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第1章/真夜中の邂逅




 




 脳のなかで一瞬、得体の知れない何かが鋭い爪を立てた。












 深夜1時半ーー真壁亜理沙の身を突然ベッドから起き上がらせたもの、それは生まれて初めて感じた、「死」を意識させる程の恐怖そのものであった。その証拠とでもいうべきか、顔中に汗が光る粒を結んでいた。





 悪夢にうなされていたわけではない。突然、水面に垂らした墨の一滴の如く、外部から意識のなかへと流れ込んできたものが亜理沙を睡眠状態から一気に現実へと引きずり出した。そんな感覚だった。



 その言い知れぬ予感の矛先は、すぐに眼前のドアと通路を挟んだ向かい側の部屋ーー大学生の姉・美奈子へと向けられた。







(・・・何か・・・何かがいる・・・)











 「誰か」ではなく、「何か」と感じたこと、そんな直感を抱いたことに亜理沙は自分自身が怖くなった。それは人ではないことを意味しているのか?そもそも、なんでそんな感覚に陥ったのか?








 そんな亜理沙の不安に呼応するように、ドアの向こうから掠れた声が耳朶を打った。







「お姉ちゃん!?」



 次の瞬間、催眠術から解けたかのようにふらふらになりながら立ち上がった亜理沙は、自室のドアを抜け、向かい側の美奈子の部屋の前に立った。





 ドアとのわずかな隙間が開いていた。部屋の灯りは消えていたが、何処かから差し込む月の光がうっすらと室内を浮かび上がらせていた。




 そして、風の音が聞こえてきたーーベランダからだ。年末近いこの時季とこんな時間にベランダを全開にしてるはずはなかった。





 その室内に流れ込む夜風と混じり込むように、あの怖気を誘う不気味な「気」が肌を撫でてゆく。再び硬直させられる亜理沙。



 




 ーー間違いない。姉の部屋に今、姉以外に危険極まりない何かが潜んでいる。あの、背筋をつうと走るような、おぞましく冷気のような感覚の発現点は恐らくその「何か」に違いない。



 意を決した亜理沙は、ドアノブにゆっくりと手をかけ、次の瞬間一気に回しドアを押し開けた。

















 亜理沙の視界に飛び込んできたのは、有り得ぬ光景と有り得ぬ存在の二つだった。






 前者は、室内中央に仰向けに倒れたままの美奈子。艶やかな黒のロングストレートから覗く白い首筋には二つの黒い窪み。その穿たれた小さい穴から滴り落ちてゆく朱色の線を認め思わず声が上がりそうになった。









 そして、視線はゆっくりと上へ・・・












 カーテンが大きく開け放たれ、そこから身を切るような冬の凍気が風と共に部屋を駆け巡るなか、残る「後者」ーー眼前に佇む一人のシルエットが亜理沙を硬直させた。






 平均身長より高めの自分すら遥かに睥睨される程の身の丈、月の光でも鮮やかに輝くロングのハイレイヤーの赤毛、そしてまるで闇そのものを纏ったような襟の長いロングコートを夜風になびかせる姿は遥か昔に映画か漫画で見た、あるモンスターのイメージを想起させずにいられなかった。





 その頭のあたりで爛々と紅く濡れ光る二つの光点ーー気付いた時には遅かった。脳が痺れるような感覚に襲われ、徐々に意識が遠退く。




 そんな状態のなかで、亜理沙の耳孔に届く声ーーその怨嗟に満ちた声音は亜理沙を一層恐怖でがんじがらめにした。








「・・・何故、だ・・・何故・・・」




 眼前の赤毛の女の口から漏れ聞こえてきたのは限りない憎悪と底知れぬ苛立ち。その口腔から見え隠れするのは、鋭く尖った一際長い二本の杭の如き牙。その先端と口の端を染めていたのが姉の血と気付いた瞬間、その意識は完全に深淵の闇に堕ちていった。





垂直に崩れ落ちた亜理沙を見た赤毛の女は、


「丁度いい・・・この満たされぬ苛立ちと餓え、貴様の血で贖ってもらうぞ・・・」









 そう告げながら、女は口元を手の甲で拭いながら亜理沙に近付き、その身体を抱き起こした。抱き起こされた拍子に、その白い首筋がまるで女の意図を察したように露わになった。





 その肌の下を葉脈のように流れる管とその内部を満たす甘美なる命の源を認め、再びその両眼は紅く輝き、牙がさらに伸びた。








 そして、その二本の白い杭が亜理沙の首筋に打ち込まれようとした次の瞬間ーー










 その視界を突然、眼も眩むような白い閃光が叩いた。










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