第十三話 ひよりの抱き枕
イフリートが消し飛ばした魔物の残骸は、地面に一切残らなかった。
爆発音すらない。
空間が歪み、遅れて灰だけが、しん、と降ってくる。
破壊というより、存在の削除。
それが、グランの召喚魔法の本来の力だった。
「グランって、こんなに凄かったの?」
思わず呟く。
ひよりも、つむぎも、同じ方向を見たまま、言葉を失っていた。
谷を進むたび、魔物は現れた。
そして例外なく、グランが瞬殺する。
つむぎは戦わない。
「可哀想なので」
ただし、魔物を倒すこと自体は「仕方ない」と割り切っているらしい。
優しさと現実主義が、妙なバランスで共存している。
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日が傾き、谷に影が満ち始めた頃。
「今日は、ここで休みましょう」
そう言って、つむぎが前に出た。
私は、てっきりテントでも出すのだと思っていた。
――違った。
例の、空間に手を差し込み……。
ずるり。
次の瞬間、目の前に現れたのは、平屋建てのログハウスだった。
「……家?」
普通に家だ。
しかも、立派。
キッチン、バス、トイレ完備。
ベッドルームが二つ。
一つはグラン用、もう一つにはベッドが三台。
広さ、三十坪はある。
「……野営、だよね?」
「はい。住めます」
いや、住む前提じゃなくて。
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中に入るなり、つむぎが言った。
「お腹、空いてませんか?」
確かに、かなり空いている。
「私、作ります」
そう言うと、迷いなく冷蔵庫を開け、食材を取り出した。
包丁を握る手に、無駄がない。
切る、焼く、煮る。
その合間に、使い終わった器具を洗う。
動きが流れるようで、一切の無駄がない。
次第に、香ばしい匂いがログハウスいっぱいに広がった。
「……なんか、すごく良い匂い」
ひよりが呟く。
ほどなくして、テーブルに料理が並べられた。
早い。
しかも、見た目が綺麗。
「いただきます」
一口、口に運ぶ。
「……」
思考が止まった。
「……美味しい」
素直に出た言葉だった。
「なんで、こんなに美味しいの?」
「栄養とバランスを考えただけです」
淡々と答える。
味付けも、火の通し方も、完璧だ。
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ふと、疑問が浮かぶ。
「……このログハウス、電源は?」
冷蔵庫は動いている。
水も普通に出る。
つむぎは、何でもないことのように言った。
「私の空間に入れておくと、充電効果があるみたいです」
「なので、空間の外に出しても数日は動きます」
「水も出ますし、トイレも……どこかに流れていきます」
「……どこかって?」
「分かりません」
深く追求するのは、やめた。
考えるのが、少し怖い。
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夜。
部屋割りの結果、私とひより、つむぎが同室。
ぽにゃは、グランと寝ることになった。
セイレーンとの戦いで、仲良く踊っていたから気は合うようだ。
ベッドに入った直後、ひよりが言う。
「ひかりさん」
「なに?」
「レバブルのMINAの抱き枕、出せますか?」
「無駄遣いはしないって決めたでしょ?」
「必要です。薬の調合精度に影響します」
「それとも、ひかりさんが添い寝、続けてくれます?」
「……っ」
そこへ、つむぎ。
「うわー。やめてください」
「おばさん達、好き同士なんですか?」
……今、なんて?
「お、おば?」
「失礼ね。まだそんな歳じゃないわよ」
「そうですか」
つむぎは、特に興味もなさそうに頷いた。
……くっ。
だから若い子は嫌いなのよ。
……でも。
これだけの料理を作ってもらって、不自由のない寝床と、風呂まで用意してもらって。
文句、言えない。
悔しいけど。
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私は、天井を見上げた。
――試すなら、今しかない。
「レバブルのMINAの抱き枕」
意識を集中させる。
空間が揺れ、次の瞬間、抱き枕が現れた。
「……出来た」
⸻
その頃、ログハウスの外。
グランが、静かに杖を振る。
「結界、完了じゃ」
淡い光が家を包む。
「これで、夜に魔物が近づくことはない」
グランは本当に有能だった。
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朝。
抱き枕は、消えていなかった。
成功だ。
遂に、取り寄せた物を留めておけるようになった。
……その瞬間。
ピロリン。
スマホが鳴った。
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【talina銀行アプリ】
前回残高
¥164,398,900
今回使用額
¥50,000
現在残高
¥164,348,900
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〈使用内訳〉
・レバブルMINAの抱き枕
50,000円
「……五万?」
「はい。限定品ですから」
私は、深く溜息をついた。
でも、能力は上がった。
つむぎは戦闘には不向きだが、私の能力には欠かせない。
口は悪いが、料理は美味いし、有能である事に間違いはない。
死の谷は、まだ続く。
そしてこの少女が、これから何度も、私たちを助けることになる。
この時は、まだ知らなかった。




