第一話 億り人、異世界で殺されかける
――これで、私も億り人。
最後の取引を確定させた瞬間、そう思った。
含み益じゃない。
幻想じゃない。
全部、現金化した“本物”だ。
これからは、リスクを抑えたETFに移して、配当で生きる。
静かで、誰にも邪魔されない老後。
……そのはずだった。
⸻
気づけば、私は知らない場所に立っていた。
足元には、幾重にも重なった光の魔法陣。
空気は熱を帯び、焦げた匂いが鼻を刺す。
「……なに、ここ」
答えは、すぐに来た。
轟音。
炎。
三階建ての建物ほどもある、角を持つ巨躯。
「イ、イフリート……!」
誰かの悲鳴。
視界の端に、白髭の老人が立っていた。
尖った帽子、杖、いかにもな魔法使い。
「ほっほっほ。驚いたかの?」
「ちょっと待ってください!なんで私、ここにいるんですか!?」
「安心せい。すぐ終わる」
「なにが!?」
答える前に、イフリートが炎を吐いた。
――死ぬ。
反射的に、私は叫んでいた。
「来ないで!」
視界が歪む。
次の瞬間、手の中に現れたのは――フライパンだった。
「……は?」
炎を受け止める。
ガンッ!
衝撃。
火炎が弾け散る。
「……防げた?」
老人が目を見開いた。
「な、なんじゃその召喚……!」
フライパンは炭となって消えた。
イフリートの怒号が、空気を裂く。
「ダメ、殺される!」
私は必死に念じた。
「もっと……強いもの!」
再び、世界が裏返る。
交番。
驚く警官。
「えっ!?拳銃が――!?」
無我夢中で引き金を引く。
乾いた音。
イフリートが崩れ落ちた。
「……やった?」
拳銃は、霧のように消えた。
その直後。
ピロリン。
……場違いな音。
スマホだ。
⸻
【talina銀行アプリ】
資産連動決済が完了しました
⸻
嫌な予感。
通知を開く。
⸻
前回残高
¥1,012,430,000
今回使用額
¥1,005,000
現在残高
¥1,011,425,000
⸻
「………………」
息が、止まった。
「……え?」
ここに来る直前、私は全資産を利益確定していた。
含み益は信用しない。
相場は裏切る。
だからこそ、完璧な“億り人”になった――はずだった。
「……私のお金?」
その瞬間、画面が暗転した。
圏外。
老人が、再び杖を掲げる。
「エターナル・ブルードラゴン!」
空気が裂け、巨大な竜が現れる。
イフリートの比ではない。
――今度こそ、死ぬ。
胸が冷える。
でも、頭の奥で何かが繋がった。
――向こう側。
――取り寄せられる?
「……死なないやつ……!」
轟音。
現れたのは、鉄の塊。
回転する羽根。
無骨な機体。
「……攻撃ヘリ?」
次の瞬間、閃光。
竜は、跡形もなく消えた。
そして、私は悟った。
――この世界、どうやら私の老後資金を、本気で削りにきている。
ピロリン。
⸻
前回残高
¥1,011,425,000
今回使用額
¥200,000,000
現在残高
¥811,425,000
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「………………二億……?」
老人が、深く頭を下げた。
「師よ。どうか儂を弟子にしてくだされ」
私は、まだ何も知らない。
ただ一つだけ、確信した。
「……ねえ」
静かに、聞いた。
「私、なんでここに呼ばれたの?」
老人は、答えなかった。
その沈黙が、何よりも不吉だった。




