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厄災のアイテム鑑定士  作者: 色々大佐


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第七話 テオルドと少年

 とある青果店がある、季節の野菜から外国の珍しいものまで揃っているこの地域の老舗店だ。


 店の作りは壁がところどころにひびが入り、屋根の瓦の多くが割れているという惨状だが、品揃えは素晴らしい。傷んでいる青果物が全くないと評判の老舗で、その信頼の高さはこの町一番である。その店の奥で、テオルドが店主の男性と話していた。


「これは大丈夫です、これはダメですね」


 ぽいぽいと野菜やら果実やらをテオルドが選別していた。


 それを腕を組みながら見ているのは、この店の店主である。見た目は筋肉質の厳つい大男だが、思春期の一人娘を何よりも可愛がる一面を持つ子煩悩な男でもある。


「これもダメか?」

 黄色い、掌ほどに収まる果実を店主はテオルドに見せる。

「中が腐ってますよ具体的に言うとこの部分です」


 テオルドが指さした場所をナイフで切ってみると、確かにその中の部分が黒くなっていた。


「そうみたいだな」

「ええ、それ以外の部分も変色はしていませんが食べない方がいいですよ、毒素は果肉の大部分にまで広がってますから」

「わかった」


 店主がそういうと、その腐っていた果物を捨てた。

 前にテオルドの忠告を聞かずに同じような状態の物を食べた時、一週間ほどトイレの中で神に祈る生活を送る羽目になったことがある。それ以降、テオルドの忠告は聞くことにしていた。


「終わりました」


 そう言って、テオルドが全ての鑑定を終えると、まともな野菜と果実をいくらか紙袋に詰めた。


「では、今日の鑑定料はこれくらいでいいです」

「おう、助かったぜ。流石に傷んだ食べ物を客に買わせたくないからな」


 店主は、仕入れた品物をテオルドに見せてから店に出していた。それのおかげで傷んだ青果物を店に並べずに済むので、店の評判が大きく伸びる事となった。

 ただ流石に、店に仕入れるまでは自分で目利きをやるというプライドが残っているので、そこだけは自分でやっているのだが、娘からはそれもテオルドに任せればと言われている。しかし、そこまで任せるのはプライドが許さないのだ。


「ところで、娘から珍しい物が手に入ったからお前に念のために見せてくれとこれを渡されたんだが、これが何かわかるか?」


 店主が、まだら模様をした人間の頭ほどの大きさのある卵をテオルドに見せてきた。


「ほう、これはなるほど、ええ分かりましたよ。すぐに燃やした方がいいです」

「……やばいのか?」

「大蜘蛛と呼ばれるモンスターの卵です。孵化すると、何十と言う小さい蜘蛛が飛び出してきて、人間含む辺りの生物を食べながら成長します。そうですね、三週間もすれば一匹一匹が人間の大人くらいの大きさにまで成長して町の一区画くらい滅ぶんじゃないでしょうか」


 テオルドの言葉を聞いた店主が、ダッシュで家の庭の方に走り出すと、庭に備え付けられている大きめの四角状に作られたレンガの焼却炉に火を入れてから、そこに卵をぶん投げた。少しの時間の後、火で熱された卵の中から小さなクモ達が飛び出してくるが、焼却炉の火に燃やされてどんどんと死んでいった。


「孵化まであと一日と言ったところですか、危なかったですよ」

「ああ助かったよテオルド、いや本当に助かった……」


 あと一日遅かったらどうなってたか。店主が自分や家族達がこの子蜘蛛達に食い荒らされる未来を想像してゾッとした。


「この礼は今度必ずする」

「ええ分かりました、しかしあれですね、あんな危険なものが街に入り込むなんてギルドは何をしているんですか」

「うーん、まあ悪口になっちまうんだが、商人ギルドがなんかおかしいんだよな」

「ギルドがですか?」

「ああ」


 町に流通するものは、基本的にギルドの検閲を受ける。別に権力を笠に着るだの、権益を守るためだのではなくて、単純に危険なものを街に入れないためである。


「なんかどんな品物も素通りさせてんじゃねえかって話まで聞いてるんだよな」

「随分開放的になりましたね、まあその方が人の行き来は活発になりますが」


 基本的に、検閲が厳しいと商人などの交流は減る。品物を売ろうとしても、それを没収なり街で売りさばくのが禁止されれば損になるからだ。故に、検閲などが少ない方が人の行き来は活発にはなる。


「まあ、自分には関係ありませんね。だけど、また珍しい物を手に入れたら見せてください。取引先が街中で魔物に殺されるのは流石に夢見が悪いので」

「ああ、その時は是非とも頼む、今日は本当に世話になったな」


 店主と別れの挨拶をいくらか交わすと、青果を詰めた紙袋を手に、テオルドが店を出る。


 テオルドはこうして、いくらかの知り合いの店を手伝っていた。基本、店に客が来ないテオルドはこうして生活に必要な金銭や食べ物などを手に入れていた。


 リーンはどこぞのダンジョンに潜っていて今日はいない。結局、リーンと取引できる商人は見つからなかったのだが、なら自分が何処かの商人からダンジョンの探索用の道具を見繕って購入して、リーンに渡せばいいのでは? とテオルドが提案したことでこの問題は解決した。最初からそうしてりゃよかった。


 まあそんな感じで貰った果実をいくらか食べながら歩いていると、ドンと言う音と共に少年とぶつかってしまった。


「す、すいません急いでいたので」

「いえ、こちらこそよそ見していましたので」


 それはかなりの美少年だった。金髪の細身で、白い基調をした上品な服に身を包んでいる。長い髪を後ろでまとめていて、一見すると少女に見間違うほどだ。


「ふむ、ほう」


 珍しい物を見たとばかりにテオルドが不思議そうな顔をしていた。


「どうしました?」

「いえ別に、慣れない身体で大変そうだなと」

「え?」


 テオルドがそういった時だ。道の先からメイド服を着た若い女性達が現れた。

「ソフィー様見つけましたよ」

「ひっ!?」


 メイド達は素早い動きで少年の周りを囲むと、腕を組むなり身体を密着させるなりでソフィーと呼ばれた少年の動きを止める。


「さあ、屋敷に戻りましょう」

「ちょっとやめてよ……ねえなんか密着しすぎてない!!」

「そんな事はありません」


 そんな事はあるのだが、めんどくさそうなのでテオルドは黙っておいた。


「そこの人、どう思います!! おかしいですよね!!」


 ソフィーからテオルドに意見が求められる。

 すがるような少年の目と、余計なこと言うんじゃねえぞと言うメイド達からの双方を受けて、テオルドが一つ頷いてから答えた。


「まあ普通におかしいですね」

「ほらあ!!!早く離れてよ!!」

「「「チッ……」」」


 ソフィーからの命令を受けて、メイドたちがソフィーから離れる。その際の彼女達のテオルドを見る目ときたら狼が獲物を狩る時の冷徹さを思い浮かべた。


「ですがソフィー様、一人で町の中に出るなんて危ないですよ。仮にも大店の跡取りである以上、護衛の一人は付けませんと」

「それは、まあ私が悪いけど……」

「はい、もしも邪な考えの誘拐犯がいたらすぐにでも誘拐されるでしょう、こんな場所でええ、そうすぐにでも」


 そう、確かに誘拐くらいできるだろう。目撃者と言えばテオルドと周りを歩いている数人の人間だけ。助けを呼んでも間に合わない可能性が高い。そう、例えば目の前のメイド達がソフィーを誘拐しても問題ないほどにだ。


「ちょっと、なに考えてんの」

「いえ、別に何も、ただ忠告しただけですが」

「嘘だよね、今周りを確認してたよね!!」

「そんなことはございません」


 そんなことはございましたが、テオルドは黙っておいた。口に出すと面倒くさそうだからだ。


「そこの人、どう思いました!!」


 またもや話を振られたテオルドに真実を求める純粋な少年の視線と、分かってるよなお前と言う邪悪なメイド達の視線が突き刺さる。


「憲兵にどう通報するか考えるくらいには不審な動きをしてましたね。この場に私一人だったら危うかったんじゃないですか」

「ほらあ!!!」

「「「チッ……」」」


 ソフィーにとって、目下最大の危機が彼女達と言うのは間違いない。ついでに言うと、テオルドにとっても目下最大の危機が彼女達であるのは間違いない。


「ですがソフィー様、屋敷には戻ってもらいますよ」

「でも、早く見つけないと、あれを売っていた商人達を見つけて元に戻してもらわないと」

「良いじゃないですかそのままで」

「全然よくないんだけど!!」


 ソフィーとメイド達のいざこざを見ていたテオルドだが、ふと口を出してしまった。


「おそらくですが、その商人を見つけても身体は元に戻らないと思いますよ、お嬢さん」


 テオルドの言葉にソフィーが驚いた。


「アイテムの力で女性から男の体になってしまったんですよね。随分と厄介そうな物に関わりましたねお嬢さん」


 テオルドは静かにそういった。

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