第二十二話 裏切りの王都
タリナ王国が死の谷を制圧した報せは、瞬く間に大陸全土を駆け巡った。
魔物の巣窟を滅ぼした軍事国家。
新たな資源地帯の併合。
豊かさと武力を兼ね備えた最強王国は、さらに強大になった。
歓喜した国もあった。
恐怖した国の方が多かった。
とりわけ――北の大国、雪の国フロストリア。
凍土の王国は、痩せた大地と短い夏に縛られ、常に資源不足に喘いできた。
死の谷に眠る鉱脈と食料は、長年、彼らが密かに狙っていた希望だった。
それを、タリナが奪った。
均衡が崩れる。
力の天秤が、音を立てて傾く。
「……看過できぬな」
氷の王城の奥で、白銀の王が低く呟く。
「西方の大国ルグウェインとの同盟は健在です。両国が手を組めば、軍事介入も可能かと」
「戦は避けたい。だが――」
王の視線は地図の一点、死の谷に落ちる。
「手を打たねばなるまい」
静かに、世界がきしみ始める。
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■ タリナ王都・王城地下牢
石壁は湿り、光はない。
魔力を遮断する封印石が埋め込まれた独房。
魔法も、精霊の加護も届かない空間。
そこに、ひかりとつむぎは閉じ込められていた。
罪状は――
「魔物との融和を唱える危険思想者」
和平の場で魔物を庇ったこと。
そして何より――
王国の「正義」を否定したこと。
「……皮肉だよね」
ひかりは壁にもたれ、小さく笑った。
「世界を救う勇者のはずだったのに」
王国は結論を出したのだ。
召喚は失敗だったと。
召喚を担当したグランの腰痛が魔法陣を歪め、真の勇者ではなく異物を呼んだのだと。
グランには再召喚が命じられた。
ひよりだけは例外だった。
彼女の作った回復薬は、重傷兵すら戦線復帰させた。
王国にとって価値がある。
だから処罰は保留。
監視下での研究続行。
切り捨てられたのは、ひかりとつむぎだけ。
食事も、水も与えられない。
面会もない。
看守すら来ない。
――静かに死ぬのを待つ部屋。
それが、この牢獄だった。
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七日目。
それでも二人は、生きていた。
衰弱も、脱水もない。
つむぎは膝を抱え、ひかりを見上げる。
「……誰も来ないね」
「うん」
ひかりはスマホの画面を見つめる。
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現在残高:12,830,900円
〈使用内訳〉
テーザーガン(ライフル型)×3
1,500,000円
音響機材一式
50,000,000円
食料
18,000円
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「……減ったなぁ」
戦いの記録。
必要だった物の記録。
それでもこの数字は、ひかりが“元の世界の人間”である証だった。
「でもさ」
ひかりは微笑む。
「私の力、まだバレてない」
王国は知らない。
彼女がこの世界の理から外れた存在であることを。
魔力に依存しない力を持っていることを。
この牢獄は、魔法を封じる場所。
だが――
ひかりの力は、魔法ではない。
「だから、まだ詰んでないよ」
つむぎの目に、かすかな光が宿る。
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◾️死の谷・開拓地
タリナ王国は死の谷の開拓を宣言し、難民と兵士を送り込んでいた。
魔物はいない。
資源は豊富。
新たな繁栄の地。
――のはずだった。
「おい、地面が……動いた?」
足元の土が脈打つ。
呼吸するように。
少女の手に浮かぶ土色の紋様。
「痛い……熱い……!」
皮膚が石へと変質していく。
悲鳴が連鎖する。
目が琥珀色に濁り、声が低く歪む。
そして地面から無数の石の腕が伸び、人々の足を掴んだ。
谷が、生きている。
谷が、拒んでいる。
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◾️王城・研究棟
「報告します!! 死の谷の開拓団に異常発生!!」
ひよりの顔色が変わる。
「住民と兵士の一部が魔物化しています!!」
ひよりの脳裏に、あの少女の声が蘇る。
――憎しみは巡る
――この国に災いが来る
「……グラニスの怨念じゃ」
グランが低く呟く。
ひよりは拳を握る。
「ひかりさんなら……」
その名を口にした瞬間、部屋の空気が凍った。
今、彼女は――
この国の地下で、見殺しにされている。
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世界は動き出した。
国々は疑い合い、大地は怒り、そして――
本当に必要な存在だけが、闇の中に閉じ込められている。




