表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/46

第29話 王都陥落前夜

 その日、城門は民を守るためではなく、王を守るために閉じられた。


 地鳴りの正体が足音だと知った時には、もう遅かった。


 地平線を埋め尽くす影。

 黒い波。


 だがそれは魔物の軍勢ではない。


 かつて人だった者たちだった。


 兵士。農夫。商人。職人。母親。子供。


 破れた服のまま、名残のある顔のまま、濁った瞳で王都を目指して歩いてくる。


 叫び声もない。


 擦れた喉から漏れる低い唸りだけが、世界の終わりを告げていた。


「門を閉じろ!! 全門封鎖!!」


 王の命令が下る。


 巨大な城門が軋み、跳ね橋が上がる。



 城門の外では、まだ人が生きていた。


「開けてくれ!!」


「赤ん坊がいるんだ!!」


「まだ感染してない!! 頼む!!」


 門を叩く手。

 泣き叫ぶ声。


 だが門は開かない。


 城壁の兵は目を逸らし、命令だけを叫ぶ。


「下がれ!! 離れろ!!」


 次の瞬間、群れが到達した。


 人だったものが、人に襲いかかる。


 悲鳴が響き渡り、血が石畳を濡らす。


 城壁の上から矢が降る。

 だが数が違いすぎた。


 一体倒れても、その上を踏み越えて次が来る。


 押し潰され、噛まれ、引きずられ、やがて悲鳴が消えた。


 代わりに増えたのは、同じ唸り声。


 門の前に、新しい群れが加わった。



 王城内。


「王よ、民をお入れください! 民は国の礎ですぞ!」


「黙れ!!」


 王は玉座の肘掛けを叩いた。


「食糧は限られている! 無益な者を抱える余裕はない!」


 城内に残されたのは、王にとって価値のある者だけだった。


 金を持つ者。利用できる者。美しい者。


 それ以外は、切り捨てられた。



 城壁の上。


 ヴァルド将軍は外を見下ろしていた。


 敵ではない。

 知っている顔を見ている。


 酒場で語り合った友。

 家族の話をして笑っていた部下。


 今は全員、理性を失った瞳で城を見上げている。


「将軍……撃てません……」


 若い兵の声が崩れる。


「……撃つな」


 ヴァルドは低く言った。


「威嚇だけでいい。殺そうと思うな」


 その直後、城壁下で結界を張っていた魔導士が噛みつかれた。


「ぎゃああああ!!」


 助けに行けない。

 誰も動けない。


 やがてその魔導士が立ち上がる。


 血に濡れた口元で、ゆっくり城を見上げた。


 感染者の濁った瞳……人の理性は失っていた。


 ヴァルドは唇を噛み、血を滲ませた。


(何が民のための開拓だ)


 死の谷の調査。

 王の命令。

 国の未来のためという美辞麗句。


(あれは嘘だった)


 ただの領土欲。

 ただの野心。


 その結果が、これだ。



 その時、城の中央から蒼い光が天へ伸びた。


「グラン殿……」


 至高位大魔導師。


 王城全体を包む巨大結界が展開される。


 光の壁が、感染者の波を押し留めた。


「魔物は城内に入れるな!!」


 歓声が上がる。


 だがグランの顔は青白い。


 汗が頬を伝い、唇は震えていた。


 これは攻撃ではない。


 守る魔法。

 押し返す力ではなく、受け止め続ける力。


「グラン様、持ちますか!?」

 若い魔導士が心配そうに尋ねる。


「……時間は稼げる」


「だが……いつまで食糧がもつか」



 数日後。


 城内で食糧の奪い合いが始まった。


 配給は減り、倉庫前で兵と市民が殴り合う。


「俺たちは外で戦ってきたんだぞ!!」


「作物を作ったのはこっちだ!!」


 秩序が崩れていく。


 グランは結界を維持しながら、それを見ているしかなかった。


 魔物は防げる。


 だが、人の醜さは防げない。



 重臣たちの会議は、もはや儀式のようだった。


 結論は出ない。

 希望もない。


 ただ時間だけが過ぎてゆく。


 その時。


 静かに扉が開いた。


 入ってきたのは、白銀の法衣を纏った一人の老人だった。


 枢機卿カーディス・レヴァンテ。


 細身の体。

 年齢不詳の穏やかな顔。

 常に微笑を浮かべ、声を荒げることのない男。


 王国教会の頂点に立つ聖職者であり、王の精神的支柱とまで言われる人物。


「陛下、まだ道は残されております」


 柔らかな声が、ざわめきを鎮める。


「……申してみよ」


「転移魔法の封印を解くのです」


 空気が凍った。


「他国へ救援を要請し、即時戦力を王都へ招き入れるのです」


 理屈は正しい。


 隣国ルーメリアは滅んだ。

 友好国は遠い。


 通常の救援では間に合わない。


 瞬時に軍を呼び込めるのは、古代より封じられてきた大規模転移魔法陣のみ。


「だが……他国の軍を王城に入れるのだぞ?裏切らない保証がどこにある」


「もはや選んでいる余裕はありません。滅びを待つか、信頼して賭けるかです」


 反論の余地を与えない声音。


 王は拳を握りしめた。


「……やるしかあるまい」


 その決断を聞いた瞬間、カーディスは深々と頭を下げた。


「賢明なるご判断に、神の加護を」


 その唇の端が、ほんのわずかに吊り上がったことに、誰も気づかなかった。


 王国を救うはずの転移陣が、王国を滅ぼす門になることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ