タクシス伯爵家の姉妹逆格差
リヒネットシュタイン公国のタクシス伯爵家に、たった今カタリーナという令嬢が誕生した。
母親譲りの艶やかなブロンドの髪、父親譲りのサファイアの目。そして、生まれたばかりではあるが華やかな顔立ちで、きっと将来美人になるだろうと思われた。
カタリーナ誕生の時には、両親だけでなく父方母方両祖父母も揃っており、全員で喜んだ。
それと同時に、カタリーナより二つ年上の姉となったユゼファに全員無意識のうちに目を向ける。
ダークブロンドの髪にサファイアの目で、どちらも父親譲り。決して不美人ではないが、カタリーナと比べてしまうと地味で控えめな印象だ。きっと将来カタリーナと比べられたりしてしまうだろう。
(カタリーナはきっと美人に育つだろうから他の誰かがたくさん可愛がるはず。自分だけはユゼファを思いっきり可愛がろう)
親族全員が、そう考えてしまったのだ。
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カタリーナ・フレデリーケ・ツー・タクシスは不満を抱いている。
「ユゼファ、最近所作がどんどん洗練されていて素晴らしいわ。もう成人の頃には立派な淑女になれること間違いなしね」
「ありがとうございます、お母様。そう仰っていただけて嬉しいです。自信になります」
「流石ユゼファ。俺達の自慢の娘だ。タクシス伯爵家も、次の世代はユゼファがいるから安泰だな」
「ありがとうございます。お父様のご期待に添えられるよう頑張って参りますわ」
両親はとても優しい表情でユゼファを褒め、姉であるユゼファ・マティルデ・ツー・タクシスは照れながらも嬉しそうに表情を綻ばせている。
カタリーナはそれを影から見ていた。
(お姉様ばかり狡いわ……!)
カタリーナはサファイアの目をキッと鋭くしてユゼファを睨む。
自分がいくら頑張っても、姉ユゼファよりも褒められることがないのだ。
我慢出来なくなり、カタリーナはユゼファと両親の前に出る。
「お父様、お母様!」
カタリーナはムスッとした表情だ。
「おやおやカタリーナ、どうしたんだ?」
「何かあったの?」
カタリーナの不満げな表情を見た両親は不思議そうに首を傾げている。
「いつもお姉様ばかり狡いです! 私も頑張っているのだから褒めてください!」
カタリーナは抱えていた不満をぶつけた。
すると両親は一瞬だけど少し困ったような表情になるが、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「知っているぞ。カタリーナも頑張っていることくらい。偉いぞ、カタリーナ」
「ええ、そうよ。カタリーナも頑張っていて凄いわね」
一見すると、優しい両親に見える。
しかし、ユゼファを褒めている時と明確な違いがあることにカタリーナは気付いてしまう。
ユゼファを褒めている時は、とても優しい表情の両親。しかし、カタリーナを誉めている時の両親は“普通に”優しい表情の両親。明確に差があった。
「そうじゃないわよ! お父様とお母様はお姉様ばかりに優しいじゃない! お姉様だけ狡いわ!」
すると両親は困ったような表情になる。
「カタリーナ、そう考えてしまうのは良くないわ」
「その通りだカタリーナ。姉であるユゼファに嫉妬するなんて、みっともないぞ」
二人揃って先程よりもやや厳しめの声である。
「だって……だって……!」
ユゼファのようにより優しく誉めてもらえないことに対して、悲しさ、悔しさ、怒りが涙となりカタリーナのサファイアの目から零れ落ちる。
「お父様、お母様、あまりカタリーナを責めないであげてください」
姉のユゼファがカタリーナを庇うように両親との間に入った。
優しく穏やかな声である。
「ユゼファ、妹の為に何て優しい子なの……!」
「流石はユゼファだ。仕方がない。ユゼファに免じてこのくらいにしておこう」
両親は先程ユゼファを褒めたようにとても優しく、ユゼファへの愛おしさが全開の笑みになる。
「カタリーナ、大丈夫よ。お父様とお母様はカタリーナのことも大好きなのだから」
穏やかで優しい笑みのユゼファ。サファイアの目はキラキラと輝いており真っ直ぐカタリーナに向けられる。
愛されているからこそ悪意を知らず、穏やかで優しい表情。ある意味最強だとカタリーナは感じた。
そんな表情を見たカタリーナは、心を曇らせる。
「……はい」
そんな表情を向けられたら、カタリーナも頷くしか出来なくなるのだ。
ここでユゼファを貶せば、確実に自分が悪人になってしまう。幼いながら、カタリーナは理解したのだ。
「カタリーナ、あまりユゼファを困らせたりするんじゃないぞ」
父からそう言われるカタリーナであった。
更に両親だけでなく父方母方両祖父母も、ユゼファの方を可愛がっていることに、カタリーナは気付く。
タクシス伯爵家の祖父母からは、「カタリーナには秘密」とこっそりアクセサリーをプレゼントされるユゼファ。その際ユゼファが「それならカタリーナにも何かプレゼントしてあげてくださいね」と言うと、「ユゼファは妹思いの優しい子だ!」と大袈裟に褒めるタクシス伯爵家の祖父母だ。
また、母方のケーテン侯爵家の祖父母は、ユゼファにお菓子をあげていた。そして、お菓子をもらったユゼファはカタリーナにもお菓子を分け与える。
「カタリーナ、これ、お祖父様とお祖母様からいただいたの。一緒に食べましょう」
ユゼファはカタリーナに、ドライフルーツとナッツが入ったクッキーを半分渡す。
優しくキラキラとした明るい笑みのユゼファだ。
「……ありがとうございます、ユゼファお姉様」
複雑な気持ちになりながらも、カタリーナはユゼファからクッキーを受け取った。
しかし、すぐに食べる気にはなれない。
「でもお姉さま、今はお腹いっぱいですから、後で食べます」
「そう。夕食前に食べてしまうと、夕食が入らなくなって怒られてしまうから、それより前に食べましょうね」
ユゼファは相変わらず優しくキラキラとした笑みである。
「……はい」
カタリーナはほんの少し表情を曇らせながら頷いた。
そして、その後のこと。
「カタリーナ……? そのお菓子は……!」
「まさか……ユゼファから取ったのかい?」
ケーテン侯爵家の祖父母はユゼファにあげたお菓子をカタリーナが持っていることに訝しむ。
「えっと、違います……! お姉様がくれたのです……!」
「本当かい……?」
「嘘をついているんじゃないだろうね……?」
必死に本当のことを話すカタリーナ。
しかし祖父母はカタリーナのことを信じてくれていないようだ。
どうしよう、と頭の中が真っ白のなるカタリーナ。
そこへ、ユゼファが現れる。
「お祖父様、お祖母様、それは私がカタリーナにあげたものです。せっかくですから、カタリーナにも食べて欲しくて」
祖父母からカタリーナを庇うように立つユゼファ。
「おお、そうだったのか」
「ユゼファは妹思いの優しい子ね」
ユゼファの言葉により、ようやく祖父母は表情を柔らかくして口角を上げる。
「カタリーナ、申し訳なかった」
「疑ってごめんなさいね」
祖父母はきちんとカタリーナに謝罪をしてくれた。
「……大丈夫です。気にしていませんから」
カタリーナは表情を曇らせたまま、そう答えることしか出来なかった。
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時が経過し、カタリーナは十五歳になった。
貴族令嬢は十五歳で成人し、社交界デビューとなる。
「ご覧になって。タクシス伯爵家のカタリーナ様よ」
「あれがカタリーナ嬢か。確かに、姉のユゼファ嬢と比べたら華やかな美人だな」
「でも気を付けて。ギュンター・シュミット氏が書いた小説に、美人の妹が地味な姉を虐げているお話があったでしょう」
「ああ。それで美人な妹が地味な姉から何でも奪っていくやつだろう? 親からの愛情だけでなく、終いに姉の婚約者まで奪っていくやつな」
「ええ。でも地味な姉は素敵な方と結婚して幸せになって、美人な妹は姉の元婚約者と破滅するの」
リヒネットシュタイン公国の貴族令嬢、貴族令息達はカタリーナを見てそう噂した。
カタリーナが社交界デビューした時、運悪く姉妹格差ものの小説が流行したのだ。
リヒネットシュタイン公国や諸外国で有名な小説家、ギュンター・シュミットが書いた小説。それは美人な妹に虐げられ何でも奪われてしまう地味な姉が、最終的に見る目のある素敵な男性と結ばれて幸せになり、美人な妹や彼女の味方は破滅する物語。リヒネットシュタイン公国ではこの物語が皆夢中になっていたのだ。
カタリーナは社交界デビューしてから自身の容姿が優れていることに気付いた。
しかし、流行している物語のせいで、容姿による恩恵はほとんど受けられない状態だ。
もしも姉のユゼファが存在しない、あるいはユゼファもカタリーナのような華やかさがあれば、カタリーナは社交界でチヤホヤされただろう。しかし、現実はそうはならない。
カタリーナに近付いたら物語のように破滅するかもしれない。
リヒネットシュタイン公国の貴族達はこう考えてしまい、カタリーナの側には誰も寄り付かず寂しい思いをしてしまうのだった。
一方、姉のユゼファの周囲には常に人がおり、ユゼファは楽しそうに笑っている。
そしてユゼファはカタリーナが夜会などで一人でいることに気付き、自分のいる輪に引き込み周囲に「妹のカタリーナですわ」と紹介する。
その時、ユゼファの周囲にいる者達からは物語の影響で訝しむような視線が刺さり、カタリーナは居心地が悪かった。
ユゼファは周囲に真摯な様子でカタリーナの美点を伝える。
すると周囲はようやく訝しむのをやめて、カタリーナに普通に接してくれるようになったのだ。
それにより、カタリーナの孤立は少しマシになった。しかしカタリーナはユゼファから守られた時、惨めな気持ちになるのであった。
そんなある日、カタリーナはとある令息と出会う。
それはカタリーナが夜会にてバルコニーで休憩していた時のこと。
「今宵は星月夜だ。新月だけど、星が輝いているから夜空が明るい」
ぼんやり夜空を眺めていたカタリーナはハッと驚き、隣にやって来た令息に目を向ける。
黒褐色の髪にエメラルドのような緑の目。端正な顔立ちの令息だ。
カタリーナは頭の中の記憶を呼び起こし、その令息がどこの家の者か必死に思い出そうとするが、全く出て来ない。
すると令息はフッと柔らかに口角を上げる。
「初めまして、ご令嬢。アトゥサリ王国シュターレンベルク侯爵家長男、レームス・ヴァルター・フォン・シュターレンベルクだ」
「アトゥサリ王国のお方でしたか」
レームスと名乗った令息は隣国アトゥサリ王国の者だった。
カタリーナが全く見覚えのないのも当然である。
アトゥサリ王国は、小国であるリヒネットシュタイン公国よりも遥かに大きい。
「リヒネットシュタイン公国タクシス伯爵家次女、カタリーナ・フレデリーケ・ツー・タクシスでございます。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
カタリーナは国は違えど爵位はレームスの方が上なので、自分から先に自己紹介が出来なかったことを詫びた。
するとレームスは優しくエメラルドの目を細める。
「気にすることはない、カタリーナ嬢。私が勝手に先に名乗っただけだ」
「……ありがとうございます、レームス様」
カタリーナはほんの少しだけ表情を綻ばせた。
「ところで、この国のタクシス伯爵家と言えば、姉君もいたな」
レームスは視線を左上に向けていた。
「……ええ。姉のユゼファ・マティルデ・ツー・タクシスですわ」
姉の話題になり、カタリーナは表情を曇らせた。
それに気付くレームス。
「カタリーナ嬢は……姉君のことがあまり好きではないのか」
「いえ、そうではなくて……」
自分でもこの気持ちをどう言い表したら良いのか分からず、カタリーナは黙り込んでしまう。
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
レームスは無理に聞き出そうとはして来ないようだ。
沈黙のお陰で頭の整理が出来、カタリーナはゆっくりと話し始める。
「ユゼファお姉様は、私よりも両親や祖父母に優しくされたり、褒められたりしていました。私も別に冷遇されたり虐待を受けていたわけではありませんが……どうも納得がいかなくて。幼少期、お姉様ばかり優しくされて狡い、と両親に言ったんです。そしたら、姉に嫉妬するのは良くないと注意されてしまいました」
カタリーナは話を続ける。
「祖父母も、お姉様だけにこっそりアクセサリーを贈っていたり、お菓子をあげたりしていました。アクセサリーはどうしようもないですが、お菓子はお姉様も私に分け与えてくれて。でも、祖父母はそれを私がお姉様から取ったのではないかと疑いまして。でも、お姉様はそうではないと私を庇ってくれました」
レームスは黙ってカタリーナの話を聞いている。
「社交界デビューしてからは、私は自分の容姿が優れていることに気付きました。でも……ギュンター・シュミット氏が書いた姉妹格差ものの小説はご存知でしょうか?」
「ああ、今アトゥサリ王国でも流行しているよ。美人な妹が地味な姉から何でも奪って破滅して、地味な姉の方は幸せになる物語だろう?」
どうやらレームスも知っているようだ。
「ええ。ユゼファお姉様は、決して醜い容姿ではありません。でも、私と比べると華やかではないようで。あ、決して、お姉様を貶したり、私が容姿を鼻にかけているという意図はございませんよ」
カタリーナは慌てて否定した。
すると、レームスは「分かっている」と笑った。
その優しげな笑みに、カタリーナはトクンと鼓動を高鳴らせた。
「シュミット氏の小説が流行したせいで、私はお姉様から何でも奪う妹で、私と関わったら破滅すると言われ、私に関わりたいという方はおりませんでした。でも、お姉様はご自身の友人達に私を紹介して、誤解を解くことをしてくれたのです」
「優しい姉君だな」
「ええ。ですが……」
カタリーナはそこで口籠った。
レームスは黙ってカタリーナの次の言葉を待ってくれている。
「お姉様に庇われたり守られたり、悪意のない真っ直ぐな目を向けられる度、私の心はモヤモヤとしてしまうのです。お姉様は何も悪くないのに……嫌いになりそうで……。それと、お姉様ばかりに優しいタクシス伯爵家の両親や、祖父母のことも……」
カタリーナのサファイアの目には、涙が溜まっていた。
「そうだったのか。……少し失礼」
レームスは自身のハンカチを取り出し、そっとカタリーナの涙を拭った。
「カタリーナ嬢、君は色々と大変だったのだな。それでも、相手を嫌わないようにする。優しい心の持ち主だ」
「……ありがとうございます、レームス様」
カタリーナの頬が、ほのかに赤く染まる。そして、じんわりと胸の中に温かいなものが流れ込んだ感覚になった。
(レームス様……初対面何の、こんな風に話を聞いてくれて、優しくしてくれて……)
初めての感情に戸惑いながらも、そのキラキラとした感情を大切にするカタリーナだった。
「さて、カタリーナ嬢、ここから少しビジネスの話になるが、良いだろうか?」
「ビジネス? ……ええ、良いですが」
しばらくしてレームスからそう言われ、カタリーナはきょとんとしてしまう。
(一体何の話が始まるのかしら?)
「私なりに、リヒネットシュタイン公国のことを調べたんだ。この国の貴族は領地を持たないことや、貴族は商会や技術を持って、それで生計を立てていることなど」
「ええ、合っていますわ」
「それで、タクシス伯爵家はドレス職人を集めて、ドレス専門の商会を経営している。タクシス商会のドレスは、アトゥサリ王国の令嬢やご婦人方にも大人気だ」
「ありがとうございます」
タクシス伯爵家のことを褒められ、少し戸惑いながらもお礼を言うカタリーナ。
「我がシュターレンベルク侯爵家では、領地で絹糸を生産して布を作っている。そして、その絹布の新たな売り先を探しているんだ。タクシス伯爵家の商会で取り扱ってみないか? シュターレンベルク侯爵領の絹は質が高いから、その絹布で作ったドレスはかなり売れると思うのだが」
「確かに、タクシス伯爵家にとっても利がありますわ。素敵だと思います。ただ、そういうことでしたらお父様に」
「ああ、君のお父上、タクシス伯爵閣下にももちろん話す。ただ、カタリーナ嬢の気持ちを確かめたくて」
一呼吸置き、再びレームスは口を開く。
「カタリーナ嬢、会ったばかりで戸惑うと思うが、私の妻にならないか?」
エメラルドの目が、真っ直ぐカタリーナに向けられている。
「え……!?」
突然のことに、カタリーナはサファイアの目を大きく見開き、口を魚のようにパクパクとさせてしまう。
「あの、それは……シュターレンベルク侯爵家とタクシス伯爵家が事業提携する為のものですよね」
「まあ、そうだ。事業提携の為には両家の子女の婚約が手っ取り早い。ただ、それだけではない。私はカタリーナ嬢を好ましく思っている」
そう言われ、カタリーナは再び頬を赤く染めた。
「……私も、まだ会ったばかりではありますが、レームス様を好ましいと思いました」
恥ずかしくて、レームスと目を合わせられなかったがカタリーナははっきりとそう言った。
「おお、それは嬉しいな」
レームスは照れたような、嬉しそうな声だ。
「だがカタリーナ嬢、今の私が全てではなく、一緒に過ごすうちに私の嫌な面も見てしまうだろう。その逆も然りで、今のカタリーナ嬢が全てではなく、私もカタリーナ嬢の嫌な一面を見てしまうかもしれない。それに、もしカタリーナ嬢が私と婚約するのならば、将来的に君は祖国を離れなければならなくなる。もちろん、君に不自由はないようにするし、私の両親は穏やかな性格だから君が嫌な思いをすることは少ないと思う。どうだろう? ついて来てくれるか?」
再びレームスのエメラルドの目は、真っ直ぐ真剣にカタリーナに向けられる。
カタリーナは迷いなく頷いた。
「ええ、もちろんです」
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数日後、タクシス伯爵邸にレームスがやって来た。
タクシス伯爵家とシュターレンベルク侯爵家の事業提携と、カタリーナとの婚約について話すのである。
「事業提携、そしてカタリーナとの婚約ですか。我がタクシス伯爵家としては、断る理由はありません。とてもありがたいことです」
タクシス伯爵絵当主であるカタリーナの父がそう言ったことで、正式にカタリーナはレームスと婚約することになった。
「おめでとう、カタリーナ」
「おめでたいことだわ。貴女の幸せを祈っているわ」
両親はカタリーナの婚約を祝福してくれている。その表情から、本心であることが分かる。
だからこそ、カタリーナの心は曇ってしまう。
そして姉のユゼファがそっとカタリーナの手を握る。
「おめでとう、カタリーナ。アトゥサリ王国に行ってしまうのは少し寂しくなるわね。もし何か大変なことがあったら、遠慮なく連絡してちょうだい」
ユゼファのサファイアの目がカタリーナに向けられる。
優しく、悪意など知らないような真っ直ぐさ。
そんなユゼファと同じサファイアの目だが、カタリーナは自身の目が、そして心が曇っているように感じてしまう。
幼い頃から心の中に広がっていた灰色の感情が、爆発してしまいそうになる。
その時、レームスが隣に来てくれて、そっと肩を抱いてくれた。
「そのことなのですが、カタリーナ嬢に連絡は」
「レームス様、ありがとうございます。自分で言います」
レームスのお陰で心が少し落ち着いたカタリーナ。
レームスは少し心配そうな表情だった。
「お父様、お母様、お姉様……私は今後アトゥサリ王国に行きますが、しばらくは連絡を取らないでください。今ここにいないお祖父様とお祖母様達にもそう伝えてください」
カタリーナの言葉に、両親とユゼファは驚愕する。
「カタリーナ……どうして……!?」
ユゼファは戸惑いながらそう聞いた。
「お姉様……。お姉様は気付いていましたか? お父様とお母様、そしてお祖父様とお祖母様達が、お姉様ばかりに優しいこと。私、知っています。お姉様がお父様やお母様から優しくされて、お祖父様やお祖母様達からはこっそりアクセサリーをもらったり、お菓子をもらったりしていたこと。私がそれに何とも思わないと思いましたか」
「カタリーナ、何を言っているんだ?」
「カタリーナも私達の大切な娘よ」
両親はカタリーナの言葉に戸惑っていた。
そして、ユゼファは黙り込む。
「そう思っているのなら、どうして私とお姉様で対応を変えていたのですか? ……私だって……お姉様みたいにもっと優しくして欲しかった。お祖父様とお祖母様達にも」
カタリーナのサファイアの目から、涙が零れ落ちる。涙と共に、溜まっていた本音が出たのだ。
すると、ユゼファが口を開く。
「お父様、お母様……私は気付いております。カタリーナよりも容姿が優れていないことに。だからお父様とお母様、そしてお祖父様とお祖母様達は私に優しくしてくださったのですよね。カタリーナと比較されて、私の心が歪んでしまわないように」
ユゼファは眉を八の字にして、肩をすくめた。
「「ユゼファ……」」
両親は少し戸惑いながらも視線をそらした。
「確かに今流行しているギュンター・シュミット氏の小説のように、親の愛情が美人な妹にばかり向いていたら、私は歪んだ性格になっていたでしょう。そうならないようにしてくださったことには、本当に感謝しております」
ユゼファは穏やかな表情を両親に向ける。
そして、次に申し訳なさそうな表情をカタリーナに向けた。
「カタリーナ、本当にごめんなさい。貴女の苦しみに気付いてあげられなくて。本当に、ごめんなさい」
心底申し訳ないという感情、そこに全く悪意がないことが痛い程に伝わって来る。
「やめて、お姉様。……私、お姉様みたいな真っ直ぐさはないです。……お姉様のことを、これ以上嫌いになりたくない。お父様とお母様、お祖父様とお祖母様達のことも」
初めて零した本音に、両親とユゼファは申し訳なさそうに黙り込んでしまった。
レームスがカタリーナの涙を拭う。
「そういうことですので、カタリーナ嬢が落ち着くまでは連絡を取らないでください。どうかお願いします。もちろん、シュターレンベルク侯爵領の絹布は契約通り提供いたしますので」
レームスはそう言い、カタリーナを連れて行くのであった。
数日後、カタリーナがアトゥサリ王国へ行く日がやって来た。
「レームス様、ありがとうございます」
迎えの馬車の中で、カタリーナは穏やかな表情をしていた。
「ああ。君の心は落ち着いたのか?」
レームスは、カタリーナを気遣うような表情だ。
カタリーナは穏やかに頷く。
「ええ。家族と、そしてあまり良い思い出のないこの国から離れられますから。これ以上嫌いになる前に」
「そうか」
それ以上何も言わず、レームスはカタリーナにフッと優しい笑みを向けた。
その後、カタリーナはアトゥサリ王国で新たな日々を過ごし、疲弊していた心は回復するのであった。
読んでくださりありがとうございます!
姉妹格差で美人な妹が地味な姉から搾取する物語はよくありますが、今回はその逆を書いてみました。
ユゼファはカタリーナから搾取してはいませんが。
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ちなみに、作中に登場したギュンター・シュミットの正体はこちらの物語で明かされます。
『その子爵令嬢が小説を書く理由』
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