靄②
紬の声だ。声の方向は…資料室?…なんだ?
考えるより先に体が動いた。
猛ダッシュで図書館を飛び出す。
上履きが廊下のリノリウムを強く蹴り出す。
聞いたことのない紬の叫び声。
普段元気な紬だが、大きな叫び声を上げるタイプではない。
何か異常な事態が起こっている。
そう確信に近い思いを抱き走るうちに、紬の声がした資料室が目に入ってきた。
駆けつけると、紬が資料室入り口でしりもちをついて震えていた 。
恐る恐る紬の見つめる方向に視線をやる。
見たこともない光景だった。
まず目に入ってきたのは、黒い、資料室の奥をすべて覆うような大きな靄のようなものだった。
何が起きているかわからず目を凝らすと、靄の中心に見覚えのある…兄ちゃんの顔があった。
「兄ちゃん!」叫んだものの、近づくのが怖い。足がすくむ。
兄ちゃんの手や足が靄からかすかに見える。靄から逃れようともがいているようだ。
「逃げろ…楽人…」かすかな言葉が俺に届く。
兄ちゃんの声にはっとして目を見開くと、黒い靄の奥にぼんやりと人影が見える…細身だが立ち姿から男性に見える…そしてその低めの背には…どこか見覚えがあった。
次の瞬間、何が起きたのかわからないほど凄まじい力が僕たちを引っ張った。
力はどうやら資料室の中の靄から発せられているらしい。踏ん張っている僕と紬の足は今にも床から浮き上がりそうだ。
なんだかわからないが、あの靄に触れるとやばい。
直観的にそう思い、ドアに手をかけて体を支えた。
しりもちをついた紬の服を引っ張り、体を支える。
奥の人間が靄の正体かもしれないが、今それを解き明かしている余裕はない。
引き込む力は強力で、ドアをつかんでいた手も限界に近くなる。もうだめだ…そう思った次の瞬間、耳元で鈴の音が聞こえた。




