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第3章/悪鬼跳梁


 突然、この場にいないはずの声がどこからともなく挙がったと同時に、三人を取り囲むように数人の人影が周囲の草むらから湧いて出てきた。




 全員、中肉中背の男達。ジャージ姿やつなぎの作業服等、服装はバラバラだったが、その顔を不気味なピエロのラバーマスクで隠していた。その額の中央あたりにコウモリらしきマークが刻印されていた。そして、彼らの右手には拳銃。黒い銃口が三人に不可視の直線を引いていた。



「誰だ、てめぇら!」


 巨漢の男が白髪混じりを庇うように前に出た。その右手は既に上衣の内側へ吸い込まれていた。



「その事件の犯人、二人とも俺たちの知り合いでさ、最近、今までにキメたことがねぇ新しい薬にハマってるって、たまたま聞いてたんだよ。で、いろいろアブねえ橋渡って調べてみたら、ここにたどり着いたってワケさ、伯井組の組長さん。だから、その“アカバチ”ってヤツ、俺たちにもくれねー?」



「なんだとぉ・・・」



 白髪混じりの眉間に青筋が浮かんだ。



「遊び程度なら見逃してやるが、売買の邪魔をするつもりなら・・・ケツモチ(仕切り)の掟を知らねえのか、それとも単なるバカか、いずれにしてもタダじゃ済まさねえぞ、ガキども」



 その時だった。


「ーーいいでしょう。君達にも差し上げましょう。その代わり双方共、私に此処で今、“本気”を見せて下さい。こちらは残った方と話をしましょう」


 眼鏡の男の突然の提案に、ラバーマスクの男達も、そして今の今まで取引の話を進めていた二人の男も、驚きを隠せない。




「ど・・・どういうつもりだ、あんた!?」


 白髪混じりーー伯井の顔が驚愕に歪みながら、眼前の眼鏡の男を睨みつけた。




「貴方は我々と最初に交わしたルールに抵触されました。我々の素姓は勿論、このドラッグの効能以外について一切質問をしない・・・それを破った時点であなた方との取引は白紙に戻させていただきます。ただし、一回だけチャンスを与えます。貴方の本気が本物かどうか、彼らを相手に今此処で私に証明してくださいーーこのドラッグを使ってね」



 「・・・テメェ・・・絵図描きやがったな」



 伯井は、この不良グループに情報をリークしたのも眼前の“代理人”を名乗る、この白人ではないかと感じた。


 初めて逢った時から感じた得体の知れない不気味さと、それでいて妙に紳士な振る舞いを見せる、その二つのギャップがこれまで伯井の精神に昏い翳を落としてきたのだが、ここへ来てようやく、この外国人が本性を露わにしたと、確信に至ったのだ。





 そもそも、こんなことをして奴に一体何のメリットがあるのかーーそのあたり、伯井には皆目見当がつかなかった。だが、この眼鏡の男には自分達のような裏の世界に生きてる人間とは根本的に違う何かを孕んでいるように思えて仕方なかったのだ。





「おい、そこのガイジンさんよぉ」




 ここで、ラバーマスクの一人が眼鏡の“代理人”に近付いて来た。銃口はまっすぐに眼鏡の上の眉間にポイントさせている。



「さっきから黙って聞いてりゃ・・・今、どういう状況か、分かってねぇみたいだな」



 そう告げながら、マスクは“代理人”の胸ぐらに手を掛けたーーその瞬間、






「立ち位置を分かってないのは君の方だーーさようなら」











 そう告げられた瞬間、マスクの男の身体はまるで体内爆発を起こしたみたいに四散した。血肉の霧が夜気を赤黒く染め、大地をぐしゃりと叩く。男達の足元近くにまで飛び散った血塊の欠片に、眼鏡の男を除く全員の表情が一気に変わった。



「これで、五対二から四対二。これ以上の無駄な戦力の喪失は避けた方がよいですね」



 まるで悪戯好きな子供を諭す穏やかな教師のような語り口。しかも、不思議なことにあれだけの至近距離にして返り血を全く浴びていない。







 (ーー何なんだ、今のは。どうやってバラした?しかも、あんな一瞬のうちに・・・何者だ、こいつ・・・)







 否、こいつは悪魔だ。遥か昔から、人間達の心を揺さぶり続けてきた悪魔そのものに違いない。あいつなら、老若男女問わず、躊躇うことなく、虫けらのように殺しまくるだろう。そして、その端正な美貌に至高の喜びを刻み込むだろう。





「・・・こうなりゃ、やるしかねぇな」





 伯井の疑問をよそに、対するラバーマスクの残り四人はついに覚悟を決めたようだ。その足元へ、赤黒い液体の入ったマウス・スプレーのような容器が四本、放られた。




「それが“アカバチ”のリキッド・タイプです。容器の先端に付いてる針を首筋の静脈に刺して、一気に内部の薬液を押し出せばよいです」



 不気味に微笑む眼鏡の“代理人”。まるで思惑通りに事が運ぶことに笑いを押し殺しているように見えた。




 そして、さらに思惑通りに、ラバーマスクの四人が足元に落ちていた“アカバチ”をゆっくりと拾った。




 それを自らの首筋に、その容器の先端をゆっくりと近付けーー針を食い込ませた瞬間、容器の底を親指でゆっくりと押し当てーー容器の中の赤黒い液体がゆっくりと消えてゆく。




 注射をして三十秒後、ラバーマスク達の肉体に早速異変が生じた。



 男たちが突然、マスクを脱ぎ捨てるや否や、暴れ出した。


 全身に走ったのは快感ではなく、凄まじいまでの地獄のような苦痛。まるで、肉体の内側から見えない獣か何かに内臓全てを咀嚼されてるような激痛が貫く。熱い。火のような熱塊を押し当てられたような熱さが男達を襲う。




 だがーー突然、男達の表情が一気に苦悶のそれから、満面の笑みへと変貌した。



 そして、それまで閉じられていた両目がゆっくりと、その瞼を押し上げた。血の色に染まった瞳にもはや理性の光は認められなかった。



 そんな男達の変貌ぶりに言葉をなくしていた伯井に次の瞬間、予想外の事が起きた。




 それまで自分を庇うように前に立っていた巨漢が、こちらに振り返りざま、伯井が手にしていた“アカバチ”をいきなり奪い取ったのだ。



「おい!何をするんだ!?」


「・・・組長、すいません!」


 巨漢の顔に刻まれた決意の表情に、伯井の脳裏にある予感が働いた。まさかーー



「まさか、お前・・・よ、よせっ!!」




 伯井がそう叫んだ時、巨漢は既に空っぽになった容器を大地に捨てたところだった。





 次の瞬間、巨漢の口から絶叫がほとばしった。同時に、その鍛えられた巨躯のあちこちから有り得ない音が漏れ聞こえてきたのだ。


 何かが捻れる音。何かが千切れる音。そしてーー何かが膨れ上がる音。






 その夜気を震わす音響は、伯井は勿論、既に“アカバチ”によって変貌したラバーマスクの四人すらも四足獣の如く跳躍寸前の姿勢を取りながらも、その動きを止めさせていた。



 だが、絶叫が止んだ瞬間ーー四匹の獣達がバネに弾かれたように一気に宙に躍った。





 不気味に立ち尽くしたまま、身動きひとつ微動だにしない巨躯に躍り掛かったラバーマスク達。首筋に、背中に、両肘に鋭く尖った犬歯を思いっきり突き立てた。





 その刹那、巨漢の両目がようやく開いたーー漆黒に染まりながら。





 同時に、ラバーマスクの男たちの口から苦鳴が漏れた。そして、男たちの身体が突然、巨大な牙のようなものに刺し貫かれた。やがて、灰と化す男たち。その死骸が滑るように大地に落ちたあとに、伯井は見たーー巨漢の身体のあちこちから生えだした、牙のような鋭い突起物の存在を。









 ーー眼前に立っているのは・・・こいつはもう、俺の知っている組員じゃない。否、もはや、人間ではあり得ない。








「意外とあっけない幕切れでしたね。もう少し、楽しめるかと思ってましたが・・・期待外れでした」



 それまで戦いの様子を見物していた眼鏡の男に、



「な・・・おい、もうこれではっきりしただろ?さっさとコイツを元に戻してくれ!」



 懇願する伯井に眼鏡の男は、




「残念ですが、彼は元に戻れません」



「な、なんだとぉ・・・」



 怒りと驚愕に歪む伯井。




「あのマスクの四人が第二形態ノスフェラトゥレベルだったのに対して、貴方の可愛い部下は一時的とはいえ、最終形態ドラクリアレベルにまで変貌を遂げた。でも、所詮、限界に耐えられなかったようです。お気の毒ですが、彼はもう元に戻れません」








 何なんだ・・・ノスフェラトゥとか、ドラクリアとか。訳がわからない。伯井の精神は完全に崩壊寸前まで追い込まれていた。






 俺は・・・ここで死ぬのか。こんな化け物と化した子分に、ズタズタにされて殺されるのか。わずか数百メートル先には、自分達の生きて来た世界が今も確実に存在するのに・・・此処は、完全に違う別世界だ。











 その瞬間、伯井の精神が壊れた。ギリギリまで保ってきた理性も見事に弾け飛んだ。やがて、へらへらと笑い始めた。












「あーあ、完全に壊れましたね。仕方ありません。一気にとどめを刺してあげなさい」







 眼鏡の男の言葉だけは理解出来るのか、巨漢は眼下で崩れ落ちながら不気味に笑い続けている伯井に向かって、右手を大きく振り上げた。




 そして、その巨腕が伯井の頭頂に振り下ろされた瞬間ーー


















 突如、暗闇に眼も眩む程の銀光が一閃した。


















「ーーおや、これは意外な客人ですね」




 不敵に微笑む眼鏡の男。その視線の先にはーー






















「ーー随分と騒がしい夜ね」




 しなやかな肢体を漆黒のボディスーツで包んだ、レイヤードショートの美女がそこにいた。その右手には刃渡り1・5メートル程の、揺らめく炎を思わす波型の長剣が握られている。





「その特徴のある長剣・・・もしや、貴女は混血ブレンドのーー」











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