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中途編入試験1

「もう一度言ってくれ……」


「だから……編入するにはそれ相応の実力を見せなくちゃいけないのよ」


 電車を乗り変え、新幹線で東京へ、更に電車を使って能力者が集まる学園近くへと移動した。

 既に八重樫を出て4時間ほど。

 新幹線で大分時間が短縮されたのにも拘らず、東京と八重樫は遠かった。

 電車の規則的な振動はあまりよろしくない。

 火之迦も御影も黎も、何所か疲れた顔をしている。

 そんな時だ。

 火之迦が思い出したように、黎に言った。


「そういえば、編入の時に試験あるから」


「はぁ?」


 といった具合に。

 それから、冒頭のセリフに繋がる。

 国直々のスカウトと訊けば、入学金免除やら学費免除などという誰でも直ぐに思い浮かべる特典がある事を御影から聞いていた黎だったが、編入の為のテストがある事は聴いていなかったし、訊かなかった。

 どちらにも非はあるので、黎は怒るに怒れなかった。

 唯でさえ、八つ当たりのような罵倒を浴びせ、少なからず罪悪感という物を感じていたのだから。


「ごめんなさい雨宮君。 私もすっかり忘れてて……」


「あぁ、いえ、別に……訊かなかった自分も悪かったですし……」


 シュンとして、申し訳なさそうに言う御影に対し、黎は溜息を吐きつつ諦めたように言った。

 スカウト方法が『いきなり襲う』という突飛な事だった為。

 その程度の事は驚くに値しないと黎は内心思っていた。


「何で御影さんにはそんなに甘いのよ」


「お前……人を文字通り焼死体にし掛けた奴に好感が持てる訳ないだろ?」


 コイツ何言ってるんだ?

 というジト目の表情で、火之迦を見据え返答する。

 狭量、という訳でもないが、よもや殺されかけた相手に好意を抱けるほど、黎は寛容でもないのだ。

 火之迦も黎の物言いと、自分の行いを思い返し、悪気はなかった物のもう少しやりようがあったかなぁ~と内心思いながら視線を逸らして、頬杖を突く。

 それから数分後、未だ自身も見慣れるとは言い難い学園の姿を視界に捕えた。

 埋立地に建てられた、半分海にせり出したような巨大な校舎。

 どれだけ莫大な資金を費やしたのかを訊きたくなるような広大な敷地。

 明嶺(みょうれい)学園。

 元々あった中高大学一貫……俗に言うエスカレーター学校を改築した所、というのが御影の説明だった。

 改築と言っても、ほぼ建て直したので新築といった方が正しい。

 本来ならば黎の偏差値では入れないであろう学校だったらしいが、能力者の学校として改築されてからは、ある程度の能力があれば入学する事が出来るようになっているのだという。

 何とも言い難いが、どうにも日本の偉い人達は、強い能力者を集めて、どうしても勝たなければならない事情という物があるらしい。

 それは一般生徒である火之迦や御影などには知らされていない。

 その理由はともかく、黎はその試験とやらを本気で通らなくてはならない事に思考が向いた。


「その試験ってのは何をするんだ?」


「学力試験か能力試験のどちらかを選べるわ。 ま、アンタは能力試験の方が受かる確率が高いでしょうね。

 私に一撃入れられるくらいなんだから」


 未だ少し痕が残っている頬を擦っている火之迦は、どこか嫌味ったらしい口調で黎に言った。

 それでも黎の受かる確率の高い方を掲示してくる辺り、根は素直なのだろう。


「そうですねぇ~、そう言えば雨宮君―――――」


「黎で良いです」


 黎は御影の言葉を遮って言う。

 黎にとって『雨宮』という姓は、両親を思い出してしまうのだ。

 だから黎は他人には名前で呼んで欲しいと言う。


「え、っと……黎、君?」


 おずおず、と探るような……そう、飼われ始めた小動物が飼い主の差し出す餌に鼻を鳴らすように御影は、はにかむように言う。

 そんな可愛らしい仕草に、思わずドキッとしてしまった。


「あ、照れた」


 沸き上がる熱が黎の頬を朱に染めるが、その光景を見た火之迦が『またか……』という表情をして、御影は未だ笑みを浮かべたまま。

 黎は火之迦の視線を目を瞑ってやり過ごし、仕切り直しをする。


「……ッ、んんッ、それで話の骨を折ったけど、なんですか? 羽藤センパイ?」


「私も御影でいいですよ?」


 またしても笑顔を向けられ、黎は視線を逸らしながら『わ、わかりました』と答えつつ、御影が問いかけようとしていた話を促す。


「それで、ですね? 黎君は火之迦ちゃんが言った通り、能力受験を受けると思うんですけど、黎君の能力ってどんな能力なんですか?

 能力試験の時に、その能力の名前とか効果とか掲示してもらわないといけないんです」


 御影の問いに心臓が跳ねる。

 それはそうだろう。

 黎は能力を持っていない。

 持っているのは黎の中に形成された人格達だ。

 そもそも能力は1人1つ、らしい。

 にも拘らず、黎は傍から見れば幾つもの能力を保有していると捕えられても仕方が無いのだ。

 だがそれを黙っていられる程、甘くはないだろう。

 隠してもいずれバレる。

 ならば自分から自己申告してしまった方がいい。

 黎は夏休みの宿題は出された日とその次の日くらいに片づけてしまうタイプだ。

 なので、もっともらしい能力を教えておく事にする。

 木の葉を隠すなら森の中。

 真実を隠すなら真実の更に中へ隠せばいい。


「俺の能力は突発的に能力を増やす事が出来る能力」


 アレコレ考えるながら思い付いたのがこの能力だ。


「「??」」


 黎の説明に、2人は要領を得ないと言った顔で首を傾げた。


「簡単に言うと、俺自身が予期しないタイミングで能力を閃く能力で、その閃いた能力を使う事が出来る」


「……それって、つまり幾つも能力を使う事が出来るって事?」


 端的に言えば、火之迦の言っている事で合っている。

 というか黎の思惑通りに誤解してくれたようで、黎は表情に出さないように安堵した。


「大まかにはそれで合ってる……でも良い事ばかりじゃない。 弱点がある」


「弱点、ですか?」


「?」


 またしても首を傾げる2人。

 そんな2人に、黎は弱点を挙げて行く。


「まずメリットは複数個の能力を持っている事、同時に複数の能力を使う事が出来る事。

 デメリットは自分のタイミングでは能力を覚えられない事、能力が俺自身と適合できないと劣化する事」


 それが雨宮黎という人間の中にある人格達が持っていた能力。

 その能力を発現する時こそ、別人格によって最大の能力を扱う事が出来る。

 だが、その相性が良ければ良いほど、黎という人格は他の人格に押し込められ、今回の事の発端である吸血鬼事件のような事になってしまうのだ。

 完全に能力を掌握し終えると、その人格は能力だけを残して消え去ってしまうという本人でも未だに理由が解らない状況に陥る。

 2人には話していないが、デメリットがもう一つある。

 それについては、人格達の事と共に語るまいと心に誓う。


「更に簡単に言えば、1人1つの能力という既存概念をぶち壊せる事。

 でも自分で好きな能力を好きな時に覚えられないし、俺個人のスペックに合わない能力は覚えても使えない。

 よしんば使えたとしても……鉄をも溶かす業火を操る能力が俺に合わなければ、100円ライターの火を出す程度に劣化する、といった具合だ。

 相性が良くても上限より強くはならないし、良過ぎるから現れるデメリットも……」


「相性が良くてデメリット、ですか?」


「……とにかく、そんな能力だ」


 黎はつい滑った口を止めるように御影の言葉を問いを濁した答えで返した。

 そのデメリットは適合し過ぎる事。

 適合し過ぎると言うのは裏を返せば馴染み過ぎる事を指す。

 つまりはその能力を持っている人格に引き摺られて、その人格の特性が肉体面で現れる。

 それは軽い物ならば髪。

 長さが変わったり、色が変わったり、他には瞳の色や肉体年齢もあるが、黎の一番恐れているのは性別さえ変わってしまう事だ。

 吸血鬼は特別相性が良かったから、実際に全力で使うと少女に変わってしまう。

 火之迦の訊いた噂の吸血鬼は女性だった。

 でも実際、火之迦が見つけた黎は男だった。

 しかも黎はよくよく見れば中性的な顔だったからこそ、火之迦は黎が女装していたと誤解したままに結論を出した。

 しかし、その根も葉もなくはない噂は事実を突いていた訳で……吸血鬼は本当に性別が女性だったというだけの事。

 嘘を吐いてはいるが真実は真実なのだから、本当の事がバレてしまっても責められはしないだろう。

 黎は罪悪感を感じつつも、徐々に速度を落としていく電車に揺られながら、目に飛び込んできた新たな学び舎の全容に溜息を吐いた。

 明嶺(みょうれい)学園という、広大で巨大な学園。

 デカい。

 ただひたすらにデカくて広かった。

 自分の居た高校とはお話にならないくらい。

 恐らく田舎の敷地の広さだけが取り柄だった、前に居た学校より5倍以上は広いであろう学園。


「ほら、降りるわよ」


「置いていっちゃいますよ~?」


 既に席を立った2人に急かされ、黎は急いで上の棚からボストンバックを降ろして電車を降りた。

 そのまま2人の背を追うようにして改札に切符を通し、自動化された改札機を通り過ぎてようやく目的地の学園へと付く。

 電車に乗っていた時には学園の大きさばかりに目を奪われていたが、駅の出入り口を抜けたところですぐに学園の正面に出て黎は気付いた。

 その学園には異常なほどに高い城壁のような外壁……塀が築かれていたのだ。

 25メートルはある。

 それはまるで一般人と軍人の境界を現わす軍基地、犯罪者の脱走を許さない刑務所を思い起こさせた。

 いや―――――

 黎は思う。

 まるで能力者の収容所のようだと。

 そう思っても黎には帰る場所はもう無い。

 八重樫の家はあるが、恐らくその家を処分する目的以外で訪れる事は無いだろう。

 でもそれには能力試験をパスする必要がある。

 黎は己に渇を入れるように、両の手で自分の顔を挟むように軽く叩いてから離れて行く2人の背を走って追った。






 人、人、人。

 黎は人に囲まれていた。

 否、人に囲まれている、というのは語弊がある。

 闘技場コロッセオのようなスタジアムで、太古の剣闘士グラディエーターよろしく、黎は試験官らしい女性と対峙していた。

 黎は困惑している。

 人の視線がこれ程までに居心地悪いと思ったのが初めてだと思う程にだ。

 たかが田舎から引っ張られてきた能力者に、一体何を期待しているのだろうと。

 そして、黎は目の前の試験官をしげしげと見た。

 リクルートなスーツを着たボブカットな髪型の女性で化粧もそれなり、そこそこの容姿。

 それ以外には特筆する事は特にない。


「始めまして、私は試験官の佐藤博美さとうひろみです。 雨宮君には、これから私と闘ってもらいます。

 因みに私も能力者なので、遠慮なくやってください」


「はぁ……というか、何でこんなに見せ物みたいな事に……?」


 黎はうんざりとした表情で佐藤博美さんとやらに問いを投げた。

 試験と言ったら、誰も居ない場所で粛々と行われる物だというのが通例……というか黎の予想だったのだが、この展開は予想の斜め上を越えていたのだ。

 よもや動物園の客寄せパンダのような扱いを受けるとは。

 黎は今日何度目になるか解らない溜息を吐いた。


「今日は短縮授業だったんだけど、だからと言って外に出ても娯楽の施設は電車乗っていくくらいには遠いから丁度、転入試験を受けに来た転入生を見に行こーぜ!

 っていう感じになったんじゃないかな? ともかく、こっちは準備万端だから好きなタイミングでかかってきていいからね?」


「はぁ……」


 黎は何となくダラリと前傾姿勢を取る。

 それを見た佐藤もまた、何かの武道をしているのか何かの構えを取った。


 ………………。


 沈黙。

 黎の耳からスタジアムに居る人間の声が消えた。

 そう思うほどに黎は集中して敵の情報を集める。

 呼吸、構え、重心と言った些細な物を。

 素人ながらに何かを掴もうと全神経を費やす。

 そうしながら、己の中に居る人格の一つに声を出さずに声を掛ける。

 そのプロセスはコンマ数秒も掛からない。

 たったそれだけの事で、黎にはその力を借りる事が出来る。

 それを、見かけ普通な佐藤博美という女は感じ取っていた。

 目の前の転入生は、異常者がなる能力者の中でも飛びきりに何かが可笑しい。

 事前に書いてもらった書類には武道の経験無し、特筆事項は能力を覚える能力があるという事だけ。

 その能力の詳細には首を捻ったが、実際に戦ってみれば解ると思った。

 だが面と向かってみれば、博美はとんでもない勘違いをしていたと思い直し、気を引き締める。

 博美の目の前の雨宮という少年は対峙する自分を、狩る対象という突き詰めた雰囲気を醸し出していた。

 有り得ない。

 それに加えて、雨宮黎という人間単体から数百人という群体に見つめられているような感覚。

 異常の成る能力者ではあるものの、流石に浴びせられる狩り人としての視線は異常を域を越えているように思う。

 些細な動きすら分析され、動かなくともその探る視線に射抜かれる事には違いない。

 だから先に博美は動く事を選択した。

 動くと言っても物理的に動いた訳ではない。

 自身の身体に幾度となくかけてきた強化リィンフォースで強化するという行動。

 姿形は変わらない、身体を単純に強化するというだけの能力。

 最強の強化リィンフォース持ちは自分の身体どころかあらゆる物を強化し、物理法則を越える速度で駆け、果てはそれ以上の事を為す力を得ている。

 だがそれは本当に全ての能力者の頂点に居る者だけに許された力だ。

 佐藤博美にはそこまでの才能は無い。

 能力を上手く使いこなせる程度。

 そもそも強化型リィンフォースという分類は、一昔前に超能力者と呼ばれた者達の総称である。

 それは透視クレアボヤンスであったり、念話テレバシーであったり、念力サイコキネシスであったり、予知プレコグニションであったり。

 だがこれらは才能のある方だろう。

 強化型リィンフォースという分類の中でも、単純で一番能力保有者の多いのが強化リィンフォースだ。

 佐藤博美という女は、そんな能力者の中でもありふれた強化リィンフォースをちょっと上手く扱う事が出来るだけで、実際に順位を付ければ中堅と言った所。

 散々貶しておきながら能力者で中堅と言えば中々凄い事なのだ。

 そもそも能力者が現れたのは数十年。

 その中でも達人やら中堅という連中は、得てして奇病と言う引き金より以前から自然と発生した極少数の者達の事を指す。

 その経験は埋め難い。

 生まれて数年程度の能力者など、博美にとっては雛鳥。

 そう、思っていた。


「じゃあ……行きます」


 そんな軽い言葉と共に黎は動き出した。

三話投稿。

本当に不定期投稿です。

オリジナルってこんなに書くのが難しいんですねぇ……^^;

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