甘く、苦い口付け
大抵、常識というのは自分の評価ではなく大衆の評価で決まるものだ。
リンゴが赤いのは、大衆が「赤」と評価したからだ。
その大昔、リンゴは「青」と大衆が言えば、リンゴは青色と呼ばれていただろう。
それは人も同じだ。
人の印象は半分他人の評価に左右される。
それは誰しも同じだろう。
どんな善良な人間も、「あの人って人の悪口ばかり言う最低な人だよ」と聞けばその人の印象は悪くつく。そしてそれが事実でも事実でなくとも、段々とその印象はその人の常識と化していく…と。
目に優しい木の円卓の上に置かれたティーセットが、ふわふわと湯気を出す。
「昔本で読んだの」
女は温かい紅茶に角砂糖をゆっくりと落とし、スプーンで音が鳴らないように混ぜる。中心に渦が落ち、紅茶色に反射したスプーンが水滴を落とした。
「さあ、飲んで。故郷から送られてきた紅茶なの」
女はXの向かいに座り、マグカップを持ち上げて紅茶の香りを嗅いだ。
飲むわけではないのか、とXは勝手に突っ込む。
「私の名前はメテオラ。戦士上層部の一人よ」
Xが湯気のある紅茶を喉に流すと、沸騰の強さに思わずビクリと震える。
しかしメテオラはその行動に「フフ」と小さく笑みを零し、自身も一口紅茶を口に含んだ。
「こんな所に連れてきてごめんなさい。
私は貴方の担当になってしまったから、どうしても話すことがあってね」
ヒリヒリする舌をなるべく刺激しないように口の中で丸めたXは、少し涙目の様子でコクコクと頷いた。
「戦士は、二百人弱で形成される政府公認組織よ。
私たちの目的は、宇宙組織を討つため。そして、呪いを世界から無くし、戦争のない平和な世代を作ること」
平和…。
Xの頭の中でその言葉が反復し、砕けた。
「X、貴方にはこれからチームを組んで貰う」
「チーム?」
Xは冷めた紅茶を大量に流し込んだ。
「貴方は闘うために生まれたから、才能はある程度あるはずよ。だから先生を付けず、師匠とチームメイトのマンツーマン指導でなんとか半年後の宇宙戦争に備えて欲しいの」
Xは隣に置かれた茶菓子であるマーブルクッキーを咀嚼した。
一枚でコンビニのおにぎりが十個近く買える値段のクッキーに、Xは舌鼓を打つ。
「ということで、これから貴方は訓練室に行ってチームメイトと…」
「お、おい待てよ!」
クッキーに気を取られていたXだが、思わず手を前に出してメテオラを制止させる。
まだ戦士になるなんて言ってないし、そんな詳しい説明今されても困る一方だ。
「…そのクッキー、美味しかった?」
メテオラは突然目を下ろして一枚も無くなったクッキーを見つめた。正しく言えば、真っさらな皿を見つめているのだが、メテオラには無くなったクッキーが確かに見える。
「え、何だよ突然。まあめっちゃ美味かったけど」
「そのクッキー、食べたら戦士にならなきゃいけないのよ」
「は?」
Xはぽかんと口を開けてしまった。
メテオラは「あーあ残念。出されたものは疑って食べないとね」と呆れながら最後の紅茶を啜った。
「働かざる者食うべからず〜」
ニヤニヤとメテオラが笑うと、Xはぐっと腹が立ったが言い返せない顔をした。
しかしポッと何かが思いついたようで、勢いよく立ち上がり部屋のドアに手をかける。
「そのクッキーの値段!クッキーの値段分働いたら、俺は戦士を辞める!」
唐突な宣言に、メテオラは深く意味深な笑みを浮かべて手を振った。
「良いわよ、それで〜」
よぉし、言質は取ったからな!とXはバタンと勢いよくドアを閉めて部屋を出た。
綺麗に食べられたクッキーと飲み干された紅茶を、メテオラは一瞥した。
(騙しがいのある奴なことだ…)
くくく、とひとり笑いを浮かべながら。




