アモンティリャードの樽
フォルトゥナートという男のせいで、これまで幾度となく痛い思いをさせられてきたが、それでもどうにか堪えてきた。だが、あいつは遂に傍若無人たる態度で僕のことを侮辱したのである。復讐を誓ったのはその時のことだ。
僕の人柄をよく知る者なら、僕がそんな恐ろしいことを口するとは夢にも思わなかっただろう。それでも、復讐を果たそうと漸く心に決めたのである。これだけは絶対に譲れない……もちろん、想定され得る危険は全て排除した上で、この確固たる誓いを立てたのである。
単に罰を与えるだけでは駄目だ。あいつを罰するとしても、僕自身が罪に問われないようにしなければ。悪行を正そうとする者が相手にやり返されてしまっては、悪が跋扈り続けるだけだからだ。また、復讐するにしても、あいつ自分が悪であることを理解させてやらなければ、悪行が正されたことにはならないのである。
これだけは知っておいてもらいたいが、復讐を決めてからというもの、僕は言葉遣いや振る舞いの一つ一つにまで気を配ってきた。仮初めの好意をフォルトゥナートに悟られぬようにだ。お決まりのように、あいつに笑顔を向け続けた。目の前の微笑みが「あいつの死」を願ってのものだったとは、あいつも最後まで気付きはしなかった。
畏敬の念を向けられることもあれば、それと同じくらいに恐れられていた……あいつ、つまりフォルトゥナートはそんな人間なのだが、それでも一つだけ弱みがある。あいつは葡萄酒の目利きにだけは強い誇りを持っていたのだ。伊邦人には真に芸術に精通している人間なんてのは殆んどいない。連中の多くは英国人や墺州人の金持ちを詐欺にかけることに心血を注いでいる。フォルトゥナートも同邦人と同じく絵画や宝石類については偽物師だったが、年代物の古い葡萄酒のことになるとは真剣真摯になるのである。このことについて言えば、根っ子のところでは僕もあいつと変わらない……なにしろ伊邦の葡萄酒、特に年代物には僕も一家言あって、買える時には大量に買い漁るほどだった。
さて、件の「友人」に相見えたのは謝肉祭の熱狂も最高潮という日の夕暮れ時のことだった。あいつは酒をたらふく呑んでいたらしく、ひどく上機嫌な調子で僕に声を掛けてきた。格好を見ると道化師が着るようなガチャガチャした色の服を纏っていた。色取り取りの縞模様が並んだピッチリとした衣服に身を包み、頭の上には鈴のついた円錐形の帽子が聳えている。その姿を見るなり僕はなんとも嬉しくなり、決して離すまいとその手を固く握るのだった。
それから、あいつに向かってこう話し始めた……
「やあ、フォルトゥナートじゃないか。こんなところで会えるなんて、まさに渡りに船というやつだな。今日は随分と顔色が良いようで結構、けっこう。まあ、聞いてくれ。実はさ、酒樽を手に入れたんだがね、中身は熟成高級酒らしい。だけど、いや、どうにも疑わしくてね。」
「何だって?」と、あいつは声を上げた。
「アモンティリャードが、まるまる一つ大樽で? そんなはずあるか! いいか、今は謝肉祭の真っ只中だぞ!」
「やっぱり、変だよな」と、僕も言葉を返す。
「ああ、馬鹿なことをしたな。買う前に君に相談すれば良かった。アモンティリャードの代金を、それも大樽一杯分も支払う羽目になるなんて。でも、なかなか君が見つからなくてね。でも、今買わないと掘り出し物が無くなってしまう、と臆病になる僕の気持ちも分かるだろ。」
「いやだって、アモンティリャードだぞ!」
「ああ、確かに胡散臭い話だったよ。」
「本当にアモンティリャードだと、そう言われたのか!?」
「だから僕もはっきりさせたいんだよ。」
「だってアモンティリャードだぞ!」
「まあ、君はどうにも忙しいそうだから、ルッケージ君のところに行くとするよ。葡萄酒の目利きと言えば、他には彼ぐらいのものだからね。彼ならきっと教えてくれる……」
「ルッケージの野郎に、ただのシェリー酒とアモンティリャードの見分けなんぞついてたまるか。」
「でも、酒を見る目は君にも匹敵する、と言って聞かない連中が未だにいるらしいけど。」
「なら行こう、さあ行くぞ。」
「どこへ?」
「お前の屋敷の酒蔵にだよ。」
「いやいや、駄目だ。それじゃまるで君の善意につけ込んでるみたいじゃないか。それに用事があるんだろう。だからルッケージのところにさ……」
「用事なんて無いさ……だから行くぞ。」
「駄目だよ。用事は無くてもさ、君、風邪引いて体調悪いんだろ。それくらい分かるさ。うちの酒蔵は地下にあるから、我慢できないくらいジメジメしてるんだぜ。床も壁もそこら中が硝石で覆われてるしさ。」
「それでも行こう。風邪なんて何ともないさ。なにしろアモンティリャードだぜ! お前、担がれたんだよ。それにルッケージにしてもな、あいつなんかにシェリー酒とアモンティリャードの区別なんてつくわけがないだろ。」
そうやって話していると、フォルトゥナートが僕の腕にしがみついてきた。僕は黒い絹の仮面を被り、長い外套を引き寄せて身体をピタリと包み込む。そしてそのまま、あいつが急かすに身を任せて我が屋敷へと向かうのだった。
屋敷には召使いも誰もいなかった。というのも折角の謝肉祭なので、お祝い気分で陽気に過ごそうと皆散り散りに出ていったらしい。僕は出掛ける前、召使い達に「朝までは戻らない」と伝え、その上で「屋敷からは出ないように」とはっきり釘を指しておいた。こんな風に命じておけば、僕が屋敷を後にした途端、召使いたちは一人と言わず皆すぐに姿を消すのである。そうなることは、僕も十二分に理解していた。
壁から張り出した燭台から松明を二つ取り、一つをフォルトゥナートに渡す。それから幾つもの部屋を通り過ぎ、頭を下げながら地下の酒蔵へと続く狭い通路へと案内した。後ろから付いてくるよう注意を促ししつつ、長く曲がりくねった階段を下りていく。そして漸く階段の最深部に辿り着き、モントレゾール家の地下墳墓の湿った土の上にお互い足を下ろしたのだった。
我が友人の足取りはフラフラと定まらず、大股で歩く度に帽子の鈴が音を鳴らした。
「酒樽は……」と、あいつが呟く。
「もっと奥さ」と僕は答えた。
「でも、蜘蛛の巣みたいな真っ白いのには注意してくれよ。これだよ、洞窟の壁で微かに光ってるやつだ。」
すると、あいつは僕の方を振り返るなり、霞んだ両の眼球で、僕の目を覗き込んだ。酩酊で目元に滲んでいた目脂はもう乾いてしまっている。
「こりゃ、硝石か?」と、暫くしてからあいつは尋ねた。
「硝石さ」と僕は返す。
「ところで、いつ頃からそんなに咳き込むようになったのさ?」
「ごほん、ごほん、ごほん!……ゴホ、ゴホ、ゴホ!……エホ、エホ、エホ!……ごほん! ごほん! ごほん!」
この哀れな友人は、しばらくの間、返事も出来そうに無かった。しかしそれでも、「何でもないさ」と答えるのだった。
「来なよ。」と、僕も遂に覚悟を決めた。
「戻ろう。だって君の身体の方が大事じゃないか。お金持ちで、評判も良いし、皆が尊敬する素晴らしい人間だ。幸せ者さ、昔の僕みたいにね。もしものことがあったら悲しいだろう。アモンティリャードなんて別にどうでもいいじゃないか。さあ、戻ろう。今に悪くなるぞ。僕に責任は持てないし、それにルッケージがいるじゃ……」
「ご託はもう沢山だ」と、あいつは言い放った。
「こんな咳なんて屁でも無い。死にゃしないさ。咳なんかで死んでたまるか。」
「そりゃあ、そうだけどさ……」私はそう返す。
「いやなにも、訳もなく不安にさせるつもりは無いんだよ……でも、出来るなら用心くらいはすべきだろ。そうだ、メドック産の葡萄酒があるんだ。こいつでジメジメとした気を吹き飛ばそうじゃないか。」
黴臭い地面に並ぶ酒瓶の列から、メドックを一瓶ほど引っ張り出し、僕はそのまま瓶の頭を叩き飛ばした。
「さ、飲みなよ」
葡萄酒を差し出しながら僕は言う。あいつは嫌らしい目付きのまま、それを唇まで持ち上げた。かと思えば途中で動きを止め、鈴の音を鳴らしながら僕に向かって馴れ馴れしく会釈をする。
「いただくよ。ここらの土の下で眠る死者の冥福を祈ってな。」と、あいつは言った。
「なら、僕は君の長寿を願おう。」
あいつが僕の腕を再び掴むと、僕達は奥の方へと歩みを進めた。
「この酒蔵は……」と、あいつが呟く。
「……随分と広いな。」
「モントレゾール家は、何人もの名士を輩出した名門だったからね。」と、その呟きに答える。
「お前の家の紋章、ありゃどんなんだったっけな」
「淡青色の原野に立つ黄金色の巨人の足さ。その踵に邪悪な大蛇が牙を喰い込ませるものの、その足は荒々しく蛇を踏みつぶす。」
「家訓は?」
「Nemo me impune lacessit……我に歯向かう者は必ず罰せられん……」
「なるほど!」と、あいつは大声を上げた。
さっき飲んだ葡萄酒が、あいつの瞳の中で煌めき、鈴が音を鳴らす。メドックのおかげで僕の気まぐれな空想も熱を帯びてきた。
骸骨の積み上げられた長い壁を過ぎ、大小の酒樽が雑多に並ぶのを横目に、僕達は地下埋葬所の奥深くへと足を進めて行った。それから再び立ち止まる。この時、思いきって二の腕でフォルトゥナートを押さえつけた。
「ほら、硝石だ!」と、僕は声を上げる。
「見なよ、さっきのところよりも量が増えてるだろ。天井にも苔みたいに張り付いてる。ここは川底の真下だから、川の水が雫になって骨の周りに滴り落ちてるんだな。なあ、戻ろうよ、手遅れになる前に帰ろう。君の咳が……」
「どうってことないさ。」と、あいつは言う。
「さあ、また進むぞ。だが、まずはメドックをもう一杯。」
僕は腕を放して、デ・グラーヴ産のワインが入った酒壺をあいつの前に差し出した。あいつはそれを一息に飲み干すと、その瞳に荒々しい輝きを灯し始めた。そして声を立てて笑い、わけの分からぬほど興奮しながら酒壺を頭上に放り投げた。
その様子に驚いた僕は、ただ見ているだけだった。あいつはまたその……異様で奇妙な動作を繰り返した。
「全然わかってないな?」と、あいつが聞いてくる。
「ああ、うん。」と、僕は返す。
「なら、お前は同志じゃないな。」
「どういうことだ?」
「お前はフリーメイソンじゃないってことだよ。」
「ああ、いや、違うんだ。」と言って僕はあいつの言葉を否定する。
「いや、僕もそのお仲間なのさ。」
「お前が? そんなわけあるか! メイソンなのか?」
「メイソンさ。」
そう僕は言ってのけた。
「証拠は?」と、あいつは詰める。
「証拠を見せろよ。」
「見なよ。」
僕はそう答えるなり、外套の折れ目の下から石工鏝を取り出した。
「ば、馬鹿にしやがって。」
二、三歩、後退りながら、あいつは叫んだ。
「もういい、さっさと行くぞ。とにかくアモンティリャードだ。」
「ま、そうだね。」
僕はそう言いながら、石工鏝を外套の下に仕舞い込んで、あいつに再び手を差し伸べた。あいつは僕の腕に重く寄り掛って来る。そうして僕達はアモンティリャード探しを続けた。天井の低い迫持を幾度も抜け、下って、進んで、そしてまた下る。そんな風にして深奥の地下聖堂に辿り着いたのだった。空気が淀んでいるせいか、手にしていた松明は燃え上がることもなく、じんわりと光を放っていた。
その聖堂からかなり離れた突き当たりの方に目を向けると、あまり大きくない霊廟がもう一つ姿を見せていた。霊廟の壁には遺骨が並べられている。天井近くまで骨が積み上げられているのは、壮大なパリの地下墓所ではよく見られる様式だ。ひっそりと隠れるように建てられたこの霊廟の側壁三面には、そうした装飾がまだ残っていたが、四つ目の壁からは骸骨が剥がれ落ちて地面の上で無造作に横たわっていた。その堆く重なった遺骨の山もある意味、墳墓の様相を為しているようだった。
骸骨が取れ落ち剥き出しになっている壁を見ると、もう少し奥まったところに窪みがあった。深さにして凡そ四尺、幅は三尺、高さは六尺もしくは七尺の狭い壁龕である。その窪みは何か特別な目的があって造られたのでは無いらしく、埋葬所の天井を支える幾本もの巨大な柱のうちの二つの支柱、その間に出来た隙間に過ぎなかった。そして堅い御影石で出来た周りの壁がその窪みの背を成していた。
仄明い篝火を高く持ち上げ、フォルトゥナートは徒らにその窪みの深さを調べようとしたが、弱々しい光では暗がりの果てを目にすることもできなかった。
「行こう。」と言ったのは僕だった。
「この中にアモンティリャードがあるんだ。ルッケージだったら……」
「あいつは何も分かりやしないさ」
言葉を遮ったのは僕の友人だった。
あいつは覚束ぬ足取りで前へ前へと進んで行き、僕はそのすぐ後ろにピタリと付いて行った。そして直ぐに、あいつは窪みの最奥へと行き着いた。岩壁で行き止まりになっていることに気がついたフォルトゥナートは、当惑しながらそのまま愚かしく立ち尽してしまっていた。その瞬間、僕は鎖で、あいつを御影石の壁に縛り付けた。
壁面には鉄の鎹が二つ、水平方向に打ち込まれていて、その間は二尺ほど離れていた。そして一方の鎹には短い鎖が垂れ下がり、もう一方には錠前が付いている。僕はその鎖をあいつの腰に巻き付け、そのまま瞬く間に壁にしっかりと縛り付けた。あいつは酷く肝を潰して、抵抗することすら出来なかった。錠前から鍵を引き抜きながら僕は後退り、そして窪みから距離を置いた。
「両手を伸ばせよ。」と言い放つ。
「壁一杯にね。どうだ、硝石を感じずにはいられないだろう。全く、酷い湿気だ。なあ、もう一度、忠告させてくれよ。『もう帰った方がいいよ』ってね。え、なんだい、『断る』だって? 分かったよ、喜んで置いていくとしよう。でも、その前に人目に付かないようにしないと。力尽くでもね。」
「アモンティリャードはどうした!」
そう絶叫する僕の友人は、驚愕のあまり未だに正気を取り戻していないようだった。
「そうだったね。」私は答えた。
「アモンティリャードだった。」
そんなことを言いながら、前に言及した骸骨の山の周りで僕は忙しなく作業をしていた。骸骨を脇に退けると直ぐに、その下から大量の石材と石膏が姿を現す。この石と土塊に石工鏝を交えて、僕は窪みの入口をせっせと塞ぎ始めた。
フォルトゥナートの酔いはほとんど醒めてきていた。それに気付いたのは、辛うじて一段目の石煉瓦を積み終えたかというところだった。最初に気付いたのは、窪みの奥から聞こえる低く呻くような泣声だった。酔っ払いらしからぬ泣声だ。それから長い、一途な沈黙が続いた。僕は二段目の石煉瓦を積み、そのまま三段目、四段目と積み上げていった。その時耳にしたのは、怒りに狂ったような鎖の震える音である。耳障りなその音はかなり長く続いた。その間、僕は作業を中断して骸骨の上に腰掛けていたのだが、思えば至極満足した心持ちで聞き入っていたのかもしれない。しばらくして鎖の音が静かになってから、再び鏝を手にする。そして五段目、六段目、七段目と、邪魔されることも無く積み終わり、石壁は今や僕の胸元近い高さになっていた。ここでまた手を止めて、造りかけの石壁を跨ぐように松明を掲げる。そして仄かな光で暗がりの中の人影を照らし出した。
一続きの大きく、甲高い叫び声。鎖で繋がれた人影の喉元から、突如として弾け出る。まるで乱暴で以て、僕を後ろへ押しやろうとしているかのようであった。ほんの束の間ではあったが、僕は躊躇いだ。震え慄いた。そこで突剣を鞘から抜き、その剣先で窪みの中を探ってみる。この咄嗟の思いつきのおかげで随分、冷静になることができた。
地下祭堂の堅い岩肌に手を置くと、胸が満たされていくのを感じる。そして再び石の壁に近づき、あの男の男の喧しい叫び声に向かって返事を呉れてやった。叫び声を何度も何度も返してやり、向こうにも叫び返すように喚き立てた。声の大きさでも強さでも、僕はあいつの叫びを凌駕していた。そんなことをしていると、五月蝿く吼えていた男も黙ってしまっていた。
今やもう真夜中で、仕事も終盤に差し掛かっていた。八段目、九段目、十段目を完成させて、最後の段、つまり十一段目をあらかた積み終えたところだった。後は石膏を塗った石煉瓦一つ分の隙間だけが残っているだけだ。石の重さに苦戦しながら、その定められた隙間に石煉瓦を置こうとしたその時、窪みの奥から低い笑い声が飛び出し、ふと髪の毛が逆立つのを感じた。
その笑い声の後には悲しげな声が零れたのだが、それがあの気位の高いフォルトゥナートのものだとはすぐには理解できなかった。
そして、声は語った――。
「ハハハ!……ヒヒヒ!……とても良い冗談だ、本当に……素晴らしい戯れだよ。こいつを肴に、屋敷で大いに楽しく笑い合おうじゃないか……ヒヒヒ!……葡萄酒を交わしながらな……ヘヘヘ!」
「アモンティリャードでね!」
僕はそう付け加える。
「ヒヒヒ!……ヘヘヘ!……そうそう、アモンティリャードでな。だが、随分と遅いようじゃないか? 家の連中は屋敷で俺達を待ってるんじゃないのか、フォルトゥナート夫人やその他の衆がさ。なあ、こんなとこ出て帰ろうぜ。」
「ああ、わかったよ。」と、僕は言った。
「じゃあ、帰ろうか。」
「そうだよ、後生だ。一生のお願いだ、モントレゾール!」
「そうだね。」と、僕は言った。
「一生のお願いだね!」
それから耳を澄ませるが、あいつの声は返ってこない。僕は我慢できなくなって、はっきり聞こえるように呼び掛けた……
「フォルトゥナート!」
返事は無い。僕は再びその名を呼ぶ……
「フォルトゥナート!」
依然として返事は無い。僕は石煉瓦の壁の最後の隙間から松明を押し込み、窪みの中に落とし込んだ。だが、返って来たのは鈴の音だけだった。
胸が痛み始める。地下墓地の湿気のせいだ。急いで仕事を終わらせよう。最後の石煉瓦をあるべき場所に押し込み、その上から石膏を塗り広げる。そして真新しい石造りの壁の前に、骸骨で出来た古い塁壁を再び築き上げた。
あれから半世紀の間、誰一人として彼ら亡者の眠りを妨げる者はいない。
In pace requiescat――死者よ、安らかに眠れ!
原著:「The Cask of Amontillado」(1846)
原著者:Edgar Allan Poe (1809-1849)
(E. A. Poeの著作権保護期間が満了していることをここに書き添えておきます。)
翻訳者:着地した鶏
底本:「The Cask of Amontillado」(Project Gutenberg)
初訳公開:2012年1月21日
大改稿:2021年9月20日(誤訳が多かったため)