第四話 低コスト討伐・節約プランA
王城を出た直後、私は深く息を吐いた。
「……疲れた」
「まだ何もしてませんけど?」
隣を歩く九条ひよりが、首をかしげる。
声が柔らかい。
見た目も柔らかい。
でも白衣の内側から漂う知性オーラがすごい。
「王様って、あんな圧で話すんだね……」
「分かります。私、医学部の教授を思い出しました」
「それ、同じ種類の圧だ」
ひよりは、くすっと笑った。
この世界に来てから、初めて見た自然な笑顔だった。
「で」
私は歩きながら聞く。
「ひよりさんも、勝手に召喚されたの?」
「はい。気づいたら白髭のおじいさんがいて」
「うん、うちのグラン」
「薬草の名前をいくつか聞かれて……そのまま」
雑すぎる。
「戦闘とか、平気?」
「無理です」
即答だった。
「血を見ると、倒れちゃいます」
「潔い」
好感度が上がった。
王都の外れは、少し荒れていた。
倒れた柵。
踏み荒らされた畑。
「この辺りに、魔物が出るらしい」
グランが言う。
「小型のゴブリンじゃ。数は三、四体」
――小型。
その言葉に、私は少しだけ肩の力を抜いた。
「ひよりさん」
「はい?」
「今回は、私の資産を守る回だから」
「……?」
「高いのは呼ばない」
私は、スマホを胸ポケットにしまった。
ほどなくして、物陰からそれは現れた。
緑色の肌。
錆びた短剣。
背丈は小学生の低学年くらい。
「……ゴブリン」
ひよりが、少しだけ後ずさる。
「大丈夫」
私は手を上げた。
「今日は――節約プランAでいく」
「節約にプランが?」
「ある」
私は集中した。
――向こう側。
――日本。
――安くて、丈夫で、使い捨てでも惜しくないもの。
次の瞬間。
私の手に現れたのは――
「……スリッパ?」
左右色違いの、来客用スリッパ。
グランが固まる。
「ひ、ひかり殿……?」
「大丈夫。これ、一足500円くらい」
ゴブリンが襲いかかってきた。
私は――
スパァン!
思い切り、頭を叩いた。
「ぎゃっ!」
もう一体。
バシィ!
「ぎゃふっ!」
最後の一体。
私は、スリッパを構えながら叫ぶ。
「これが――生活防衛魔法よ!」
数秒後。
ゴブリンたちは、気絶して転がっていた。
沈黙。
ひよりが、ぱちぱちと瞬きをする。
「……すごい」
「でしょ」
「いえ、その……発想が」
グランは、震える声で呟いた。
「召喚魔法とは……ぶつぶつ……」
その時。
ピロリン。
私は、恐る恐るスマホを開いた。
⸻
【talina銀行アプリ】
前回残高
¥811,425,000
今回使用額
¥600
現在残高
¥811,424,400
⸻
「……」
私は、両手を握りしめた。
「……減ってない。少しの誤差だけ」
ひよりが、目を輝かせる。
「600円で魔物討伐……?」
「うん。コスパ最強」
「……私、この人についていこう」
小声だけど、聞こえた。
「今、なんて?」
「いえ、独り言です」
ひよりは、慌てて薬瓶を取り出した。
「怪我は?」
「無い」
「念のため、見せて下さい」
彼女は、私の手を取った。
近い。
近いし、いい匂いがする。
「……ひよりさん」
「はい?」
「その距離、ちょっと危険」
「え?」
次の瞬間。
私の手から血が滴り落ちた。
つーと赤い線。
「……え?」
スリッパを持っていた手がいつの間にか斬られていた。
と、言ってもかすり傷。数ミリ切れただけでほっとけば自然治癒する範囲。
「……あ」
ばたり。
「倒れた!?」
私は慌てて支えた。
軽い。
柔らかい。
「ひよりさん!?しっかり!」
グランが、深く頷いた。
「うむ。やはり安かろう悪かろうでしたな」
……確かに甘く見てた
「ゲームとは違う、斬られれば痛いし、場所が悪ければ死ぬ」
こうして。
私は知った。
この世界を生き抜くには――
・高額召喚より生活用品
・火力より発想
・でも、安かろう悪かろうは命の危険
スマホの残高は、まだ十分。
でも、次は分からない。
だから私は今日も考える。
「どうやって――お金を減らさずに、世界を救うか」
ほのぼのと、胃の痛みを抱えながら。




