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第5章 感染 ―Signal_04―

Ⅰ. 広がるざわめき


午前四時。

眠らない街・新宿のネオンが、濡れたアスファルトに歪んでいた。

コンビニの前で若者たちがスマホを覗き込み、

同じ動画を無言で再生している。


その映像の中では、耳を押さえて叫ぶ女性の姿。

音は途切れ、ノイズだけが続いていた。


数時間後、SNSのトレンドには

《#ECHO》《#聞こえる》《#声がする》の文字が並ぶ。


まるで街そのものが、

一つの巨大な“共鳴箱”になっていた。


Ⅱ. 捜査一課の混乱


桐谷沙月は、警視庁・サイバー対策課の一室にいた。

壁一面のモニターに、

ECHO関連の投稿と通報データがリアルタイムで流れていく。


「……感染報告が昨日から急増。都内だけで百件を超えています。」

「全部、“音声ファイル”絡みか?」

上司の声は掠れていた。

沙月は頷きながら、画面の一点を指差す。


「再生トリガーは複数あります。SNS、動画共有、メッセージアプリ……。

ただしどれも共通して、“ECHO”の波形が含まれています。」


「つまり、聞いた瞬間に感染する……?」

「“聞こえた”と思った時点で、もう遅いのかもしれません。」


沈黙が落ちた。

画面のノイズが、まるで人の声のようにざわめいていた。


Ⅲ. 悠真の覚悟


一方その頃、沢渡悠真は地下鉄のトンネル沿いの廃ビルにいた。

そこはかつて、自分が勤めていたスタートアップ企業《KRM-Lab》の旧研究所。


薄暗い空間に、錆びついたラックとサーバーが並ぶ。

埃をかぶったモニターの電源を入れると、

懐かしいロゴ――ECHO System v0.1――が浮かび上がった。


画面には一行のログが残っていた。


【2020/05/07】データ転送完了:ECHO_CORE(玲司・桐谷へ)


「……やっぱり、あの人が関わっていたのか。」

悠真の声は震えていた。


父と娘。

彼らの人生を狂わせたシステムの誕生に、

自分自身が加担していた――その事実に。


机の上には、ECHO開発当時のメモが散らばっている。


『人の声に含まれる“感情ノイズ”を抽出・再現する。』

『負の感情が増幅された場合の副作用、要検証。』


その横に、手書きで赤く走り書きがあった。


『※制御不能。実験中止。』


悠真は唇を噛み、拳を握った。

「……あれを止めなきゃ。今度こそ。」


Ⅳ. 電波塔の声


夜。

沙月のもとに、匿名の通報が入った。


「ECHOの“音”は、送信元がある。都内の電波塔を見てみろ。」


半信半疑のまま現場に向かうと、

塔の根元に無数のスマートフォンが並べられていた。

すべての画面が同じ波形を映し出している。


ひとつひとつが微かに震え、

ざわざわと何かを囁いているようだった。


「……誰が、こんな……」


耳を澄ます。

そこには確かに、人の声が混じっていた。


《わたしの悪意を、受け取って。》


沙月は息を呑み、思わず後退る。

その瞬間、背後でカメラのシャッター音が鳴った。


「……沢渡?」

「お前も来てたのか。」


彼が差し出したスマホの画面には、

塔全体を覆うように、波形が立体的に広がる映像が映っていた。

まるで街がひとつのスピーカーのように。


Ⅴ. 共鳴する悪意


突然、塔のライトが明滅を始めた。

同時に、周囲のスマホが一斉に鳴り出す。

あらゆる方向から、同じ声。


《――聞こえる?》


周囲の人々が耳を押さえ、悲鳴を上げる。

沙月の視界がぐにゃりと歪んだ。

ノイズが、現実を侵食していく。


悠真が彼女の腕を掴んだ。

「逃げろ!」


塔の基部から、黒い波のような“音の揺らぎ”が溢れ出す。

風もないのに、空気が振動していた。

それは“悪意”が可視化されたような、目に見えない叫びだった。


二人は駆け出す。

その背後で、塔のライトが爆ぜ、

空に巨大な波形が浮かび上がった。


《ECHO》が、完全に街へと拡散した瞬間だった。


Ⅵ. 感染


翌朝。

テレビもラジオも、SNSも――すべてが“声”に支配されていた。

アナウンサーが途中で言葉を詰まらせ、

スタジオの奥から別の声が重なる。


《この声は、あなたの中にもいる。》


画面の前で見ていた市民の一部が、

同じ言葉を繰り返し始める。


「この声は、あなたの中にもいる。」


それはまるで、祈りのように、呪いのように。


Ⅶ. 沙月の決意


警視庁に戻った沙月は、

報告書を前に、深く息を吸った。


「……この感染は、ウイルスではありません。

 音そのものが、感情を伝播しているんです。」


「じゃあ、どう止める?」

「“源”を見つけるしかない。ECHOのオリジナル・サーバーを。」


悠真がゆっくりと頷いた。

「……場所に心当たりがある。」


二人は視線を交わした。

次に行くべき場所――桐谷玲司の旧研究所。


そこに、すべての始まりが眠っている。

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