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言いがかりのエンカウント2

 スカウトを受けざる負えなかった黎は日も落ちた事も有り、学校の屋上を後にした。

 八重樫高校から徒歩で15分ほど離れた自宅へと理不尽な襲撃者2人を自宅へと案内する。


「ハァ……」


 自宅の玄関に着いた黎は溜息と共に鍵を取り出して、玄関を開けて靴を脱ぎ、リビングの電気を点けつつ方へと2人を促す。


「何時まで溜息吐いてるのよ? 男らしくないわね」


「いきなり脅迫されて転校を強要されれば、普通はそんなものだと思うよ、火之迦ほのかちゃん?」


 火之迦ほのかと御影は、礼儀正しく脱いだ靴を揃えてから黎の横を通ってリビングへと進み、大きめのソファーに腰掛けた。


「飲み物を持ってくる、適当にテレビでも点けてくつろいでいてくれ」


 黎はテレビのリモコンで電源を着け、2人の前に置いてある膝下の高さ程度のテーブルの上に置き、キッチンの方へと向かう。

 2人は、というより火之迦ほのかの方が、借りて来た猫のようにやけに大人しい。

 逆に御影の方は、部屋のあちらこちらを見まわしている。

 どうやら御影の方がこのような状況に慣れているらしい。

 と、そこに黎がお盆にペットボトルの緑茶氷を入れたコップを3つを乗せて戻ってくる。


「一応、緑茶を持ってきた」


「あ、ありがとうございます、雨宮君」


 黎はコップにお茶をそれぞれついで、それぞれの目前へとコップを置いた。


「で、本当に俺は転校しないといけないのか?」


 いよいよ黎は自宅に招いた本題を切り出した。

 本当にこんなにも簡単に脅迫紛いの転校が成立するなど、聴いた事も無いし、信じたくも無いのだ。


「そうよ、もう一度言うけど、今回のこのスカウトは国からの要請なの」


 火之迦ほのかは腕を組みつつ、言い聞かせるように言う。


「日本と言う国は犯罪が少ないです。 能力者は精神的に異常の高い人がなる事が多いのは知ってますよね?」


「それは知ってるけど、それが?」


 唐突に能力者の生まれる条件を挙げる。

 日本は犯罪が少ない世界的にも治安が良い国だ。

 幼い頃から情操教育され、義務教育によって倫理も教えられるのだから犯罪を犯すのは、余程の理由が無ければ思い止まる。

 しかし、それでも犯罪が皆無となる訳ではないのだ。

 それによって、日本にも能力者は現れるが、国外ほどの能力者の発生率はない。


「確かに犯罪が少なくなる事はとても良い事です。 ようやく世界は能力者と言う存在は受け入れられてきました。

 でも前回と前々回の能力者の大会……日本は初戦で惨敗。

 以前より、先進国の技術も追い付かれつつある日本は能力者でも劣っていると不本意にも世界に知らしめてしまった訳です」


「つまり世界的な面子を取り戻したいから、そろそろ手段を選ばずって事で、俺が被害者になった、と?」


「ま、言ってしまえばそんなところよ」


 と、そう言えば……と火之迦が何かを思い出したようで、黎に向かって思い出した事を口にする。


「自己紹介してなかったわね。 私は神楽火之迦かぐらほのか、1年よ。 で、こっちが―――――」


羽藤御影はとうみかげです。 こう見えて貴方よりも1つ年上の2年生なので、子供扱いしないように」


 御影はその見事な胸を張って、えっへん!と腰に手を当てて威厳を示そうとするも、黎から見ても不十分な程に子供のような仕草だったので、いつか子供扱いしてやろうと思われてしまったのは、黎がサドの気があるが故だろう。

 黎はそんな事を思いつつも2人の視線を受けて、自分にも自己紹介しろという事なのだと察し、溜息を吐いて口を開いた。


「不本意にもアンタら2人に脅迫されて、転校を余儀なくされた不幸な男子高校生の雨宮黎だ」


 不本意にも、を強く強調し、皮肉げに黎は自分の名前を告げる。

 その皮肉に対し、火之迦は眉間に皺を寄せ、御影は申し訳なさそうに柳眉を下げた。


「……さっきも言ったけどアンタ、いい加減女々しいわよ?」


 黎の皮肉に火之迦はいい加減、腹を立てていた。

 だからこそ、そんな駄々っ子のような態度の黎に対し、思った事を口にする。

 だが、それは今の黎に対しては逆効果だった。

 勢い良く立ち上がった黎は、火之迦達を睨みつける。

 まるで毛を逆撫でされた猫のように、黎の良いとは言えなかった機嫌は一気に最低まで落ち、ギリギリで踏み止まっていた文句が止めどなく吐き出した。


「じゃあ、ハッキリ言ってやるよ……今日初めて会った奴に、静かに暮らそうって思ってた一般人の人生を無茶苦茶にしといてよく言うな?

 俺は御国の為に~なんて言うほど愛国心に溢れてる訳じゃないッ、勝手に平穏を壊したお前等がいきなり“前向きに考えろ”なんて言われて“はい、そうですね”なんて言える訳ないだろ?!

 ふざけんなッ!!」


 ようやくあの(・・)最低な父親から解放されてみれば、今度は国のためにその能力を役立てろ、などと言われても、黎にはそれを前向きに思えるほどの精神的余裕は無かったのだ。

 だからこそ黎は爆発してしまった。

 御影はその大声に身を竦ませたが、火之迦はそんな黎を物怖じせずに見据えていた。


「だったら何よ……なら、そうやって済んだ事を何時までも言い続けて何か変わる?

 確かにやり方は強引だったかもしれないけど、この国はそうしないと危ないところに来てるのよ?」


 技術を売っていた日本は、その技術が追い付かれかけている事に焦りを感じている。

 あの奇病の所為で技術者も当然のように亡くなり、総人口も減った為に技術は伸び悩み、そこを次々と追い上げる国々が猛追しているのだ。

 今でこそ追い付かれていないものの、追い付かれるのは時間の問題かもしれない、と危機感を持つのは当然だろう。


「本来なら、その一般人の(・・・・)雨宮黎が関わることなく、その国そのものが悪くなっているのを指を咥えて見ているしかなかった。

 でもアンタは能力を持っていて、そこに私達が来た事で、この国を変えられるかもしれない可能性が生まれた」


 だからこそ、日本は何かしらの足がかりが欲しい。

 世界を維持する為に国達は団結し、ようやく世界はまた回り始めたが、全てが元通りになった訳ではない。

 多くの人が亡くなった為に、日本はその一歩目すら踏み出せずにいたところに能力者という可能性。

 人種による体格のハンデがない比較的対等な勝負のできる、と日本の偉い人は思っただろう。

 そう思って、世界大会を運営する一国となったが、第1回、第2回の大会は、日本という在り方によって、能力者の質が追いつくことは無かった。

 しかも一回戦敗退という最弱の称号を得てしまった事は、予想外だったに違いない。

 最早、引っ込みの付かない日本は、今度こそ勝たねばならないと質を優先した人員のスカウトを始めて今に至る訳だ。


「今日は帰るわ……明日のお昼の電車で私達は学園に帰る。

 必要な物は国からほぼ無条件に支給する用意もあるから、必要な物だけ持って来なさい。 後は貴方の意志次第よ」


 火之迦はそう言ってソファーから立ち上がり、玄関へと向う。


「えっと、明日の12時10分の電車だから、それまでに来てくれると嬉しいかな?」


 御影は慌てながらも伝える事は伝え、火之迦の後を追って、靴を穿く音の後に、玄関の開閉した音が響いた。


「勝手な事言いやがって……言いたい事だけ言いやがって……ッ」


 誰も居なくなったリビングで、黎は糸の切れた人形のようにソファーに身を預けた。

 黎は昔の事を思い出す。

 最初は望まれていたはずだった。

 でもある日を境に両親は変わってしまったのだ。

 最初は母親だった。

 いつの間にか男を連れ込んでいた。

 そして、例の奇病によって死んでしまった。

 父親は心が弱かったのだろう……酒に溺れ、荒んでいった。

 母親の不倫は気付いていたらしいが、失いたくなかったから見て見ぬふりをしていたらしい。

 何時しか父親は何を思ったか黎に対して肉体的な暴行を繰り返すようになった。

 黎は泣き叫び、助けを乞い、救いを願った。

 だが無情にも救いの手は現れなかった。

 感情は次第に色褪せ、身体の痛みは当たり前の物となっても時は進んだ。

 暴力は止まらず、何時しか黎は静かに狂った。

 “嗚呼、この閉ざされた狭い家こそ、自分の死に場所なのだ”と。

 幼子ながら理解し、諦め、生きる事を手放そうと半ば諦めのような、生きる意味すらわからない時間の繰り返しだ。

 でもそれを越える為に、黎の中に新たな人格が芽生えた。

 まるで赤子を守る母親のように、父親のように、人格達は黎を死なせない為に現れたのだ。

 ただ痛みを押し付けるだけの人格、何も無い時間を耐えるだけの人格、生きる為に最低限をする為だけの人格。

 無数に構成されては消える人格群。

 それらを使い潰す内に本当の父親もまた奇病によって死に、公共料金の未納を不審に思った大人達によって発見された。

 心身共に摩耗していた黎の中に居る人格群は、病院のカウンセリングを受けていた時に能力を発現し、それと同時に黎は能力者特有の安定した倫理を取り戻す事になる。

 それによって本来の黎が戻り、使い潰した人格達に、自分を生かし続けた人格達に涙した。

 世界はその奇病によって混迷していたが、黎のような両親共に死んだ孤児に対して生きられるだけの法律を作ったからこそ、こうして黎は今まで生きられた。

 閉ざされた箱庭で痛みに耐えるだけの世界から解放された幼い人間。

 それが雨宮黎という人間の人生。

 身体には人格達が能力に目覚める前の傷が生々しく残っている。

 父親は流石にバレては不味いと思ったのか、両手足や腹などにこそ傷は無いので半袖でも解りはしないが、背中にはそれこそ傷痕や煙草を押し付けられた火傷がある。

 これらの能力を得る前の傷は最近発現したらしい『吸血鬼』の能力でも癒えなかった。


 まるで自分達の犠牲を忘れるなという、それは罰のように―――――






「火之迦ちゃん……良いの?」


 火之迦のすぐ後ろを歩く御影が火之迦に問いかける。

 問いかけられた火之迦の歩調は、怒りを現わすように苛立たしげだったが、問いを投げたからだろうか、火之迦は速度を落として御影の隣を歩く。


「引っ張ってでも連れて行きたいですよ……でも、あそこまで女々しい奴なんて!

 別に恨み事を言われるくらいは覚悟してましたけど……ああもうッ、腹が立つ!」


 どんなに辛くても逃げたくない。

 火之迦は一度、逃げた事があるからこそ、今度こそ逃げない為に自分を厳しく律している。

 だから黎の後ろ向きで、何時までもウジウジしているその態度は火之迦にとっては煩わしいものでしかなかった。


「でも来ますよ……アイツは」


「火之迦ちゃん……」


 火之迦はまるで確信してるとでも言うように言い切り、御影はこの後輩を誇らしく思った。


「だって、もう転校手続きしちゃったし、このままだとアイツって一文無しですから」


 前言撤回。

 神楽火之迦、自分に厳しく他人に厳しい。

 そして、その罪悪感の欠片もない笑顔を浮かべられるほどの……腹黒だった。


「もう! 台無しッ、すっごく台無しだよ、火之迦ちゃん!!」


 御影は頬を膨らませてポカポカと殴りかかるも、当の火之迦は何所吹く風だ。

 それもそのはず、御影の拳はその音からして威力が全く期待できないくらい軽った。






 時刻は午前12時丁度。

 既にあの強引なスカウトから時計の針は一回り以上を過ぎていた。

 そろそろ火之迦と御影が学園へと帰る電車の時間が迫っている。

 火之迦の頬にはガーゼが張り付けられているのは昨日、黎に殴られたからだろう。

 ホームに備え付けられたベンチに座る2人に近づく影があった。


「あら、平和を望んだんじゃなかったの?」


 そんな人影へ向けて、火之迦は声を掛けつつ視線を上へと上げて行く。

 その人影は、雨宮黎の物だった。

 ダメージの入ったジーパンに、適当なロゴの入ったTシャツというとてもラフな格好だ。

 右手には、大きめのボストンバックを持っていた。

 同時に黎も2人を見る。

 2人の格好は、黎の通う八重樫高校の制服ではなく私服だった。

 最早この街に用も無いのなら、制服を着る理由はもう無いのだろう。


「よくよく考えれば解るだろ……文無しホームレスなんて、ごめん被るだけだ。 それに、その……昨日は……悪かったよ」


 そっぽを向きながら、黎は怒鳴ってしまった事を頭こそ下げなかったが謝った。


「? 素直に謝るなんて意外……」


「うんうん、素直な子には頭を撫でてあげるね」


 本当に吃驚としたという火之迦に対して、御影はベンチを立ち上がり、背伸びして頭を撫でた。

 黎は御影の手を振り払うでも、避けるでもなく、成すがままに撫でられたところでホームに電車が入って来るアナウンスが流れ、直ぐに電車が停車する。

 御影は撫でるのを止め、そそくさと電車の中に入り、黎と火之迦もその後を追う。

 火之迦と御影が八重樫に来た時と同じく、対面席へと3人は陣取った。

 当然、黎だけが1人で座る。

 周りを見渡せば、この車両には黎達の他には2、3人程で、やはり客は疎らのようだ。


「じゃあ、これから卒業までよろしくね、雨宮君」


「こちらこそ、よろしくお願いします、先輩」


 車内を見渡していた黎に、にっこりと笑う御影に対して黎は当たり障りなく返した。


「私は同い年だし黎って呼ばせてもらうわ。 それにようやくこれからチームメイトになるんだから、キッチリとしごいてやるわ!」


「こちらこそ、よろしくしたくないです、このアマ」


 火之迦が黎を呼び捨てにして、これからの能力者としての訓練のスケジュールを地獄の猛特訓させるという予定とも言いづらい最早、嫌がらせに近い言葉に対して、黎は先程の謝罪を忘れたかのように冷めた口調で口汚く返し、2人は睨み合う。

 とことんこの2人は反りが合わないらしい。

 そうこうしている内に黎達を乗せた電車は動き出し、徐々に加速して駅のホームを後にする。

 こうして黎は、今までテレビやネットなどの情報でしか知らない、本当の意味での外の世界へと向かうべく、自らの住処としていた街と別れを告げた。

 徐々に遠ざかる見慣れた街並みを後に、その過去もいつか思い出くらいには出来るかな?と少しノスタルジックに浸りながら、数分で見慣れない風景へと変わっていく。

 これからの生活はどんな場所なのかも知りはしないが、少なくとも八重樫(あのまち)よりも劇的で、刺激的で、退屈しない日々が始まって、それすら日常になるのだろうと思考し、黎はいつの間にか眠りに落ちていた。

という訳で現実から逃避して2話目を投稿です。


因みにご意見、ご感想などはお気軽にどうぞ^^

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