた。まるで右斜めに沈み込む感覚ーーしかも、右半身だけ。



 次の瞬間、巨躯の左肩から右脇腹に赤い斬線が浮き上がるや否や、その線を境に血煙を噴きながら右半身がずるずると滑り落ちてゆく。



 その末路を最期まで見届ける間もなく、女の肢体は僅かな膝の屈伸のみで再び黒い化鳥と化して宙に舞う。そして、巨躯の男を飛び越え、残る一人ーー不敵な微笑みを未だ崩さずにいる、眼下のバートレットへと迫る。






「うっ!?」


 その時、背後から女の首に何かが突如絡みつくや否や、宙から大地へと肢体が叩きつけられた。同時に右手から長剣が離れた。身体中の骨が軋み、悲鳴をあげる。


 意識が遠退く程に頸部を絞めつけてくる、まるで大蛇のような強靭な力の正体を見極めようと女がなんとか背後へと顔を向けた。


 視線の先には、後ろ向きのまま両断された右半身を癒着させようと右腕で我が身を抱きしめつつ、一方の左腕をまるで蛸か烏賊の如き触手のように変化させた上に驚異的な長さに伸ばし続けた巨躯の男の姿があった。その伸ばした先は今、女の頸部を窒息させんと巻き付いている、まさにそれであった。



「ーー惜しいですね。貴女の剣技は確かに噂以上のものですが、それでも“最終形態ドラクリア”の再生力とあらゆる攻撃に対応した変形能力メタモルフォーゼには適わないでしょう。しかし、まさか、ここへ来て、こんな素晴らしいデータが得られるとは・・・貴女に感謝しますよ、ナナ・ヒヅキ」



「・・・ただの・・・売人じゃないようね・・・何が・・・狙いよ・・・」



「事情はいずれ、判ります。ただし、凡人には到底理解出来ないでしょうね。それよりもーー何故ですか?」



「・・・な・・・ぜ・・・?」



「貴女の程の優れた力の持ち主が、どうして人間に肩入れなさるのです?貴女の中にも半分は我々と同じ夜の世界に生きる者の血と誇りがあるはず。〈元老院〉は我々を反人間派アンチ・ヒューマンとして異端視してますが、私からすればあなた方こそ異端そのものです。補食者が餌ともいうべき下等生物と共存共栄出来ると本気でお考えですか?ーーあんな醜く弱い彼らがお好きなんですか、貴女は?」



「・・・逆、よ・・・」



「え?」



 眉を寄せるバートレットに、



「・・・見せ掛けと・・・知りながら・・・つかの間の・・・平穏にしがみついて・・・そのくせ・・・目の前の快楽や欲望に呑まれやすく・・・後の責任には目をつむって・・・結局、何か起きてから・・・初めて対応する・・・そういう・・・歴史から学ぼうとしない人間って種族が・・・私は昔から嫌いなのよ・・・」



 女ーー緋月奈々の視線が一瞬、遥か後方に注がれた。視線の先には、しゃがみ込んだまま、へらへらと笑いながら涎を流し続けてる伯井がいた。



「なら、何故、貴女はーー」



「・・・それ以下の屑だからよ・・・お前達がね・・・」


 意識が徐々に暗闇に閉ざされてゆく。完全に暗黒の支配に屈するまで、あと僅か。このままではまずい。




 やがて、巨躯の男がゆっくりと立ち上がり、こちらに向き直る。




 全裸、しかも先ほどとは明らかに、身体全体がさらに大型化しているーーほんのわずかな間に。



 その大きさだけでも常人の約三倍はある。しかも、肉体の表面が鱗のような堅い皮膚に覆われていた。


 そして、その容貌もまた、既に人の面影すら残っていなかった。髪は白髪化し、両目は穴ぼこのように陥没し、口腔には長く鋭い白い牙ーー「醜悪」という表現が相応しいくらいだ。



 ずれ落ちかけていた右半身もいつの間にか癒着、その斬線は完全に消失していた。





 その右手が、巨大な錐のような鋭利な突起物にその形状を瞬時に変化させた。ぎくしゃくとした動きで、ゆっくりとこちらに歩を進める巨躯の男を見上げながら、なんとか反撃の隙を見つけようとする奈々に、



「混沌と内紛の道は避けられませんか・・・残念ですが、貴女の役目はここまでです」





 バートレットの言葉が終わらぬうちに巨躯の男が奈々の元にたどり着くと、首に巻き付けた触手の力で緋月を仰向けにした。



 男の右腕がゆっくりと持ち上げられた。その鋭利な先端は、奈々の左胸のあたりーー心臓の位置へ不可視の直線を引いていた。意識が薄らいでゆくなかで、真っ直ぐに男を見据える奈々。



 その瞳に、錐と化した右手が大きく映った次の瞬間ーー















 大地を揺るがす程の衝撃がその場にいた全員を襲った。と同時に、奈々は激しく咳き込んだ。そして、首に巻かれた呪縛が解かれたことに気付く。酸素が再び肺へ広がってゆくのを感じながら、その闇より濃い漆黒を湛えた瞳は眼前にある存在を捉えていた。




 一言で表現するなら、それは人の形に似せたアドバルーンというべきか。バートレットさえも、ほう、と一瞬驚きの声を漏らした程であった。



 外国人の相撲取りばりに肥え太った白い肉の塊を黒の燕尾服テイル・コートで包み、頭にはポーラー・ハット、そして丸メガネの黒のサングラスという奇妙な組み合わせの出で立ちは、この場に不似合いなユーモラスな雰囲気を醸し出していた。目を見張る程に真っ赤に濡れ光る、一際大きい唇がより不気味さを増していた。




「ーー遅いわよ、ジェシー」


 奈々に親しげに呼びかけられた肥大漢の白人ーージェシーは、真横に十数メートル先まで吹き飛ばされた巨躯の男を振り返っていた。



 突然、真横からの体当たりを食らわされた衝撃にさすがにかわす術は無かったものの、異形と化した男にはなんらダメージもなかったようだ。再び、ゆっくりと立ち上がる



「例の加工調整アキュアライズは完了した?」



 こちらもようやく立ち上がった奈々に、ジェシーは再び視線を戻すと唇の両端をこれでもかと持ち上げながら満面の笑みでこくりと頷いた。



 それを見た奈々は数メートル先に転がっていた長剣の所までゆくと、刃先が半ば溶けたようにボロボロのそれを拾いながら、



「今、すぐ準備してーー代わりにこいつを頼むわ」



 次の瞬間、奈々は右手に握った長剣を逆手に持ち替えるや否や、なんとジェシーの顔面めがけて投擲したのだ。



 夜気を裂くような速さで長剣はそのままジェシーの顔を貫くかと思いきや、その剣尖けんさきはジェシーの歯によって見事にキャッチされた。そして、あろうことか、長剣はそのまま一気にジェシーの口腔の中へと吸い込まれていった。柄まで呑み込んだ瞬間、大きなげっぷが響き渡った。




 そんなジェシーの元へいつの間にか辿り着いていた奈々が、今度は右手をジェシーのぶよぶよに太った腹の中央めがけて手刀の如くズブリと射し込んだのだ。


 出血どころか、まるで水面に生じた波紋のようなものを浮かび上がらせながら、右手は肘近くまで一気に吸い込まれーー次の瞬間、あるものを握り締めながら、右手を一気を抜いた。






 右手に握られていた銀色に輝くそれは、“ハンド・キャノン”という別名を持つ、大口径/大型の自動拳銃オートマチックの雄ーーデザート・イーグル50AEであった。全長26.9cm、重量2.05kg、銃口エネルギーは約193.2kgm。オートマチックとしては世界最強クラスの50口径AE弾を発射、その威力は大型の鹿でも倒せる程である。




 人の体内に収められていたとは思えない程に乾いた光を放つそれを満足そうに見つめた奈々は、腰のマガジンポーチから弾倉マガジンを取り出すと、それをグリップへ差し込みーースライドを後方へ引いて放しーー撃鉄ハンマーを起こし、初弾を薬室チェンバーに装填させる。


 そして、その銀色の銃口は、こちらに風を切って迫る異形の巨躯へと向けた。奈々だからこそ視認出来た、ある一点ーー微細な亀裂が生じていた、目の間と鼻を結ぶ点ーーすなわち、脳幹の部分へ。



 次の瞬間、夜気を震わす銃声がその場にいた全員の耳朶を打った。同時に、排出された空薬莢エンプティ・ケースが地面に乾いた音を立てた。



 世界最強の拳銃弾は大気を灼きながら、眼前まで迫りつつあった巨躯の首から上を熟柿の如く微塵に粉砕した。頭部を吹き飛ばされた反動で後ろめりになった首から下も、大地に倒れるや否や、一気に灰と化して四散した。





「・・・不完全とはいえ、よく持った方かな」



 そう呟いたバートレットに今度は銃口をポイントさせながら奈々が、


「諦めてこちらの指示に従えば、とりあえず命の保証だけは約束するけど、どうする?」


「有能なサポーターに、超越した戦闘力・・・むしろ、貴女こそ真の怪物ですね。ますます気に入りました。でも、残念ですが、その要求には応じられませんーーいずれ、また逢いましょう」


「それは残念ね。あいにく、“二度目”はないわ」



 その言葉が終わらないうちに奈々はためらいなく引き金を引いた。再び、轟音が夜気を切り裂いた。端から身柄確保など念頭に無かったかの如く、容赦ない第二弾は確実にバートレットの心臓を貫いたーーかに見えた。



 奈々の美しい眼が細まった。




 その視線の先で、相変わらず不敵な微笑みに揺れるバートレット。その右胸に飾られた、一輪の蒼い薔薇の中央ーー花芯の奥深くから、何かが蠢いたのを見逃さなかった。



 そして、バートレットがその薔薇に囁いた言葉も聞き逃さなかった。










「“骸骨蝶”ーー君たちの出番だよ」







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