第十二話 第三の召喚者
王都タリナに戻った私たちは、すぐに異変に気づいた。
どこか、空気が重かった。
門は開いている。
人も行き交っている。
それなのに……何かが、決定的におかしい。
人々の表情は暗く、声は低く、視線は地面に落ちている。
街が、静かに怯えていた。
城へ向かうと、私たちはすぐに謁見の間へ通された。
「隣国、ルーメリアが……消えた」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……滅亡、ではなく?」
王は、静かに首を横に振る。
「跡形もなく、忽然と消えた」
「城も、街も、人も」
「黒い大地だけが、残されておる」
誰の仕業か。
理由は何か。
魔王リリアスがやったのか。
――分からない。
分からない、という事実だけが、重くその場に落ちた。
⸻
「難民が、この国に次々と流入しています」
報告官が続ける。
「国境付近から逃れた民……更に一万人程、こちらに向かっています」
王は即座に命じた。
「全員、受け入れよ」
臣下が、ざわめく。
「しかし、王よ!」
「我が国も余裕があるわけでは」
王は、睨みつけた。
「国とは、人を守るためにある」
「見捨てるなら、王である意味はない」
私は、その言葉に、胸を打たれた。
だが問題は……。
会議は、すぐに現実的な話へ移った。
広げられた地図。
王都東部に、赤く塗られた広大な土地。
「死の谷だ」
古くから、踏み入ることを禁じられた土地。
魔物が多く、戻った者はいない。
その名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
王が、静かに言った。
「鳥は、毎年そこへ渡っていく」
一同が、王を見る。
「渡り鳥は、正直だ。餌のない土地へは、行かぬ」
「ならば、そこには食料が、ある」
地図を指でなぞる。
「食料と住居を確保するには、開拓が必要だ」
王は、既に先鋒隊を出していた。
王国軍の精鋭二百名。
勇猛果敢で知られる部隊。
「三日前、調査を兼ねて出発した」
———
謁見の間の扉が、音を立てて開いた。
運び込まれてきたのは、戦士たちだった。
鎧は砕け、血と泥にまみれ、呼吸すら危うい。
「……十名、です」
報告官の声が震える。
「二百名中、生存者は……十名のみ」
場が、凍りついた。
その中の一人が、必死に顔を上げる。
「……王、よ……」
声は、風前の灯だった。
「死の谷は……無理です……」
「強靭な魔物の……巣窟……」
「勇者でない限り……全滅します……」
言い切った瞬間、その意識は途切れた。
「ひよりさん!」
私は叫んだ。
ひよりは即座に薬草を広げる。
「回復薬……いいえ」
両手を水平にかざすと、空気がわずかに震え、薬草がふわりと宙に浮く。
数種類の薬草が、光を帯びながら回転し、絡み合う。
調合がなされ、液体が黄金色に輝いた。
さらに、空中に小さな薬瓶が現れ、その中へ液体が注がれる。
「スーパーポーションです」
それを口に含ませた瞬間。
戦士たちは光に包まれ、傷が塞がり、荒い呼吸が整っていく。
「……完治です」
臣下たちは、驚愕の声をあげた。
だが……現実は変わらない。
難民は増え続ける。
食料も、住居も、足りない。
開拓は、避けられない。
そして。
その視線が、私たちに向けられた。
⸻
「……グラン」
城を出たあと、私は正直に言った。
「私たちだけじゃ、無理だよ」
「資産、もう二億を切った」
指を折る。
「攻撃ヘリは二億」
「もう呼べない」
「EVトラックは一億」
「防御に使えるのも、あと一回」
胸が、きゅっと縮む。
「強敵が来たら……詰み」
グランは、杖を軽く鳴らした。
「あの者を、呼びますじゃ」
「……誰?」
「ひかり殿、ひより殿の前に」
「儂は、もう一人、召喚しておりますじゃ」
⸻
現れたのは、少女だった。
ショートカットのボブヘア。
整った顔立ち。モデルのように映える。
ひよりより少し若く、小柄。
可愛らしさの種類が、明確に違う。
「……名前は?」
「つむぎです」
丁寧に頭を下げる。
グランが、誇らしげに言った。
「つむぎは、空手の世界チャンピオンじゃ」
「……すごいじゃない!」
思わず声が出る。
「そんな子、なんで今まで……」
「……じき、分かりますじゃ」
嫌な予感しかしなかった。
⸻
出発の日。
つむぎは、制服で現れた。
「……え?」
「高校生?」
「はい」
落ち着いた声。
「これが一番楽です。服装、考えなくていいので」
ひよりが小声で囁く。
「……合理主義者ですね」
私は別の不安を口にした。
「グラン、この遠征、長期戦だよね」
「食料は?現地調達できるの?」
つむぎが、一歩前に出る。
両手を前方へ。
空間が歪み、黒い渦が現れた。
そこへ手を伸ばし――
「……おにぎり?」
「はい」
「これが、私の能力です」
「この空間に、なんでも保存できます」
「食料は腐りません」
「……人は、入れられませんけど」
グランが頷く。
「武器も保存できる」
「ひかり殿、取り寄せた物は、ここに入れるのですじゃ」
「……無理」
私は首を振る。
「私の召喚、すぐ消える」
「役目を終えるからですじゃ」
「ならば、役目を、最終目的達成にすればよい」
言葉が、胸に落ちた。
「……レベルアップが必要ね」
「そうですじゃ」
私は、深く息を吸った。
「……もう、無駄遣いは出来ない」
⸻
強力な結界を潜り抜けた死の谷の入口。
すぐに魔物が、姿を現した。
「つむぎちゃん!頑張って!」
ひよりが叫ぶ。
つむぎは、首を横に振った。
「無理です」
「……え?」
「私、形の世界チャンピオンなので」
「実践空手は、苦手です」
「……なんで?」
つむぎは真剣な顔で言った。
「相手が痛そうなのが、可哀想で」
「魔物だよ!」
「……生き物です」
「弱い物いじめは、嫌いです」
私は天を仰いだ。
この子、面倒くさい。
「グラン……やっぱりね」
グランが、しみじみ言う。
「腰が痛くってのう」
そう言いながらグランはイフリートを召喚して目の前の魔物を瞬殺した。
――こうして。
戦力は揃った。
死の谷は、静かに待っている。
彼女たちを、試すために。




