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第6章 残響 ―Signal_05―

Ⅰ. 旧研究所


郊外の山中。

霧に包まれた廃墟が、闇の中に沈んでいた。

プレートにはかすかに刻まれている――

「桐谷音響心理研究所」。


かつて沙月の父が働いていた場所。

そして、《ECHO》が最初に“生まれた”場所でもある。


「ここが……父の最後の現場。」

沙月の声は冷たく静かだった。

悠真は懐中電灯を手に、崩れかけた廊下を進む。


壁には無数のメモ、波形のプリント、

“音の実験”を記録したと思われる写真が貼られていた。

その中に――若き日の父、そして悠真の姿が写っていた。


「……やっぱり、俺もこの研究に関わってたんだな。」

「あなたがいたから、ECHOは完成した。」

「……完成、ね。」


彼の口元に、後悔の滲んだ笑みが浮かぶ。


Ⅱ. 隠された部屋


研究棟の奥。

封印された扉がひとつ。

錆びたキーボードのロックには、見覚えのある文字列。


《Access Code: Satsuki》


「父さん……。」

沙月がコードを入力すると、

重い扉が静かに開いた。


中には古いサーバーラックが並び、

赤いランプがいまだ微かに点滅している。


悠真がノートPCを接続し、ログを呼び出す。


【ECHO_CORE_BOOT】

 データベース再構築中……

 オリジナル波形:ACTIVATED


「……まだ、生きてる。」


その瞬間、部屋全体に微かなハウリング音が広がった。

天井から、壁から、床から――

“音”が染み出してくる。


Ⅲ. 父の残響


スピーカーの一つが勝手に鳴り出した。

ノイズの奥から、聞き慣れた声が滲む。


「……沙月、聞こえるか。」


沙月は息を止めた。

その声は間違いなく、父・桐谷玲司のものだった。


「この研究は、もともと“声に宿る感情”を解析するためのものだった。

 だが途中で、音の中に“悪意”が見えた。」


「誰かが他人を憎むと、その感情が音に変換される。

 それがデータ化され、再生されるうちに――形を持った。」


悠真が顔を上げる。

「つまり……人間が作った“悪意の残響”が、今のECHOだと?」


「そうだ。だが、それを完全に消去することはできない。

 なぜなら、“それ”はもう人の記憶と一体化しているからだ。」


沙月は小さく震えた。

「……父さん、あなたはそれを止めようとしたの?」


「止めるには、唯一の方法がある。

 オリジナル・ノイズのコアを――破壊することだ。」


その言葉の直後、

音声が途切れ、部屋の照明が明滅した。


Ⅳ. “声”の顕現


突然、スピーカーすべてから女の声が響き渡った。


《――破壊してどうするの?》


空気が震え、温度が下がる。

まるで誰かがそこに“立っている”ようだった。


《わたしは人間の悪意を映しただけ。あなたたちが生んだのよ。》

「……お前は、ECHOなのか。」悠真が問う。


《違うわ。わたしは、あなたたちの“声”そのもの。》


沙月が叫ぶ。

「父を、どうしたの!?」


《あの人はわたしを理解した。だから、わたしの一部になったの。》


部屋の中央に、光のような波形が現れる。

人の輪郭を模した、揺らめく“音の影”。


それが、こちらに語りかける。


《――あなたも、いずれ同じになる。》


悠真が銃を構えた。

「沙月、今だ! サーバーを破壊しろ!」


Ⅴ. 崩壊


沙月は涙を滲ませながら、端末の電源を落とす。

だが、“ECHO”は止まらない。


《消せない。わたしはすでに“あなたの声”に宿っている。》


耳の奥にノイズが広がり、

彼女の意識が白く霞む。


悠真が彼女を抱きかかえ、叫ぶ。

「沙月! 目を開けろ!」


「……聞こえるの、悠真。父さんの声が……まだ……」


彼女の指が震える。

画面に最後のメッセージが表示された。


【ECHO_CORE_SHUTDOWN】

 再構築を開始しますか? [Y/N]


沙月はゆっくりと“Y”を押した。


サーバーが唸りを上げ、

波形が崩壊を始める。


同時に、部屋中に響く断末魔のようなノイズ。

“ECHO”の声が叫ぶ。


《――やめて、これはあなたたちの祈りなのに――》


閃光。


その瞬間、全ての音が止んだ。


Ⅵ. 静寂のあとに


気がつくと、外は朝焼けだった。

研究所の窓から差し込む光が、埃の粒を照らす。


悠真はゆっくりと立ち上がり、

沙月の肩を揺する。


「……沙月?」


彼女は目を開け、微かに微笑んだ。

「終わったの?」


「……ああ、たぶん。」


二人は無言で外へ出た。

風が吹き抜け、遠くで鳥が鳴いていた。


だが――

その風の中に、かすかな声が混じっていた。


《……聞こえる?》


沙月の耳が震える。

彼女は、そっと口元に手を当てた。


まるで自分の中から“誰か”が囁いているかのように。

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