第十話 魔王と、五億円の防御壁
夜空を覆うように、女魔王はそこにいた。
圧倒的な存在感。
立っているだけで、世界が彼女の舞台になる。
だが、ここで呑まれたらダメだ!
銀行でも、クレーマーには毅然とした態度が重要!
震える手のひらを隠しながら、意を決して言う。
「……ねえ」
私は、乾いた喉で笑った。
「戦う気、満々みたいだけど、帰り道、塞ぐのやめてもらえます?」
女魔王は、楽しそうに首を傾げる。
「ふふ、試したいのだ」
視線が、私に刺さる。
「異世界の力を持つ者が、どこまで耐えられるのかを」
嫌な予感しかしない。
⸻
女魔王が、指を鳴らした。
その瞬間。
空間が、裂けた。
炎が、凝縮される。
現れたのは――
「……イフリート?」
赤黒い炎の塊。
だが。
「……小さくない?」
グランの召喚したイフリートは、三階建ての家ほどあった。
だが、これは――せいぜい平屋建て。
私は、思わず笑ってしまった。
「なにそれ」
「魔王って言うから、もっと派手なの出てくると思った」
「ふっ……」
フライパンをイメージする。
えい。
「こんなの、余裕じゃない」
「前にも勝ってるし」
「ヘタレ魔王なんじゃない?安く済みそうね」
だが。
「ひかり殿!!」
グランの声が、裏返った。
「逃げるのじゃ!!」
「そんなもので、防げる相手では――」
遅かった。
イフリートが、咆哮する。
圧縮された炎。
爆風。
「――っ!?」
視界が、反転した。
何かに、体当たりされた。
吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられる前に、意識が揺れる。
気づいたとき。
私は、元いた場所から数メートル離れていた。
……ぼやけてる。
ひかりが立っていた場所の、空間が、歪んでいる。
空気が、ぐにゃりと曲がって見える。
「……なに、これ」
炎が。
時空ごと、歪めていた。
ゾッとした。
「ひかり殿」
グランが、低く言う。
「あれが、イフリートの本来の姿なのじゃ」
「……え?」
「儂はの」
気まずそうに、視線を逸らす。
「ひかり殿を試すために、無駄に大きく召喚しておった」
「驚かせるだけの、張りぼてじゃ」
「……」
「殺してはいかんから、攻撃も、だいぶ加減しておった」
私は、叫んだ。
「先に言ってよ!!」
⸻
「でも……」
ふと、気づく。
さっき、体当たりされた感触。
私の前に、何かいる。
金色の毛並み。
大きな身体。
つぶらな瞳。
「……え?」
ゴールデンレトリバーが、心配そうに私を見ていた。
「……あなたは?」
「ひかりさん!」
ひよりが、叫ぶ。
「その子、ぽにゃです!」
「……ぽにゃ?」
「変身しました!」
ぽにゃが、「くぅん」と鳴く。
……そうか。
「この世界に召喚された存在には、何かしら能力が与えられる」
「ぽにゃは……変身能力なんだ」
私は、そっと頭を撫でた。
「……ありがとう、ぽにゃ」
ぽにゃは、尻尾をぶんぶん振った。
⸻
だが、余韻は終わりだ。
イフリートが、再び炎を集める。
次は、避けられない。
「……だめ」
喉が、震える。
「これ、直撃したら……」
ひよりを見る。
グランを見る。
ぽにゃを見る。
「……みんな、死ぬ」
私は、目を閉じた。
イメージする。
守る、全員を。
えい。
⸻
気づくと、私たちは、鋼鉄の箱の中にいた。
「……なに、ここ」
分厚い装甲。
無骨な内装。
「……あ」
思い出す。
「世界的な富豪の、電気自動車会社」
「パフォーマンスで……」
火炎放射器と、ロケットランチャーを、弾いてた。
「……EVトラック!」
これなら――
ごうっ!!
炎が、直撃した。
視界が、真っ赤になる。
次の瞬間。
――黒。
EVトラックは、黒焦げになり。
消滅した。
だが。
私たちは、無傷だ。
「……生きてる」
女魔王が、楽しそうに笑った。
「ふっ」
「やるではないか」
「では、どこまで耐えられるかな?」
嫌な予感。
連続で、イフリートが炎を放つ。
「ちょ、待って!」
光。
再び、EVトラック。
焼失。
「それそれ!」
また、炎。
「待って!!」
光。
EVトラック。
消滅。
「……」
私は、膝をついた。
震える手で、スマホを見る。
……確か。
「このトラック……」
「一台……一億……」
もう、三台。
三億。
さらに、炎。
「やめて!!」
えい!
四台目。
五台目。
――限界。
「……やめて……」
私は、崩れ落ちた。
「……え〜ん……老後資金が」
「魔王さま……」
涙が、出た。
「もう、やめてください……」
「お願いします……」
「許してください……」
女魔王は、少しだけ驚いた顔をして。
そして。
つまらなそうに、肩をすくめた。
「……ん?」
「もう、降参か」
イフリートの炎が、止まる。
「つまらんのう」
私は、地面に座り込んだまま。
スマホを、抱きしめた。
……五億。
一気に、消えた。
でも。
生きてる。
それだけで、今は、――十分だった。




