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『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第一章

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第八話 歌って倒せ、海の精霊

 翌朝。


 治療所の外で、グランがやけに元気だった。


 腰をぐるりと回し、屈伸までしている。


「ほっほっほ!いやあ、ひより殿の薬は効くのう!腰が羽のようじゃ!」


 ……それを見て、私は一つの真理に気づいた。


(この人が戦えば、私の資産、減らなくない?)


 そんな打算を微塵も感じ取らず、グランは満面の笑みでこちらを見る。


「さて、ひかり殿」


「なに」


「今日からが、本番ですじゃ」


「……え?」


 嫌な予感がした。


「これまでの戦闘は、すべてひかり殿の力を試しただけでしたからの」


 杖を肩に担ぎ、やけに得意げに言う。


「つまり――」


「真の魔物退治に出発ですじゃ!」


 ……聞いてない。



 目的地は海辺だった。


 海の精霊、セイレーン。

 歌声で漁師を惑わせ、船を遭難させる魔物。


「漁に出られず、このままでは、食糧難ですじゃ」


 グランが説明する横で、私は即座に最適解を提示する。


「グラン、イフリート呼んで」


「炎の精霊でしょ?一発で終わるじゃん」


「……」


 グランは、わずかに視線を逸らした。


 嫌な間。


「……それがの」


 やっぱり。


「セイレーンは、物理攻撃も魔法攻撃も無効なんじゃ」


 ひよりが首を傾げる。


「炎に弱いって、定番ですよね?」


 グランは即答した。


「この世界のセイレーンは、剣も魔法も炎も受け付けん!」


「儂の召喚獣でも、傷一つつけられん!」


 私は腕を組む。


「……じゃあ、どうやって倒すの?」


 そのとき。


 ひよりの目が、きらりと光った。


「……歌、ですよね」


「?」


「セイレーンの攻撃手段は歌で、相手を惑わせる」


 グランが息を呑む。


「……つまり?」


「同じ、歌なら相手自身にも、効く可能性があります」


 ひよりが一歩、距離を詰める。


「ひかりさん!一緒に歌いましょう!」


「……は?」


「レバブルの歌!振り付きで!」


「無理無理無理!」


 私は全力で首を振った。


「アイドルは戦場に出ません!」


「出ます!」


 即答だった。


「ライブは、戦いですから!」


 ……推しに人生かけてるタイプだ、この子。



 問題は、そこからだった。


「……ダメです」


 ひよりが腕を組む。


「何が」


「衣装がありません」


「そこ重要?」


「重要です」


 真顔だった。


「アイドルは、衣装で魅了します。つまり、何を着るかで戦闘力が決まります」


 嫌な汗が背中を流れる。


「……取り寄せるの?」


「お願いします」


「……いくらくらい?」


「考えない方がいいです」


 考えたくない。


 私は目を閉じた。


「……可愛くて……かっこよくて……アイドルっぽいやつ」


 イメージ。


 えい。


 光が弾けた。


 まず、ひより。


 フリルが舞い、軽やかで華やか。

 完璧なアイドル衣装。


「……可愛い」


 次、私。


「……重っ!?」


 ずしん、と足が沈む。


 派手。

 無駄に金属光沢。

 圧倒的存在感。


(年末の歌合戦で大御所が着るやつだ……)


「……一億とかするやつ……」


 胃がきしんだ。


「グランさんも!」


 光。


 ……ほぼ変わらない。


 ただし、サングラス。


「……それだけ?」


「似合っとるじゃろ?」


 否定できないのが腹立たしい。



「……まだです」


 ひよりが言った。


「今度は何」


「グループ名がありません」


「関係ある!?」


「あります。名前には力が宿ります。言霊です」


 必死に考える。


「……Leverage(レバレッジ)Bear(ベア)


「……レバベア」


 ひよりの目が輝いた。


「いいですね!」


 決まってしまった。


「……私、曲知らない」


「歌詞カード出してください!」


 嫌な予感しかしない。


 えい。


「……カラオケセット?」


 考えない。



 海辺。


 霧の向こうで、セイレーンが歌う。

 甘く、危険な旋律。


「グランさん!」


「はいはい!」


「リズムお願いします!」


 グランは直立不動で、両腕を幽霊のように上下させる。


「ほっ」


「ほっ」


「ほっほっほ」


 呪文でも祈りでもない、謎のリズムで口ずさむ。

ぽにゃが嬉しそうに、踊るように駆け回る。


 ……なにこの絵面。


 だが。


 ひよりが歌い出した瞬間、空気が変わった。


 澄んだソプラノ。

 強く、優しく、心を掴む声。


 可愛い。

 可愛すぎる。


 視線で「歌って」と合図され、私は腹を括った。


 歌う。

 必死に踊る。


 いつの間にか、セイレーンの歌は、止んでいた。


 波間に浮かぶその姿が、ひよりの歌に合わせて、ゆっくりと揺れている。


 まるで――一緒に、リズムを取るように。


 視線は、ひよりの衣装へ。


 フリルが揺れるたび、うっとりと目を細める。


 両手を胸の前で合わせ、完全に、聴き入っていた。


 最後のフレーズ。


 ひよりの歌声が、波間に溶ける。


 歌が、終わった。


 セイレーンは、満足そうに微笑み――

 何も壊さず、静かに、海へと沈んでいった。



「……勝ったの?」


「いや、満足しただけじゃの」


 グランは、穏やかに笑う。


「笑顔で帰っていった。しばらくは、悪さはせんじゃろう」


「……しばらく?」


「たまに歌えば、問題ないのう」


 ……定期ライブ制。


 ――その瞬間。


 ピロリン。


 恐る恐る、スマホを開く。


【talina銀行アプリ】

前回残高 ¥811,424,400

今回使用額 ¥112,020,000

現在残高 ¥699,404,400


「……」


 内訳。


・アイドル衣装(大御所仕様) 100,000,000円

・アイドル衣装(ひより用) 2,000,000円

・サングラス(グラン用) 20,000円

・カラオケセット一式 10,000,000円


「…………一億」


 世界が、無音になった。


「……ひかりさん?」


 私は砂浜に崩れ落ちた。


「……私の……老後が……」


 ひよりが慌てる。


「ご、ごめんなさい……!」


 私は深く息を吸った。


「次からは……必ず、予算会議するから!!」


 その時、背後から、威勢のいい声が響いた。


「姉ちゃんたち!」


 振り向くと、数人の漁師たちが駆け寄ってきた。


「さっきの歌、最高だったぜ!これで船が出せる!」


 ぐいっと腕を掴まれる。


「待ってろ!最高にうまいもん、食わせてやる!」



 その夜。


 浜辺に即席の宴が開かれた。


 目の前には――


 艶やかに光る、新鮮な魚の刺身。


「……」


 私は、箸を握りしめる。


「……喰ってやる」


 低く呟いた。


「とことん、喰ってやる。これは……一億の刺身だ……!」


 初セリ並み。


 口に入れた瞬間。


 ――美味い。


 信じられないほど、美味い。


 涙が、ぽろっと落ちた。


「……くっ……美味い……一億の味……」


 本当に、格別の刺身だった。



「姉ちゃんたち、名前は?」


 漁師の一人が、酒を片手に聞いてくる。


 ひよりが、にこっと笑った。


Leverage(レバレッジ)Bear(ベア)


「レバベアです!」


「レバベアか!」


 豪快に笑う。


「また歌いに来てくれよな!魚、山ほど用意するからよ!」


 ……刺身で、完全に買収された。



 帰り道。


「……次は、安く歌おう」


 私が力なく言うと、ひよりは元気よく頷いた。


「大丈夫です!今度は、私が衣装作りますから!」


「……え?」


「普段、コスプレもやってるので得意なんです」


「……」


 また一つ。


 意外な一面を知ってしまった。


「……先に言ってよ!」


 私は、遠くの海を見ながら深く息を吐く。


 ――でも。


 世界は救われた。魚も戻った。


 そして。


 刺身は、最高だった。


 ……一億の味がしたけれど。

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