モブ貴族Aの心休まらないお茶会〜物騒な話題はやめてください婚約者殿、俺は何も気づいていません!〜
モブ貴族Aシリーズ第3弾です。
異世界騒動のテンプレートとして今回は王都で流行る怪しい新興宗教にライル君を巻き込みました。
マリアの裏工作に戦々恐々とするライルくんの保身コメディをお送りします。
最後までお付き合いいただけますと幸いです!
(※前作をお読みいただいていなくても、これ単体で完全にお楽しみいただけます!)
↓これまでのが気になるという方はこちらにシリーズURLを用意しています↓
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夜会のシーズンが終わり、王都の華やかな季節の終わりの頃。俺——ライルに対する直接的な誘いはピタリと止まり、領地への帰省の準備や山積する経営課題に追われて、すっかり屋敷から出られなくなっていた。
婚約者であるマリアも、そんな俺の状況を気遣ってくれたのか、無理に夜会や社交界へ連れ出すようなことはせず、時々ロランド男爵邸に足を運んでくれては、庭先やサロンで二人きりのお茶会を開くれるようになっていた。
領地経営の難題に行き詰まっていた俺にとって、こうした穏やかな息抜きの時間を作ってくれるのは心底ありがたい。
(本当に、できた婚約者だよな……)
淹れたての紅茶の香りを嗅ぎながら、俺は心の中でそっと手を合わせた。
しかし、お茶会を重ね、甘いお菓子と穏やかな会話を楽しむうちに、俺のなかにわずかな、しかし無視できない違和感が芽生えていった。
テーブルの向こうで優しく微笑むマリアは、いつ見ても可憐で非の打ち所がない。だが、彼女の最近の世間話には、なぜか妙に生々しい情報が混じっているのだ。
今日だって
「そういえばライル様、最近王都のサロンでは『ザマ教』という新興宗教が大変な流行りですのよ」
「『ザマ教』? 聞いたことがないな。ってことは本当に最近なんだね」
一応男爵家の跡継ぎのため王都の情報は集めていたが、ここ最近こもっていたから最近の話題は拾いきれていない。にしても新興宗教か。この国にも国教はあるが他宗教の弾圧は行っていない。そのため定期的に怪しい新興宗教が生えてはいつの間にか消えていくのだが、宗教が流行りとはどういうことだ。
「なんでも、婚約破棄されたり人生に絶望した方々でも、寄付を捧げれば神の御加護で『ざまぁ』の逆転劇が起きるそうですわ。とても夢のあるお話ですわね」
「へ、へぇ」
婚約破棄の逆転劇と言えばつい先日の王子の婚約破棄からの公爵令嬢による王子公開処刑がよぎるが、慌てて記憶を消す。あの一件には厳重な箝口令が敷かれているからだ。
「それにしても、寄付を捧げるなんていかにも怪しい話だけどね。誰も疑わないのかい?」
俺が探るように尋ねると、マリアはふわりと上品に微笑んだ。
「あら、信じている方々は真剣ですわよ。なんでも、身分の低い方や、今の境遇に不満のある方ほど、『自分こそが選ばれた人間なのだ』と信じ込んでしまうようですわね。……とても哀れですけれど」
哀れと言ってはいるが、とても楽しそうに話すマリアの姿を見て、背筋に冷たいものが走るのを誤魔化すように、俺はカップに口をつけた。
「それでもじゃないか? 一体どんな教えを説いてるんだろうね?」
どうも詐欺臭いから少し調べるかと考えていたら、マリアが思ったより詳しく知っており、教えの起こりの逸話やご神体の女性像を聞くと、どうしても先日の一件と重なってしまう。ご神体なんて、かなり例の公爵令嬢に近い。
それを公爵家の近縁家系であるマリアが楽しそうに話すのも引っかかる。
「それって、公爵家は動かないの?」
「今のところはまったく動いていませんわ」
「まったく?」
「ええ、まったく」
強い違和感を覚える。面子第一な貴族で、しかも公爵家がこれで動かないってどういうことだ。あの破棄騒動で大立ち回りをした令嬢も黙ってるっていうのは……。
と、マリアのほうを見ると、にっこりとこちらを見ていた。
思わず顔をそらしてしまった。
どうして我が愛しの婚約者殿は時折怖い笑みを浮かべるのだろうか。俺の考えすぎか?
「そ、そうか。まぁ、俺がどうこうできる話でもないしな。マリアは最近どうだ?」
動揺のあまりカスみたいな話題を振ってしまったが、気にしないようで楽しそうに笑っている。
「楽しいですわよ? たまにはこういうのもいいと思いまして」
何が、と聞きたかったが、のどの奥にしまうようにカップを傾けた。
触らぬ神に祟りなし。俺のような弱小男爵家の跡継ぎが、公爵家や怪しい新興宗教のきな臭い噂に首を突っ込んでいい理由などどこにもないのだ。
——だが、その話題は一度きりでは終わらなかった。
***
数日後、再び訪れたマリアとの穏やかなティータイム。
マリアは手土産の茶菓子を持ってきた。なんでも大人気で、朝から並んでも買えないときもあるそうな。
そんな貴重なものを持ってきてくれるとは、と心温まりながら談笑していたのだが——
「そうそう、噂なのですが、平民の富裕層で婚約破棄が流行っているそうです」
思わずかちゃりと音を立ててしまった。マリアがそういった下世話な噂を話すのもそうだが、連日の『ザマ教』のことであったのでつい動揺してしまった。
にしても流行ってる? 宗教に続きくっつかないはずの言葉だが。
「流行ってる、というのは本当かい?」
「ええ。なんでもある女性が婚約破棄を受けてから玉の輿に乗ったらしく、それにあやかろうとした女性が増えているとか」
「それは、おかしいと思うのは俺だけか?」
疑問を口にすると、マリアはかわいいものを見るようにこちらを見てきた。
「ライル様はそのままでいてくださいね」
なんだろう。いつものことだが、この置いてけぼり感は。
「その、ほどほどにね?」
何となく口に出た言葉だったが、マリアは楽しそうに返した。
「もちろんです」
そのあと遠回しに公爵家の動きを聞いたが、やはり動いていないそうだ。嵐の前の静けさとは違う気味の悪さを感じながら、その日の茶会が終わった。
***
それから少し時間をおいての茶会。
マリアは今度は珍しい香辛料を使ったアップルパイを持ってきた。小旅行に出かけていたらしい。南部でないと手に入りづらい香辛料をふんだんに使ったもので、バターもはちみつもたっぷり使った高級品だ。
口いっぱいに広がるバターと鼻を通り抜ける香辛料の香り、後味をまとめる上等なリンゴの酸味に舌鼓を打っていると——
「『ザマ教』ですが、実は南部に元々あったそうなんですが、知っていました?」
またザマ教か。というか、元々あった?
「そうなの? 元々っていうのは?」
教義の内容的に、つい最近——どれだけ昔でも数か月前の婚約破棄騒動を利用しているはずだ。
「元々は元々です」
マリアは教えるつもりはないらしい。まぁいいのだが。
アップルパイにまた口をつけようとしたときに、手がピタリと止まる。
(ん? 南部?)
南部で取引の盛んな香辛料をたっぷり使ったアップルパイを見つめる。
「マリア。そういえば、小旅行って……」
聞こうとすると、アップルパイが刺さったフォークを差し出される。
こういう時じゃなかったらうれしかったなぁ。
おとなしく口を開け、受け入れる。
「ふふふ。次のお土産も楽しみにしていてください」
そのお土産は物なのか、話なのか。聞くことはなかった。
***
それからまた少しした後。
今度は茶葉とジャムをお土産にやってきた。普段お気に入りの茶葉から変えない彼女からしたら、かなり珍しいことだ。
茶菓子にスコーンを出し、近況を報告しあっていると——
「最近、北部の子爵家で婚約破棄騒動があったそうです」
「ああ、その話は小耳にはさんだ。かなり無理な破棄騒動だったらしいね」
なんでも令息側の不誠実が原因だったが、それが令嬢側のでっち上げだったらしい。
紅茶に口をつけると、クセがないあっさりとしたものだった。
(ずいぶんと好みと違うものを買ってきたんだな)
そんな俺の様子を察したのか、すっとジャムを前に出す。
「ジャムを紅茶に入れる楽しみ方があるそうで、その場合こちらのほうが合うんですよ」
「そうなのか。それは知らなかった」
試してみようと小皿に分けられたジャムに手を伸ばすとき、瓶のラベルもちらりと見ると産地の刻印がまさに先ほど話題にした子爵領のものだった。
「そういえば件の令嬢は『ザマ教』にのめりこんでるそうで、かなりの寄付をしているそうですよ?」
顔が引きつりそうになりながらもジャムをすくう。
「そうかい。ジャムはどのくらい?」
「教えてくれた方からは多めがいいと」
「そうか、たっぷりね」
「ええ、それはたっぷりと」
ジャムを入れた紅茶の香りは甘いのに、苦い顔をしそうになった。
「まだ続きそうかい? あんまりあちこちに行くと心配だよ」
マリアは嬉しそうな顔をして、
「ありがとうございます」
とだけ言った。それがどういう返答かはわからなかった。
やけに口が乾くのは今日のスコーンのせいだと思いたい。ジャムを入れた紅茶を飲む。
紅茶の癖がないため、ジャムと喧嘩せず。これはこれでおいしいなぁ。
「ライル様、お気に召していただけましたかしら?」
「あ、ああ……最高に美味しいよ、マリア」
俺は引きつりそうになる口角を命がけで固定し、完璧な笑顔で応えた。
「ただ、僕はいつもの茶葉と茶菓子のほうが心休まるかな」
精いっぱいの抵抗も、彼女は笑みで答えるだけだった。
***
その数日後。
手土産はなく、彼女のお気に入りの茶葉と茶菓子が並べられているのを見てほっとした。
「新しい趣味はいいのかい?」
遠回しに聞く。
「ええ、やはりああいうのはたまにがいいので」
ひとまずこの騒動とは離れるらしい。
(よかった。厄介ごと何て対岸の話のほうがいい)
「それに、ライル様が私とのいつもの茶会が恋しいとおっしゃいましたので」
(そんなこと言ったっけ? 心休まる、とは言った気がする)
「恋しい」もあながち間違いではないので否定など口にしないが、その日の茶会では『ザマ教』の話題は出なかった。
だが、嫌な予感が収まることはなかった。
***
三日後。
新聞の一面に『ザマ教』に王家が摘発に踏み切ったこと、証拠をつかむために北部の子爵家が囮として協力したことが載っており。
(そうかぁ)
と、遠い目をするしかなかった。
その日の夜。
俺は自分の部屋で、白紙の日記帳をトントンと指で叩きながら、今回の『ザマ教』を巡る一連の騒動について頭を巡らせていた。
思考を整理してみるが、疑問は二つある。
疑問一。どうして公爵家は動かなかったのか。
疑問二。マリアの一連の匂わせと動きの意味。
一つ目の疑問については、少し考えれば答えが出た。 先日の王子の婚約破棄騒動では厳重な箝口令が敷かれているが、人の口に戸は立てられない。王家としても落とした評判を回復させる異界を伺っていたはず。 そこで今回の『ザマ教』という新興宗教だ。これを王家に摘発させ、王家の威信と名声を回復させるための「華」を譲ったのだろう。……まあ、そこにどういう政治的取引があったのか、俺のような弱小男爵の跡継ぎが知る必要もないし、知りたくもない。
そして、二つ目の疑問。
公爵家の近縁家系であるマリアに、何かしらの依頼(あるいは共同作戦)があったのだろうということは分かる。だが、わざわざ俺との茶会で、お土産の産地やら教団の話題やらを匂わせてきた意味はどこにあったのか。
「……『王様の耳はロバの耳』……ってところかな」
誰にも言えない国家機密級の裏工作。それを、絶対に裏切らず、他言もせず、ただ冷や汗を流しながら「最高に美味しいよ」と受け止めてくれる俺の前でだけ、少しだけ口が滑らせたかったのかもしれない。
……そうだったらうれしい限りなのだが。
伯爵家の力を考えたら、男爵家の独り言なんてどこからでも筒抜けだろう。というかマリアが嫁ぐに人事整理があったので一挙手一動奉公されてるんだろうな。俺が余計な詮索をしないか、伯爵に試されていただけという可能性も高い。
(……考えるのはやめよう。命がいくつあっても足りん)
結局、日記には一行しか書けなかった。
『早く領地に帰りたい』
筆を置き、俺は深く溜め息をついてベッドに倒れ込んだ。
余計な首を突っ込まない、「誠実」に生きる、上流階級とは出来るだけ関わらない。
それがちっぽけな男爵令息の生存戦略——
「のはずだったんだがなぁ」
人生とはままならないものである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
不気味なお土産(南部香辛料のアップルパイ、北部子爵領のジャム)で裏工作を匂わせるマリア様と、それに気づきつつも『そうかぁ』と遠い目をして完全スルーを決め込むライルの「極上の保身ムーブ」をお楽しみいただけたでしょうか(笑)
書いていてキャラ暴走するのは初めての経験なので四苦八苦していますが、面白かったらさいわいです。
貴方のことですよ、マリア嬢。
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