第48話 揃えられた駒
氷都の空が赤く裂け、軍旗がはためく。
爆音と悲鳴の只中で、若きグランの分霊体は、ふと視線を逸らした。
戦場ではない。
氷塔の陰、誰も注視しない死角。
「……ふっ。見事だな」
青い瞳が細まる。
「誰にも気づかれなかった」
右手が、ゆるやかに掲げられる。
空間が波打つ。
次の瞬間、空気が剥がれるように裂け、一人の青年が姿を現した。
レグルト。
隠蔽結界魔法を得意とする静かなる弟子。
彼は膝をつき、息を整えながら仮面のないグランを見上げる。
その顔を見た瞬間、瞳が揺れた。
「……あなたは……本当に師匠なのですか?」
問いは、恐れ半分、確信半分。
青年グランは微笑む。
「聞いてたんだね」
声は柔らかい。
「そうだよ。キミと出会う、ずっと前の僕だけどね」
レグルトは恐る恐る聞く。
「では……あなたが、全ての企みを?」
「企み、という言い方は好きではないな」
青い瞳が、戦火を映す。
「世界を、壊さないための調整だ」
レグルトは拳を握る。
「あなたは……何をしようとしているんです」
グランは答えない。
代わりに、周囲を見回した。
「おっと。まだ役者が揃っていない」
指先が、空間をなぞる。
ぱちり、と音が弾ける。
氷塔の周囲に、小さな転移光が次々と咲いた。
ひより。
つむぎ。
ぽにゃ。
そして。
氷の床に、静かに横たわる女性。
円城寺ひかり。
その胸はかすかに上下しているが、意識は深い闇に沈んでいる。
ひよりが駆け寄る。
「ひかりさん……!」
だが、見えない壁に阻まれる。
グランは楽しげにそれを眺めた。
「大丈夫。過去の記憶を彷徨っているだけだ」
ゆっくりと、ひかりへ向き直る。
「でも。そろそろ起きてもらおうかな」
右手を掲げる。
指先から放たれた念が、透明な糸のように伸びる。
ひかりの額に触れた瞬間。
「……うっ」
まぶたが震える。
氷の床に反射する光。
ゆっくりと目が開く。
「……ここは……」
視界が揺れる。
赤く染まる空。
軍勢。
見慣れぬ戦場。
そして。
仮面のない青年。
その顔を見た瞬間、ひかりの鼓動が強く跳ねた。
どこかで、見た。
記憶の奥で。
老いた顔と、若い顔が重なる。
理解が追いつかない。
⸻
「まだ一人、足りないな」
グランが、軽く指を鳴らす。
「それ」
ひよりの目前に、空間の裂け目が開く。
何かが、落ちた。
鈍い音。
血の匂い。
「きゃっ……!」
ひよりが後ずさる。
氷上に転がったのは、血まみれの男。
鎧は裂け、胸元が赤く染まっている。
つむぎが即座に前に出る。
「ひよりさん!まだ息がある!」
鼓動は弱い。
だが、確かに生きている。
ひよりは震える手で回復薬を取り出す。
口元に流し込む。
淡い光が傷を包む。
数秒。
静寂。
そして。
「……っ」
男の胸が大きく上下する。
目が開いた。
ヴァルド将軍。
彼はぼんやりと天を見上げ、次いで視線を動かす。
つむぎの顔が映る。
理解の光が宿る。
「……そうか、呼ばれたのだな」
短い言葉。
だがそこには、状況を即座に把握した者の覚悟があった。
⸻
氷塔の上。
グランは満足げに頷く。
「これで、ようやく揃った」
レグルト。
ひより。
つむぎ。
ぽにゃ。
ヴァルド将軍。
そして、ひかり。
六つの視線が、青年へ向く。
「何が目的なの……」
ひかりの声は、まだ掠れている。
だが、その瞳には炎が宿り始めていた。
グランはゆっくりと両手を広げる。
背後で戦火が上がる。
アストレア軍が進撃し、氷都が軋む。
「簡単なことだよ」
青い瞳が細まる。
「選んでもらう」
「守るか」
「壊すか」
「均衡を受け入れるか」
「それとも、理想を貫くか」
ひかりの胸の奥で、炎が揺れる。
守ると誓った。
だが。
守るために戦えば、誰かを傷つける。
それを、グランは知っている。
「世界はね、円城寺ひかり」
青年の声が、静かに落ちる。
「優しさだけでは回らない」
氷上に立つ六人。
戦火の中心。
全ては、ここへ収束する。
そして。
若きグランの瞳が、わずかに愉悦を帯びた。




