第十九話 生きたまま、回収された
西尾和哉の搬出記録は、存在していた。
遺体ではない。
作業員としてでもない。
回収物として登録されていた。
探索者協会の記録室。
赤坂が三年前の搬送台帳を表示する。
第五層および第六層から、地上へ運ばれた廃棄物。
破損装備。
汚染魔石。
故障端末。
回収不能遺品。
その中に、一件だけ重量の不自然な記録があった。
回収番号。
D7―一一九。
品名。
大型密閉袋、一点。
内容物。
汚染廃棄物。
総重量。
七十四・二キロ。
「大型密閉袋?」
森下が画面へ顔を近づける。
「何を入れる袋ですか」
律は西尾の工具帯から回収された紙片を机へ置いた。
端に残っている品番。
台帳の品番と一致している。
「遺体搬送袋です」
森下が画面から目を離した。
「でも、内容物は汚染廃棄物になっています」
「遺体として登録すれば、身元確認と検視が必要になります」
赤坂が答えた。
「廃棄物なら、封印を確認して処理施設へ送るだけだ」
搬出時刻。
午前三時十四分。
搬出担当。
西尾和哉。
確認者。
羽田修一。
赤い《回収済》の印が押された四十七分後だった。
「西尾さんは、この時点では生きていた?」
森下が尋ねる。
「断定できません」
律は西尾の死亡推定時刻を表示する。
遺体の乾燥状態。
周辺の魔力濃度。
防護服の腐食。
推定には数日の幅がある。
午前三時十四分より前に死亡していた可能性も。
後に死亡した可能性も残る。
「西尾さんの資格証が使われています」
「本人が使ったとは限りません」
律は搬出時の認証記録を開いた。
資格証番号。
西尾和哉。
生体認証。
省略。
理由。
防護手袋着用中。
「生体確認を通してない」
赤坂が言った。
「認証省略を承認したのは?」
「羽田修一です」
大型密閉袋は、迷宮資産整理機構の車両へ積まれた。
車両は協会の検査所を通過。
その後、契約上の処分先へ向かっている。
到着先。
第五迷宮廃棄物焼却所。
しかし、焼却所の受入記録にD7―一一九は存在しなかった。
七十四・二キロの中身は、途中で消えている。
◇
車両の走行記録は削除されていた。
残っていたのは、三か所の通行料金記録だけ。
廃棄物焼却所へ向かうなら、通る必要のない道路。
赤坂が地図へ重ねる。
「途中で北へ外れている」
「何があるんですか」
森下が尋ねる。
三年前の地図には、小さな医療施設が表示されていた。
迷宮労働者互助診療所。
探索者や回収員が、保険を使えない負傷をした際に利用する民間施設。
二年前に閉鎖。
現在は建物も取り壊されている。
警察が保管していた旧診療記録を取り寄せるまで、二時間かかった。
午前三時五十二分。
身元不明男性、一名。
推定三十代。
右大腿部裂傷。
肋骨骨折。
魔力回路損傷。
重度脱水。
意識あり。
搬送者。
羽田修一。
「生きてる」
森下が言った。
七十四・二キロの汚染廃棄物。
その中身は負傷した人間だった。
診療所では本名を記録していない。
患者名。
D7。
搬送袋の回収番号が、そのまま名前として使われていた。
律は診療明細を見る。
止血。
輸血。
骨折固定。
魔力汚染除去。
十九日間の入院。
費用は迷宮資産整理機構が支払っている。
会計上の名目。
遺体防腐および汚染処理費。
生きている人間の治療費を、死体処理費として計上していた。
「誰なんですか」
森下が診療記録をめくる。
顔写真はない。
指紋記録もない。
患者は身元確認を拒否。
十九日後。
羽田が迎えに来て退院。
その後の記録は途切れている。
「事故の生存者です」
赤坂が言った。
「それは分かります」
森下は食い下がる。
「名前です」
律は診療記録の身体所見を確認した。
身長。
百七十一センチ。
左肩に古い手術痕。
右手の小指が第一関節から欠損。
血液型。
AB型。
三年前の補給拠点事故。
死亡または行方不明とされた作業員の一覧と照合する。
条件に一致する人物は、一人だけだった。
遠隔設備試験員。
戸塚圭吾。
当時三十二歳。
試験設備の接続と、実行記録の確認を担当。
公式記録では、事故発生時に補給拠点の北側制御室にいた。
遺体は未回収。
破損した認証札だけが発見され、死亡認定されている。
「遠隔試験を実行した側の人間ですか」
森下が言う。
「現場担当です」
赤坂は職務記録を開いた。
「決定権はない。だが、何を接続し、どの指示で動かしたかは知っていた可能性が高い」
水瀬結衣の父親が残した音声。
――北系統へ、閉鎖後に再通電された。
――余剰魔力を回収する試験だった。
戸塚圭吾は、その試験を現場で実行する担当者だった。
事故を起こした人物なのか。
事故を止めようとした人物なのか。
記録だけでは分からない。
◇
西尾の遺品には、密閉袋の備品票が残っていた。
大型搬送袋。
一枚。
使用目的欄は空白。
西尾の筆跡で、短い記号が書かれている。
三角の中に横線。
生存の可能性あり。
その下に、小さな数字。
三。
「三人?」
森下が尋ねた。
律は首を横に振った。
「遺品回収員が使う位置番号です」
搬送袋の固定箇所。
頭部。
胸部。
脚部。
数字の三は、脚部側の留め具を示す。
律は西尾の工具帯から、短い革紐を取り出した。
密閉袋と同じ材質。
端に、細い切断跡が三つある。
「袋を完全には閉じていません」
「息ができるように?」
「脚部側に空気の通り道を作っています」
遺体搬送袋へ生きた人間を入れ。
外から見えないよう封をし。
呼吸できるだけの隙間を残した。
西尾は戸塚圭吾を廃棄物として地上へ出した。
正式な救助申請を出せば、会社と警察と協会へ身元が伝わる。
戸塚は、それを拒否した。
西尾は同意した。
規則を破り。
記録を偽り。
生きた人間を死者の袋へ入れた。
「正しいことだったんですか」
森下が尋ねた。
律は答えなかった。
戸塚が追われていたなら、救ったことになる。
戸塚が事故の実行者なら、逃がしたことになる。
西尾が事情をどこまで知っていたかも分からない。
確かなのは。
戸塚は地上へ出た。
西尾は廃棄区画へ戻った。
端末を回収するために。
そして、死んだ。
◇
診療所の記録には、退院時の所持品が残っていた。
衣服。
作業靴。
破損した認証札。
小型記録結晶。
記録結晶は羽田が預かったと記載されている。
七台目の端末に入っていた可能性がある。
「端末から抜いた?」
赤坂が言った。
「西尾さんが回収した時点で、中身を分離したのかもしれません」
律は空の回収箱を思い出す。
端末の形にへこんだ緩衝材。
切られた封印。
端末本体は持ち出され。
記録結晶は戸塚か羽田が持っている。
西尾は何を取り戻すために、廃棄区画へ戻ったのか。
端末の外装。
別の記録。
あるいは。
戸塚を地上へ出したことを隠すための証拠。
「退院した戸塚さんは、どこへ行ったんですか」
森下が尋ねた。
赤坂が次の資料を表示する。
診療所が閉鎖された際、患者の私物として保管されていた封筒。
戸塚は持ち帰らなかった。
中には、折れた認証札と、一枚の紙が入っている。
手書きの住所。
東京都内の古い集合住宅。
宛名はない。
その下に、西尾和哉の名前が書かれていた。
三年前の住所ではない。
西尾の登録住所とも違う。
警察が現在の住民記録を確認する。
部屋は、今も契約されていた。
契約者。
羽田修一。
電気と水道の使用量がある。
誰かが住んでいる。
警察が現地確認へ向かう準備を始めた。
律は机の上の西尾の遺品を見た。
回収鉤。
工具帯。
破れた記録。
資格証。
密閉袋の革紐。
生きた人間を地上へ返した道具。
どれも、本人の元へは戻らなかった。
一時間後。
現地へ到着した警察から連絡が入った。
部屋に羽田修一はいなかった。
戸塚圭吾もいない。
室内には、生活の跡が二人分残っていた。
そして玄関の内側に、一枚の写真が貼られていた。
第五層北部緊急待避所。
現在の入口を、遠くから撮影した写真。
撮影日は、三日前。
西尾和哉の遺体が発見された日だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になった方は、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




