第六話 カイとテミス
リーンが近くまで来ると、少年の方が早口でまくし立ててきた。
「うちはこう見えても品物には自信あるんですよ、質は間違いなし、どれもこれもお手頃価格で販売しております」
「ふーん、お手頃ねえ」
リーンが品物を一つ一つ確認していく。まずは三日月形のイヤリングを手にした。小指ほどの大きさのイヤリングで、黄色い三日月を模した月が飾られている。
「これは何?」
「それはアクセサリーです、お姉さんは美人だからきっと似合いますよ」
怪訝そうな顔でリーンは後ろのテオルドを見た。きっちり髪型と姿勢を決めているテオルドが、リーンの視線に一つ頷いた。
「へーそうなんだ、何か特別な効果はないの?」
「奇麗な女性が付けると、更に見栄えしますよ。こちらのテミスさんが試しに着けた時は、もう本当似合っていて凄かったです」
テミスとは少年の横にいる女性の事だろう。リーンの視線に気が付くとぺこりと頭を下げた。
「……そう、つまり奇麗なイヤリングって話ね」
「その通りです!!」
それを聞いてリーンがもう一度テオルドの方を振り向いた。お前、これ雑貨店見つけるんとちゃうぞ、冒険者が利用する商人見つける話やぞ、と視線に圧を掛けて無言で問い詰めるが、テオルドはその視線を受けると、ただ無言で頷いた。
「まあいいわ、これを一つ買ってみるから」
「ありがとうございます!! 一つ五十ゴールドです」
五十ゴールド、ちょっと高いけどまあ良いかと思ってリーンが支払うと、少年とテミスが目を見開いた。
「カイ、これで夕飯が買える」
「そうですよテミスさん、何食べましょうか」
カイと呼ばれた少年とテミスがわいわい喜んでいる横で、テオルドお前分かってんだろうなとリーンがテオルドの方を振り向いて睨みつけると、テオルドが驚いた表情をしていた。出会って数日ではあるがテオルドがこんな顔をしているのをリーンは初めて見た。
買い物を終えたリーンが、買ったイヤリングを手にテオルドの元に戻ると、どうしたのかを聞き始める。
「そんな驚いてどうしたのよ。私が小物を買ったのがそんなに意外だった」
「いえ、そうではなくて50ゴールドという値段にちょっと」
まあ確かに、これに50ゴールドは少し高い。普通の労働者の一日分の稼ぎに等しいからだ。
「それは私も少し思ったけ――」
「泥棒だ!!」
リーンの言葉を遮るように、広場に叫び声が響いた。
「だれかそいつを捕まえてくれ、うちの商品が盗まれた!!」
それは先ほどの好青年の商人の声だった。彼は慌てて一人の男を追いかけている。追いかけられているのは身なりの薄汚い男で、なにかの瓶を複数抱えて走っていた。
「ちっしょうがないわね」
まあ骨の二本折るくらいなら捕り物につきものだろうと思ってリーンが動こうとすると、それよりも早く、矢がその泥棒の男に向けて放たれた。
最初の一本目は、その泥棒の右の足首付近のズボンの裾を貫いた。矢は地面に刺さるとその矢が男の足首に引っかかって盛大に男が転ぶ。次の二本目と三本目は倒れた男の胴体部分の服を貫いて地面に突き刺さった。矢に縫い付けられた服が邪魔をして、男は立ち上がれなくなる。最後の四本目は男の顔の前に突き刺さる。それが警告となって、男の動きが止まった。
その矢を放ったのはテミスだ。彼女は弓を手にして男に向かって正確に弓を放っていた。
「はい、これ盗まれたものですよね」
カイの方はいつの間にか男が抱えていた瓶を手にしていた。それを盗まれた商人の青年に渡すと。テミスの元に戻る。
「テミスさん、早く逃げましょう」
「なんで?」
「だって、こんな人通りの多い所で弓を撃ったらまずいでしょう流石に」
「どうして、私が外す事なんてないのに」
「良いから、さあ行きましょう!!」
そういうと、二人とも手慣れた動きで素早くその場からいなくなってしまった。
唐突な出来事に周りがぼーっとしていると、騒ぎを聞きつけた衛兵がやってきて、ようやく回りが動き始める。倒れている泥棒や、被害にあった商人やらが色々と憲兵と話し始めると、ようやくリーンも我に返った。
「え、なによあいつ」
「凄いですね、達人という奴ですか」
「いやいや、あんな弓使い見たこともないわよ、あんな一瞬で正確に四射、しかも人ごみを縫うように撃つなんて」
命中率もさることながら、それよりも通りには多くの人が行き交っている。男とテミスの居た位置は十メートル近く離れており、その間を多くの人間が行き交っていた。
「普通に殺人未遂なのでは?」
「そうね、それもわりと洒落になってない気もするわ」
ぶっちゃけ、泥棒なんぞより遥かにテミスがやった事の方がやばい気がするのだが、それは良いのだろうか。まあ、後は憲兵の仕事なのでリーンたちには知った事じゃなかった。
「それで、このイヤリングに五十ゴールドを出すのは高すぎるって話をしてたのよね」
「いえ、安すぎるのではという話です」
これが、こんなイヤリングが? 別に宝石があしらわれているわけでもない、ただの安っぽい石を三日月状にしてイヤリングに加工してあるだけの物にしか見えない。
「少し貸してください」
「いいわよ」
テオルドが受け取ると、そのイヤリングを耳たぶに付ける。そして、三日月状の石に触りながら辺りを見渡す。
「あちらが北です」
と、テオルドが指をさした。
「えーっと、ちょっと待って、うんそうね、あってるわ」
リーンが手持ちの方位磁石を手にして、テオルドが指さした方向と磁石の方位が一致したことを確認した。
テオルドがイヤリングを外すと、今度はリーンの耳たぶに着ける。
「それを付けた状態で三日月の石に触ってみてください」
「こう?」
「はい」
だから何だというんだとリーンは思うが、すぐにわかった。視界に赤い線が見える。それはリーンの付けているイヤリングから出たもので、その赤い線がまっすぐ北の方向を指し示している。
「これなに?」
「一種の方位計です。星の位置をどこからでも自動的に計測して、現時点で自分がどの位置にいるのかを装着した人間に教えてくれます」
「へー、星の位置……星の位置?」
「はい」
「磁気じゃなくて星?」
つまり、磁場などによって計測に影響を受けない代物だ。
「それが五十ゴールドと言うのは安すぎると思うのですが、違いますか」
「そうね、もしそれが本当なら一万か二万ゴールドは軽くするわね」
一応、ダンジョン内で磁場に頼らない方位の計測方法はあるにはある。だがそれは使い切りであったり、専門の人間を雇ったりとかなり使いづらい代物だ。
「じゃあなんであいつらこれを五十ゴールドで売ってたのかしら。使い方をちゃんと説明してくれたら一万と言われても喜んで買ったわよ」
「自分にもわかりませんが、おそらくですが価値を知らなかったんじゃないでしょうか」
テオルドが考えるに、そうでなければ辻褄が合わなかった。
「確か、女性の方が一度つけてみたとおっしゃっていましたし、彼らの中では耳に着けると不気味な赤い線が視界に浮かぶよくわからない奇妙な物体扱いだったのかと」
「そんなもんを五十ゴールドで売ろうとしてたのか……」
結果的には大儲けしたが、リーンの中では何か釈然としない物が渦巻いていた。
「それも含めて今度あったら問い詰めてやる」
「そうですか、ではまた取引相手になる商人でも探しに行きましょうか」
そうしてまた二人はリーンの取引相手となれる商人探しを再開したのたが、それからどれだけ探しても、テオルドとリーンの目に叶う人材が見つかることはなかった。




