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第3章 残響 ―Signal_02―

Ⅰ. 音のない街


音が、消えた。


赤信号が青に変わった瞬間、

車のエンジン音も、人の話し声も、風の流れさえも、世界から奪われた。


沢渡悠真は耳を押さえた。

――違う。音が消えたんじゃない。

「別の音」に上書きされたんだ。


空気の奥で、微かに“波”のような感覚が広がっている。

胸の内側で、脈動に合わせて鳴るノイズ。


《聞こえる?》


女性の声。

耳ではなく、頭の中に直接響くような感覚。

沙月も息を詰めていた。


「……また、聞こえた?」

彼女の声も、かすかに震えていた。


次の瞬間、周囲の人々が一斉に動きを止めた。

立ち止まり、スマホを取り出し、

無表情のまま画面を見つめている。


《ECHO_002:反響開始》


誰かが呟いた。

それは、街全体が一つの端末になったかのような瞬間だった。


Ⅱ. 記憶の断片


「……気がついたら、皆が止まってたんです。」

警視庁・特捜室。

翌朝、沙月は報告書を書きながら、藤堂警部に説明していた。


「何らかの音波、もしくは視覚刺激による集団トランス現象の可能性がある。」

「だが、そんなものが街単位で起こるか?」

「……《ECHO》が媒介しているなら、あり得ます。」


藤堂はしばらく黙り込み、ゆっくりと口を開いた。

「桐谷、お前……例のアプリを個人的に解析してないか?」

沙月は顔を上げる。

「……なぜ、それを?」

「サーバーアクセスの履歴に、お前の端末が残っていた。」


息が止まる。

沙月は机の下で拳を握りしめた。

――父の声を、確かめたかっただけ。


「すみません。……でも、あの音声データの最後に、“父の名前”があったんです。」

藤堂の瞳がわずかに揺れた。

「桐谷玲司警部補――お前の父親だな。」

「はい。あの事件……“御苑連続変死”の担当でした。」

「だが、あの事件は未解決のまま、玲司さんが殉職して終わった。……まさか」

「《ECHO》の原型は、その事件のデータから生まれた可能性があります。」


藤堂は息を吐き、机に視線を落とした。

「お前は、まだあの声に取り憑かれてるんだな。」

「……そうかもしれません。」


Ⅲ. 反響する街


その頃、悠真は街の中心にいた。

人々がスマホを耳に当て、無表情で歩いている。

誰もが、誰かの“声”を聴いている。


ノイズが電線を這い、街灯を震わせる。

遠くで救急車のサイレンが鳴るが、それも音ではなく、

頭の奥で直接“伝わってくる”。


悠真はふと気づいた。

――あの夜、彼女が残した録音。

そのデータを開くと、波形が以前よりも“深く”なっている。


まるで、録音が成長しているように。


《……ユウマ、まだ、覚えてる?》


彼女の声。

優しく、しかし底に氷のような冷たさを含んでいる。

悠真は震える指で画面を閉じた。


その瞬間、通りすがりの女がこちらを向いて微笑んだ。

見知らぬ顔。

だが、その口が動いた。


「聞こえる?」


声にならない口の動き。

悠真は息を呑んだ。

次の瞬間、街のモニターが一斉に点滅した。


ニュース番組のキャスターが、画面越しに微笑む。

その口も同じ言葉を繰り返していた。


《聞こえる?》


Ⅳ. 二人の部屋


夜。

悠真の部屋のドアがノックされた。

開けると、沙月が立っていた。


「……無断で来てすみません。あなたのスマホを、もう一度見せてください。」

「……いいですけど。」


彼女は慎重に《ECHO》のデータを確認する。

ファイルの一覧には、再び新しい音声が追加されていた。


《Signal_03:satsuki.wav》


「……私の、名前?」

悠真と沙月の視線が交わる。

恐怖と混乱と、どこかに“呼び合う”ような気配。


沙月が再生ボタンを押した。

ノイズの中から、低い男の声が流れた。


《――沙月、逃げろ。》


その声を聞いた瞬間、沙月の手が震えた。

「……父です。」


だが次の瞬間、音声が歪み、別の声に変わる。


《逃げても、届く。》


男の声と女の声が重なり、波形が乱れる。

壁の時計が止まり、蛍光灯がちらついた。


「止めて!」

沙月がスマホを掴んで床に叩きつけた。


しかし、画面は割れず、そこに“波形”が浮かび続けていた。


Ⅴ. 波の底で


夜更け。

雨が再び降り始めた。

悠真と沙月は、割れたスマホを前に沈黙していた。


「これ……父が残した警告なんでしょうか。」

「たぶん。でも……何に対しての?」


その時、沙月のスマホが震えた。

発信元:不明。

音声メッセージが自動で再生された。


《“反響”は始まっている。》

《止められるのは、ふたりだけ。》


二人は同時に顔を上げた。

――まるで、誰かが会話を“監視している”かのようだった。


外では、また電線が唸っていた。

ノイズが、風のように街を這っていく。


それはまるで、

“世界そのものが、ひとつの巨大な録音機”になったかのようだった。

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