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『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第一章

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第五話 白衣のひよりと、錆びた刃の距離

 目を覚ましたとき、ひよりは天井を見つめていた。


 ……いや、正確には、私がその光景を見ていた。


 木造の簡素な天井。

 太い梁。

 干した薬草の影が、ゆらゆらと揺れている。


 ――ああ、治療所だ。


「……起きた?」


 声をかけると、ひよりがゆっくりこちらを向いた。


 少しぼんやりした目。

 でも、ちゃんと焦点は合っている。


「ひかり……さん……?」


「おはよう。お水……じゃなくて、薬草茶」


 湯気の立つカップを差し出すと、ひよりは両手で受け取った。


「ありがとうございます……」


 一口飲んで、ほっと息をつく。


 その様子を見て、私もようやく肩の力が抜けた。


 ここは王都外れの簡易治療所。

 グランが、魔物討伐後の休憩場所として手配したらしい。


「……すみません」


 ひよりが、小さく頭を下げた。


「血を見て倒れるなんて……役に立たなくて……」


「ちがう」


 即答した。


「倒れたのは、錆びた短剣を甘く見た私のせい」


 そう言って、右手を差し出す。


 ひよりは心配そうに、私の手をじっと見つめる。


「……ああ、これくらい大丈夫」


 完全に強がりだ。

 さっきから、じわじわ痛い。


「大丈夫じゃありません!」


 ひよりの声が、少しだけ変わった。


 いつもの柔らかさじゃない。

 芯の通った力強い声。


「ゴブリンの短剣……錆びてましたよね」


「……うん」


 その瞬間、ひよりの肩が、ほんのわずかに震えた。


「……それ、危ないです」


 ひよりは小さく息を吸う。


「錆びた刃物の傷は、菌が入りやすい。破傷風のリスクがあります」


「……破傷風?」


「はい。放っておくと、筋肉が固まって、呼吸もできなくなることがあります。最悪……命に関わります」


 淡々とした説明。

 でも、声の奥が、わずかに揺れていた。


 グランが、低く唸る。


「……この世界でも、似た症状は呪いとして恐れられておる」


 ひよりは、ぎゅっと白衣の裾を握った。


「呪いじゃない。病気です」


 グランが、感心したように頷く。


「ほっほ……見事な知識ですじゃ」


 一瞬の沈黙の後、私は気になっていることを聞いた。


「……ひよりさん」


「はい?」


「血、平気?」


 ぴたり。


 ひよりの動きが止まる。


「……怖いです」


 視線が揺れて、ほんの少し唇を噛んだ。


「今も……正直、心臓がバクバクします」


 彼女は、逃げなかった。


「でも」


 ひよりは、私の手をそっと取る。


 細くて、温かい指。


「ひかりさんが怪我してる方が、もっと怖いです」


「だから……我慢します」


 薬草液を用意する。


「まず洗いますね。しみますけど……」


「うん」


 液体が傷に触れる。


「……っ」


 普通に痛い。


「ごめんなさいっ」


 ひよりが慌てて言う。


「でも、ちゃんと洗わないと……!」


「大丈夫。老後資金削られるよりマシ」


「それ、比較対象がおかしいです!」


 思わず、二人で小さく笑った。


 消毒。

 止血。

 包帯。


 手つきは驚くほど的確だった。


「……ねえ」


 私は聞いた。


「どうして、この世界の薬草、そんなに分かるの?」


 ひよりは、少し考えてから答えた。


「……私、植物が大好きなんです」


「植物?」


「はい。元の世界の植物と、この世界の植物……すごく似てるんです」


 薬草を指で示す。


「葉の形、香り、根の色……だから、効能も推測できるんです」


「でも、調合までできるのは……」


 ひよりは、少しだけ照れた。


「……実家が、製薬会社なので」


「え?」


「子供の頃から、調合を遊びで真似してました」


 一拍。


「……ちょっと待って」


 嫌な予感。


「実家って……まさか」


「九条製薬です」


「……」


「……」


「……九条製薬!?!?」


「はい」


「ひえぇ……お金持ちのお嬢様だ……!」


 ひよりは、困ったように笑った。


「でも、こっちの世界の植物……本当にすごいんです」


 少し、目が輝く。


「効果が、元の世界の何倍も高い」


「何倍?」


「……体感で、数倍から十倍くらい」


 さらっと怖いこと言った。


「同じ薬を作っても、元の世界なら数日かかる治癒が……数時間で済んだりします」


「……それ、革命では?」


「はい」


 ひよりは、嬉しそうに頷いた。


「まだ研究の余地はありますけど……この世界の植物、本当にすごいです」


 その顔は。


 血を怖がる少女じゃなくて。


 研究者の顔だった。


 スマホが、静かに震える。


【talina銀行アプリ】

 今回使用額 ¥0

 現在残高 ¥811,424,400


「……減ってない」


 私は、心から安堵した。


「今の処置、無料?」


「はい。現地の薬草だけなので」


「最高」


 本音だった。


「お金も……ひかりさんも、無事で良かったです」


 ひよりが、ほっとした顔で言う。


 その表情が、やけに優しく可愛いかった。


「ねえ、ひよりさん」


「はい?」


「これからも、そばにいて」


 一瞬、目を見開いて――


「……はい」


 小さく、でも確かに頷いた。


「ひかりさんと一緒にいると……なぜか安心します」


 二人の間に確かな信頼が芽生えていた。


 錆びた刃は怖い。

 魔王も怖い。

 老後の資金を削られるのはもっと怖い。

 でも。


 この白衣の天才が隣にいるなら。


 ――節約しながら、世界を救うのも、悪くない。

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