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『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第一章

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第九話 まだ終わっていない

 浜辺からの帰り道。


 満腹と疲労と、そして一億円分の虚無を抱えながら、私たちは街道を歩いていた。


 波の音が遠ざかり、夜風が少し冷たい。


 ……静かすぎる。


 私は、ふと足を止めた。


「ねえ、グラン」


「なんですじゃ?」


 前を歩く老人の背中に、問いを投げる。


「私たち、どうすれば元の世界に帰れるの?」


 空気が、一瞬だけ止まった。


 グランは歩みを緩めるが、振り返らない。


「召喚魔法ってさ」


 私は続ける。


「永遠に留めておけるものじゃないでしょ」


「イフリートだって、戦いが終わったら消えた」


「役目を終えたら若しくは、倒されたら消える」


 喉が、少し乾く。


「……私たちも、召喚された存在だよね?」


「なのに、なんでまだ、この世界にいるの?」


 沈黙。


 その間に、ひよりがそっと口を挟んだ。


「……ひょっとして」


 小さく首を傾げる。


「私たち、まだ“役目”が終わってないんじゃないですか?」


 胸が、嫌な音を立てた。


「……やめてよ」


 私は即座に否定する。


「これ以上、資産減らすってこと?」


「セイレーンで終わりじゃないの?」


 グランの背中が、わずかに揺れた。


「まさか……」


 私は、乾いた笑いを浮かべる。


「お決まりの、魔王とか?」


 ゆっくりと。


 グランが、振り返った。


「……ほっ」


「そんなとこじゃのう」


 ――やっぱり。


 ひよりが目を輝かせる。


「じゃあ、魔王を倒したら帰れるんですね!」


「……そうじゃのう……」


 歯切れが、悪い。


 私は目を細めた。


「……何か隠してる?」


「ほっほっほ!」


 グランは誤魔化すように笑った。



「ところで」


 歩きながら、私は別の疑問をぶつける。


「グラン、正直に言っていい?」


「なんですじゃ?」


「あなた、全然役に立ってないわよね」


「ほっほっほ!」


 否定しないんだ。


「ひかり殿のスマホ、内訳が出るようになったじゃろ?」


「……あ」


 思い出す。


「あっぷでぃと、じゃ」


「変な言葉、知ってるわね」


「ほっほっほ。ひより殿に、そちらの世界の事、いろいろ教えてもらっておるでな」


 横を見ると、ひよりが照れたように笑った。


「グランさん、飲み込み早いんですよ」


「ひより殿は、博識じゃからのう」


 グランは、ぐっと拳を握る。


「腰も治してもらったし、魔法も、前よりパワーアップじゃ!」


 ……本当に?



 街外れ。


 街灯も途切れ、赤く照らされた地面。


 空気が、熱を帯びている。


 その中央に――炎に包まれた魔物が立っていた。


「サラマンダー……」


 ひよりが、息を呑む。


 火の精霊。


 熱波だけで、肌がひりつく。


「グラン!」


 私は即座に叫んだ。


「召喚魔法!」


「ほっほっほ!」


 ……その笑顔、嫌な予感しかしない。


「無理じゃ!」


「は?」


「儂、魔王の封印魔法を受けてな」


「……」


「呼べる召喚獣が、イフリートとエターナル・ブルードラゴンだけなんじゃよ」


「それ、サラマンダーに効く?」


「まったく効かん!」


 ドヤ顔だった。


「……ほんと役に立たない」



 サラマンダーが、腹の底から咆哮した。


 熱が、爆発する。


 炎の塊が弾丸のように飛来し、地面を焼き、空気を歪ませる。


「――っ!」


 反射的に身を引く。


 頬をかすめた熱だけで、皮膚がひりついた。


「ひよりさん、下がって!」


 炎が、包囲する。


 逃げ場が、ない。


 私は歯を食いしばった。


 フライパンでは防げそうにない。


(……やるしかない)


 覚悟を決めてイメージする。


 火を、消す。


「……水」


 声が、震える。


「来なさい……!」


 次の瞬間――消防車が、出現した。


「……は?」


 赤い車体。


 現実感のない光景。


 だが、考える暇はない。


「いっくよー、それ!」


 ひよりと同時にホースを掴む。


 バルブを開いた瞬間――轟音と共に、水が噴き出した。


 圧倒的水圧。


 白い奔流が、一直線にサラマンダーを撃ち抜く。


 炎が、悲鳴を上げるように掻き消える。


 火の玉が、水蒸気となって霧散した。


「効いてる……!」


 サラマンダーが、濡れた身体を震わせ、苦悶の咆哮を上げる。


 火が、弱まっていく。


 腕が痺れ、水圧に、身体ごと持っていかれそうになる。


 でも、止めない!水が尽きるまで!


 サラマンダーは、ついに膝を折り、炎が、完全に消えた。


 最後の一撃。


 咆哮と共に光が弾け、魔物は崩れ、塵となって夜風に消えた。

 

 静寂。


 水音だけが、地面に落ちる。


「……はぁ……なんとか倒せた……」


 私たちは、その場に崩れ落ちた。


 ……スマホが鳴らない。


 と、思った瞬間、影が落ちた。


 冷たい。


 さっきまでの熱が嘘のように、空気が凍る。


 背筋に、氷を滑らせたような感覚。


 ゆっくりと、顔を上げる。


 ――空に、誰かがいた。


 黒い翼。


 夜を切り取ったようなシルエット。


 ただ、そこに“現れた”。


 スレンダーな身体。


 非の打ち所のない顔立ち。


 澄んだ、美しい瞳。


 艶やかで、風に揺れる髪。


 ……美しい。


 だが。


 息が、詰まった。


 理由が、分からない。


 ただ、本能が告げている。


 ――見てはいけない。


 ――逆らってはいけない。


 その存在から、溢れ出すオーラが、世界の輪郭を歪ませる。


「……魔王……」


 声が、かすれた。


 女魔王は、私たちを見下ろし――微笑んだ。


 それだけで、心臓が跳ねる。


「ようこそ」


 鈴を転がしたような、綺麗な声。


 なのに。


 逃げ場を塞ぐ、威圧。


「異世界の、客人たち」


 その言葉が、夜空に溶ける。


 星が、遠ざかる。


 空が、この存在に支配される。


 ――分かった。


 セイレーンも、サラマンダーも違う。


 本当の“役目”は、まだ先だ。


 これは、序章に過ぎない。


 ――まだ、何も終わっていなかった。

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