靄④
「先生…まさか先生が兄ちゃんを…」俺は必死で声を絞り出した。
その瞬間、先生の銀縁のメガネが外れた。
不意に目が合う。
普通の目ではない。
左目が異様に大きく、ギラギラと嫌な光を放っている。あれは…ガラス玉…?
先生はメガネが落ちたことなど意に介せず、不吉な笑みを浮かべた。
「ああ…結人君ですね。相変わらずブラコンですね…結人君、弟さんがお呼びですよ。」
声がなんだかおかしい。
いつもの高めの落ち着く声ではなく、甲高いような、それでいて嗄れたような、背筋の凍るような声だ。
本山先生だった靄が一度大きく膨らむと、靄の向こうから兄ちゃんが現れた。
様子がおかしい。
うつろな目をしている。
首には数珠のようなものがかかっている。
「兄ちゃん!」そう叫んだが反応はない。
「相変わらず君たちの兄弟愛は美しいですね…。では結人君、お望み通り、彼を楽にしてあげてください。」
完全に靄に覆われた本山先生がそう言うと、兄ちゃんが俺に近づいてきた。
足がすくんでまずいとわかっているのに動けない。
兄ちゃんが俺の襟元に手をかけ、そのまま襟元から持ち上げられた。
そのまま僕の後ろの書架に体を押し付けられ、首を絞められる。
苦しい。
すごい力だ。
いくらバスケ部のエースだからって、こんな力、人間離れしてる。
本山先生の声が聞こえる。
「結人君の脳は素晴らしい。成熟するまであと…3年といったところでしょうか。
僕のもとで熟すまで育てて、素晴らしい脳にしてあげましょう。」
書架に押し付けて首を絞められながら、うつろな兄ちゃんの顔が目に入る。
「弱いな…。思えば、お前は何もできない奴だった。
俺が簡単にやれることもお前は何一つ満足にできなかった。
ずっと思ってたよ…恥ずかしい弟だってな…。」
その言葉に心臓がドクリとはねて、息ができなくなる。じわりと涙があふれた……。
その瞬間、兄ちゃんの手の力が一瞬ゆるみ、兄ちゃんの顔が苦悶に歪んだ。
僕の体が床に放り投げられる。
兄ちゃんは苦しそうに自分の頭を抑えている。
「うっ…楽人……ふざけんなよ、楽人がそんなわけ、あるか、楽人は俺の大事な…」
兄ちゃんは苦しそうに床にかがみ込んだ。俺はせき込みながら必死で呼びかけた。
「兄ちゃん!兄ちゃん!」
「楽人…逃げろ…」




