第八話 商談
町の中にある富裕層の家が並ぶ住宅街。そこに構えてあるソフィーの邸宅にて、いまテオルドは歓待の挨拶を受けていた。
「ブブ漬けでございます」
ブブ漬けとは、だし汁と幾つかの食材を米の入った器に入れた、ある地方における郷土料理である。総じて、客人に出す時ははよ帰れという熱いメッセージが込められており、その風刺の効いた意味合いが大変多くの人に受け入れられたがために、今では大陸全土に広がった名物料理である。
「頂きます」
それをテオルドが一口すすると、実に上品な味わいが口の中に広がった。濃すぎず薄すぎず、供えられた食材も適度の自己主張せず、米とだし汁の旨味を引き出している。
「ちょっと失礼でしょ、何してんの!!」
「すいません間違えました」
ソフィーに叱られたメイドが頭を下げて謝ると、湯呑みに入ったお茶を出してきた。中に入ったお茶はぐつぐつと煮えたぎっており、素晴らしいことに熱が全く冷める気配はない。なのに手で持てるくらいには器の温度が保たれており、気付かずに口を付ければ火傷すること間違いなしの逸品である。
「ほう、便利なものですね。中に入った物の温度を完全に保温する湯呑みですか。うちには逆に中に入ったものをなんでも凍らせる魔法の箱がありますよ」
「だから普通のお茶を出してってば!!」
ソフィーから再び怒鳴られたメイドが今度は普通のお茶を出してきた、毒も何も入ってない普通のお茶である。それをテオルドがずずっと口にする。
「それで、テオルドさんは私の呪いについて分かるんですか」
「そうですね、分かりますよ」
ソフィーの顔が喜びに満ちる。実に光輝く笑顔であり、それを見つめる周囲にいるメイド達の目つきときたら、並大抵のものではない。
「……何か君達の目つきが怖いんだけど」
「すいません、不意打ち過ぎて少し感情が乱れました。もう大丈夫です」
なにも大丈夫な事はないのだが、とりあえず今は置いておく。現実の問題は後回しにする事が人生を渡り歩く上で、もっとも肝要なのだ。
「じゃあ、私を女性に戻す事ができるんですね」
「それはわかりません、まずは実際にそのアイテムを見ない事には解呪法までは分からないので」
テオルドの言葉に今度は気落ちする。その愁いを携えた表情にまたも周囲にいるメイド達に感情がこもる。
「彼女達に突っ込みを入れなくてもよいので?」
「きりがないので置いておきます。つまり実物を見せればいいんですね、分かりました。少し待っていてください」
ソフィーがダッシュで部屋を掛け出るとドタンバタンと言う音が聞こえてくる。他にも、どこいったかなとか、ないだとか色々と声が聞こえてくるが、ついに見つけたのか戻ってきた。
「どうして庭に捨ててあったの!!」
「すいません、もういらないかと思って私が捨てておきました。申し訳ありません」
一人のメイドがそういうと、周囲のメイド達がそのメイドを睨む。睨んだ理由は、何で勝手に捨てたではなくて、捨てるならちゃんと見つからない場所に捨てておけよと言う意味なのは言うまでもない。
ぷんぷんと怒るソフィーを見たメイド達が(以下略
と言うわけで、ソフィーがおずおずとテオルドにそれを見せてきた。
「問題のアイテムはこれです、これを開けてみたら私の体が男になっていたんです」
「なるほど、これですか」
テオルドがテーブルに置かれたそれを見る。大きさは両手で持てるくらいの小さめの箱。オルゴールなどのような小箱ではなくて両手で持つと少し持て余すくらいの大きさのものだ。木でできているその箱は、一見するとただの置物のように見える。
「露店で見た時にビビッと来て買ってしまったんですけど、それがこんなことになるなんて」
「ふむ、ほう、これはこれは」
テオルドがその箱を持ち上げてしげしげと見る。そうしていくらか悩んだ後にソフィーに告げた。
「私の力だけで、あなたの呪いを解く事は不可能です」
「そんな!!」
テオルドの言葉にソフィーが項垂れるのと同時に、周囲から静かな、そして力強い拍手がメイド達から巻き起こった。敬愛するソフィーが理想の男性になった事にメイド達は神に感謝する日々を送っていた。どうかソフィー様を元に戻さないでください、この素晴らしい美少年を永遠にとメイド達は魂の底から祈りをささげていた。それが報われたのだ。
「しかし、私以外の人間の力も使えば呪いを解けるでしょう」
「本当ですか!!」
テオルドの言葉にメイド達が絶望の底に落とされる。困惑のどよめきが部屋中に広がった。
「ただ解き方は分かりましたが、その為には私一人の力では不可能です。少し危険な場所に行かないとダメみたいなのですが、腕っぷしに自信のある人を数人雇えますか?」
「数人は分かりませんが、一人心当たりがいます。友人なので頼めば助けてくれるはずです。後はお金を出せば何人かは」
「ソフィー様」
そこで、メイドの一人が口を出してきた。ウェーブのかかった長い黒髪をした女性だ。ソフィーより少し年齢が上の女性でメイド達の纏め役でもある。名前をマリーと言った。
「少し話が上手すぎませんか、警戒した方がよろしいかと」
「でも、連れていける人選はこっちで選べるんだから問題なくない」
「そうでしょうか、例えば危険な場所に誘いこんで誘拐等を企んでいるかもしれません。彼の身辺を調べた後でなら良いと思いますが、ここで決断するのは些か早計かと」
正論である。確かに出会って間もないのは確かだ。ソフィーもだが、テオルドもその意見に納得できる。
「そうですね、そちらの女性の言う通りかと思います。私としてもそちらが納得できる時間は必要かと思いますし」
「でも、できるだけ早く解きたいですし……」
「解き方は分かっているので、そう焦らなくていいですよ。ああそれと、こちらもボランティアではないので報酬は欲しいですね。成功報酬で金貨二百枚くらいで良いですよ」
「二百……ううう分かりました」
二百枚と言うのはソフィーにとっても難しい金額だった。まだ当主ではないので、自身が自由に使える金額と言うのは限られている。そこで金貨二百枚と言うのはソフィーが支払える限界だった。そこまで報酬として支払うとなると、護衛にしても満足に雇えなくなる。もしや、そこまで考えてこちらを手薄にして誘拐なりしようといるのか、とソフィーは思ったが、その疑念をいったん振り払う。
「わかりました、成功報酬で二百枚払います……」
「それは良かった」
「ううう……金貨二百枚かあ……」
さて、これで商談は一旦締結。後はソフィー達がテオルドの身辺を調べて納得できれば問題がない。
そこで、ふとテオルドが気になったので訪ねてみた
「ところで、その腕っぷしに自信のある知り合いと言うのは、どんな人ですか」
「二百……あ、えーっとその知り合いですか。冒険者として活躍している友人なんですけど、性格は私と全然違うんですけど、なぜかウマが合いまして」
まあそういう事ってあるよな。自分と全く違う人間に惹かれるというのは思春期にはよくある事だ。テオルドはそう思った。
「リーンって冒険者なんですけど、まだ若いのに凄く活躍をしてるんですよ」
聞き覚えのある野生児の名前がそこで飛び出してきた。




