たとえ性悪でも、バレなきゃ問題はない。
王立学園のとある昼休憩の事。
ガゼボで同級生と食事をとっていた私は楽しそうに声を弾ませる友人達の会話に耳を傾けていた。
「聞きましたか? ブラッドリー様の」
「ええ、勿論。プロポーズなされたとか」
「お相手のクラーラ様は私達と同い年ですが、ブラッドリー様はご卒業の時期ですから」
友人の一人がわざとらしく声を潜める。
「何でも、自分がいない学園でクラーラ様が他の殿方から見初められないかが心配だったとか」
「まぁ!」
何とも楽しそうな彼女達の言葉に耳を傾けながら、私はお茶を飲む。
色恋の話には疎い方だという自覚があるけれど、友人達が楽しそうに話しをしている空気が私は好きだった。
「その時に、お花をお渡ししたんだとか」
「まぁ! 一体何のお花なのかしら。もしかして、最近流行りの」
「はい、エヴァーン・ローズらしいですよ」
「エヴァーン・ローズ!! まさかわざわざ取り寄せてまで」
その花の名に心当たりはなかったが、友人の会話から推察するに、遠方からわざわざ取り寄せる程話題になっているバラの一種だろう事は分かった。
「カリスタ様はエヴァーン・ローズについてご存じですか?」
「いえ。お花の種類や花言葉などはあまり詳しくなくて……。あ、ですけれど、バラの本数によって意味が違う事くらいでしたら」
「十二本の『私のものになってください』、百八本の『結婚してください』などは有名ですよね」
「そうですね」
友人が挙げてくれた意味ですらあやふやだった私は微笑みを浮かべつつ同意しつつ、ボロが出ないように取り繕う。
「その、エヴァーン・ローズという種は、他のバラよりも特別な点があるのですか?」
「そうなんです!」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに前のめりになる友人。
表情や態度がころころと変わる彼女の明るさを私は気に入っている。
「エヴァーン・ローズは、初めは普通のバラなのですが、成長する過程で枝咲きになる特殊なバラなんです。魔力を得ると成長が速く、大きくなるのも特徴的で」
「後は何より、枝咲きの際のお花の数ですね」
「そうなんです! 何とですね……」
「失礼」
楽しそうな声に相槌を打っていると、一人の男子生徒がガゼボへ近づいて来る。
陽の光を反射する艶やかな赤髪に黄緑色の瞳。
派手な髪に反して儚さを感じるような端正な顔立ちの生徒。
「め……っ、メイナード殿下……!」
「ああ、すまない。気にしないでくれ」
メイナード王太子殿下。
我が国の未来を背負う尊き立場のお方であり、我が校の生徒会長でもあった。
彼を見た友人達は言葉を切り、慌てて席を立とうとする。
それを彼は笑顔で止めた。
「歓談中にすまない。彼女を借りてもいいだろうか」
彼女、と彼が示したのは私。
私は会計として生徒会に属している為、彼との接点も多くあった。
今回も生徒会関係の呼び出しだろう。
……表向きは。
「申し訳ありません。私はお先に」
「も、勿論です」
「どうぞ!」
私は断りを入れてから席を立つ。
そしてメイナード様と共に校舎へと戻っていく。
「予算について、修正の依頼があってな。いくつか関連の書類の修正を頼みたい」
「畏まりました」
廊下を並んで歩いていると、何名かの殿方の視線が私へ向けられる。
頬を染めたり、呆けたような顔をしている彼らに微笑み返しつつ、私は窓を見る。
色素の薄い金色の、ふわふわとした髪。
白い肌に大きな瞳、小さくも艶やかな唇、小柄な体型に合った愛らしい顔立ち。
おまけに侯爵家という出自に説得力を持たせるお淑やかさや品性。
我ながら、魅力的な令嬢だと思う。
社交界や学園における私の評価は大変高い。
口数は少ないが柔らかな物腰で、身分差に左右されない交友関係を持ち、多くの生徒からの信頼を集め、生徒会役員としての実績も持つ。
また、学園での成績は優秀だが、ふとした時に抜けていたり、あまりの純真さを見せる事もあり、可愛らしい人物……というのが同年代からの評価であった。
一方で、別の方からは女子生徒の黄色い声が聞こえている。
これは間違いなく、隣で私と同じ『天使のような笑顔』を浮かべているメイナード様に対するものだろう。
横目で彼を見れば、他の生徒へ向けていた笑みがこちらを向く。
私は普段から取り繕っている微笑みを返すのだった。
「そろそろ、見せてくれてもいいのではないか?」
生徒会室の前まで辿り着いた時、メイナード様が私に小さく囁いた。
「君の本性を」
相変わらず美しい微笑みを浮かべているが、その瞳は鋭く光っている。
私は目を丸くして、こてんと小首を傾げた。
「本性……? ですか?」
そんな私を見て、メイナード様はやれやれと肩を竦める。
彼は生徒会室の扉を開け、入室を促した。
「今更、私達の間で何を取り繕う必要があるというんだ」
私はさっさと会計関係の書類を手に取る。
「誰もいない教室の中、手鏡を持って『今日も世界一可愛いわ』とぼやいていた姿も、講師の性差別的な発言に対して呪詛を吐き散らしていた姿も見ていると言う――」
「メイナード様」
わざとらしく声を張り上げメイナード様に私は笑顔を向ける。
しかし聊か声に圧が掛かってしまった。
メイナード様がくつくつと喉の奥で笑う。
「私は、君の素の姿の方が好ましく思うがな。愛らしい天使よりも、ずっとずっと愉快で、飽きない」
「お誠実なお生徒会長様がお性悪である事が露見すればきっと皆様泣き崩れてしまいますね」
「うーん、慇懃無礼の暴力」
何故か楽しそうに笑っている彼を無視し、私は仕事に取り掛かった。
「なぁ、やはりあの婚約者はやめておかないか」
私は答えないまま、仕事を続ける。
「いくら君の根が性悪で芸人だとしても、君自身が非常に優秀である事には変わらないだろう」
「何故だか、今すぐに持っているペンを最も身近にいる性悪の権化に投げてしまう病に罹る予感がしていますので、退室してもよろしいでしょうか?」
「自傷は勘弁してくれ」
勿論、ペンを投げるつもりなどは毛頭ないので、大人しく書類を片付ける。
そんな中頭を過ったのは、私の婚約者の事だ。
同じ侯爵家の者ではあるが、私とは相反するような性格の持ち主。
当然、関係はよろしくない。
とはいえ、これに関してはあまり憂いていない。
というのも……彼と婚姻する未来はないと確信しているのだ。
私が書類を片付け終えた頃の事だった。
忙しない足音の後、ノックと共に生徒会室へ男子生徒が掛け混んで来る。
「カリスタ嬢……!」
姿を見せたのは生徒会書記の伯爵令息だ。
彼は困惑の表情を見せながら言った。
「今、エントランスで……ダグラス殿が、婚約破棄をするとお叫びに」
「……まぁ」
メイナード様が目を瞬かせている。
その傍らで、私は口元に手を当てながら静かに笑みを深めるのだった。
「カリスタ! お前との婚約を破棄する!!」
私の婚約者ダグラスは、騒ぎを聞いてエントランスまで駆け付けた私を見るや否やそう言った。
彼の隣には、子爵令嬢のリンダ様がいる。
学園で彼と常に共にいる女性だ。
「お前はリンダが俺と親しい友である事に嫉妬し、彼女を虐めていた!! 時には怪我をさせようと画策していた事もあるというではないか! こんな事、断じて許される事ではない! よって、お前との婚約を破棄する!!」
彼がつらつらと言葉を並べた後。
その場には沈黙が訪れる。
「……あれ」
ダグラスが困惑の声を漏らす。
騒ぎに集まっていた周囲の生徒は訝しむようにダグラスとリンダを見ていたし、私は私できょとんとしたまま黙っていた。
彼にとっては想定外の反応だったのだろう。
「お、おい……っ、婚約破棄だぞ! 婚約破棄」
「婚約破棄……」
私はこてんと首を傾げる。
「それは、リンダ様と交際したいからという事でしょうか」
「な……っ、ち、ちがう! お前が、悪女だからだ!!」
「悪女……は、よくわからないのですが、ダグラス様はいつも、私よりリンダ様といる事を望んでおられますよね」
「それは、彼女を虐めるお前から守る為に――」
「私はリンダ様を虐めた記憶などありませんが……」
「白を切るのか! 見ろ、涙目になっている彼女を!」
リンダ様は確かに涙目である。
ただしそれは先程から目をかっ開いて瞬きを必死に我慢しているからに他ならない。
「確かに、もしかしたら、気付いていない内に私が傷つけてしまっていたのかもしれませんね……。もしよろしければ、具体的な時間帯や虐めに該当する行いをお伺いしてもよろしいですか?」
「そ、そんなの……ッ、昨日、とか、とにかく毎日のようにやっているんだろう!」
何故こんなぐだぐだで、自分の行いに正当性を持てると考えたのだろう。
私は内心で呆れかえっていた。
その時だ。
「昨日? それはあり得ないな」
野次馬の中から、メイナード様が姿を見せる。
「彼女は昨日、休憩時間は私と共に破損した備品の確認に赴いていたし、放課後は生徒会の定例会議があった」
「な……ッ」
「……ダグラス殿。よく、周りを見た方が良い」
メイナード様が辺りを見回すよう促す。
ダグラスはハッとして辺りを見回し、そして……周囲の冷たい視線が全て自分に向けられている事に気付いた。
「今の君は、どこからどう見ても潔白である無害な御令嬢を、一方的に、理不尽に罵っているようにしか見えないぞ」
「そ、そんな……っ、しかし彼女は本当に悪女で……!」
「仮に、彼女の性格が性悪であったとし、それが貴方が婚約解消を望む理由であったとしても、謂われない罪を擦り付ければ貴方が悪となるのは当然の事だろう?」
いや、助け舟を出しているつもりならば最後までフォローしてください。
そんな声は目一杯の困惑顔の裏に隠した。
メイナード様の発言に周囲の生徒は小さく吹き出している。
皆、私のような純真な令嬢が性悪などとは考えもつかないと言った様子だった。
ダグラスががくりと崩れ落ちる。
私はそんな彼を見て、驚いたように口元に手を当ててから――
――密かに笑みを浮かべた。
それに彼は気付いたのだろう。
「ッ、カリスタァァ……ッ」
顔を真っ赤にして震え上がっていた。
……なお誰も気付いていないようだったが、私の隣ではメイナード様が私と同じように何か好都合を確信するような、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
***
兎にも角にも、これにて婚約破棄騒動の決着はついた。
虐めの冤罪を掛けた二人は学園から孤立し、誰からも相手にされなくなったし、私にとても甘い両親達はすっかり怒り心頭で婚約解消と慰謝料請求をダグラスの家に突きつけた。
こうして晴れて、ダグラスとの婚約は解消されたのである。
因みに、彼が容姿端麗淑女である私になびかなかったのは、幼い頃からの付き合いであるが故だろう。
幼い頃の私は自分が完璧である事を理解していたが故に、一人になる度に声に出して自画自賛をする毎日を送っていた。
それをダグラスに見られてしまった事があるのだ。
誰かの悪口を言っていた訳ではないが、女性はお淑やか且つ謙虚で、男性を立てるものという考えがあったダグラスにとっては私が社交界の異物のように見えた事だろう。
私が本性を隠し、外面で周囲の評価を勝ち取っている事も気に入らなさそうだった。
彼はそれを『性悪』と呼ぶのならば、彼は女性に対して夢を見過ぎと言わざるを得ないが……それはそれとして、である。
例え私の本質が『性悪』であり、それが非難やマイナスイメージの要因になるとしても。
――バレなきゃ問題はないのだ。
長年いた婚約者がいなくなり、一度、独り身にはなったものの、焦りはない。
何故なら今の私は幼い頃とは違って完璧であるし、その証拠として、最近は明らかに好意的な視線を向ける異性やアプローチをしてくれる異性が増えていた。
その内、新しい婚約者も決まるだろう。
そもそも、婚約解消も想定内。
彼の性格と最近のリンダ様との浮気などの動きから、何らかの形で自分の主張を正当化しつつ婚約解消を申し出て来るだろうと考えていたのだ。
故に婚約が解消されようとも、私の心には余裕があった。
そんなある日。
あの騒動から数日が立った頃。
私はこの日もお昼の時間を友人と楽しんでいた。
そこへ――
「カリスタ。丁度良かった」
メイナード様がやって来る。
「メイナード様。お仕事ですか?」
「いや。今日は違う」
そういう彼は、片手に隠し持っていた一輪のバラを私へ差し出した。
「……これは?」
「馬車に乗っていたら目についてな。君に渡そうと思って。……貰ってくれるか?」
「……? わかりました」
一見すると普通の一輪のバラだ。
しかしその花弁はキラキラと細かな光が反射していて綺麗だった。
何故私に、という疑問に関しては『生徒会のメンバーの中で女性が私だけだから』という結論に至った。
気まぐれに買ったが見飽きた花を渡すにも、メイナード様にはまだ婚約者がいないので、渡す相手に困る。
そんな中、仕事仲間の女性であれば押し付けやすいとでも思ったのだろう……と、そんな風に考えていた。
私は何も考えずにそのバラを受け取る。
すると、友人達から何やら興奮気味の悲鳴が聞こえた。
一体なんだと思ったのも束の間。
メイナード様がバラに触れる。
そして――
彼の魔法によって光に包まれたバラは私の手の中で見る見るうちに成長し……あっという間に、十二の小さな花が姿を見せた。
「……エヴァーン・ローズ……ッ」
友人の一人がそう呟く。
この花が特別である理由の一つ。先日、友人から聞きそびれていたそれを私は思い出していた。
何故これがプロポーズに選ばれるのか。
きっとそれは――この、一輪に所狭しと咲く、十二のバラの花に意味があるのだろう。
「という事で、白々しい芝居もここまでにしようか」
メイナード様はそう言うと、私へ手を差し出した。
「俺と婚約してくれないか? 愛しの……あと愉快で性悪な……カリスタ嬢?」
真ん中の修飾語は、恐らく私の耳にしか届かなかった。
普段ならばその言葉に皮肉を返すようなところではあるけれど……今回ばかりは、そんな事はどうでもよかった。
どうやら私は、彼の想いを知らずの内に受け取ってしまっていたらしい。
本来ならば、このバラを受け取るのはプロポーズに承諾したものの特権だろう。
おまけに相手は王太子。
友人や周囲にいた他の生徒達は既に、私がどんな返答をするのか勝手に確信している様だった。
――逃げ道を塞がれた。
そう思って、彼の術中に嵌った事を悔しく思ったのに。
……彼の瞳が優しく細められていて。
おまけに少し耳の縁が赤いような気がして。
…………これが、嫌ではないと思ってしまった。
「……よ、喜んで」
私は彼の手を取る。
――これは、彼が王太子だから。
私が彼との時間を気に入っているとか、嬉しいとか……ましてや好きだとか。そういうのではない。
そう。そもそも貴族に愛のある結婚なんて概念はなく、地位も名声も財も、全て確立されている王太子の婚約者ならば、将来も安泰だから。
ただ……それだけの理由だから。
そう、自分に言い聞かせて高鳴る鼓動を落ち着かせようとするのに。
――どうしてだろう。
顔に溜まる熱は、一向に引きそうになかった。
メイナード様が、熱くなった私の頬を空いている手で優しく撫でる。
安堵したような微笑みが、すぐ目の前にあった。
……性悪だとか、それがバレているだとか。
どうやら彼に対しては――そんなもの、関係がなかったようだ。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!




